第2話「私は花冠を知らない」

第2話前編

*0201

;◇??? View

;[演出]

;ブラック

  自由とは、必ずしも良いものではない。

  自由は責任を求められ、己の持つ力で何事も解決し、希を叶えるべく奮闘しなければならない。

  その点、純穢は気楽であった。暴走する恐れが無いのも純穢の利点であった。

  一方で、純穢は無い力で希を目指さねばならない。

  自由と違い、穢れを操らないと決めている純穢が持つ力とは、腕力と知力のみである。

  その点、純穢の苦労は大変なものであった。希を目指すのならば、である。

  多くの純穢は希を目指すことをしない。というより、無知さから希に気づかない。

  それがこのセカイの現状であり、悲惨さであった。

  基本的に、星の構成員は全て純穢だ。

  自我で穢れを操ることはイルカへの挑戦であり崇めることに反する、という考えだからだ。

  しかし。中には星から自由の烙印を貰った星の構成員も居た。

  その名は初人。かつての俺の友であった。

  彼はとある罪で、暴走しないよう、星の監視下に置かれることになったのだ。

  そう、あの日。初人は罪を犯した。そして初人は今、逃げ出している。


;[演出]

;□背景:街の中心部

;○賑やかな声

  今日も街は賑やかな声に包まれていた。

  その街の中に初人や暴走した自由が居ないか、俺は見回っていた。いつもの星の制服で、である。

  普通の街のヒトとは違う服装であり、やや目立つ。

  聞きこみには向かないが、この服装を見て逃げる人影が居たら、それは初人だとひと目でわかる。

  星の役割は基本的にイルカを崇める神職者でありそれ以上でもそれ以下でもない。

  しかし時たま、暴走する自由が居る。それを止めるのもまた、星の役目であった。

  星六法――星について決められた6つの文言の4項目に、こう書いてある。

  “星に所属する者は穢れの調整をしなければならない”

  これを無理矢理拡大解釈した上で、暴走した自由を取り締まっているのだ。

  もし星がやらなければ、誰が抑えこむというのか。抑えこめるヒトが抑えこむ、当然のことだ。

  俺は穢れを扱わない。しかし、剣術は星に所属する前からずっとやっていた。

  例え穢れを操ることができなくても、暴走する自由を止めることが出来る。それが俺であった。

  そう考えていた刹那、悲鳴が少し遠くの方で聞こえた。

  物が盗られたとか、痴漢が現れたとか、その程度であればまだ良い。

  勿論良くはないが、それは本来の星の役目ではない。

  問題は、暴走した自由であった場合だ。その可能性を考慮して、俺は急いで駆け付ける。

;[演出]

;□背景:街の中心部

  悲鳴源の近くへ駆けつけると、人混みの向こうで、ヒトが街を暴れまわっているのが見えた。

  すぐに人混みをかき分けて向かい、その状況を確認した。

  ヒトらしきモノから酒臭さは感じられず、また精神というものが感じられない。

  ヒトであったモノは暴走した自由だ、と俺は一目で見ぬいた。

  俺は自由を、斬り殺した。

  やがて自由から大量の血が飛び出し、自由は失血し倒れた。

  それを見て、すぐに俺は合図を出す。少しすれば星の構成員が来るだろう。

  幸い、自由は暴れ始めてすぐだったようで、怪我人は少なそうだった。

  しかし人混みの中に、大量の返り血を浴びた純穢が居た。

  泣き出すかと思いきや、無言で、じっとこちらを見て震えていた。

  まるで、返り血を浴びたことではなく、視線があったから怖くなったかのようだ。

;[演出]

;通常ADV表示 師&璞

青年 「純穢さん、怪我はないかい」

純穢 「……」

  声をかけて純穢の様子は良くなったかと言うと、やはり無言で震えていた。

  この純穢は、俺に話しかける事の方が、血を浴びるよりも怖いのだろうか?

  ともかく拭かなくては、せっかくの可愛さが台無しであった。

青年 「純穢さんは、血が怖くないのかい?」

  そう言いながら、ハンカチを取り出そうとして。純穢の口が開くのが見えた。

純穢 「あなた、怖い」

;立ち絵消し

;[演出]

;1人表示 師

  そう言うと、その純穢は去って行ってしまった。不思議な純穢だった。

  ふと見ると、先程の自由の片付け作業が始まっているのが見えた。

  自由に酷いことをした?とんでもない、行き過ぎた自由は身を破壊する。

  身を破壊したモノにはもはや生きる資格など、無い。星として当然のことをしたまでだ。

青年 「この身は星の為にある。星は自由を抑えろと言った。俺は初人を、連行する」

  俺は決意を再確認し、道を歩き始めたのだった。

;BGMOFF

;立ち絵消し

;[演出]

;ブラックフェードアウト


;OP


*0202

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  純穢とは、広義では穢れを操らないヒトの総称だ。そこから狭義では、子の呼び方である。

  自分は穢れを操るので、自由だ。もう狭義で純穢と呼べる歳でもない。

  その上、僕は幼い頃から穢れを操ることができた。

  そういう意味で、僕が純穢であった期間は短かったと言えるだろう。

  今僕は、僕が穢れを操るようになった歳と同じくらいの純穢達に、知識を教えている。

  まだ璞さんくらいしか穢れを操ることは、できないようであった――璞さんはかなり早いが。

  そういえば、この標塾に来て、純穢について気づいたことがあった。

  純穢達は総じて、仲間外れを嫌うということだ。

  いつも、みんなで話したがる。1人で居ると、泣き始める純穢もたまに居るくらいだ。

  そんな純穢を見かけ次第、僕は話し相手になる。それが純穢へするべきことだと思うから。

;[演出]

;□背景:標家教室

;1人表示 標

  そして今日も標さんと共に教室に入る。純穢達から、いつもより少し話し声が多く聞こえた。

  僕はこの話し声をどう抑えるか、標さんのすることが気になった。

  純穢達と共に、大きな机の端の席に僕が座ると、標さんはまずある質問をした。

標 「この中で、イルカの物語を1度でも聞いたことがあるヒトは右手を上げてください」

  それを聞いた純穢達から、ちらほらと手が上がるのが見える。

  話をしていた純穢は、ふいに皆が手を上げ始めたので何事かと驚いていた。

  これだけでも効果は絶大だろう、純穢達の話し声が弱くなっていく。

標 「では次に、イルカの物語を暗記していないヒトは左手を上げてください」

  標さんの冗談だと分かり始めた純穢達が、元気よくバンザイのポーズを取り始める。

  教室のほとんどの純穢が万歳をしたまま止まっている、奇妙な状態。

  さすがにこの事態を見た、話していた純穢も話をやめて一応両手を上げておく。

  そう、この時点で話し声は無くなっていたのだ。僕は驚いた。

標 「では、イルカの物語をおさらいしたいと思う人は、どちらの手も下げてください」

  そして静かになったままの状態で、教室中の純穢全員は手を下ろす。

  なるほど、純穢は仲間外れを嫌うことをうまく利用して居るのだな、と僕は理解する。

  そのことを、重要!マークと共に、ペンで本に書き込んだ。

標 「よくできました。さて……」

  そこでふと、標さんの声が止む。そして標さんがじっと僕の方を見つめていることに気づいた。

  標さんは僕に何かを求めているということなのだろうか?

標 「今日は初人さんに講義してもらいましょうか」

;立ち絵消し

  僕は戸惑った。こういうことが起きるとはある程度想定していたが、それが今日だとは。

  下調べもしてあるとは言え、果たして僕は授業を最後まで行うことが出来るだろうか?

  標さんは、僕にならできると思っているのだろうか?

