第133話 心乱れて

 俺の、ミスだ。

 横浜は高さがない。フランが一番高いぐらいだ。だから距離があるところでファールをもらってもセットプレーで脅威にならないと考え、俺はファールで止めるように指示を出した。バイタルで何か仕掛けられるよりはいいと考えていた。

 だがフランは、横浜エレメントで優れた指導を受け、進化していた。

「助かりましたね」

 小野が言う。 

 横浜の選手が主審に詰め寄る。線審にもだ。

「入ってなかったのか……」

 剣はしゃがみ込んだ。

 ゴールは認められなかった。

 だが、横浜の選手達があれだけ怒っているのを見ると本当はどうだったのだろう。まだ試合中インプレー。ショーテルがボールを収めると一気に前線にフィード。慌てて横浜は守備に奔走。しかし数的不利になった。


 ハルバードは強力なくさびになった。オー・ド・ヴィは身長差に対抗するすべを持たなかった。またもポストプレーを許す。ランスはシロガネーゼに詰められるとダイレクトで左サイドにはたく。カットラスが抜け出した。ソリッドと1対1。ファーサイドにククリが手を挙げ走っている。しかし金閣寺が追走している。

「シロガネーゼが来てるぞ!」

 ヴァッフェユニを着込んだ客が叫ぶ。


 迷ったら、撃て!


 剣の手が背中を突き飛ばした。ふかさないように注意してただ全力で蹴る。

 グラウンダーのシュートはソリッドの股間を抜きその手をかすめてゴールに突き刺さった。



 カットラスはうつむいた。

 その喜ぶわけでもなく、逆転に向け急ぐわけでもない様子に、ハルバードは声もかけず、ボールを回収する。

「どしたのさ?」

 ククリが尋ねる。

「いやあ、なんかさ。こうやって観客に色々教えてもらえるの、嬉しくってさ。ホームっていいなあ。

 いやね、もちろんこの客のほとんどがコーチ目当てだってことぐらい解るよ。それでも嬉しいんだ。こうしてコーチの生徒のオレ達も応援してくれるんだから。やばい……なんか泣きそうだ」

 ククリは微笑した。

 昔は、いくら告知をしても自分たちを観に来るお客さんは本当に少なかった。

 コーチは、愛されてるんだなあ。


 エレメントの選手達は改めて審判に抗議した。

「誤審です!」

 クラウンエーテルは叫ぶ。


「おかげでこの有様だよ。いい加減にしてくれ!」

 ヴェンティラトゥールは顔を上気させている。

「判定が覆ることなんてない。さっさと諦めろ」

 くろがねがヴェンティラトゥールをなだめる。ヴェンティラトゥールは怒りやるかたなく憤然としてなかなか引き下がろうとしなかったが抱きかかえるようにして審判から遠ざけられた。

「今日、家に帰ったら試合を見直してください」

 主審はカードに手が伸びかけたが少しうつむいて踏みとどまった。


「ああ、しんど。……今日の試合はなごなぁ。まだ30分ありますわぁ」

 金閣寺の言葉はもっともだった。確かに。鐵も疲労感がある。普段の試合とは違う。

 どういうことだ? 何が起こっている?



「昨今、VARビデオアシスタントレフェリーが採用される試合が増えてきましたね」

 おっさんEが水を向ける。

「このようなケースを見るとやはり必要かなとは思いますね」

 おっさんFが答えた。

 実況席のモニターにはフランのFKがバーを叩いた後、ゴールラインを越える瞬間が繰り返し流れていた。

「感慨にふけるカットラスを急かすように自陣に戻り、試合再開です。

 おっと。ヴェンティラトゥールのトラップにマン・ゴーシュが体をぶつけ……ミスになりました。ランスがボールを受けます」

「この試合、ランスは自分の判断で自由に動いてよいという指示を受けていますね。フィジカルが強いですから漂白剤に当たられてもボールをキープできます。ヴァッフェの攻撃はハルバードとランス、2本の柱を中心に展開します」

「またも東京はハルバードにボールを当てます。この起点が潰せない。そしてヴァッフェ両SHが豊かなスピードで疾走!」

 

 ククリが躍動する。右サイドで鐵を突き放し何度もゴールに迫った。

 ここだ。勝負。

 剣は何度もスプリントを繰り返したカットラスに代え、手裏剣を投入。


 原子時計は空っぽの財布を確かめるようにベンチを眺め、ため息をついた。

 今、横浜にはハルバードとマッチする選手はいない。

 力なく、アップを始めるように声を掛ける。

 

 ピッチ上では辰砂が指示を出す。そしてエレメント全員に伝わった。

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