第141話 素通りする空虚な恋の歌
一旦、控え室に立ち寄るとスーツを着たゾンビが黒魔術的な何かを行っていた。長机には目をつむったおっさんAが生け贄としてあお向けに乗っている。
こう見えてゾンビに遭遇するのは初めてなので当惑しているとこのゾンビ、日本語を話す。
「剣さん、さっき電話があってね! 兼ねてから付き合いのあった商社から、スポンサーの打診があったんだよ! それも2件!」
剣は目をこすった。なんだひどく顔色が悪いおっさんBか。そしてまた両手を挙げて
ここに居ては危険と剣は退散した。
ドレッシングルームに戻ってきて、選手達のマッサージに取りかかる。
「ご褒美が欲しい!」
手裏剣が騒ぐ。力を込めてわしわし揉む。悲鳴を上げる手裏剣。
原子時計の所に行ってフランの行った病院を聞き出してやろうか。でも。
どんな顔をして会いに行けというのだろう。
「あの、私、引退します」
静まりかえった。
グラディウスは笑顔だった。
どんな言葉をかけるべきか、みんな困った。そのわずかな沈黙を壊そうとグラディウスは言葉を継ぐ。
「実は前から決めてた。怪我する前から。やりたいことがあったの。
今日ね、若い力で勝てた、そのことをとても嬉しく思うの。もう私の出る幕じゃないかもしれない。この足も、前みたいに動くか判らないし。だから、引退します」
軽食を摂って、撤収作業を終えて。暑さの残る午後6時過ぎ。
サングラスをかけ直して、俺はヴァッフェのジャージに着替えた選手達に背中を押され街に繰り出した。今日、メンバー外にしたヴァッフェトップチームのメンバーがグラディウスのために駆けつける。グラディウスを中心に最後尾が剣という布陣で進軍を始めた。
みんな、楽しそうだった。
ああ、そうか。勝ったからなんだな。
それだけじゃない。
女という生き物はとても仲間意識が強い。剣は時に驚かされる。
今宵の主役はグラディウス。
笑顔で、送り出そうとしている。
「スポーツはいい。何たって、作り手の作意を感じないところがいい。
だが実際のスポーツは違う。酷い結末になること、誰も望まない結末になることもある。でもそれが現実だ。まったく予想が付かないのさ。
腹減ったときに食う飯はうまいだろう? 負けた後の勝利は格別だ。やはり一強リーグじゃ駄目だ。勝ったり負けたりするから面白い」
選手達は踊りながら手拍子しながら歩いた。妙に統率が取れている。試合の応援でやっている振り付けなのだろう。
「お前らはまだまだフェアなサッカーをしている。結構なことだ。でも勝つためには、もっと審判を迷わせるべきだ。勝つことにこだわって欲しい。客は、闘う人間を見に来る。勝負にこだわる姿勢が、人を感動させる。
今日の試合は勝利への執念が違った。今までお前らは本気で勝とうとしていなかった。これから、全部勝つつもりで行け」
マン・ゴーシュは振り返ってちらり、剣を見やる。
「今期のおすすめは?」
ククリは苦笑い。
「魔法使いの嫁。でも他は特にないなあ。今期も不作だねー」
地味な格好ながら派手なパフォーマンスのヴァッフェ御一行様は衆目を集め、到着したのはカラオケだ。どやどやとロビーを占拠して、ハルバードが大部屋を選んだ。部屋に入ると壁二面がまんま大きなモニターになっていた。歓声が上がる。
手裏剣はうまく剣の左隣に身を滑り込ませた。右隣にはトマホーク。
その手が剣の太ももに置かれている。剣は刃物を押し当てられているような錯覚に
「コーチ、貴方をノンケにしてみせる」
俺は半開きの目でトマホークを眺めた。もしかしたらこの女が俺の救世主様だ。
「こういう時に飲むお酒っておいしいんじゃなくって?」
と、レイピアがしつこく飲み物を勧める。
「俺は下戸なんだよ」
多分、これで正解。
「コーチィ、ゲコなのかあ?」
クリスが立ち上がる。
「ああ」
クリスは床に両手をついてその辺を飛び跳ね始めた。
「ゲコ、ゲコ、ゲコゲコ……」
おっとこいつは負けてらんない。
「ゲコ、ゲコ」
剣もカエルの真似。三半規管が揺さぶられる。立ち上がると頭を押さえ部屋を出た。
「あたしの、キス覚えてる? 熱かったでしょ」
後ろから、手裏剣(火属性)の声。こいつは気配を消して不意打ちしてくるから気が抜けない。
「わからん」
「初めてだったんだから」
剣は体をくの字に折り曲げ目をつむる。
「気分悪いの?」
階段の手すりを両手でつかむ。
「もしかして……あたし達のせい?」
「戻れ……寄るな」