  標さんの判断が正しいのなら、僕はそれを信じるべきなのかもしれない。でも。

;[演出]

;1人表示 初人

初人 「いや、その、すみません、今日は標さんにお願いしても良いでしょうか」

;立ち絵消し

;[演出]

;紙くしゃり

  僕にはやり遂げられる自信が無かった。

  今はこうして逃げられるから良い。けれど、いつかは逃げられなくなる時が来るだろう。

  それは次回なのかもしれない。次回に向けて、僕は予習を念入りに行う必要がありそうだ。

;[演出]

;1人表示 標

標 「そうですか、無理を言ってすみません、分かりました」

  標さんも僕のこの返答を予想していたのか、それほど気にしていないようだった。

  そして。標さんが改めて純穢達に向き直り、物語を始めたのだった。

標 「それでは今日は、ヒトの生誕と別れについておさらいしましょうか」

;♪イルカの物語

標 「広大な星が出来上がり満足したイルカでしたが、」

標 「次第に星にたった1人で居るのがさびしくなりました」

標 「今までは星が話し相手をしてくれたので、さびしさなんて感じなかったのです」

標 「イルカは悩みに悩み、もう1人の存在を作り出すことを決めました」

標 「イルカが海で泳ぐと、少しずつイルカのおなかは大きくなり、やがてヒトの男の子を産みました」

標 「男の子はすくすくと育って純穢となり、やがてイルカよりも大きくなりました」

標 「けれども、純穢はヒトであってイルカではありません」

標 「イルカとは違って、純穢は穢れを自由に操ることはできませんでした」

標 「気づけば純穢は、穢れを自由に操って何でもできるイルカへのあこがれを持ちはじめました」

標 「『ねえイルカさん』純穢はイルカに聞きました」

純穢 『どうしたら僕は、イルカさんみたいに自由に穢れを操れるようになるの?』

標 「どうすれば良いかは、イルカにも分かりませんでした」

標 「イルカは穢れを自由にあやつる力を、星を食べることによって得ました」

標 「けれども、もうここには星そのものはありません。純穢に食べさせることはできませんでした」

標 「そこでイルカはうーんと悩み、自分の身体の一部であるヒレをヒトに食べさせることにしました」

イルカ 『穢れを操ることができるようになったのは、星を食べたからよ』

イルカ 『食べた星の粉は、この身体の中に含まれているから、』

イルカ 『身体の一部であるこのヒレを食べれば砂を食べたのと同じことが起きるかもしれないわ』

標 「純穢はたずねました。『本当にヒレを食べたら、穢れを自由に操ることができるようになるの?』」

標 「けれどイルカには『たぶんそうだと思うよ』とあいまいな答えを言う他ありませんでした」

標 「純穢はイルカの言葉を信じて、イルカのヒレを食べました」

標 「すると、確かに穢れを自由に操ることはできるようになりました」

標 「しかし、それは完全ではありませんでした。なぜなら、イルカの食べた星の粉に比べて、」

標 「純穢がイルカの身体をつたって食べた量は、ほんの僅かにしか過ぎなかったからです」

標 「いま私たちヒトが、ヒトそれぞれ1つか2つの穢れしか操れないのも同じわけで、」

標 「イルカよりも食べている星の粉の量がすくないからなのです」

標 「しかし、ヒトはイルカよりも劣っているモノなので、純穢はそのことに気づかず」

標 「『イルカにだまされた!』と考えてしまいました」

標 「純穢のイルカへの気持ちは、あこがれから憎しみへと変わりました」

標 「純穢はイルカに問いつめました『どうして僕をだましたの?』」

標 「イルカはだますつもりなど無かったので、ただただ純穢に謝りました」

標 「それでも怒りがおさまらない純穢は、イルカを殴りつけて、そのまま去ってしまったのでした」

;BGMOFF

;[演出]

;ブラックフェードアウト



*0203

;◇Aratama View

;[演出]

;ブラック

;立ち絵なし

  私はいつも、どこか遠くの場所を探していた。近くのことなど眼中になかった。

  けれど、その場所は見つからない。何か見えるような気がして、いつも見えないのだ。

  私という存在は、所詮そんなもの。希など無い。

  それはまだ私が幼いからに過ぎない、ということは私には理解できなかった。だって私は――

声 「璞さん?」

  その声に、私は目覚める。重く閉じきった眼を、ゆっくりと開くのだ。

;[演出]

;□背景:標家教室

;通常ADV表示 初人&璞

  そこはいつもの教室であった。そして、お母さんが居る。純穢達が居る。

  しかし、純穢達の様子が変だ。いつも授業中には何も発言しない純穢も、仲間と話している。

  純穢達の様子を見る限り、もう授業は終わってしまったようだ。

  ああそうか、私は授業中に遠くを見ていたのだ、と気づく。そして授業を聞いていなかったことも。

  それは大した問題ではない、きっと今日もイルカの物語のおさらいだったのだろう。

  けれど、1つ問題があるとすれば、目の前のこの青年だろう。

初人 「璞さん、どうかしたの?」

  最近来た講師さんである。ただ遠くを見ていただけなのに、声をかけてくるなんて。

璞 「何でも、ない」

  私はただそう答えた。そう、それは何でもない、いつも通りのこと。

  私がこう言えば、何事もなかったかのように去ってくれるだろう。

  また平和な日常に戻っていく、ただそれだけの話だ。

初人 「そう、何かあったのかと心配したよ。大丈夫なら良いのだけれど」

;立ち絵消し

  そう言うと、彼はどこか安心したような、けれど不安な表情でこの場を立ち去ってくれた。

  彼の向かう先は、恐らくお母さんの所だ。何かまた聞きに行くに違いない。

  何となく彼の行動が分かってしまう私自身に、初めて少し怯えた。

  私は、どこか嫉妬のような、何とも言えない心情に襲われた。

  どういうことなのだろう?最近何度もこの心情に襲われてしまう。

  けれどただ1つ分かるのは、今のままではいけない気がするということ。

  私は席を立ち、周りの目を気にせず、彼の後をゆっくりと追いかけたのであった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0204

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  自由になる適正時期とは、一体いつが良いのだろうか?僕は考える。

  純穢は仲間外れを嫌う。しかし皆、気づけばかなりの数が純穢から自由になっている。

  まるで、よーいどんと合図をしたかのように、ある時を境に突然増えるのだ。

  自由は伝染するのかもしれない。そんな考えを持つものさえ居た。

  僕は早くから自由になり、自由の烙印を持って生活していた。

  その中で仲間外れにされ続けたことは、僕の中で一生忘れられないだろう。

  僕は、適正時期より自由になるのが早すぎたのだ。

  理由は明白である。櫂と出会ったから、自由になってしまったのだ。

  多くのヒトはイルカとの関わりを持ちたがらない。だから自由になるのも、遅いのだ。

  ここまで言うと、イルカと出会ったことで僕は仲間外れにされたのだと考えるヒトも居るだろう。

  例えそれが事実であったとしても、その点については僕は認めないだろう。

  僕は自ら選んで自由になったのだ。イルカからの誘いを断っても良かったはずだったのだ。

  それに対して、璞さんはどうなのだろうか?本当に自ら選んで自由になろうとしているのか。

  僕は心配だったのだ。璞さんに、僕と同じようにはなってほしくないからだ。

;[演出]

;□背景:標家廊下

;前奥表示?

