第85話 野心

 俺はおっさんAに撮ってもらった試合を個人ごとに編集し、コメントを入れてDVDやBDに焼いて選手全員に配布した。良かった点、悪かった点、取り組むべき課題、細密に指摘して文句を書いてやった。

 刀の目は以前よりも大きく開く。

 少しずつ今まで見えなかったものを見るようになった。


「なんか最近の練習、つまんねえ」

 ククリはぴくっとした。カットラスは何かに遠慮をしたことがない。剣は少し傷ついた。

「うん。ああ前のチームでもこの練習やったなあって感じ」

 モーニングスターは同意した。

 剣はようやく合点がてんがいった。

 最近、JFAの指導教本の読み込みをしていたせいでマニュアル通りの練習を増やしていた。これがいいはずだと判断して。しかしカットラスはこれを退屈に感じたのだ。案外俺がまだ不慣れだった頃、無我夢中で考案したヘンテコなメニューのが楽しかったようだ。



 家には面倒なことに度々、弓がやってきた。

 俺は弓よけに家中にエロ本をばらまいておいた。しかし、弓はかえってうれしそうにエロ本を抱えて片付ける。笑顔の意味がわからない。

 三浦は少しずつ弓に慣れた。

 俺が飼ってるのに!

 弓は自分で作ってきた食べ物を俺が食べないものだから三浦に差し出す。すると奴は弓の手から食べ始めたのだ! 俺は寝室に籠もって少し泣いた。

 仕方なく、俺は弓の作ってきたものを食べるようになった。なんだか心を許したみたいで腑に落ちない。

「犬が好きなのかニャー?」

 俺の家にはたくさんの犬の写真が貼ってある。

「犬が怖すぎて生活に支障が出るレベルだから、少しでも耐性をつけようと思ってな」

 弓は今日もテキパキ、エロ本を片付ける。よせばいいのに。淡いグレーのワンピースとは対照的。顔が火照ってら。

「コーチってホモじゃなかったのかニャー?」

「ホモだと生活に支障が出るから、少しでも耐性をつけようと思ってな」

 弓はぴたりと動きを止めた。小さく歩いてきて。サッカーを観ている俺の後ろに回って首に舌を這わせる。

「どうしようもないくらい、好きなのニャー」

 俺は深呼吸した。

 どこからともなくむせびわめく女達の嬌声がこだました。昔の女。俺の脳内。

 ソファーから立ち上がり、弓を置いて寝室に入る。

 肩で息をした。やっぱり生身は刺激が強い。

 嘔吐感が終わると倦怠けんたい感が全身を包んだ。


 大丈夫。フランと違って恐怖感はない。慣れるさ。猫と変わらない。

 猫と人間は恋はしない。でも恋しなきゃ。


 俺だって昔は違った。いやむしろ性欲の権化だった。

 俺の部屋にパンティーが五十枚ぐらいあってね。ママンに泣かれたもんだ。俺が盗んだと思ったみたいでさ。おパンツ付きのエロ雑誌を買ってただけなのに。

 大音量でAVを鑑賞してたら道行く小学生の教育に悪いってどこぞのおばさんに怒鳴り込まれたこともある。いやいや、みんな遅かれ早かれ一度は観るでしょ。潔癖症が過ぎるってもんだ。


 その夜、俺は一人で嗚咽おえつした。涙は出なかった。夜寝る前なんか。視覚から情報が消えると、つい衝動的なものが忍び寄ってきて俺を埋め尽くす。

 五年前。あの試合が、俺のすべてを狂わせた。

 このマンションはこのこともあって防音仕様にしていた。俺が貯めた賞金と親に援助してもらった金で買ったマンションだ。

 なので気兼ねなく楽器を弾きたかったり夫婦喧嘩をしたい家族がニコニコしながら続々入居した。俺はこの賃貸料で今後食っていくつもりだ。

 我慢なんてできない。猛り狂って叫ぶ。

 後悔を咆哮に乗せて吐き出す。

「う゛え゛え゛え゛あ゛ああああ~びぃびいびびびあああ~ぼぎろっべっっばあああああああああ」

 俺はまだまだ強くなるはずだった。


 復讐だ。

 俺はもうラケットを握れない。

 サッカーの指導者として、俺の力を見せてやる。俺のことを身体能力だけだと断じた連中に。

 できることはなんでもしよう。


 俺は弓にささやいた。

「お前がトップチームに昇格したら、お前の言うことを何でも聞こう」

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