第128話 爽やかに

 マン・ゴーシュの足が震えた。ヴェンティラトゥールにおびえながらショートパス。

 あ。

 芝の深い所がある。


 IHクラウンエーテルが駆け出し、ボールに足が届いた。観客席から悲嘆の声が上がる。しかしすぐにランスと独鈷杵がサンドしてプレス。クラウンエーテルはボールを靴の外側アウトフロントで蹴り上げIH辰砂にふんわりとしたパス。辰砂にもカットラスが詰めている。ST銀将とCFフラン、右WGヴェンティラトゥールがゴールに向かって駆け出す。

 カットラスが辰砂に襲いかかる。トラップしている時間はない。辰砂はとっさに足を突き出す。足裏で浮き球を押し出すように蹴る。銀将がボールを受けた。銀将が足を踏み出す度にかっくんかっくん頭が揺れる。前髪ぱっつん長髪は名に従いシルバーアッシュに染めていた。


『銀は千鳥ダイアゴナルに使え』と申すでござる。


 銀将は左からカットイン。それを眺めてフランも薙刀を引き連れ右からダイアゴナルラン。ヴェンティラトゥールには左SBマン・ゴーシュが付いている。スタッフは銀将についた。二人はボックスに侵入し交差、そこでフランが急に止まった。銀将はフランの背後にドリブル。静止。周囲の状況を確認。


 この手で詰めろ・・・でござる。さ、東京は如何いかに受けよう。


 銀将はかすかに笑った。フランは反転し薙刀に背中を預ける。お返しとばかり薙刀はスパイクを膝裏に突き立てた。スタッフは銀将の前をふさぎたかったが二人が邪魔で立ち往生。中央が危ないと見たマン・ゴーシュがカバーに向かう。


 これでヴェンティラトゥールが空いた。しからばここで勝負手。


 銀将が動き出す。その体が右に傾く。そのまま前進。それに対応してスタッフもフランの左に動く。

 ……来ない。

 スタッフは目を見張った。銀将はフランの右から出てきた。

 抜いた。

 

 ショーテルがすっ飛んできた。銀将はフリーのヴェンティラトゥールにパス。


 これにて必至でござる。


 錫杖はヴェンティラトゥールに向かってスプリント。ヴェンティラトゥールはよく間合いを見計らって。鮮やかにルーレット。錫杖は必死に止まって無防備なヴェンティラトゥールの背中を呆然と見送った。

 至近距離からシュート。ティンベーはまったく反応できず。

 2点目。ファーサイドには左WGにポジションを移した金閣寺がフリーで走り込んでいた。


「ああん。うち見えはらへんかった? いけずやわ」金閣寺が笑顔でヴェンティラトゥールを祝福した。「やっぱりうちは攻める方がうてます。あの子やんちゃしはるからかなしまへん」と、ククリを見て言う。その名に従い金髪だ。



 スタッフは天を仰いだ。

 自分の責任だ。


 そうか。

 銀将は右足が短い。銀将が右に体を傾けたから私は彼女がそっちからくるものだと思い込んだ。だが銀将にとっては慣れた姿勢。その姿勢のまま左へと進んだ。

 完全に裏をかかれた。

 フランもうまかった。あそこに二人いたら立派な障害物スクリーンだ。静止して銀将のプレーを容易にした。

 マン・ゴーシュが来ていたことも気が付かなかった。彼女が左を抑えてくれると知っていたら、自分は右を抑えるべきだった。

 

「痛いですね。これは痛い……」

 剣はラケットをスイングするように右腕を振り上げた。思いとどまってその手を力なく下ろす。


 ゲームプランは完全に崩れた。ヴァッフェは落ち着いてボールを止めることもかなわず、アバウトに蹴ったロングボールはハルバードの望むものではなく空中戦にならない。

 個々の技量による勝負を余儀なくされた。横浜は巧妙に戦局を動かし数的有利を作ってボールを支配。


 一方で東京にも一定の収穫があった。横浜にショートカウンターを浴びなければ十分に守り切れることが解った。 

 東京はブロックを作って横浜をなんとか跳ね返し続けた。フランは薙刀の密着マークに遭いながらチャンスを作ったが今日はミスが目立った。


 

 知らなかった!

 ククリは躍動した。

 ククリがプレスバックしてクラウンエーテルや辰砂にプレスを掛けると彼女達は怯えたようにパスを出して逃げた。体を当てると相手の体がぐらついた。

 私、意外と強いかも。


 ククリだけではなかった。カットラスも、ランスも、ハルバードも。フィジカルコンタクトでは大抵優勢だった。スペースを消して、密集すればそうそうボックスに侵入されることはない。


 ククリは漂白剤にタックル。ボールがこぼれた。よろめきながらショーテルにパス。ショーテルはランスにパス。ランスは身を躍らせた。そこに漂白剤がタックル。ランスはふらつく。漂白剤がボールを奪った。


 ヴァッフェは少なからず動揺した。ランスがこんなに簡単にボールを奪われるのは見たことがなかった。

 守備はなんとかなりそうだ。問題はこの2点差をどうやって追いつくかだ。……ランスが通用しないとなると。

 前半終了。


馬上槍突撃ランス・チャージだっけ? 君のドリブル」

 漂白剤がランスに話しかける。

「確かにスピードに乗らせると驚異だ。敵わない。でも、一歩目だったら簡単に止められるよ」

「うむ。御教示感謝致す」

 漂白剤は洗剤のCMみたいに晴れやかな笑顔で返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る