  僕は廊下を急いで歩いた。標さんに、璞さんのことを聞く為に。

  璞さんには、昨夜のこともある。今日も虚ろな眼をしていたと思う。僕は純粋に心配だった。

  果たして璞さんのことを標さんが全て話してくれるとは思えなかったが。

初人 「標さん!」

  廊下の先。少し遠くに、歩いている標さんが居た。標さんが、僕に呼ばれ立ち止まる。

標 「どうかされましたか、初人さん」

  標さんが僕の声を聞いて振り向いた。その目に悪意は感じられない。

  標さんが何か隠しているとしても、悪意を持って隠しているとは僕には思えなかった。

  標さんは僕に間接的に選択を迫った。

  その選択で、1度逃げたものの、僕は向き合うことを選んだはずだ。

  それなのに、まだ僕に悪意なく隠していることがあるのだろうか?それは何なのだろうか?

初人 「実は最近、璞さんが虚ろな眼をしていることが多くて。少し心配なんです」

  僕は標さんに何か期待をしていたのかもしれない。標さんなら、解決できる力があるだろうと。

  確かに標さんなら解決できる力があるだろう。

  もしかしたら、璞さんにもその力があるのかもしれない。

  そう考えたけれど、もしそうなら璞さんはあえて解決していないことになる。

  それとも、解決できない理由が何かあるのだろうか?

  それらを全て、標さんなら知っていて、何か改善する為に行動してくれる。僕はそう考えていた。

標 「ええ、知っています。最近のことではなく、初人さんが来る前からそうでしたよ」

  それならば。標さんは何かしら改善しようと試みたのだろうか?

  あるいは試みても良くならなかったから、諦めてしまっているのだろうか?

  諦めているわけではないと僕は思う。諦めているなら、本当に放置するだろう。

  けれど、放置しているのなら璞さんは書斎や海岸にずっと居ることを希みそうなものだ。

  しかし璞さんは授業に出ている。これは標さんが授業に出させているに違いない。

  璞さんの意思であるならば、璞さんはもっと積極的に授業を聞くだろう。

  ということは、標さんは改善しようと試みている最中だがうまく行っていないということだろうか?

初人 「何か璞さんにあったのですか?」

  璞さんの異常成長のことも聞こうとして、やめた。

  いっぺんに聞いても、標さんから聞き出せないような気がして怖かったからだ。

  まず僕は、ゆっくりでも構わないので1つ1つ解決していきたかった。

  しかし、標さんの返答はいつもの微笑みであった。

標 「いずれ、初人さんにも分かりますよ」

  悪意がないのであれば。良かれと思って黙っているのだろうか?

  あるいは。これも選択なのかもしれない。僕自身で璞さんに聞くか聞かないか、と。

初人 「そう、ですか。分かりました」

;立ち絵消し

  いずれにしても標さんがそういうのだから、その言葉を信じる他無いだろう。

  あるいは、既に僕が気づいていないだけで、僕は璞さんにあったことの答えを知っている?

  そんな根拠の無い考えをしていたが、現実的ではないのでやめた。

  けれど、ふと思う。璞さんはどれだけのヒトを改札しているのだろうか、と。

  きっと僕だけではないはずだが――それ以上のことは分からなかった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0205

;◇Wito View

;[演出]

;□背景:標家廊下

;通常ADV表示 櫂&初人

  廊下を歩きながら、僕は考え事をしていた。

  何となく、櫂は、僕のことをどう思っているのだろうか?と考えていたのだ。

  そう、それはついこの前にも考えたこと。でも、途中でやめてしまった。

  今も、正直考えることをやめておきたい気持ちだ。

  それにしても、例えばもし、櫂が居なくなったら。僕はどう思うだろうか?

  居なくなって良かったと思う?櫂の居ない日常を満喫する?それも良いかもしれない。

  けれど、どこかすっきりしないものがあった。

  しかしこれ以上は、嫌な記憶を思い出しそうで考えるのをやめた。

櫂 「どうしたの、初人」

  ふと見ると、目の前に櫂が居た。

  櫂が僕の顔を覗き込んでくる。僕は思わず後ろに退いた。僕が後ろに退いたことを櫂が驚く。

  そして櫂は、少し寂しそうな顔を見せた。それは以前見たことがある表情。

  櫂のそんな顔、これまでは全く見たことが無かったのに。櫂にも、何かあったのだろうか?

櫂 「初人、キミはいつも悩んでるね」

  いつも悩んでいる。そんな風に僕は櫂から思われていたのか。

  少し驚くと共に、僕が周りからどう思われているかなんて、考えたことが無いことに気づいた。

  きっと僕自身のことで手一杯で、周りの視線なんて気にしたことが無かったのだと思う。

初人 「そうだね、ヨノナカうまくいかないことばかりだからね」

櫂 「うん、それも確かにそうかもしれない」

  珍しく。櫂がそんなことを呟いた。僕は思わず櫂のことをじっと見つめた。

櫂 「ん?どうしたの初人」

  特に何も変わらないようだったが、僕にとってはまた心配案件が増えたこととなった。

櫂 「そうだ初人、一緒に海岸でも行こうか?じっと考えていても仕方ないよ」

  悩み続けていても、解決策が簡単に思いつくものばかりとは限らない。

  それなのに、悩み続けていても確かに仕方ないとは思った。

  それを櫂は分かっているのだろうか?こういう櫂の誘いは、僕にとってありがたいものだった。

初人 「そうだね、そうしよう」

;立ち絵消し

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0206

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  烙印とは、星から授かる称号のことである。称号と言っても、不名誉なものが大半だ。

  その称号の中に、自由の烙印というものがある。

  自由になることは、基本的にはヒトの自由だ。

  しかし、無知なまま自由になることは許されていない。

  例えがやや悪い気もするが、性交などそういったものの代表例ではないか。

  仮に本人達が同意の下で行うとしても、無知なまま行うことは社会的に許されていない。

  そして僕は。無知なまま自由になってしまった。だから星から、自由の烙印を授かったのだ。

;[演出]

;□背景:街の中心部

  僕らは街の中心部を通って、海へ向かっていた。相変わらず賑やかな通りを横切って行く。

  標塾から海へ行くには、海岸線と平行に伸びている街の中央通りを渡らなければならないのだ。

  その中で、ふと、歩きながら櫂が僕にあることを聞いてきた。

櫂 「初人、キミは自由?それとも純穢?」

  少し不自然だ、と僕は感じた。そんなこと、櫂はよく分かっているはずなのに。

  櫂はあえて確かめさせたいのだろうか?僕自身のことを。勿論答えは1つである。

初人 「僕は自由だ、烙印持ちのね」

櫂 「それなら、そんなに悩むよりも、自我を使って解決するべきじゃないかな」

  櫂らしい答えではあったかもしれない。イルカは全ての穢れを自我で操ることが出来る。

  それはヒトとの決定的差異であった。だから、きっとそう思うに違いない。

  でも。それが全てではない――そのくらい、櫂は知らなくても僕は知っていた。

初人 「それで解決できれば早いんだけどね」

  ヨノナカ、自我なんかでは解決できないものばかりだ。今悩んでいる、璞さんの件もその1つだ。

  でも、こんなに悩み続けていても仕方ないのかもしれない。

  標さんは『いずれ分かる』と言っていた。その時期が来れば、一気に解決するのかもしれない。

  あるいは、既に解決し始めているが、完全に解決するまで時間がかかるのか。

  けれど、現状をなんとかしたいという僕の思いは変わらない。

  僕は考え事を続けながら、海岸へ歩いたのだった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0207

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  驚くべきことに。普段誰も居ない海岸には、先客がいた。

  普段人など見るはずのない砂浜で、誰かを待っているかのような先客。

  やがて先客が僕を視認し、おいでおいでの素振りを見せた。

  僕は後ろからの強い風によって、砂浜への1歩を踏み出してしまう。

青年 「やあ、初人。久しぶりじゃないか」

  本当なら、ここで会うべきではない相手。

  できることなら風に押されずにここで会いたかった相手。

  それがそこにいた先客――かつての友人、師であった。

;[演出]

;紙くしゃり

  行動を起こそうとして、思いとどまる。

  ここで問題を起こすのは何としてでも避けなければならない。

  僕のシロアリを食べたかのような表情を見たのか、師は笑った。

  それは、どこかで見たことのある表情。しかし今となっては、意味するところが違うもの。

  僕は恐怖せざるを得なかった。

師 「どうしてそんな表情をしているんだ?せっかくの再会じゃないか」

  理由は明白である。そんなこと、師も分かっているはずだ。

  僕自身を流れる汗の感触から再びシロアリを連想し、吐きかけた。

師 「別に初人、お前を縛り付けているわけじゃないだろう?」

  その言葉に、一体僕の何年間が奪われたというのだろうか。

師 「そういえば、櫂さんが居ないな」

  ふと。思い出したかのように師が吐き捨てる。

  言われてみれば、師の姿を見てから、隣にいたはずの櫂が見当たらない。

  その刹那、服の後ろが誰かに引っ張られる。そこで、僕は理解した。

  櫂は自我を使って周りから見えなくしているのだ、と。

  僕もそうすれば良かったのかもしれない。今更ながら、後悔していた。

初人 「何しに来た」

  けれど、僕はどうしても、師に聞いておきたいことがあった。

  櫂が居ない(というように見せかけている)以上、僕だけが連行されることもないだろうと踏む。

師 「何しに?まさか、忘れたわけじゃないだろう?初人、お前は星だ」

  それは、僕がなるべく思い出したくなかったことだった。

  ――そう、僕は星から逃げ出したヒトだ。

師 「だから、連れ戻しに来た。ついでに櫂さんもね。今は居ないみたいだけれど」

  本当は師も予想しているのかもしれない。櫂が自我を使って周りから見えなくなっていることを。

  そんなことを考えていたが、僕はどうしたものかと悩んだ。

  櫂と同じような手法を使って、とりあえず逃げるべきなのだろうが……

初人 「1つ、聞かせて欲しい」

  どうしても聞きたいことがあって、僕は師に尋ねた。それは師の持つ最終手段のこと。

  師がどの程度の本気であるのかを知りたかった。

  場合によっては標塾を放火されてしまうかもしれない、それだけは避けたかったのだ。

初人 「もし、僕が戻りたくないと言ったら、師はどうする?」

  僕のことを見て、少し師が笑った。そして信じられないことに、師は最終手段を明かしてくれた。

師 「星の兵を使って強制連行する」

  僕の拠点、つまり標さんの家の放火、については言及しないようだった。

  だが場合によってはされてしまうかもしれない。僕は恐怖した。

  もう聞きたいことは聞くことができた。このままでは無いとは思うが連行されかねない。

  そっと師の前から僕は退散しておくべきだろう。

師 「外に放っておくのは暴走の恐れがあり、危険だというのが星の判断だ」

師 「お前は自由の烙印持ちだ、今まで何も無かったのが不思議だが、危ないことには変わりない」

師 「今のような、星の監視下に置かれていない状況は極めて危険だと星は判断している」

師 「俺も星の言う通りだと思う、だから連れ戻しに来た」

師 「聞いてるか、初人」

;立ち絵消し

  そろそろ師に分かってしまう頃合いだろう。僕は僕の幻を消した。

;[演出]

;1人表示 師

師 「途中から、初人の幻だったということか」

  霧散して消え去っていく僕の幻を見つめながら、師がそう呟いているのを近くの草むらから見た。

  どうやらこの展開は予想していたようで、それほど落ち込んでいないようだった。

  それにもかかわらず、僕らを探さないのは、師なりの考えがあるのだろうか?

師 「仕方ない、今回は見逃そう。だが初人、聞いているか、次は無いからな」

;立ち絵消し

  師はそう言い残して、海岸を星の方へ歩いて行ったのだった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト




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