第65話 鹿島の哲学

 大晦日おおみそか、昼は下北を走り回って捜索、夕方からすっかりマンネリしているガキの使いをチラ見しながら溜まったメールを読んで終わった。

 講師からはたっぷりと宿題を課されたので、元日はそいつらを片付けるのに使うことになった。実技を振り返って、レポートを書く。

 俺は大学に行っていないので、こういう作業は少し新鮮だ。


 Skypeの通知が光る。フランだ。もうコンタクトは取ってある。

「天皇杯は観たかしら」

「ああ」

 時計に目をやる。ウィーン・フィルニューイヤーコンサートまでには終わるだろう。


「鹿島と磐田はかつて、Jで強大な力を誇った。

 この2チームには共通点がある。

 

 偉大なブラジル人が所属していたことだ。

 鹿島にはジーコ。磐田にはドゥンガ。二人とも現在に至るまでワールドクラスの知名度と存在感を誇っている。

 偉大な選手とはただ個人のプレーだけにとどまらない。チームの選手一人一人の力を引き上げる影響力がある」


 そう口にしながら、目がかすむ。フランは遅かれ早かれ、強豪エレメントを更なる高みへと引き上げるだろう。

「ジーコ引退後も、鹿島はジーコが教えてくれたことを遺産として大切に継承していった。もしかしたら磐田はドゥンガの遺産をどこかに置き忘れたのかもしれない。静岡のチームがJ2に落ちたのは余りに寂しいことだった。


 鹿島る、という言葉がある。鹿島はリードしながら残り時間が少なくなると、敵陣コーナーフラッグ付近にボールを運んでそこにとどまりボールをキープしようとする。相手が安易にボールを奪おうとすると相手の体にボールをこつんとぶつける。ラインぎわなのでボールは外に出て鹿島ボールになる。相手チームは、だからそこに人数をかけて慎重にボールを取りにいくことになる。人数をかけた分、ボールを奪った後、攻撃力のあるカウンターができなくなる。動きの少ないサッカーになるので体力温存にもなる。そうして時間を稼いでタイムアップすればミッションコンプリートだ。


 この言葉は敵チームのサポーター発祥だ。鹿島をあざけるネガティヴな響きをともなう。もっとも、鹿島に負けてから言っても遠吠えに過ぎないがね。おそらく、鹿島った状態を嫌がってこう呼んでいる。鹿島りは相手チームから見れば嫌なプレーだ。


 一方でサッカーの娯楽性が損なわれることは間違いない。鹿島の攻撃機会は減り、効率的かどうかについてもよく解らない。だが、鹿島れば、相手は少なからず焦る。そうして動揺を誘い相手のプレー精度を低下させるのも副次的効果だ。一種のマリーシアずる賢さと言える。


 例えばレスリングでリードしたら残り時間を消化するために守備的になる選手がいる。柔道なんか技をかけるふりをしてわざと倒れることを繰り返す『掛け逃げ』を繰り返す選手がいる。ボクシングにも同様に相手に組み付いてパンチを貰わないようにする『クリンチ』がある。どれも観客からするとつまらないやり方だ。これに比べればサッカーはまだマシだとは思う。



 鹿島は外国人枠を連綿とブラジル人で埋めてきた。アジア枠が採用されてようやく韓国人を獲ったぐらいだ。スタッフや選手がブラジル文化とポルトガル語の習熟さえ押さえておけばブラジル人選手の順応のサポートとなるメリットは大きい。意思疎通もたやすい。

 

 ブラジル人に寄り添う鹿島の文化だ。鹿島はサッカー王国ブラジルの選手達から多くのマリーシアを吸収してきた。

 Jのチームはリードの守り方が下手だ。勝ってるときも負けているときもプレーに変化が見られないチームばかりだ。もっと相手が嫌がることをすべきだ。

 鹿島はJリーグで最も勝負に徹するチームだ。風間八宏の川崎のような華やかさはない。しかし戦術に対する知識はJ随一。様々な状況に対応し解決策を提示する能力が高い。

 トーナメント戦に強いのは現実主義者だ。鹿島はまさにこれであり、一旦鹿島にリードされたら追いつくのは難しい。

 

 Jリーグチャンピオンシップ。CWCクラブワールドカップ。天皇杯。鹿島は躍動した。中でもCWC決勝はメガクラブ相手にどん引きすることなく戦い、レアルマドリードに浅くない爪痕を刻んだ。日本のクラブ相手に延長戦まで戦う羽目になるのは大きな誤算だっただろう。

 今の鹿島の一番の武器はハードで緻密なプレッシングだ。相手の長所を消し、攻撃の形をつくらせない。レアルもこれには手を焼いた」

「鹿島はJリーグのレベルの高さを証明したわ」

「ただし、レアルのコンディションが劣悪なものだったことも事実だ。CWCに出場するチームは試合間隔を詰めねばならず、開幕から絶えず週2回の試合をこなさなければならない。代表所属の選手ばかりでもありリフレッシュする時間がない。そして日本に移動し試合をこなし二日の休養日を経て鹿島と戦った。時差ボケがあって眠れず体力が回復しない。鹿島を舐めていたということもあるだろう。


 つまり、Jリーグが欧州レベルに追いついたというわけではない。当たり前だがな。CWCは本来中立地で開催すべきだがJリーグのチームぐらいなら現地の観客動員が期待できるし勝てないだろうから問題なかろうという理由で日本で行われている。もし優勝してしまったら日本開催は二度とないだろう」

「この二ヶ月、鹿島の充実ぶりは目を見張るものがあるわ」

「体を張る、相手の自由にさせない、1対1で競り勝つ。サッカーの基本だ。インテンシティの高いチームが勝つ。自然なことだ。鹿島臨海工業地域は教科書に載るほど有名になった。アントラーズと共にね」

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