第1話後編

;ここから後編


*0106

;◇Kai View

;フェードイン

;[演出]

;□背景:標家廊下

;○廊下を駆ける音

;○櫂の荒い息遣い

;○扉を開ける音(キィッ、バタン)

;音楽は無し

;1人表示 櫂

櫂 「いやっほーぃ初人!ただいま、帰ってきたよ!」

櫂 「私が海へ行っていた間に初人、キミと会えなかったことでどれだけ寂しい思いをしたか」

櫂 「色々海で手続きに時間がかかってしまって大変だったけれど、何とか帰ってこられたよ」

櫂 「本当に途中大変だった!色々なイルカからヒトの世界について尋ねられてね」

櫂 「イルカの世界に着いたら着いたで、偉い人から色々と尋ねられるわ、」

櫂 「イルカたちに帰ることを告げたらすごく反対されるわ、繰り返すけど本当に大変だった」

櫂 「でも初人、キミと生き別れになるのが私は嫌だった」

櫂 「だから反対を無理矢理押し切って帰ってきたのだけれど……」

櫂 「初人、キミも私が居なくて泣いていなかった?大丈夫か?」

  そして1人のイルカは、初人の部屋で立ち尽くした。

  何故なら、肝心の本人が居なかったからだ。

櫂 「あれっ、居ないのか、もう夜なのに。また講師室で疲れて寝ているのかな」

櫂 「仕方ないな、それまでこの初人の部屋で本人を待つとしよう」

;○オフトゥンダイブする音

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0107

;◇Wito View

;ブラック

  僕は夢を、見ていた。それは、叶うはずのない夢。そして、僕の、希まない夢だった。

;[演出]

;□海岸

;○波打ち際

  何故だか僕は、正確には僕らは、砂浜に居た。隣には櫂が居る。

  よく見ると僕は、櫂と手を繋いでいた。繰り返すが、夢である。

;[演出]

;□櫂と初人が海を眺めるEG

;立ち絵表示せず。モブ化?

  2人は砂浜から海を、いやその先にある何かをずっと見つめていた。

  その先にある何かに、僕は見覚えがあるような無いような……

  しかし僕はその何かを見ることができない。ぼやけてしまって、迷走している。

  そんなものを2人で見つめて、一体何になるというのか、僕にはさっぱり理解できなかった。

櫂 「初人、実はキミに、聞きたいことがある」

  唐突な櫂からの質問に、夢を見ている僕は困惑する。

  櫂が僕に聞くことなど、何も無いはずなのに。櫂は僕のことを何でも知っているはずなのに。

  僕は身構えてしまう。櫂が聞きたいのは、僕の意見だ。

初人 「僕に質問?どうしたの?」

  落ち着き払っている風に夢の中で装ってみせる。そんなこと、櫂には無意味だというのに。

  僕は櫂に対してどうして自然で居られないのだろうか。

  櫂が僕の全てを知っていることが怖いのだろうか。

  それとも櫂が純粋にイルカだから、なのだろうか。

櫂 「初人、キミは、何か変わったかい?」

  夢の中の僕は、すぐに櫂の言っている意味に気づいた。

  そんなこと、当たり前だろうと言うかのように一気に穏やかな表情になる夢の中の僕。

初人 「うん、櫂のおかげで、変わることができたよ」

  ――否。

  僕は変わることなんてできていない。

  自由を捨てた僕は、また同じことを繰り返しているだけにすぎない。

  今朝も、この前と同じように標さんに迷惑をかけてしまった。

  自分は物事を完璧にこなすことなどできない、そんなことずっと分かっているはずなのに。

  それなのに夢の中の僕は、どうしてこんなことを言えるのだろうか。

  僕は夢の中の僕に怒りを感じた。

  それは僕の、僕自身への怒り。僕の理想(イデア)が離れすぎていることへの。

  それとも、そこまでして僕は目指さねばならないというのだろうか。

  僕は僕自身への方針に疑問を感じ始めていた。

櫂 「そうか、それなら良かった。私はまだ、変われないな……」

  ――否。

  櫂は変わろうとしている。何故なら櫂は、僕を引き止めたから。

  引き止めた?一体何の為に?僕が何をしたというのか?

  僕は夢を見ている僕に怒りを感じた。

  それは僕の、僕自身への怒り。僕の現実が理想と離れすぎていることへの。

  そして同時に。夢を見ている僕が変わらないことへの。

  夢を見続け、段々と不快になってくるのが僕自身良く分かった。

  そろそろ目覚めてしまわないと、精神が狂ってしまいそうで怖かった。

  けれど、何か重要な事を聞き逃してしまいそうで、まだ夢に居たかった。

  夢とは僕自身の無意識を反映させたものであるならば。

  僕は無意識に何を隠しているのだろうか。それを知りたくはなかった。

  けれど、希に関する手がかりがそこにあるならば、やむを得ないだろう。

;EG消し

;[演出]

;1人表示 櫂

櫂 「初人、最後に聞かせて欲しい」

  どうして最後なのだろう。夢の中の櫂は、夢を見ている僕に気づいていないはずなのに。

  それとも、櫂は夢の中を含めた僕の全てを知っているというのだろうか。

  櫂が僕の手を強く握りしめる。やがて櫂は海から視線を外し、僕を見つめた。

  ――いや、櫂が見つめているのは、僕じゃない。夢を見ている、僕だった。

櫂 「キミは、このセカイが希なのか……?」

;立ち絵消し

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0108

;◇Wito View

;[演出]

;ブラックフェードイン

;□背景:標家講師室(夜)

初人 「はっ!?」

;視線移動エフェクト

  そこに居たのは、講師室で夢を見ていた初人という青年だった。

  すぐに、夢から帰ってきたということに気付く。同時に、外が夜であることも。

;[演出]

;紙くしゃり

初人 「まずいな、まだ明日の資料集めが終わっていないのに」

  同じことを繰り返してしまう。それが僕なのだ。だから、変わりたかったのだった。それなのに。

  今日も努力は虚しく散っていく。僕には紙を丸めることしかできない。

;○廊下を歩く音(木の廊下を歩く音)

  その刹那、廊下を誰かが歩く音がする。こんな時間にこの家に居るのは、標さんだろう。

  標さんに何と言えばいいのだろう、また体調を心配されるのだろうか。

;○扉の開閉音(カラカラ~ぴしゃん)

;[演出]

;通常ADV表示 標&初人

標 「あら、やはり初人さんでしたか」

  予想通り、そこには標さんが立っていた。僕は何も言えない。

  まだ何もできていない。それなのに、どうして標さんとまともに会話できるだろうか。

  僕はおとなしく謝ることにした。そうすることで、救われる気がしたから。

初人 「すみません、色々と」

  理由など山ほどある。たとえ1つ1つは些細な理由だとしても。

  しかしよく考えれば、救ってくれるのは断絶しているイルカそのものである。

  イルカを受け入れない限り――僕は救われないのだ。

  いや、きっと僕は誰からも救われないのだろう。僕自身で道を切り開くほかあるまい。

  そんなことを考えているなんて標さんは知るわけがないのに、標さんは微笑んでくれた。

標 「良いんですよ、初人さんは進むべき道がじきに見えるのですから」

  そういうものですかね、と簡単に返答しておいたが、さっぱり意味が分からなかった。

  ふと、そこで急に標さんの表情が曇り始める。何かあったのだろうか。

標 「ところで初人さん、璞はどこに居るか知りませんか」

  きっとまた図書室に居るのかもしれない、そう言おうとしたが、やめた。

  場合によっては、それが璞さんにとって不利になる、と少し考えたからだ。

  しかしこの判断は、不要なものであった。

標 「恐らく海岸に出ていると思うので、夕食ができるから帰ってきて欲しいと伝えてもらえますか」

  どうやら標さんは既に場所を知っているらしい。何度も同じことがあったのだろうか。

  僕は驚きを隠せなかった。そのことに気づいたのか、標さんが改めて僕に問いかけてきた。

標 「初人さんがまだお忙しいなら私が行きましょう、しかし気晴らしにどうですか」

  標さんのやや強制力を持たせる発言に少し戸惑いながらも、僕は決断した。

初人 「行きましょう、海岸を探せば良いんですね?」

  この判断が正しいのかどうか、僕には分からなかった。

  けれどただ1つ言えることは、標さんに僕は何の疑いも抱いていなかったということだ。

  ヒトだからという理由で標さんを信じきってしまっていた僕は、愚かだったのかもしれない。

  すぐに出発しようと身支度を始めた僕を、標さんが呼び止めた。

標 「あの、初人さん。最近不審者が出るそうなので、お気をつけて」

  不審者?そんな情報が出ているのだろうか。僕の知らないことだった。警戒するべきだろう。

  万能ではないが、僕は自我で光と熱の穢れを扱える。不審者を追い払うには十分だろう。

  とはいえ、それなら璞さんが心配だ。1人でこの時間に外に出る勇気は素晴らしいと思うけれど。

初人 「了解です。それでは行ってきますね」

;立ち絵消し

;[演出]

;ブラックフェードアウト

  外では目の前が見えなくなるほどではないが、雪が舞い降りていた――



*0109

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

;雪エフェクト

  雪の降る中、白い息を吐きながら、少し考えていた。璞さんのことだ。

  璞さんは、僕から何故かいつも距離を置くようにしているように思える。

  僕だけじゃない、他の純穢(すみのえ)達ともだ。それが何故なのか、僕には分からなかった。

  個性、と割り切ってしまっていいのだろうか。

  心配な物事がもう1つある。櫂のことだ。

  ポケットに入っている、ドライフラワーを取り出し、見た。

;  ドライフラワー→自我で加工した花

  この自我で加工した花に、僕の過去が詰まっている。具体的には、僕らが出会った時の思い出が。

  僕らが出会った時、僕らは花冠とバブルリングを交換したのだ。

  それは幼い僕らの誓い。しかし、今となっては。

  僕は櫂が帰ってきたら、すぐに返すつもりだ。こんなもの、見たくない。

  けれど、櫂は本当に帰ってくるのだろうか。複雑な心境だった。

;[演出]

;□背景:街の中心部

;○賑やかな声

  賑やかな声で我に返ると、僕はちょうど街の中心部を通り過ぎようとしているところだった。

  この中心部には純穢(すみのえ)の立ち入るべきではない場所も存在する。

  身体を暖めたいわけではないだろうが、中心部にはヒトが押しくらまんじゅうのような混雑だった。

  厚着だからスリや客引きに遭うことはないだろうが、それでも怖いことには変わりなかった。

  特に。僕みたいな自由になったばかりに見えるヒトは狙われやすいだろう。

  ヒトを押しのけるように前へ前へと進もうとしていく。

  しかしそれにつれて、ヒトの流れによって流されていってしまう。それが悲しかった。

  同じことを段々と繰り返していくうちに、僕は絶望していくのだ。

  それでもまだ信じて、前だけを見ている。それが僕であった。

;[演出]

;1人表示 初人

初人 (このままじゃ、いけない。このままじゃ……)

  僕は変わらなければならないのだ。分かってはいる。しかしただ前だけを見て、流されていた。

;立ち絵消し

;[演出]

;1人表示 櫂

櫂 (初人、キミはそのままじゃダメなの?)

  こんな時に限って櫂の幻聴が聞こえるなんて。今日は最悪な日だ。

  早く帰らないと、璞さんのことを標さんが待っている。

  そうだ、璞さんが不審者に襲われてしまうかもしれない。早く海岸に行かないと!

櫂 (落ち着いて、初人。キミがするべきことは他にあるんじゃないのかな)

  僕が自我で扱えるのは、光と熱の穢れ。あいにく幻聴は消し去れなかった。

  それよりも、どうしてこんなにヒトが多いのだろうか。僕は疑問に思う。

  ヨノナカには僕の知らないことがまだ山ほどある。僕は今日を知らない。

  そして同時に。僕はこの幻聴の理由を知らない。遠距離で穢れを操作されているのだろうか?

櫂 (初人。キミがするべきこと。それはキミ自身がよく分かっているはずだよ)

  いい加減、櫂の幻聴を聞き流すことが嫌になってきた。耳栓をしたら治るのだろうか。

  ……いや、待て。櫂は今、何と言った?

櫂 (キミのココロに問いて。キミの本は、どこにある?)

  僕の、本。本で思い出すことと言えば、自由の烙印(らくいん)だ。

  思い出したくないあの頃に比べて、今はどうなのだろうか。

  標さんのおかげで、だいぶ暮らしやすくなった。そう、標さんのおかげで。

櫂 (キミのペンは、どこにある?)

  僕の、ペン。それはやはり本だろう。

  今思えば、自由の烙印があった時代に読んだ本が、僕の礎になっているのかもしれない。

  結果的にそれは今の、私塾講師ということに繋がってきている気がした。

櫂 (では、キミの希は?)

  僕の、希。そういえば、それは一体何なのだろうか。

  僕はいつも、見えていない何かを見続けていたのではないか。即ちそれは虚構――

  その発想が浮かんだ直後、唐突に僕は震えた。恐怖したのだ。

  僕は僕でない何かをずっと見つめていたのかもしれない。

櫂 (思いだして、初人。キミの希はどこにある?)

;立ち絵消し

  どこにある、と言われてもまだわからなかった。けれど、1つ分かったことがある。

  それは、この先にはまだ無いということ。

  そうだ、辺りを見渡してみよう、空いている場所があるのかもしれない。

  そこで僕は、初めて辺りを見渡してみることにした。

  といっても、ほとんどヒトの顔が並んでいるだけで、何かがあるわけではないだろう。

  しかし、微かにこの時、僕はそこに櫂の姿を期待していた。

  けれど、そこには櫂は居ない。当然だろう、櫂はまだ。

  諦めかけたその時、僕の視界に何かが見えた気がした。

;[演出]

;□璞が影に取り囲まれているEG

;初人立ち絵なし

初人 「璞さん!?」

  幻覚?確かにそうかもしれない。そう思いたかった。

  なぜなら僕にとって、その光景は受け入れがたいものだから。

  どうしてだろう、涙が出てきそうになり、その光景から目をそらす。

  僕自身を否定してしまう時のような感覚。

  でもそれは、やはり受け入れなければならないものであると悟った。

  もう1度、その光景を見た。やはり、それは変わらなかった。

  璞さんは、怪しい若者たちに囲まれていた。

  彼らに囲まれたということは、つまり破滅だ、もう璞さんの生命など無いに等しい。

  いや、既に無いのだろう。璞さんも無抵抗だ。

  僕がなんとかしてみせる?なるほど、それも解決手段の1つなのかもしれない。

  僕の扱える自我、光と幻の穢れで幻覚を見させ、その隙に逃げる。

  出来ないことはない。けれど、そんなことをしたところで後から復讐される。

  彼らは無知ゆえに解き放たれている、純穢なのだ。

  しかし、だからこそ僕らは彼らを恐れてしまうのだ。

  冠と鎖に縛られているとも知らない、純穢の居心地の良さ。そこから離れたくない僕ら。

  けれども、一部の人達は無知でありながら革新を求める。平等だ、自由だ、個人だ、と。

  いずれその流れに乗る他無いのかもしれない。

  そして僕は、新たな者達に自由を奪われた。僕のできることなどもう……

初人 「璞さん、ごめん。僕は君を見捨てる他無い」

  見捨てられた璞さんがどうなるかなど知らない。吐きそうで、知りたくもなかった。

  そうして回れ右をして、何事もなかったかのように僕は立ち去る他無い。

  そうしようとした刹那、僕は再び、あり得ないものを見ることになる。

璞 「解き放たれた穢れよ。ようこそ、バブルリングへ」

  璞さんは、確かにそう呟いた。少なくともその時の自分には、そう聞こえた。

  そして、純穢は消えた。純穢は、僕の眼の前で、灰のようになり、風で消え去った。

;□璞だけが残るEG

  あとに残ったのは、璞さんと、それを見ない振りをしている人々。

  人々は何事もなかったかのように、璞さんの周りに近寄らないようにして過ぎ去っていく。

  僕は、璞さんを遠くから見つめた。何が起きたのか、信じられなかった。

  そのうち、人々による通報で星がやってくるのかもしれない。

  でも、今はそんなこと考えられなかった。ただ事実把握に努めようとした。

  そこから導き出される結論は、1つしかない。

  璞さんは、穢れと自我で純穢を消し去った――

;↓声なしで行こうかと思います。

璞 (ごめん、なさい)

  確かに璞さんはそうつぶやいていたように見えた。

  どれだけ璞と僕の間に人が居なくても、距離は遠かった。

  璞さんの声など、勿論人々の声に紛れて聞こえない。

  璞さんというちっぽけな存在など、声を出しても人々の影にすぐに隠れてしまうのだった。

  璞さんはそのことに気づいたのか、やがて僕から逃げるように人々の中に紛れてしまった。

;□誰も残らない人混みだけのEG

初人 「璞さん!」

  僕が、璞さんは何をしようとしているのかに気づいた時には、既に遅かった。

  僕は大事なものを、また1つ失ってしまったのだ。絶望した。後悔でいっぱいだった。

  ヨノナカには、見てはいけないものがある。そんなことさえ僕は分かっていなかったのだ。

  璞さんは。標さんは。僕の中で線路が繋がって行く気がした。

  けれど、標さんは何故僕に璞さんを探させたのだろうか。

  僕が璞さんの今の様子を見てしまう可能性を考慮しないことなんてあるだろうか。

  僕は僕に、否の札を貼り付けた。つまり標さんは、選択を求めているのだ。

  僕が見た上で、何をするべきか考えろ、ということなのではないか。

初人 「大切なモノを、忘れてしまうことはできない。僕は苦しみ続けなければならない……」

  叶うことなら、苦しみたくない。僕は、忘れる忘れないという次元に居たくない。

  そこに居ることを自然にさせたいのだ。僕にとっては安定が楽園なのだ。

  楽園を作りたい、そう願っていた僕だったはずなのに。

;[演出]

;ブラックフェードアウト

;立ち絵なし

初人 「僕は、成長していないな」

  何故、僕は同じことを繰り返すのだろうか。

  苦しまないようにする為には、僕は何をすれば良いというのだろうか。

  2度と同じ過ちを繰り返さない為に、僕は変わらなくてはならない。

  けれど走ることもせずに、ゆっくりと立ち上がって、僕は街を歩き始めたのだった。


*0110

;◇Wito View

;[演出]

;□背景:海岸

;○波打ち際

  気がつけば。僕は海岸に来ていた。きっと、もう1度僕自身を見つめなおす為に。

;[演出]

;□初人の後ろ姿EG

;立ち絵なし

  僕は砂浜と海岸沿いの森の境目に、1人で黒い海を眺めるように座りこんだ。

  波は今日、荒れ気味だった。座りながら、ぼんやりと考え事を始める。

  どうして、僕が璞さんを追いかけられなかったのだろうかと。

  1つの理由として、僕には自信がないのだと思う。新たな本を得ることができる、自信が。

  けれど、本当にそれだけなのだろうか?僕には違う気がする。

  さらに言えば、追いかけてもまた璞さんを怯えさせてしまうかもしれないのも理由かもしれない。

  璞さんの怯え。今日、書斎で見せたあの表情。一体あれは何なのだろうか。

初人 「僕は、何か大きな勘違いをしているのかもしれないな」

  そんな言葉が脳内からふと出てくる。勘違い、そう、それもとてつもなく重大なことを。

  璞さんのこともその1つなのかもしれない。僕は勘違いをしていた。

  璞さんは――異常成長をしている。それも見たところ、かなり前から。

  ごく普通の純穢(すみのえ)に見えたけれど、実際は全く違った。

  僕はもっと、慎重に接するべきだったのではないか?僕は僕が慎重に接していたとは思えなかった。

  璞さんの世界に唐突に入り込み、唐突に傷つけ、変えてしまったのではないか?

  物事を変えた時、必ずしも良い方向に行くとは限らない。

  実際には、些細な事も含めて悪い方向に行くことも多い。それは僕自身がよく分かっているはずだ。

  自由になることの恐ろしさなどよく分かっている。それなのに、僕は。

;[演出]

;紙くしゃり

;□拳と砂浜EG

  強く、右手を握りつぶそうとする。強く、強く、強く。

初人 「僕は。僕は!」

  確かに、物事を変えた時、必ずしもうまくいくとは限らない。

  けれど、それを恐れて僕は避けた。そんな僕自身にやっと気づき、愚かだと罵った。

初人 「本を求めている、そのはずなのに、僕はっ!」

  僕はありったけの力で砂浜を殴り、慟哭した。何度も何度も殴り、蹴り、僕は僕を非難した。

  ああ、僕は何と無駄なことをしているのだろうか。

  こんなことをする僕自身と、こんなことをさせた僕自身に、丸めた紙を投げつける。

  けれど、そんなものに目立った効果など無かった。

  僕はただ、泣き続けたのだ――

;[演出]

;ブラックフェードアウト

  どれだけ時間が経ったのだろうか。しかし、確実に時は流れ、来るべきモノがやってきていた。

;[演出]

;□海岸

;♪不安

  それは唐突だった。不意に凪が訪れ、不穏な気配を感じ取った僕は、慌てて立ち上がった。

  自我で穢れを操り、周囲の砂を発光させた。が、その前に僕は森の奥にあるモノを視認していた。

;[演出]

;1人表示 祝

声 「ソコニイルノハ、ウイトダナ?」

  ヒトを一瞬で不快にさせる声とは、まさにこのことだろう。

  そしてこの声は、とても人間には出せるようなものではない、とも分かっていた。

  僕にはこの相手がどういうものか分からなかったが、不思議と余裕があった。

  いや、きっと僕自身に、そう思い聞かせるようにしていただけなのかもしれないが。

;立ち絵消し

;[演出]

;前奥表示 初人&祝

初人 「その通り、僕は初人だ。あなたは?」

  冷静でいるかのような声を出していると、自然に冷静になるような気がした。

  やがて相手がこちらに近寄ってくるのが分かった。僕は警戒する。

  背後の砂の明かりに照らされ、見えたのは深くフードを被る相手の姿であった。

;[演出]

;前奥切替

祝 「ワガナハ、ハフリ。ワレハ、カイホウシタイ」

  解放したい、という言葉に少し疑問を持った。

  祝と名乗る相手は、穢れを解放できない病気か何かなのだろうか?

  ――否。

  先程の気配は突然訪れた。それは自我により、穢れを調整して直前まで気配を殺していたに違いない。

  なら何故、最後まで気配を消さなかったのだろうか?

  残念ながら、僕にはそこまで分からなかったが。

;[演出]

;前奥切替

初人 「解放して、何をするんだ?」

  分からない点はまだあった。それが、何の為に僕の元へ来たかということだ。

  恐らく穢れを解放したいと言うが、そんなこと、祝自身でできるはずだ。

  僕など、祝にとっては本来不要なはずなのに。

;[演出]

;前奥切替

祝 「カイホウシ、ノゾミヲテニイレル」

  希を手に入れる為に穢れを解放する?まだ、僕が関わる理由が分からない。

  だが、どうやら祝との平和的解決は難しそうだった。

  ならばやむを得ない、ここは対策をしなくてはならない。

祝 「トキハキタ、ウイト、ノゾミヲテニイレルトキダ」

  先程まで光っていた砂が、僕の自我による穢れの操作の力を徐々に失っていく。

;立ち絵消し

  その刹那、祝が動き始めたのが分かった。

  と同時に、僕は祝の方向へ強力な穢れを自我で操作しようとしていた。

  予め掴んでおいた砂を、祝の方へ投げつける。と同時に、発光させた。

;[演出]

;画面ノイズホワイトアウト

;元に戻す

  あくまでも威嚇の目眩まし用であったが、これで効果は抜群だろうと踏んでいた。

  けれど目の前に居る相手は、別の方法で僕を認識しているのだろうか?

  強力に発光する砂を構わず、まっすぐに僕を目指して突き進んできた。

;[演出]

;□祝接近EGをアニメーションでできれば。

祝 「カイホウシタイ。イマスグニ、カイホウシタイ――!!」

  それでも僕は既に身の危機など感じていなかった。どうにかなる、と言うような考えではない。

  僕自身の力でどうにかできる、そう考えていた。

  僕の自我と穢れでは、光や熱しか操ることが出来ないというのに。

  異常な自信は異常な行動を見せることを、僕は知らなかった。

  それは穢れの解放。自我の緩和。希への玄関口であった。

  現実は非情である。不条理で満ち溢れているのだ。僕は対抗した。けれども、ただそれだけであった。

;[演出]

;身体を切り裂く演出

;立ち絵なし

  祝のモノと思われる自我と穢れが、僕の身体を切り裂く。

  僕の身体は後ろに倒れてしまう。あぁ、これだから僕は、もうダメなのだ。

  そう思ってしまったその時、脳内に奇妙な音楽が鳴り響く。

;↓璞ダミー

;璞

;↓これで立ち絵なし璞ボイスが再生されるはず

声 「扉、閉める」

;[演出]

;□背景:市街電車

  この奇妙な音楽は、最近この市に出来た『市街電車』の発車音楽というものだと気付く。

  この鉄の臭い、この焼き焦げる臭い。間違いなく、星の前を走っていた『市街電車』だ。

  僕は気づけば、『市街電車』の乗り場から電車の中に突き飛ばされていたのだ。

  しかし気づいた時には、目の前で『市街電車』の扉は閉まっていた。

  何故僕がいつの間にか『市街電車』に乗っているのか分からなかった。

  けれど、『市街電車』でどうすれば扉が開くのか知っている。

  非常ドア開閉装置を作動させればいいだけの話だ。

  閉ざされた扉。出ようとするには開ける他あるまい。

;前の演出で指定したとおり立ち絵なし

初人 「僕に、扉を開けるペンを!」

;[演出]

;ホワイトフェードアウト

  周囲が白い光で包まれ始めていた。このままでは、意識を失ってしまう。

  僕は倒れかかった身体を起こしながら、必死に光の中へ手をのばす。

  すると、何かを掴む確かな感触がそこにあった。それを思いっきり僕に引き寄せる。

;BGMOFF

;[演出]

;ブラックフェードアウト

;□初人落下EG

  その刹那、僕は今まで体験したことのないものを全身で感じることになった。

  それは、一言で言えば星の持つ巨大な力であった。

  奈落への垂直落下。それは希から遠ざかっていくことを意味していた。

  僕はそんなことをぼんやり考えながら、あぁ、くじで「普通」を引いてしまったのだと理解する。

  そう、「普通」だから、このままではどんどん損失が大きくなっていくのだ。

  けれど、もう「普通」からは戻れない……そう確信していた。

  僕はふんわりとした地獄を味わいながら、ゆっくりと目を閉じようとした。

初人 (僕はこのまま、もう希からはかけ離れてしまうのだろうか――)

  いやそんなことはない、とささやかな、力に対する反抗をするも虚しく終わった。

  僕の意識は、奈落へ向かっていったのだった。

;[演出]

;ブラックフェードアウト


*0111

;◇Wito View

;[演出]

;ブラック

  だが、頬のむず痒い感覚によって、僕は起こされた。

  僕はいつの間に寝てしまったのだろう、という疑問とともに起き上がり、あたりを見渡す。

;[演出]

;□背景:駅舎

;もやエフェクト

;立ち絵なし状態

  するとそこは、恐らく駅舎であった。恐らくというのも、1度見たことがあるきりだったからだ。

  その1度というのは、急ぎの道中でのことであり、覚えていないに等しいのも頷ける。

  さらに視界が悪いことも、確証が持てない理由の1つだった。

  不思議な空間が続き、気が滅入りそうであったのは確かだが、僕には1つの希が見えていた。

  その希とは、駅舎と思われるものの奥から現れつつある、影であった。

  ゆらりゆらりと灰色の、比較的小さな影は、僕から少し離れたところまで来ると、立ち止まった。

  その正体が何であるかは、僕は知らない。ただ、敵では無い、そう直感していた。

初人 「ここは、駅舎なのですか?」

  散々悩み、僕は素直に聞いてみることにした。すると、小さな声で返事が聞こえた。

;↓ダミー

;↓璞さんボイス

声 「ここは改札。あなたが希へ向かう切符を出札し、入鋏(にゅうきょう)する場所」

  改札、ということはやはりここは駅舎なのだろう。

  それにしても、この声はどこかで聞いたことがあるような気がするのは気のせいだろうか?

  僕が悩み始めると同時に、小さな影は前に進み出た。僕はその姿に、しばらく言葉を失いかけた。

  しかし改めて考え直し、正気のままで居ることができた。

  そう、あの自由を倒す力があるのなら、こんなことができてもおかしくなんて無いのだった。

初人 「璞さん……僕は、璞さんを救えなかった」

初人 「それだけじゃない、璞さんを見捨てようと思ってしまった。本当に、ごめん」

  それは素直な思いだった。僕はその場で、小さな影に土下座した。

  今考えれば、我ながら、本当に情けないことだと思っている。

  確かに僕に勝ち目などなかっただろう。けれど、だからといって見捨てるなんて――

;[演出]

;紙くしゃり

;通常ADV表示 璞&初人

  僕は、愚かな僕自身を、呪い殺したくなったのだ。けれどそれを抑えたのは、璞さんの声だった。

璞 「変わりたく、ないの?」

  その真意とこの場所の意味に気づくまで、少し僕には時間が必要だった。

  つまり、僕は璞さんに試され(exam)、入鋏とは試験なのである、と。

  だとしたら。僕は果たして変わることができるのだろうか?

  ここに来て急に弱気になってしまいかけたが、決意は揺らがなかった。

初人 「変わり、たい。うん、変わってみせる」

  まっすぐ璞さんを見つめなおした僕を見て、璞さんは僅かに笑った気がした。

璞 「その為の、改札」

  最も、そういう風に僕が思い込んだだけなのかもしれない。

  いずれにしても、僕が変わろうとしているので、璞さんも変わろうとしていた。

  璞さんが唐突に、希へ手を伸ばす。

;立ち絵消し

;[演出]

;璞さん変身演出

;♪改札

  その刹那、幾多の光の粒が璞さんの指先から溢れだし、璞さんの服を変えていった。

  それは僕が1度見たことのある、駅員の服、とは少し違うものだったが。

;1人表示 璞

;制服差分

璞 「これより出札を始めます」

  突然口調が変わり、僕は驚き、そして納得した。この儀式は、璞さんの意思で行うのだと。

  その為の着替えであり、その為の口調の変化なのだと。

  気持ち、背筋を伸ばした僕であった。勿論、そんなことをしても何も変わらないが。

璞 「あなたが列車に乗りたいと希む時、改札員によって改札は開かれます」

  改札員、それが即ち璞さんのもう1つの姿なのだろう、と僕は考える。

  その姿と、今まで僕が見てきた璞、一体どちらが本当の姿なのだろうか?

  そして璞さんは言った。”あなたが列車に乗りたいと希む時”に改札が開かれる、と。

  僕はこれから、列車に乗るようだ。希へ進む列車だろうか。

璞 「改札を通る為には、本とペン、そして希が必要です」

璞 「改札を通った暁には、その代償として、あなたのどこかに穴が開けられます」

璞 「では、問いましょう。あなたの本は、何ですか?」

初人 「僕の本は、自由の烙印だ」

;※元々ここで選択肢を入れる予定でした

初人 「自由の烙印があったからこそ、僕はこうしてここに居る、そうでなければ今頃僕は海の藻屑だ」

璞 「あなたのペンは、何ですか?」

初人 「僕のペンは、沢山の本だ」

初人 「沢山の本が、自分の力を養い、糧になってくれた。僕は本に感謝しなくてはならない」

璞 「ならば、あなたの希は何ですか?」

初人 「希は――今はまだ分からない。けれど、今まで見てきた方向には無いと思う」

初人 「やっと分かったんだ、僕は虚構を見つめ続けていたことに」

初人 「僕はもっと、他の場所を見る必要がある、それに気づいたんだ」

璞 「理解しました。あなたを、入鋏します」

  入鋏、という言葉に僕は震えた。さっき璞は、”あなたのどこかに穴が開けられる”と言っていた。

  自分の場合は、一体どこに穴が開くのだろうか?

  その刹那、璞が右手を高く上げる。その右手の中にあるものは、ハサミであった。

;立ち絵消し

;[演出]

;はさみをカチカチする

;[演出]

;肩に穴が開く

;立ち絵なし状態

璞 「あなたの肩に穴は開いた。さあ、入場しなさい。バブルリングへ!」

  やがて改札扉が開かれ、僕は光の中を走り始めたのだった。

;BGMOFF

;[演出]


*0112

;◇Wito View

;[演出]

;□砂浜海岸

;夜エフェクト

;○ループ 波打ち際

  波の音で目が覚める。いつの間にか、僕は夜の海岸で寝ていたようだ。

  あたりを見渡すけれど、もう祝は居ないようだった。どこかへ去っていったのだろうか?

  それにしても。僕は僕自身の経験を信じることができなかった。

;[演出]

;1人表示 初人

初人 「何だったんだろう、今の幻覚は」

  光と幻の穢れを操る自我でさえも、かき消せなかった幻覚。

  でも、似た光景を、僕はどこかで見たことがあったはずだ。

  それが何なのか、思い出すことは叶わなかったが。

;立ち絵消し

;[演出]

;通常ADV表示 初人&璞

璞 「さっきの、自我」

  呟きによって、すぐ目の前で座る璞さんを見つけることができた。

  璞さんは、まるで僕が居ないかのように、熱心に海を眺めていた。

  僕は気づいた。璞さんは、海の向こうの世界が気になるのだと。

  それはいけない遊びであった。そう、改札突破に他ならない。

  それでも、璞さんは見続けるのだろう。例えその身体が朽ちたとしても。

  そして同時に、璞さんの発言が正しいのなら。先程の幻覚が璞さんの自我だと言うのなら。

  僕は、やっと1つ、変わることができたのだろう。

  しかし、璞さんは変わらないようだった。口調も、元に戻ってしまっている。

初人 「隣、座ってもいいかな」

  少しの沈黙の後、璞さんは恐る恐る頷いてくれた。

;立ち絵消し

  ゆっくりと腰を下ろすと、やがて僕は冷たい砂と触れ合った。

  やはりまだ僕は怖がられているのだろうか。

  しかし僕が改札を越えたことで、璞さんの態度も少し変わったように思えた。

  目立った変化は無かったけれども、僕は確信していた。

  僕は、璞さんの中のことを知ってしまったのだ。

;[演出]

;□2人が海を座りながら見るのを後ろから見た影EG

;立ち絵なし状態

初人 「海が好きなんだね」

  ずっと海を見続ける璞さんに、僕はそう声をかけた。

  少しうつむく璞さんの代わりに、今度は僕が海を見た。穏やかな波が、規則的に僕らのもとに訪れる。

  同時に僕らから海へ風が通り過ぎていく。その風が遥か遠くまで届くかは分からなかったが。

璞 「あなたは?」

  不意に、璞さんの小さな吐息が見えた。僕は、海が好きなんだろうか?

  僕は僕自身に分かりきったことを問いかけた。答えは変わらない。

  例えそれが、璞さんの期待する答えと違ったとしても。僕はきっと、言わなければならない。

初人 「僕は海が好きだったな」

  僕の思いが伝わり、そして正解ではないが璞さんに受け入れられるものであったからだろうか。

  璞さんは僕にゆっくりと重みを預けた。ゆっくりと僕は受け入れざるを得なかった。

  璞さんと海を眺めながら、波や風の音と時が過ぎていく。

  こうして少し今までとは違う平和な日常が流れ続けることを、僕は確かに願っていた。

  ――その思いが、既に伝わっていなかったことを知らずに。


;(第1話ED)


*0113

;◇Wito View

;[演出]

;□背景ブラック

;立ち絵なし状態

初人 「さて、寝るか……」

;[演出]

;○扉を開ける音(キィッ、バタン)

;□初人の部屋

;立ち絵なし状態

櫂 「zzz...zzz...」

初人 「……」

;[演出]

;ブラックフェードアウト

;○扉を開ける音(キィッ、バタン)

;第1話 終

;[シーン終了]

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