第118話 そして、眼を開くまで ⑤

「いやあ、またリードされちゃった。今度こそ終わりだね」

 なんて言ったそばから三味線はヴァイオリンのクロスに合わせて飛び込む。ランスが体を寄せてシュートを阻止。すると三味線は肘をランスに突き立てた。ランスの顔が歪む。


 ランスは非常にクリーンな選手だ。シャツもつかまないし抗議もしない。こいつはいいや。

 1点負けているが三味線は逆転できる気がした。


 ヴァッフェ攻撃陣に疲れの色が見えた。ククリout、トマホークin。

 そして東京はゴール前にバスを停める。守備ブロックを置いてスペースを消す。


 左WG法螺がクロスを蹴ると見せかけST尺八とワンツー。ショーテルは後手を踏む。ハルバードがカバー。しかし時間がかかった分、スペースがなく法螺はグラウンダーで斜め後ろマイナス気味のクロスを選択。CF三味線につくはずのランスが半歩遅れる振り切られる。クロスはシュートのようなスピードで転がる。三味線は踏ん張りボールにかろうじて飛びついてシュート。しかしゴールをれた。

「ああん、もう!」

 振り返ると尺八がぴょんぴょん跳びはねている。三味線の後ろでフリーだったようだ。

 

 ああ、そうかスルーだったか。三味線は唇を噛んだ。ボールスピードでスルーしろという法螺のメッセージを感じなければならなかった。

「このチャンスを逃したのは大きいな。負けだ負けだ」

 三味線は自嘲する。


 ヴァッフェはこぼれ球が拾えなくなってきた。前線に力がない。

「ああ、あのでかいのが準備してるな」

 剣は、浜松ベンチから嫌な思い出と共に見覚えのある大きな選手が出てくるのを目撃した。

 パイプオルガンだ。


 ティンベーは強烈なハ音に3回ほどぶん殴られた。

 『コリオラン』序曲。ソナタ形式でベートーヴェンの特徴である主題の繰り返しがみられる。古代ローマの将軍コリオラヌスの激情と傲慢さが第一主題に強烈に表現されている。


 後半20分、浜松はクラリネットとベースに代えてパイプオルガンとトランペットを投入。それに対応して剣はカットラスに代えてCB薙刀を投入した。前を一人減らす。剣はベンチを出て立ちっぱなしだ。


 相手は4トップだ。おそらく、これが最善。

「手裏剣は左に開け! 3-4-2-1で! SHサイドハーフは相手SBについてクロスを封じろ! パイプオルガンにはハルバードがつけ!」

 

 3バックと5バックは実質的にほとんど変わらない。攻撃時における精神性だけが異なる。剣は3バックとは言ったもののショーテルもマン・ゴーシュも前に出る機会も勇気はなかった。


 浜松はシンプルにパイプオルガンに高いボールを放り込んだ。しかしよくハルバードが競って自由を与えなかった。

 ボールが東京陣内の左サイドを弾む。ヴァイオリンがコーナーフラッグ付近で回収、マン・ゴーシュは前を向かせないようにと背中に張り付く。

「マーク1人だよ!」

 と観客が教えてくれる。それな

 ヴァイオリンは背中に気配を感じるとボールの下に足を入れすくい上げた。ボールはふわり浮き上がり、目の前を通過するボールにマン・ゴーシュはあっと小さな口を開いた。シャペウか! 

 ヴァイオリンはターンしてマン・ゴーシュを置き去り。


 マン・ゴーシュはほとんど抜かれたことがない。それが今日は2回も。少なからずヴァッフェは動揺した。


 い。ああ、観客から喝采ブラボーが聞こえ。すべての視線をこの一身に感じ


 引きつける、引く、寄せる。浜松は全員が一つの生き物になって動いた。ヴァッフェのどこかが無理をすると必ずどこかに穴が空く。そんな状況をつくって東京を惑わせる。そして慌てて駆けつけたハルバードを一度切り返しただけで抜き去る。

 ヴァイオリンは左足のインフロントでボールをこすり上げた。緩やかなボールはティンベーの伸ばす右手を避けるように回り込んでゴール左サイドネットに飛び込んだ。

 ヴァイオリンは観客の前で深々とお辞儀。大喝采を浴びる。


 曲は喜歌劇『天国と地獄』序曲第3部に。

 ヴァッフェは勢いが落ちた。

 嵐が過ぎ去るのをバスに立てこもって待つしかない。

 まァ、負けるよりはいいか。剣はベンチに戻らずに何か指示することはないか考えていた。しかしその場その場での助言はあっても刻々移り変わる状況に横断したものを見つけられず、ただ立ち尽くしていた。


 後半32分、浜松は小鼓に代えて木魚。

 ベンチに退がったクラリネットはバックスタンドに上がると本物のクラリネットを手にして、演奏を始めた。最後の曲はラプソディ・イン・ブルー。

 グランドピアノが最後尾から駆ける。刀はその背中を見守った。

 この試合、グランドピアノは実によく効いていた。穴が空いていたら何気なくポジションを埋め、パスの受け渡しをしてチームを支えていた。演奏で担当者がいないパートがあれば器用に何でもこなしてみせた。ピアノに演奏できない曲はないかもしれない。

 グランドピアノは中盤にスペースを見つけては入り込んで攻撃に参加した。その度に誰がマークするのかヴァッフェは迷った。


 後半43分。法螺のパスミスを拾ったモーニングスターが顔を上げる。ヴァッフェの前線が下がっていてターゲットが見つからない。刀は戻るか前に走るか迷った。そこに動いてくれと闇雲に出したパスも通るわけけがない。

 そしてバイタルにできたスペースをトランペットは見逃さなかった。スルーパス。全員がグランドピアノのために動く。守備網を荒くさせ、スペースをつくる。

 独奏。

 楽器の女王。

 ゴール右上に強蹴。

 ティンベーは左腕を懸命に伸ばして飛びつく。だが、届かない。

 4-3。


「いやあ、よくリードしたけどさァ、これきっと逆転されるよ」

 三味線を弾いている。ハルバードは聞く耳持たずに急いでボールをセンターサークルに運ぶも、浜松はゆっくりと時間を使ってゴールパフォーマンス、主審に急かされようやく自陣に戻る。


 試合再開早々、ランスが後方から駆けてきた。彼女の愛馬の蹄音が聞こえたように錯覚する。刀はボールをランスに託した。

 しかし浜松も準備はできていた。膝を当て、シャツを掴み、肩に当たり、最後にピアノが体を入れるとランスは倒れた。なんとかファールを貰う。

「パワープレーだ!」

 剣は叫んだ。一度は跳ね返される。ハルバードも前線、ショーテルがクロスを蹴るが法螺が跳躍、クロスはブロックする。仕方ないので後ろからボールを入れるが簡単に止められる。こぼれ球をトマホークが蹴り込む。ギターが猛然と向かってシュートブロック。

 試合終了の笛が鳴り響いた。


 ランスがぐったりとその場に倒れる。

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