第84話 クラシコ②
5月3日。俺は昼間にB級コーチ講習を受け、疲れた体を無理矢理椅子に乗せる。タブレットを机に置いてgoal.comを開いておく。カンニングの準備だ。
ヴァッフェの選手達は海外旅行中だったりテーマパークに出かけたりしていたが恋人とおデートなんて奴は誰もいなかった。色気のない連中だ。俺を予約すると夜にはみんな顔を揃えて講義を待っていた。
「
大多数の人々がレアル有利と評した。勝ち点は一試合未消化試合を残しているにも関わらずレアルが3ポイント上回っている。レアルは引き分けで十分だ。
世界中にダービーと呼ばれるこの種の試合がある。地域性、民族、階級、宗教……様々な対立をクラブに乗せ特別な試合は熱気を
スコットランドがそうであるように、カタルーニャ州も独立機運が高まっている。日本だって沖縄が今後どうなるか。
様々な弾圧を受けた歴史を持つバルセロナ。FCバルセロナはカタルーニャのアイコンだ。首都マドリードとは膨大な感情がひしめき合っている。マドリードはバルセロナの二倍ほどの人口を抱える。それでもFCバルセロナの売り上げはレアルと並ぶ。バルセロナのサッカーが多くの人々に支持されていることを端的に示すものだと思う。
クラシコは世界で最も熱い戦闘かもしれない。感情が沸騰する。一挙手一投足、目線、表情が40台余りの様々な種類のカメラで撮影され、検証され、語り継がれる。現状は忘れ、ただ目の前のボールに純粋になる。チーム状態などがリセットされ、白紙に戻る。故にダービーの下馬評はさほどあてにはならない。
4月29日、さいたまダービーがあったが、未勝利で勝ち点4、最下位の大宮が勝ち点19で首位の浦和を破っている。この試合はホームの大宮サポーターが入場前の場外から大声援を送り続けた。これに選手達が奮起したのも一因だろう。
CLからレアルは中四日、バルサは中三日。しかしレアルは延長戦を戦っている。体力面では五分と言えた。
しかしレアルの動きは鈍かった。どうやらバイエルンとの激戦は想像以上に体力を奪っていた。バルサのコンディションはそこまで悪くないように見えた。ユーベがリトリートしたのでアップダウンが少なく、消耗を押さえられたのだろう。
ポイントはバルサの攻撃に対するレアルの守備だ。4-0で勝ったPSGを見れば、前から激しくプレスを掛けメッシに機会を与えないのも考慮されるべきだ。
ジダンは二試合を完封したユーベを参考に強豪を相手にするときのレアルのスタイル、リトリートを選択した。チームが疲弊しており選択の余地はなかっただろう。
12分、メッシの中央突破にカゼミロが蟹挟み気味にタックル。イエローカード。
20分、マルセロが浮き球を処理しようとするところをメッシがチェック。メッシは体を当てマルセロのトラップミスを狙う。マルセロは右から来るメッシに対し右肘を突き出し肘頭を顔面にクリーンヒットさせる。メッシが自分から当たりに行きマルセロはそれをブロックしただけだと判断した主審はファールを取らない。メッシは転倒し、流血。あとで前歯が抜ける重傷を負う。治療を終えてピッチに戻ったメッシはガーゼを手で押さえながらプレー。
出血が止まらなければプレーはできないはずだが、主審はメッシを許容した。同情したのかもしれない。これは困った判例になる可能性がある。ガーゼをピッチ内に持ち込めばプレーが可能だと示してしまったのだ。実際、今朝のCL、マドリードダービーでカゼミロがガーゼで口を押さえながらピッチに復帰している。今後、だらだら血を流しながら『ガーゼ持ってんだからいいだろ!』と怒鳴る選手が現れるかもしれないのだ。
マルセロは世界一のSBだ。過去にも
メッシは発奮した。血が止まると反撃開始。33分、得意の右サイドからのカットイン。守備側はメッシを常に見ておかなければならないが、パスしてバイタルに潜り込んで来たそのときだけはフリーにしてしまった。テクニックと瞬発力を兼ね備える唯一無二のドリブルで切り裂き一気にフィニッシュに持ち込む。同点。メッシのドリブルは急発進急加速が可能で緩急自在だ。加えてDFの両足の重心も絶えず観察しており隙を見せられない。トップスピードはさほどでもないがドリブル突破には加速力の方が厄介だ。
36分、ベイルが怪我を再発させ、ピッチを去った。
38分、ウムティティがロナウドの後方からスライディングタックル。膝がロナウドの膝裏に当たりイエロー。
