第4話「私は本を知らない」

第4話前編


*0401

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

;立ち絵なし

初人 「櫂――――!」

  現実は非情である。不条理で満ち溢れているのだ。僕は抵抗した。それが叶うかなど考えもせず。

  けれど結局、僕は犠牲を無くすことなんて、できなかったんだ。

  僕が知らなかったのは、櫂を救えないことではない。

  希には誰かが犠牲にならなければならない、ということだった。

  僕は本来の目的を忘れ、櫂が幸せになることを、希んだのだった。

櫂 「初人っ、初人――――!」

  遠くで櫂が泣いている。僕は櫂の幸せを希むだけで、手を伸ばすことはできない。

  僕にはその資格なんて、初めから無かったんだ。

  ゆっくりと、僕は幾度と無く恐怖していた感覚を全身で感じ始める。

  奈落への垂直落下。それは希から遠ざかっていくことを意味するのだと知っている。

  しかし、今は改札ではない。一時的に遠ざかってしまうのではなかった。

  そう、僕は貝を、開けられない。

;(OP)


*0402

;◇??? View

;[演出]

;□■書斎に女性EG(安楽椅子に座っている)

;♪書斎

  薄暗く小さなその部屋には、1人の女性が安楽椅子に座っていた。

  その場所は本がずらりと並ぶ場所。この街ではかなり希少な部屋、書斎であった。

  女性は少しだけ開いているカーテンから覗かせる窓の外の景色を見ていた。

女性 「ここでおさらいが必要のようですね」

  女性は開いていた本を、窓の外を見ながら1度閉じた。

  その女性はお腹をさすりながら、ゆっくりと誰でもないヒトに話しかけていた。

女性 「ヒトとイルカは、本来対極に位置する生物です」

女性 「片方は穢れの無い者を象徴し、片方は穢れのあるものでした」

女性 「それが純穢と自由という言葉の由来となっています」

  女性がふと、書斎の方を見る。視線の先には1冊の本があった。

  その本は背表紙の上端が丸く窪んでしまっていた。

  その本に手を伸ばす女性、しかし安楽椅子からは遠く、手が届かない。

  女性は諦めて、再び窓の外を見ながら1人呟き始めた。

女性 「しかし、ヒトがわがままなばかりに、多くのヒトは自由になってしまいました」

女性 「一方で、イルカも同時にわがままになっていったのです」

女性 「イルカの中でも、そんなわがままな仲間から離脱する為に、純穢になった者も居ました」

女性 「純穢になったイルカの物語は、あなたの中で物語られているはずです」

女性 「ここからは、自由になったヒトのお話をしましょう」

  女性は閉じた本を再び開き始める。それは、先程より少し前の頁(ページ)であった。

女性 「それは、周りが純穢ばかりの中、純穢から自由になった、ヒトのお話」

女性 「そしてそれが、自ら選んだ道であることの証――」

  女性が開いた頁には、星の中でヒトとイルカが暮らしている絵が描かれていたのだった。

;BGMOFF

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0403

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

;♪イルカの物語

  僕はもうろうとする意識の中で、過去のことを思い出していた。

  それは僕の、自由になることを決意する直前のことだった。

  自由になることを決意する前。僕と師は、師が星に入ったことで別れた。

  別れてすぐ、僕は自由を夢見ることになるのだけれど、それはまた別のお話だ。

  僕は1人になった。今まで隣に師が居た。

  確かにその時、時々隣に櫂が居てくれたけれど、いつもではなかった。

  1人になった僕は、あることを日課にし始めたのだった。

  その日課とは、毎日のようにここに来ては星を眺めること。その日も、例外ではなかった。

  森の草を踏み分けて星へと汗を流しながら歩いた。

;[演出]

;□星の柵の前に立つEG

;立ち絵なし

  やがて、森と星の境界にやってくると、僕は柵に触れた。冷たい木が、僕の前に立ち塞がっている。

  この柵の向こうに、師が居る。そう考えるだけで、どこか落ち着けるような気がしたのだ。

  勿論、そんな落ち着きなんて虚構だ、僕が勝手にそう思っているに過ぎなかった。

  柵の外から星を見て、時々建物の中に居る師のような人物を見かけて、手を振るのだった。

  勿論、柵から建物は遠く、見えづらい。師のような体型の人物は星にたくさん居るだろう。

  だからなのか、その人物はいつも僕に気づかず通り過ぎていく。

  そうして、僕は師の虚構を見つめて呟くのだ。

初人 「師は、これが希だったのか?」

  問いかけても、遠く離れた所に居る師からの返事はない。

  僕は諦めて、柵から手を離し、いつものようにその場を立ち去ったのだった。

;[演出]

;□背景:海岸

;立ち絵なし状態

  気づけば、僕は砂浜を歩いていた。そこは僕の、かつての安心する場所であった。

  歩きながら見つめている先は、海の向こうにあるという、高い希。

  勿論そんなものは見つかるはずもない。

  けれどその時の僕にとって、それを探すことは、気を紛らわすことができることを意味した。

  特に足跡を見る為に振り向くこともせず、ただただ見つめながら歩いていたのだ。

  しかしある時、ふと足に変なものを感じて、思わず下を見つめた。

  下に希などあるわけ無いのに、だ。

  それは硬そうな殻を持つ貝であった。僕は一目見て、それに取り憑かれてしまったのだ。

;[演出]

;□アサリ?の閉じた貝EG

  どうやら僕は貝を踏みつけてしまっていたらしい。僕はその貝の中身が気になった。

  中にはどんなセカイが広がっているのだろうか?暗い世界だろうか?

  あるいは、希がそこにあるのかもしれない――勿論そんな訳がないことは分かっていたが。

  しかし僕は何故か開けることを選択してしまった。

  後から考えてみれば、貝を開こうとすることで僕が得たものは何も無いと思う。

  けれどその時の僕には、どうしてもその中身が気になったのだ。

  ヨノナカには知らなくていいことがあるなどとは知らずに。

  まず僕は、貝を手でこじ開けようと試みた。しかし貝はびくともしない。

  次に、貝の口を下につけて、重力の力を借りてこじ開けようとした。上から押さえつけるのだ。

  貝が割れないか心配だったが、残念ながら割れる以前に、開かなかった。

  次第に僕は苛立ち始め、貝を投げつけたり殴りつけたりし、強引に開けようとしたが、叶わなかった。

;EGOFF

  そのうち僕は虚しくなり始め、仕方なく森を通り、家へ帰ろうとした。

  しかし、森を通る中で、今度は足に突き刺さるようなものを踏みつけてしまった。

  足元を見ると、そこにはやはり尖った、そしてとても硬そうな、程よい細さの枝があった。

  そして僕は何を思ったのか、この枝で先程の貝を開けられないか、と考え始めた。

  僕は悩みに悩んだ末、海岸へ戻り先程の貝と向き合った。

  僕は貝に尖った枝先を当て、貝を再度こじ開けようとした。

  しかし、結局開くことは無かった。

;BGMOFF

;[演出]

;ブラックフェードアウト



*0404

;◇Wito View

;[演出]

;□背景:海岸

  貝を開けることを断念した僕は、そのまま砂浜に寝転がってしまった。

  ぼんやりと空を見上げながら。僕は眼を閉じ、希について考え始めた。

  海の向こうにあるという、高い希。

  そこに何があるのか、僕は知らないなりにぼんやりと考えていた。

  きっと、高い希とは、希という名の大きな塔のことなのだろうということ。

  そして、きっとそこには楽園が広がっていて、誰もが希を叶えることが出来るのだろうと。

  勿論、これは勝手な想像だ。けれど僕には、そういう地にどこか憧れるものがあった。

  閉じている眼で、その高い希を想像する。どこまでも空に続く、高く、白い塔。

  その塔に向かって、海から高く飛び上がり、塔の周りを旋回し、塔の頂上を目指すのだ。

  こんなことを考えることが、悪いことだとは僕は思っていなかった。

  罪が何なのか僕は知らずに居たのだ。

  僕の身体はもしかしたら、その頃から自由になる機会を伺っていたのかもしれない。

  とにかく僕は、ただ高い希のことばかり考えていて、それが楽しかったのだ。

  しかし、平和な生活は長くなかった。

;♪不安

  ふとどこか辺りが血生臭さに支配され始めていることに僕は気づいた。

  何か人殺しでも起きたのだろうか?僕は警戒し、眼を開けた。

  何の役にも立たないだろうが、僕は尖った枝を持って慎重に起き上がった。

  すると、すぐに血生臭さの原因が分かった。少し遠くで、イルカが座礁していたのだ。

  どうやら海風で僕の元へ血生臭さが漂ってきたらしい。

  ふと、どこからか見られているような感覚に陥った。

  けれど今は、それよりもイルカの治療が最優先だと僕は判断した。

  そして、僕はイルカに駆け寄ったのだった。

初人 「大丈夫ですか!?」

  イルカを見ると、身体中ズタズタに切り裂かれていた。

  こんな状態では、すぐに処置をしないと失血死してしまうだろう。

  もしかして、何か集団に襲われた?イルカにそんなことがあるのだろうか?

  そして同時に気づいた。その時の僕には、穢れを操ることはできなかったのだ。

  今の僕でも、身体の傷を修復できる自我など持っていないし、そんな自我を持つヒトはほぼ居ない。

  かといって、もはや1つ1つの傷を修復して助かるような状態ではないのは僕でも分かった。

  今から急いで街へ走り、身体の傷を修復できる自我を持つヒトを大至急探さねばならない。

  いや、それでも間に合うか疑問だ――僕は小さな脳で様々な思考を続けていた。

イルカ 「ああ、ヒトの純穢よ、私の治療は構いません」

  初めてのことで正しく行動できない僕を見て、イルカはかすれた声でそう呟いた。

  治療は、構わない?どういうことだろう、生きたくないのだろうか?

初人 「そんな、こんな酷い怪我をしているのに、どうしてですか?」

  今にも息を引き取りそうなイルカの眼を、僕は見つめた。

  本当はそんなことよりもやらなければならないことがあるのに。

  僕は気になってしまったのだ、イルカが治療を拒む理由を。

イルカ 「これが私の罪だからです、ワタシは受け入れねばならないのです」

  受け入れなければならない罪――?罪とは何なのだろうか?その中身は何なのだろうか?

  僕は知らないセカイを垣間見て、恐怖した。一体何がそこにあるというのだろうか?

  高い希から遠いセカイであることを直感し、僕はとんでもないものに触れてしまったと後悔した。

  しかし、僕は触れ続けることを選んだ。その罪とは何なのか、知りたかったから。

初人 「罪……ですか、それは一体何ですか?」

  僕はイルカに尋ねた。今考えると、当時の僕はどうすべきかさえも知らなかった、純穢だったのだ。

  だからこそ。僕は踏み込んではいけないセカイに踏み込んでしまったのだ。

  僕の疑問に対し、イルカから返って来たのは全く別のものだった。

イルカ 「純穢よ、どうか私を殺してください。それが娘の為なのです」

  娘の為?殺して欲しい?当時の僕からは考えられないセカイであった。

  僕は恐怖しつつも、どこかもっと知りたいような気持ちになった。

  純穢特有の好奇心というものだろうか?

初人 「どういう事情なのですか?そんなこと僕には――」

  僕には出来るはずもない。その言葉を、イルカは絞りとったような声で遮った。

イルカ 「ヒトが来る前に、その枝で傷を抉って欲しいのです。早く!」

  僕が、イルカに止めをさす――少し前まで考えられない状況だった。

  勿論、普段の僕にはそんなことできなかった。したくもないだろう。

  でも、このイルカはどうやら簡単には語れない事情を持っているようだ。

  僕の思考は、既に麻痺していた。少しの後、僕は決断した。

;BGMOFF

初人 「分かりました」

  僕は最終的に、イルカに止めを刺すことを選択した。

  例えそれが罪であっても、僕はイルカを信じていれば許されるだろう、そう考えたのだ。

  僕は枝を手にし、枝先を見つめた。尖ったこの枝なら、傷口を開けるだろう、と。

  後から考えれば、僕は貝の代わりにこじ開けるモノを探していたのかもしれない。

  しかし、その当時の僕にとってそんなことを考える思考回路は既に無かった。

  1番深そうな傷を探しだし、僕は一気に枝をそこに突き刺したのだった。

;[演出]

;□傷を広げるEG

  しかし、1度突き刺しただけではうまく傷を抉ることはできなかった。

;○ループ ぐちゅっ

  僕は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も突き刺したのだった。

;SEOFF

;EGOFF

  気づけば僕は大量の汗と血にまみれていた。

  そして僕の腕の中で、イルカは死んでいだ。安らかな笑みだった。

  後に残ったのは、汗と血まみれの僕、血まみれの枝、そして血まみれのイルカの屍であった。

  その時の僕は何も後悔していなかった。

  どんな事情か知らないが、イルカを幸せにすることができたに違いない、そう考えていたからだ。

  だが僕は、残念ながら不幸であった。

  イルカが死んですぐに、イルカの座礁を見た星が、傷を治せる自我を持つ者と共に駆けつけたのだ。

  僕の腕の中に倒れているイルカ、枝。周りは血まみれ。そして僕の息は荒い。

星 「初人、お前さてはイルカ様を殺したのか!?」

  イルカの死が確認されると、すぐさま僕は星に連行され、尋問を受けることとなったのだ。

;[演出]

;ブラックフェードアウト



*0405

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  僕は何か悪いと思ってイルカを殺した訳ではなかった。

  いや、正しくは、例え悪かったとしても許してもらえるものだと思っていた。

  しかし、星はそう思わない。例えイルカに頼まれたとしても、罪は罪である。

  星は僕を、例外なしに裁かなければならないのだった。

;[演出]

;□背景:星の部屋

  星に投獄されてしばらくして、師が牢屋にやってきた。

  師はどこか大人っぽくなっていて、僕は驚きつつも久々の再会を喜んでいた。

  けれども、師はそういう表情を見せなかった。

  やはり、再会の仕方がまずかったのだろうか。当時はそう思っていた。

;[演出]

;□■幼い師と幼い初人の対峙EG

;立ち絵なし

;♪険悪

師 「他の星の奴から聞いた。初人、お前はイルカを殺したそうだな」

  同じ部屋に入ってくるなり、師は単刀直入にそう聞いてきた。

  別に、否定することでもないだろう、僕は頷く。

初人 「ああ、そうだ」

  薄暗く寒い、灰色の部屋の中。僕と師の2人は向かい合った。

  片方は星の制服を着て。片方はボロボロの布切れを身に纏って。

  この2人の差は、本来であれば最初から決着がつけられていたはずなのだ。

  やっと、決着をつける時が来たのかもしれない。僕はそう思った。

師 「どうしてそんなことを――」

  やや目を逸らしがちに、師が僕に問いかける。

  師にとって、今の僕は直視したくないモノのようだ。

  それはかつての僕から変わってしまったことを意味していて。

初人 「死にかけのイルカに頼まれたんだ、殺してくれって」

  それは知っている、という表情と共に師は溜め息をついた。

  僕の言い分は、どうやら同僚から聞かされていたようだ。

  それでも、やはり師にとっては納得出来ないものだったのだろうか。

  師は僕を諭したいのか、真剣な眼差しで僕を見た。

師 「だからって、初人、お前は」

  師の言葉を、僕は手で静止した。

初人 「やるべきではなかった?」

  僕と師の間を、沈黙が支配する。師がそう思うのも確かに分かる。けれど。

初人 「僕はそう思わない」

  既にその時の僕は落ち着いていたが、後悔はしていなかった。

  ただやるべきことをやった、そう信じ続けていたのだ。少しして、師が別のことを質問してきた。

師 「初人、お前は結局、何を目指していたんだ?」

  何を?そんなの、決まっているじゃないか。

  ずっと、僕は師と高い希へ行くことを夢見ていた。それは今も、基本的には変わらない。

  師という、大事な歯車を失った僕は、ずっと空回りしているのだけれども。

初人 「海の向こうを目指している」

  僕の言葉に、師は驚き、震えだし、僕を罵倒した。

師 「お前、まだそんなことを言っているのか!」

  師にとって、かつての友人を失くすのは、確かに辛いのかもしれない。

  僕もそれはできれば避けたかった。

  けれど。その当時の僕には、それは避けられないことだと思っていた。

  師の迫力に圧倒されて、僕は少し怖気づく。

初人 「駄目、かな」

  その言葉に対し、師は何も言ってくれなかった。

  そして僕の言葉を聞いた師は、我を取り戻し、やや乱れた身なりを再度整えた。

師 「明日の朝、刑が執行されるそうだ。内容は海への身投げ。運が良ければイルカ様が助けてくれる」

  恐らく、僕の元へ来たのはこの事務的内容を伝える為だったのだろうと理解する。

  僕は受け入れる他ないだろう。素直に頷いた。

初人 「そうか」

  刹那、声が寒さを切り裂くかのような感覚がした。

師 「お前はそれでいいのか!?」

  どうやら。師はやはり納得出来ないものがあるようだ。

  それはどれだけ落ち着こうが、変わらないらしい。

初人 「僕はイルカを信じている、信じていないのは星だ」

初人 「いつから師は純穢らしさを失った?ずっと信じていたじゃないか」

師 「それは、その」

  師が何か言いかけて、口をつぐんだ。

  やがて己を言い聞かせるように、師が頷く。

師 「そうだな、信じていないのは俺達の方かもしれない。いずれにしても結果は明日出る、そうだな?」

  恐らく師は完全には納得していないのだろう。けれど、師にもやるべきことがあるはずだ。

  その為に、無理矢理言い聞かせなければならないのかもしれない、そう思った。

  どんな形でさえ、師が分かってくれたようで僕は一安心だった。僕は師に対し頷いた。

  それを見た師が、再び事務的口調に戻る。

師 「当日は俺が合図をしたら飛び降りてくれ、以上だ」

  それだけ言うと、師は僕に背を向け、部屋を去っていこうとした。

  しかしその途中で不意に、師が僕に笑いかけて来た。

師 「生きろよ、初人」

;EGOFF

  あまりにも突然だったので、それが師なりの、最後の挨拶であると気づくまで少し時間がかかった。

  師にとって、僕は本当に、生きて欲しい存在なのだろうか?もうどうでも良い存在ではないのか?

  半ば疑問であったが、僕はそれに答える他無かった。

初人 「ああ」

  この時が、僕達の最後に話した言葉だった。

  それ以来、僕が星を出るまで、同じ星に在籍していたにも関わらず、話すことはなかった。

  あの時も、僕は師を何も言わずに憎んでいた。

  それがお互いの為だと、お互い思っていたからなのかもしれない。

;BGMOFF

;[演出]

;ブラックフェードアウト



*0406

;◇Wito View

;[演出]

;□背景:街外れの崖

;○崖の水しぶき音

;立ち絵無し

;♪イルカの物語

  翌日、予定通り刑の執行が進められた。刑の執行責任者は、驚くべきことに師のようであった。

  後から聞いた話だと、師はこの執行の成功が上級幹部への昇格条件だったようだ。

  師はまだ幼いにも関わらず、こんなにも違うセカイに住んでいたのだ。

  僕はそのことを、崖から海へ飛び降りる直前になって知ることとなったのだった。

師 「では、これから裁きの儀を始めましょう」

師 「あなたはイルカ様を殺しました、そうですか?」

  師の質問に、手を縛られている僕は頷いた。

初人 「はい」

師 「あなたはイルカ様を悪意なく殺しました、そうですか?」

初人 「はい」

師 「あなたはイルカ様に命じられ、悪意なく殺しました、そうですか?」

初人 「はい」

師 「あなたはイルカ様に命じられ、傷を広げ、悪意なく殺しました、そうですか?」

初人 「……はい」

師 「あなたはイルカ様に命じられ、尖った木の枝によって傷を広げ、悪意なく殺しました、そうですね?」

初人 「はい、その通り、です」

師 「そうですか。あなたの言うことが本当であれば、イルカ様がお救いくださるだろう」

師 「あなたの言うことが嘘であれば、イルカ様はお救いくださらないだろう」

師 「時は来た。初人、希を手に入れる時だ。裁きをイルカ様に委ねよ」

師 「全ては星の下で、全てはイルカ様の下で」

  師が合図を送ってくる。飛び込め、ということなのだろう。

;BGMOFF

初人 「僕はイルカを、信じている」

  僕は崖に向かって1歩、踏み出す。

  僕は崖に向かってもう1歩、踏み出す。

  僕は崖に向かってもう1歩、もう1歩踏み出す。

  僕は崖の向こうへ、高い希に向かって走ったのだった。

  そこに待ち受けているのは、高い希への道――ではない。

  虚無だ。

;□崖から飛び降りる初人のEGをアニメーションで

  僕はイルカを信じ続けていた。だが、現実は非情である。不条理で満ち溢れているのだ。

  僕は抵抗した。けれども、ただそれだけであった。

  その刹那、僕は本来であれば恐怖する感覚を全身で感じることになった。

  奈落への垂直落下。それは永遠に希から遠ざかっていくことを意味するのだ。

  けれどもその時の僕には、怖さなど感じられなかった。

  僕はイルカを、信じ続けていたから。

初人 (僕は希を叶えることができるのだろうか――)

