第112話 オーストラリア戦②

 フランは剣の講義を聴くとき、違和感を覚えることがある。

 剣が、ずっと年上のサッカー指導者や、選手達のことをよどみなく論じる。それが、生意気な行為に見えた。


 でも。

   そうか。


 剣はテニスコートで一人で何でも解決しながら戦ってきたのだ。年齢以上に老成している。並の人間ではない。

 一方で、剣には数多くのひびも入っていた。とても治せそうもなさそうな。

 


「メディアは祝賀ムードを演出し、紙媒体の売り上げを伸ばそうとする。基本的に日本代表を主語にして書かれ、対戦相手についてあまり触れられることはない。

 だが球技は相対的なものだ。弱いチームと戦うとその相手は強く、上手く見える。相手がどうだったのかについてもっとスポットライトが当たるべきだ。

 

 この試合のポイントはオーストラリアの出方だった。

 オーストラリアはポゼッション。前半はまるで数年前の日本のようなサッカーをした。対して日本はリトリートとフォアチェックの併用。ボールを奪うと手数を掛けずに攻めていく。

 ゲームメーカーが不在な日本の攻めは化学反応が起こりにくく個人技によるものに限られた。しかしそれが奏功する。長友の完璧なアーリークロスが走り込んだ浅野に届けられる。浅野につくはずのDFは遅れた。単純なミス。瓢箪ひょうたんから駒。


 オーストラリアは結局、最後の最後までパワープレーをしなかった。ボール支配率は60%を超えた。おそらく、ポステコグルー監督が就任して以来、一度たりともパワープレーの練習をしたことがないのだろう。過去に日本に対して有効だったやり方は忘却の彼方に封印された。


 オーストラリアがアタッキングサードに侵入しても、日本守備陣を崩していないとクロスを上げない。まずパスワークで日本の裏をかこうとする。しかし日本はパスサッカーの国、そんな駆け引きには慣れている。時間を掛けているうちに日本は守りを固め、ますますスペースはなくなっていった。

 

 オーストラリアは技術面で高いものを持っていない。日本はオーストラリアのGKライアンにショートパスを蹴らせるように仕向けた。ビルドアップ能力の低いオーストラリア守備陣は展開力に乏しく、高い位置でのボール奪取が狙える。ハリルはオーストラリアのつたないパス回しを狙い、中盤に守備的な3人を配した。ボールを奪ってからショートカウンター。アウェーでのUAE戦で見られたような形を多数みせた。これがハリルのやりたいサッカーだ。


 オーストラリアは日本が苦手にしているものを知りつつイノセントにも90分を通して相手の得意分野で戦った。単純にクロスをガンガン放り込まれていたら危ない場面を作られていただろう。ポステコグルー監督はチームに予備の武器オプションを何も持たせていなかった。


 ポステコグルーは求道者だ。勝負師ではない。求道者は理想主義者や完璧主義者と言い換えることもできるだろう。現実に拘泥こうでいせず自分の理想と美学を貫く。今回は理想と現実に乖離かいりがあった。もし乖離がなければ求道者の方が到達地点は高くなるが。

 オーストラリアに学習能力があるなら、次回の対戦は違うやり方で日本を攻めるだろう。


 残念ながらアジアのレベルは低い。W杯に出場するためにカンボジアやアフガニスタンと戦っても日本が得られるものはほとんどない。アジアレベルでしか戦えないからW杯で本気の強豪国と対戦すると想定外の現実を突きつけられる。コンフェデは数少ないチャンスなのだが……。


 ハリルJapanは強豪と呼べる国とまったく対戦していない。そういった国との対戦を嫌がったのかと疑うぐらいに。 

 おそらく、今日のスタイルは継続されるだろう。成功体験は幻想を生む。


 ハリルJapanはショートカウンターを狙うチームだ。日本をスカウティングすればいずれそこに着地する。

 残念ながら中盤の3人を掻いくぐるのは列強にとってそんなに難しくない。この試合で美しい追加点を決めた21歳の井手口は年齢的に成長する余地はあるだろうが山口はさして良いMFではない。おそらく今野と替わった方がいいだろう。


 11月以降、W杯の準備として強豪国と対戦を組むことになる。そこで真価を問わねばならない。だがこのレベルでは無理だ。

 ロシアW杯、勝てないだろうが悲惨な負け方はしないだろう。それにしてもどこかで見たことのあるシステムだ。

 そう、7年前だ。

 ともかく、日本は守備的なスタイルでロシアW杯本大会に挑む」

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