剣の体を支えようとしたが、手裏剣は止まった。
「アンタさ、いつか男子も教えたいんでしょ?」
「……ああ」
「そんときにホモじゃ困るでしょ?」
「……ああ」
「いい? 人間てのは女と男が恋するようにできてんの! 男同士は異端なの! おかしいの! わかる?」
「……ああ」
俺は、俺は
「あたしじゃ、ダメ?」
ヴァッフェ御一行様が借りた部屋は、エネルギーに満ちている。何度も歓声が上がる。そして通路の角に潜む気配に手裏剣は気づいていた。でもいいの。これは宣戦布告。
「お前さ、俺のどこが好き?」
「わかんない。ぜんぶ」
言ってしまってから手裏剣はうつむいた。ひゅるるるぽん。爆発する。
「結局さ、お前らは俺がホモだからおかしくなってんだよ。物見遊山でさ。ホモってどんな味がするか、味見したいだけなんだよ」
俺は鎖鎌の言葉を思い出して二の矢を放つ。
「そんで。奇妙な競争意識に駆られちまってる。どーゆーわけか世の中には浮気はイケナイって常識がまかり通ってら。人のモノは盗っちゃいけません! 俺はバーゲンセールの商品」
「……違う」
「俺さ。どうしてもダメなんだよな」
わかってる。
「気が付くとさ、男の下半身を凝視してるんだよ」
あたしじゃ、無理だってこと。
「まったく、あたしって悪趣味だよねえ」
手裏剣はきびすを返した。みんな悪趣味だね。
「ほら、ほとんどの生き物はオスがメスを追っかけるけどさ。人間みたいな進化した生き物は……。いや、なんでもない。……さ! 部屋に戻ろうかなっと」
よくわからんがとりあえず手裏剣がテンパっている。パセリみたいな愛想笑い。その隙に足音が急いで遠ざかる。
「どうしたの手裏剣ちゃん。今日は歌わないの?」
ククリが不思議そうにたずねる。
「う、うん」
みんなうまいなあ。今日は緊張してうまく歌えるかわからない。肝心の剣は言葉少なに歌とミラーボールを眺めている。
そうだ。こんなジャージで告白ってムードがないにも程がある。しくった。誰かに取られる前にと焦ったのが敗因。
レイピアがオー・シャンゼリゼを歌う。
ククリが誰も知らない物語というアニソン?
刀が荒城の月。
モーニングスターが賛美歌をドイツ語で。
ティンベーがハリクヤマク。アップテンポの沖縄民謡。
トマホークが Zedd & Alessia CaraのStay。すっげえうまい。
ショーテルが恋するフォーチュンクッキー。みんなで、踊る。鎖鎌も同調圧力に屈し見様見真似でロボットダンス。手裏剣も面倒くさいなと思いながら、合わせる。
いつからだろう。
AKB48が憧れの存在から敵に変わったのは。
いつからだろう。
フランが、コーチを好きだと判明。
それからだった。みんなコーチを異性として意識し始めた。でも。
フランに
12月。フランは移籍した。
どうやら、コーチはホモ。つまんない。マジつまんない。あたしってワガママ? 男にいやらしい目で見られるのは嫌。でもまったく興味がないのも嫌。悔しくて、それからもうコーチに夢中。
ともかく。チャンス到来。ドラゴンもはだしで逃げ出すアクティブな女子が集ったヴァッフェに競争の種と不和の種が蒔かれた。
「コーチ。あのさ、トップチームの試合に出れたら、何でもするって言ったよね?」
「ん?」
剣の耳元で手裏剣が声を潜めて言う。その隣で弓が急に黙った。剣の向かい側に座るスタッフが声を漏らす。瞳にはいくつもの星がきらめいている。
そんなこと言ったかな。
「俺の指揮下のもとだから無効だな」
「何それ」
手裏剣は急に沸騰した。その場に居たメンツでざばざば水を掛ける。
グラディウスが
大拍手。そしてみんなで書いた色紙と花束が渡された。グラディウスが涙をこらえて。代わりにマン・ゴーシュが泣いている。
「では、トリはコーチに」
カットラスが剣にデンモクを押しつける。剣は
剣はI Want To Hold Your Handを歌った。まったく高音が出てない。声がざらざらしている。ひどい歌声に手裏剣は呆然として怒りがどこかに行ってしまった。
すごい。弓は息を呑む。そのまま呼吸なんか忘れる。
常人じゃない。天才だ。その気になったらすぐに歌手になれるだろう。
まあ、歌の出来は置いておくとしてさ。
ショーテルは、いや、半数ほどが剣の横顔を眺めている。このYourって誰?
もちろんこの部屋にいる誰かなんだよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます