第104話 新宿の夜 前編
客引きの手をかわしながら、欲望渦巻く雑踏を歩く。
なんだこの巨人は。
街行く人は、そんな顔を俺に投げつける。サングラスをかけ直す。目立つといけない。大股で歩いて行く。
俺はレベリング中の勇者様。店の前から店の前を徘徊した。
ハッテン場が
ついにエーテルの風まで吹き出した。俺は覚悟を決めた。
「あら。剣さんじゃないですか。大きいからすぐに判りましたよ。……その節はどうも」
「誰?」
振り返ると、眼帯をして頭には包帯ぐるぐる巻き、松葉杖を突いて、腕も足もギブスを嵌めたピンクい光に染められた女がまぶしそうに目を細めて立っていた。その隣にはかわいそうに、この女の奴隷なのだろう、両腕に手錠を嵌めた男が微笑している。
「私はエレメントユースの監督です。陽子と申します」
「ああ……」
「で、こちらがエレメントトップチームの監督、原子時計です」
そして原子時計はぐいっと前に出た。40歳ほどの小太りの男だ。
「よくテニス観てました。オリンピック、フェデラー戦はシビレましたよ!」
俺の手を握り絞める。俺の体から存在しない何かが落ちて割れる。
予定変更。普通のバーに入った。
「オレンジジュース」
「カルーアミルク」
「ビール! ビール!」
剣はビールが苦手だった。でも必ず頼んでしまう呪いにかかっている。
「そうそう! この前ヴァッフェにお世話になったのだけれど凄かった。もうコテンパンにされて!」
と、陽子がうれしそうに
「いや、それは、優秀な選手を一軍に上げたから……」
俺が擁護しておくと陽子は微笑んだ。
「そうね。また育てなくっちゃ」
また笑顔だ。この人もククリと同じ性質だ。いやもっとか。エレメント全体を笑顔にさせてしまう。
「フランベルジュがお世話になっているようで」
「剣さんの薫陶を受けて育った天資英明の選手です。
乾杯して、目の前に置かれたジュースを
ヤルタ会談は始まった。
「エレメントのサッカーはいいね。あんなサッカーをやりたい。どこを手本にしてるか解るよ」
「ええ? 本当ですか?」
「ペップバルサ」
「おお」
原子時計は両手を上げてオレンジジュースを飲む。いちいち派手だ。
「ペップバルサの模倣は世界中で成された。ただ、そうなるとメタゲームの様相を呈し、カウンターでそんなサッカーを打ち負かすことも増えた」
「ポゼッションは万能ではありません。攻撃的に行き過ぎるとハインケス政権下のCLバイエルン対バルセロナのようになりかねません」
「ああ、そうだ! 昨シーズンも同じ轍を踏んでいる。強いチームに対しアウェーの1st legで攻めに出て失点、追いつこうとしてラインを上げ、さらに失点。以降、リスクを負わされ悪循環」
「バルサは2列目がひどすぎました。あと、攻撃的なマインドが強すぎるのも問題で。1年目なんかリトリートも併用していてバランスが良かったのですが」
「
「あり得ると思います。そしてバルサに流れる伝統や哲学も。
今年の元旦に、NHKがハリルホジッチに行ったインタビューがあったんですが、インタビュアーがね、バルサみたいなサッカーを日本代表が目指すのはどうかって質問をしたんですよ。そうしたら、ハリルは日本代表にはバルサみたいなドリブラーがいないから無理だって」
「隔世の感だな」
「ですねえ。
ハリルの中では、もはやバルサはパスサッカーのイメージではないんです。寂しいですね」
陽子は熱を帯びる二人の会話に置いてけぼり。暇を持て余し、厚揚げにありったけの箸を突き刺して芸術品を仕立てている。
「ペップもバルサを出てからは、いまいち」
「結局、完璧主義者にして芸術家であるペップのサッカ-を体現できるのはバルサしかないです。バルサとバイエルンとシティにいる選手はそれぞれが異なった思想や能力を持っているんで。ペップも順応しようとはしていますが、簡単ではないようですね。なんだか没個性なサッカーになっています。
バルサに
バルサで疲弊したのは解るんですが、個人的にはまたバルサで観てみたいですね。モウリーニョが相手じゃなければあそこまで神経をすり減らすことはないでしょうし」
この人は、いい。
剣はこっそりいけない妄想にふけった。
「繰り返し申し上げますが、ポゼッションは万能ではありません。未熟な技術で敢行すると却って弱体化します」
「日本代表はやるべき」
「ですね。
ザック時代にそんなサッカーをしていましたが、完成形を見ませんでした。ザックは3-4-3を理想型としていましたが当時、Jリーグはほとんどが4バックを採用していました。日本代表の戦術理解度では咀嚼できず、妥協せざるを得ませんでした。
現在、Jリーグでも3バックが見直され、採用するチームも出てきました。イングランドプレミアリーグですら増えています。今の日本代表をザックが指揮していたら。そう、思わざるを得ません。
ただ、Jリーグやなでしこリーグではキック&ラッシュをやってもいいと思うんですよ。嫌がるサポーターもいるとは思うんですが。
外国籍選手枠は4人までです。つまりほとんど日本人。
だったら、日本人の中からフィジカルコンタクトの強い選手を集めて肉弾戦に強いチームを作ってもいいと思います。
いわきFCがそんな思想ですよね。天皇杯でも頑張りました。あと、京都も192cmのケヴィンとFWにコンバートされた闘莉王にボールをぶつける戦術にシフトして、3位にまで上がってきました。いいじゃないですか。Jリーグの中で相対的にフィジカルコンタクトが強いチームであればそれで十分やっていけます。メタゲーム的発想です。札幌もスタメンはほぼ180cm以上です。降格すると見た識者もいましたがなかなかどうして頑張っているじゃないですか。
日本人はテクニックのある選手を特に称賛する傾向にあります。僕なんか最たる者ですね。ですからフィジカルが特長の選手は需要が減って安い年俸で雇える。正当に評価されていないところがある。美しいプレーは少ない、でも
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