46分、カゼミロがドリブルするメッシの足を踏みつけファール。主審は今流行の言葉で言えば、
カルバハルはスアレスに呟く。『ほら、CLは家で観るんだな』TVカメラが音を拾っている。サッカーは
この試合、攻撃の精度は高く、両GKが度々難しい処理を迫られたが好セーブが目立った。
72分、ラキティッチが中に切り込み左足一閃。ミドルをサイドネットに突き刺す。ラキのミドルシュートは想定外だろう。寄せが甘かった。
77分、右サイドでボールを受けようとするメッシはトラップすると見せかけ身を翻らせ、駆け出す。マークしていたCBセルヒオ・ラモスはメッシの急反転について行けず、ボールにも触れられない。メッシをともかく止めなくてはならないラモスはイエロー覚悟でメッシの足を刈りに両足スライディングタックル。メッシはジャンプして直撃を避け、倒れた。
主審はレッドカードを掲げた。
ラモスは足が当たってなかったと抗議。
バルサ陣地だったこと、足がかすった程度だったことを考えれば、イエローを出す主審もいたかもしれない。
でも考えてみろ。北朝鮮がミサイルを東京に向けて撃った。イージス艦がそのミサイルの迎撃に成功。北朝鮮は日本に命中してないから問題なかったと主張。
これはイエローカードで済むだろうか。
脅迫は犯罪ではないのか?
メッシが避けていなければ大怪我だったかもしれない。スパイクを避けるためにメッシは得点の機会を失っている。ラモスを退場させるためには危険なタックルを避けずに甘んじて食らわなければならないのか?
選手の安全を守るための、素晴らしい、いや当然のジャッジだったと思う。
81分、メッシの突破にコバチッチがスライディングタックル。足を上げてメッシを止める。イエローカード。
コバチッチは
85分、マルセロのクロスにハメス・ロドリゲスがニアに飛び込んでボレー。同点。
ロドリゲスは2014W杯得点王を獲ってレアルに移籍した。日本戦は温存されスタメンではなかったが途中出場し、1G2A。
トヨタのシエンタのTVCMに滝沢クリステルと共演したが、あのCM、ロドリゲスがサッカー選手であることを示すアイコンが何もなかった。あれではただのイケメン外国人でしかなく、「誰か知らないけど、俳優さん?」 みたいな感じでロドリゲスを起用する意味はあったのか疑問だ。
レアルは勢いに乗った。一人少ないにも関わらず攻勢に出る。『今のバルサだったら一人少なくても勝てるはずだ』ホームの歓声が背中を押す。
相変わらずバルサ守備陣は脆く、テア・シュテーゲンが水際でかろうじて防いだ。
92分。引き分けだ。大抵の人がそう考えた。
セルジ・ロベルトが右SBの位置からドリブルで持ち上がる。センターサークルの手前でマルセロが食い下がるがトップスピードのロベルトに前を取られた。これを止めたらイエロー。両手を挙げ、前進を許可する。真ん中はがら空きだった。バイタルまで進んで左サイドのジョルディ・アルバに渡す。二列目の飛び出しに期待してグラウンダーのクロス。メッシが走り込んで見事にミートした。
このシュートが外れたと書く脚本家は大成しないだろう。俺は嫌いじゃないけどね。
2-3。試合終了。レアルの総走行距離は98.75Kmだった。バルサは105.46Kmを記録している。
ロナウドは叫んだ。
「ファウルしろよ、畜生め!」
もちろん、マルセロに対してだ。
残り時間がわずかなのでイエローをもらっても問題なかった。試合後、マルセロはロナウドに同意している。
ジダンは記者会見で同点に追いついてからのマネジメントを悔いた。一人、少なかったのに人数を掛けて攻めに出て、カウンターを食らって失点。
勝ちたい気持ちが冷静さを損なった。でも、クラシコだから仕方ない。
勝ち点差は並んだ。レアルは5月2日と10日にA・マドリ-ドとCLで二試合、そしてリーガの未消化試合をこなさなければならない。過酷な日程だ。
ちょっと、面白くなった。だが、レアルは多士済々だ。この日スタメンでなかった、ロドリゲス、イスコ、アセンシオ、モラタ、ヴァラン……。ターンオーヴァー要員には事欠かないだろう。
メッシはクラシコで通算23のゴールを決めた。尋常じゃない数字だ。
この日のメッシは人間よりむしろサッカーの神様に近かった」
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