  そう考えながら、僕の意識は、奈落へ向かっていったのだった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0407

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  奈落に向かう感覚の中で、どこかで何かに包みこまれるような夢を見た。

  それはどこか暖かくて、どこか優しくて。

  その刹那。僕は聞き慣れた声を耳にした。

櫂 「良かった、目覚めたんだね初人」

  そっと眼を開ける。そこはこの世のものとは思えない、ただ真っ白なセカイであった。

初人 「ここは?」

櫂 「ここは初人、キミの強い希によって、キミの創りだしたセカイだよ」

櫂 「キミの中の自我が目覚めた、キミは光と熱を操る自由になったんだ」

初人 「光と、熱――」

  僕はどうして光と熱を操ることになったのだろう、と思う。

  別に火を操ったり、水を操ったりしても良かったのに、と。何故ならそれが一般的だから。

  でも、僕はイルカとヒトが共存するという幻を見たことを思い出す。

  きっと僕は、幻が見たいと願ってしまったのだ。だから僕は……

櫂 「そう、その自我が作ったキミのセカイに、私がお邪魔してる」

初人 「どうして、来たの?」

櫂 「キミを救う為、それとキミに感謝する為」

  感謝、という言葉に僕は疑問を感じる。

初人 「感謝?僕は何もしてないよ?」

櫂 「私の母を殺してくれたのは初人、キミでしょ?知ってるよ、ありがとう」

  殺してくれてありがとう。それは一体、どういうことなのだろうか?

櫂 「もし母が生きて海へ帰ってくれば、また他のイルカからいじめられる」

櫂 「だから、母を殺してくれたこと、感謝してる。母にもう辛い思いはさせたくなかった……」

初人 「いじめ?」

櫂 「私の母の傷は、他のイルカたちから受けたいじめによるもの」

櫂 「私の母がヒトに優しくするべきだって訴えたから、私達は仲間外れにされ、母はいじめられた」

櫂 「私は助けられなかった、遠くから見ていることしかできなかった」

櫂 「そうしなければ、私もそうされるって脅されたから」

櫂 「母は、そんな私を見ているのが辛かったのだと思う」

初人 「だから、殺してくれって、櫂の母親は僕に言ったんだね」

櫂 「うん、それによって初人が罪に問われてしまったみたいだけれど……」

櫂 「ごめんね、初人――本当は私が星へ行って、裁きをやめるように訴えるべきだった」

櫂 「けれど、それができなかった。もっと仲間外れになることを恐れて」

櫂 「初人を救えば、私まで母のようになってしまうかもしれない、だから怖かったんだ」

初人 「でも今、こうして来てくれたよね」

櫂 「私は決意したんだ、ヒトのセカイで生き続けるって」

初人 「ヒトのセカイで生き続けるって、つまり……」

櫂 「うん、もう海には帰らないと思う」

櫂 「初人はどうしたいの?ヒトのセカイに戻りたい?」

初人 「ヒトのセカイに戻っても、僕らは仲間外れにされてしまう気がする」

櫂 「それなら、このセカイに居続ける?このセカイに居れば、確かに幸せだ」

櫂 「キミがそれを希むなら、の話だけど」

初人 「僕はね、海の向こうにあるという、高い希を目指しているんだ」

櫂 「高い、希?」

初人 「そう、僕も詳しく知らないけど、海の向こうに高い希があるんだって」

初人 「僕は、それが真っ白な塔だと想像している。それが本当かどうか、確かめたい」

初人 「このセカイは幸せだし、できることなら居続けたい」

初人 「でも、どうしても僕はそれを確かめたい。例えこれからのセカイが過酷だとしても」

櫂 「なら、答えは1つだね」

櫂 「初人、キミは自由になる?それとも一生、純穢で居る?」

初人 「僕は、自由になる」

  その言葉を聞いた櫂は、僕にキスをした。不意に、僕の脳に空気が送り込まれる。

  そして気づく。僕は、ヒトのセカイに戻らなければならないのだ、と。

  僕と櫂は、お互い抱き合ったまま頷きあい、水面へと泳ぎ始めたのだった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト



;ここまで前編

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます