純穢改札-星とイルカと希む人々-

ことづ

第1話「私はあなたを知らない」

第1話前編

;【この物語を読まれる方へのご案内】

;この物語は元々ADV※のシナリオにするつもりで書いたものです。

;(※アドベンチャーゲーム。コツの要らないゲーム、もしくは電子書籍。ノベルゲームなどを指す)

;残念ながらうまくシナリオを書き上げられなかった為、ADVにできないと判断し、

;こちらに掲載することにしました。

;しかし面倒くさくて、シナリオをほぼそのままの形でこちらに掲載させていただきました。

;その後スクリプト文に置換することを前提としていたメモ書きが多いですが、

;それも含めてこの物語をお楽しみ頂ければ幸いです。

;なお「*」は場面切替を表し、「;」はそこから行末まで本編ではないコメントであることを表します。



*0101

;◇??? View

;【前半】10分

;□書斎に女性EG(安楽椅子に座っている)

;♪書斎

  薄暗く小さなその部屋には、1人の女性が安楽椅子に座っていた。

  その場所は本がずらりと並ぶ場所。この街ではかなり希少な部屋、書斎であった。

  女性は少しだけ開いているカーテンから覗かせる窓の外の景色を見ていた。

  よく見ると、女性のお腹は通常より大きい。ゆっくりと擦っていた。

  その眼に映る景色については、ここでは触れないでおく。

女性 「そう、ここに至るまでの物語を、話さなければならない」

  女性は本棚から1冊の本を取り出し、開き始めた。

女性 「あなたが過去から教わり、未来を見て、過去を磨き歩き出したから、私はここにいる」

  ぱらりぱらりと本をめくる音。そしてとある頁で、女性は手を止める。

女性 「ここは、あなたの言う、新たな世界」

  その頁には、イルカとヒトが泳いでいる絵だけがあった。

女性 「そして、あなたの希――」

  宿る生命に話しかける女性の眼は、どこか遠くを見つめていた。

;[演出]

;トランジション

;□EG:第1話 「私はあなたを知らない」

;◇Wito View

;音楽フェードアウト

;ブラックフェードアウト

  ここではない、どこか遠くに僕は居た。けれど、もうそこには居られない。

  だから僕は、遠いここへやって来たのだ。

  何故ここへ?……それは、僕自身でもよく分からない。偶々、というものだ。

  でもここへ来たからこそ、不思議な縁によって、新たな生活を得ることが出来た。

  そんな僕の立ち位置は、大きく変わろうとしていた。

声 「――さん」

;「初人さん」ボツ:ボイスをゲームエンジンでフェードさせる方法 採用:音源を直接いじる

  女性の声がする。視界は真っ暗?

声 「初人さん、授業始めますよ?」

  身体が石鹸にでもなったかのように、しばらく動けなかった。

  しかし声の主と思われるものに肩を揺らされ、心臓がどくんと音を立てた。

  そうか、僕はいつの間にか寝てしまったのだ、と気付く。

  やがて身体が温まってくる。歯車がぎしぎしと音を立てながら、ゆっくり回り始める。

  ぐっと力を込め、天井に向けて解き放つ。眩しいほどの光で視界が灰色に変わる。

  眼をゆっくりと開け、白い息を吐いた後、状況を正確に把握してしまった。

;□背景:標家講師室

;[演出]

;1人表示 標

声 「あ、やっと起きた。バブルリングへようこそ。お疲れなのは分かりますが、1度起きましょう?」

  微笑みかけてくる女性。その手には重そうな教材の数々。

  本当ならば教材集めなど僕がやるべきだったことだ。

  ほとりと僕の椅子から毛布が床に落ちるのが見えた。

;立ち絵消し

;[演出]

;紙くしゃり

;通常ADV表示 初人&標

  僕自身がとても大嫌いになった。今までよりも、さらに。

初人 「すみません、標(つくし)さん、何から何まで」

  謝っても足りないくらい、標さんに申し訳ないことばかり僕はしている。

  この大きな家の一部屋を貸していただき、さらに教職を与えてくれた。

  教職と言っても、標さんの家の大きな部屋を改造して教室にした私塾の教師だ。

  お互いを先生、などと威厳のあるような存在で呼ぶことはない。

  それでも、純穢(すみのえ)たちは何故か、僕らを「先生」と呼ぶ。

  純穢(すみのえ)たちから見れば、もっと偉大な先生も「先生」も変わらないのかもしれない。

  それにしても、標さんは一体どうしてこんな大きな家に1人で今まで住んでいたのだろう?と思う。

  ……そんなことを考えている場合ではなかったけれど。

標 「いえ構いませんよ。それよりも、初人さんは次の授業には参加されますか?」

  参加されますか?というのは、きっと僕の体調を考えてのことだろう。

  僕は出来る限り、標さんの授業に、端で参加するようにしている。

  どうすれば純穢(すみのえ)達が授業を聞いてくれるか、研究する為に。

  僕はこの私塾・標塾に住み込み講師として入って、まだ間もない。教え方も下手だ。

  生徒から学ばされることも多い。もっと良い授業をするには、もっと研究しないといけない。

  勿論、標さんからの問いに対する答えは1つだと断言できる。

初人 「はい、参加させていただきます。すぐに準備しますね、すみません」

  標さんからも、まだまだ見習うべき所は沢山ある。

  僕なんて本当に未熟だ、と標さんを見る度に実感させられるのだ。

  その洗練された姿振る舞いはどこで手に入れたものだろう?とふと考えてしまう。

  そんな考えと眠さは、立ち上がることで吹き飛んだ。寒いからだ。

  暖房で温めているとはいえ、この小さな講師室の空気は外の冷気によりとても冷たい。

  僕の光の『穢れ』を操る力――つまりそれは自我だ――で温めることも出来なくはないけれど……

  いそいそと準備をして、標さんと共に教室へ向かう。

;立ち絵消し

;[演出]

;□背景:標家廊下

;○扉の開閉音(カラカラ~ぴしゃん)

;○廊下を歩く音(木の廊下を歩く音)

;横姿表示 標&初人

  寒い。とても寒い。これはお腹に冷える――良くない。

  そういえば標塾の生徒の中に、湯たんぽを抱えたまま話さない娘も居たな。

  そんな大げさな、と思っていたけれど、今は湯たんぽを抱えたかった。切実に。

標 「寒そうですね、でも初人さんは熱も操ることができるんでしたっけ、なら大丈夫ですかね」

  湯たんぽの代わりに、標さんが使う教材の一部を抱える。

  ふと標さんを見ると、まったく寒さとは関係ないような微笑みをしていた。

  それが標さんの持つ強さなのか、別のものなのかは分からない。

  何だか標さんの顔を見ていると、寒さに必死で耐えている僕が恥ずかしくなってくる。

  使うと後から猛烈にお腹が減ってくるので、『穢れ』の操作をあまり使いたくはなかった。

  けれども耐え切れずに、ため息をつきながらお腹を温めた。

  この調子だと、純穢(すみのえ)達はお腹を壊し始めるかもしれない。少し不安になる。

初人 「そうですね」

  表面的な会話。半ば意図してのことだが、半ば意図してのことではない。

  何だか標さんのことを知れば知るほど、良くない方向へ物事が進む気がした。

  根拠は、無い。けれども、標さんとは微妙な距離以上踏み込んではいけない気がする。

  それは標さんによるものでもあるけれど、他の何かによるものの方が大きかった。

初人 「ところで、先程からすごく後ろからの視線を感じるのは僕だけですかね?」

  率直に思っていたことを告げる。後ろからの視線……思い当たる人物が1人。

  1人というか、1体というか。その名は櫂。ずっと僕に付きまとう少女だ。

;[演出]

;□フレームの端から初人を見る櫂EG

櫂 「じ~~~っ」

  櫂とは、ここに来る前からの縁、いやそのもっと前からの関係だ。

  もうこの関係を何と呼べばいいのか、僕でもよく分からない。

  しかし1つ言えることは、別に恋仲などという関係ではないということ。

  どうしてイルカとなんか恋仲にならないといけないのだ。

;[演出]

;EGオフ

;初人の隣で歩き始める櫂(横姿立ち絵追加)

櫂 「ねぇねぇ、次の授業は何なの?」

  突然近寄ってきて、僕の隣を歩き始める櫂。

  櫂は別にこの標塾の生徒などではない。僕についてきてここにいる、ただそれだけだ。

  周りは櫂をすっかり標塾の生徒と思ってしまっているけれども。

  時たま櫂は、授業に現れる。櫂も色々なことを知りたいのだろうか?

標 「『イルカの物語』ですよ。最近新たな純穢(すみのえ)が入ったので、おさらいしようかと」

  イルカの物語――それは、標塾に初めて入った子に、最初に教えるもの。

  僕も幼い頃から、親に聞かされたもの。実際は単なる昔話だ。

  けれど、それはヒトとイルカの関係を純穢(すみのえ)に教えるのに、大きな意味を持つ。

  なぜヒトはイルカを崇めるのか。なぜヒトやイルカは『穢れ』を扱えるのか。

  なぜ。ヒトとイルカは共存できないのか。

櫂 「『イルカの物語』……?」

  『イルカの物語』はヒトが作ったお話だ。イルカの櫂が知らなくても不思議ではない。

  けれど、櫂は知るべきではないだろう。そう思った。

  櫂がイルカであることを標さんにも知らせるべきだったかもしれない。

  知らせていれば、標さんも気を遣ってくれたのかもしれない。

  しかし、それは櫂にとって幸せなことではないことも分かっていた。

櫂 「ね、授業に参加してもいい?」

  ここは止めるべきだろう。何故?櫂にとって不快である可能性が高いからだ。

  櫂はきっと、ヒトとイルカの平和を希としているに違いない。

  けれど、現実はそうではない。そのことを櫂は受け入れられているか疑問だ。

  そう思い、しかし僕は櫂にそれを伝える上手い術を思いつかなかった。

  もし参加するべきじゃないと僕が伝えた場合、櫂はその理由を聞いてくるだろう。

  櫂にその理由を受け入れることができるだろうか?

  あれやこれやと悩んでいるうちに、標さんが櫂に微笑んで答えてしまった。

標 「ええ、構いませんよ、空いている席に座ってくださいね」

  標さんは悪くない。櫂も悪くない。悪いのは、引き止められなかった僕だ。

  腕に刃物を突き立てたい衝動に襲われる。抑えるべく、見えないように固く拳を作った。

櫂 「あれ?雪だよ」

  櫂の指差す窓の先。そこはいつの間にか白い世界に侵食されていた。

  いつもはここから水平線が見える。今日は……ほとんど見えなかった。

標 「本当ですね、後で純穢(すみのえ)達に雪遊びでもさせましょうかね」

  きっと純穢(すみのえ)達は喜ぶだろう。けれど、どうしてだろう、僕は違う。

  それは寒いから、などと言った理由ではない。

  雪は僕自身の本来あるべき姿を包み込んでしまいそうだから。

  ふと、櫂を授業から離れさせる一言を思いついた。

初人 「櫂、遊んでくれば?」

  勿論、僕はこんな言葉に櫂が引っかかるとは思っていなかった。

  実際に、櫂は一瞬興味を示したものの、すぐに気づき、不満気な顔をした。

櫂 「私は純穢(すみのえ)じゃないってば」

  嘘、少し遊びに行ってくれることを期待していた。心のなかでがっかりする。

  けれど、よく考えたら僕が成長しているのと同時に櫂も成長する。

  いつまでも櫂と同じような関係では居られないことも、少しだけ悟った。

  それがどれだけ先のことなのか、分からなかったけれども。

;立ち絵消し

;音楽停止

;[演出]

;□背景:標家教室

;1人表示 標

標 「それでは、今日の授業を始めますね。今日は『イルカの物語』についておさらいしましょう」

  標さんの声と共に、教室が静かになる。僕の授業では、いつもこうはならない。

  標さんの声は、ずっと聞いていたくなる声だ。声による影響もあるかもしれない。

  そして、やがてゆっくりと紡がれるお話に、皆は心を奪われていくのだ。

;♪イルカの物語

標 「むかしむかし、遠い、遠い所から、たった1人で色々な星を旅していたイルカがおりました」

標 「そのイルカは旅をすることを、はじめは楽しんでいましたが、」

標 「ほとんどかわらない星たちの景色に、とてもたいくつしはじめていました」

標 「イルカは星に聞きました」

イルカ 『星さん、星さん、わたしは元にいたところにかえりたいの。どうすればいいかしら?』

標 「星はこう言いました」

星 『イルカさんはここまで、うんとながい時間をかけて旅をしてきたでしょう?』

星 『元にいたところにかえるには、またうんとながい時間をかけなければならないよ』

標 「イルカはがっかりしました」

標 「今と同じようにたいくつした旅を、くりかえさなければならないからです」

イルカ 『星さん、教えてくれてありがとう』

イルカ 『またうんとながい時間をかけて元にいたところまで旅をすることにするよ』

標 「星はイルカの力なく泳いでいくすがたを見て、イルカにこう言いました」

星 『ちょっとまってイルカさん、いい方法を知っているよ』

星 『ここに元にいたところとそっくりな場所を作ればいいよ』

標 「イルカは『それはいい!』と手をたたいてよろこびましたが、」

標 「身体を丸め、うーんと悩んでしまいました」

イルカ 『ここには元にいたところを作るための材料がないよ』

標 「星も悩んでしまいましたが、すぐに『いいことを思いついたよ』とイルカに向き直りました」

星 『イルカさん。この身体をお食べ。そうすればきっと元にいたところを作ることができるよ!』

標 「イルカは星におそるおそる聞きました」

イルカ 『星さん、ほんとうにいいの?私が星さんを食べてしまえば、星さんは無くなってしまうよ?』

標 「星は『よろこんで!』と答えました。」

星 『イルカさんの元いたところに生まれかわるだけさ!』

星 『イルカさんの為になるなら、いくらでも『犠牲』になるよ』

標 「イルカはそのことばを聞くと、できるかぎり星を丸呑みしました」

標 「イルカはフンで大地を作り、星の海を大地のくぼみに注ぎ込みました」

標 「海が輝いて見えるのは、元が星だったからなのです」

標 「そして食べかけの星を粉にして飲み込みました」

標 「するとイルカには星の力が宿りました。それはやがて『自我』と呼ばれるものです」

標 「こうしてイルカは、『穢れ』を自由に操ることができるようになったのです」

標 「ヒトにも『自我』がありますが、ヒトはイルカと比べ物にならないほど弱い場合が大半です」

標 「それが、ヒトとイルカの大きな違いなのです」

;立ち絵消し

;音楽フェードアウト

;(OP)


*0102

;◇Wito View

;□背景:標家教室

  授業が終わり、ふと櫂が心配になり教室を見渡した。

  純穢(すみのえ)達と話す櫂は――どこにも居なかった。

;♪危機

;1人表示 初人

初人 「あれ?櫂が居ない――どこに行ったんだろう?」

  答えは、既に分かっていた。

  櫂はいつも、誰かと一緒に居た。それが櫂なりの生き方なのだと思っていた。

  多くの時を僕と共に過ごし、その他の時でもヒトと接していた。

  だから、櫂が1人でどこかに行くことが、どれほど重大なことか。瞬時に理解していた。

  ふと、櫂の元へ行くべきかを迷った。それは櫂を傷つけることになるかもしれないから。

  けれど、僕が櫂の元へ行かないで、誰が櫂の元へ行くというのだろうか。

  しかし、標さんのことが少しだけ心配だった。教材を講師室まで戻さなければならない。

  1人だときついだろうし、何より標さんに迷惑をかけっぱなしだ。

  これ以上迷惑をかけることは、できることなら避けたかった。

初人 「でも、櫂は僕を求めていると思う」

  証拠があるわけではない。何の根拠もなく、ただ僕は下を向いてぽつりと呟いた。

  そう、僕には呟くことしかできないのだ。所詮、僕は……

;立ち絵消し

;通常ADV表示 標&初人

標 「どうされましたか。初人さん」

  声の導く先には、こちらに向かって歩いてくる、標さんの姿があった。

標 「行くなら行ってきたらどうでしょうか?後はやっておきますよ」

  標さんの微笑み。それは、僕にとって1つの未来への信号であった。

  標さんは、時々こうやって僕の全てを見透かしたかのような発言をする。

  何故なのだろう。僕にも分からなかった。

  けれど確かなのは、僕は標さんの言葉で、青信号を信じることができたということ。

  標さんにしなければならない御礼の量が、また、増えた。

初人 「すみません、ありがとうございます」

;立ち絵消し

  それは、表面的な会話。けれど、どこかもっと深い意味を持つやりとりでもあった。

  標さんに深く頭を下げ、謝罪と感謝を伝える。そして、走りだした。

  廊下を出ようとして、もう1つの視線が僕を見ていたことに、僕は気付かなかった。

;□背景:標家廊下

;○教室の扉を勢い良く開け放つ音

;○廊下を駆ける音

  教室を勢い良く出て、目的の場所に向かって廊下を走った。転ばないように。

;声と文章のみ

初人 (あの日から今までずっと意識していなかった――櫂は、イルカだ)

  勿論、多少は意識していた。けれどそれは、男性を男性であると認識するようなもの。

  男性に対する差別的発言をしないよう配慮はする。

  けれど、男性を男性であると強く意識することはない。それが日常だった。

  あの時も、もっと強く拒むべきだったのかもしれない。それが櫂にとって一番いいことだった。

  そういえば何故、櫂はあの時僕についてきたのだろう?

  そして、櫂は僕のことをどう思っているのだろうか?と、少し気になってしまった。

  他にも色々考えるべきこともあったけれど、これ以上はやめた。

  今はただ、櫂を追いかけるべきだと思ったから。

  標さんの家の廊下を、ある場所に向かって、ただまっすぐ走った。

  何かを心配するココロの余裕など無かった。ただひたすら、走ったのだ。

;音楽フェードアウト

;;□CG:櫂(イルカ)が廊下でこちらを見ている

;;□櫂と初人が向かい合う立ち絵CG

;BGMなし

;通常ADV表示 櫂&初人

櫂 「待っていた」

;♪不安

  ふと前を見ると、そこには見知った姿があった。いつの間にか追いついていたようだ。

  それは普段多くのヒトの前では見せない姿であり、それは本来の姿であった。

櫂 「本当は、バルコニーで出会いたかった。けれども、先にキミに追いつかれてしまったな」

;どこか恥ずかしげな表情の櫂

  何かバルコニーにこだわりがあるのか、という質問はあえて黙っておいた。

初人 「バルコニーまで歩こうか?」

  櫂が少し迷ったように見えた。

櫂 「いや、今はまだその時じゃないな」

  きっと櫂は、全て分かっているんじゃないか、ふとそう思った。

  僕の夢も、僕の現実も、それが叶わないものなのだということも――

  櫂に何て話しかけるか迷い、僕は1つの質問を導き出した。

初人 「ねえ、櫂。櫂はさ、物語にあったように、ヒトとイルカは共存できないと思う?」

  櫂は僕の突然の質問に、刹那的に困った顔をしたように見えた。

  けれども、瞬きをした後、櫂は口元を緩ませた。

櫂 「それは初人、キミが1番良く分かっていることじゃないかな?」

  何も言い返せなかった。それは、決して自分の自信の無さからじゃない。

  自分が知る知識では、ある結論に既にたどり着いているからだった。

  僕は悲しかった。

櫂 「キミのことは、私がよく分かっているよ。だって幼い頃からずっと一緒に居るからね」

櫂 「そして、今まで見てきたキミの行動から分析するに、1つ分かることがある」

初人 「分かること?」

  僕は純粋に驚いた。一見、櫂は何も考えずに生きているように見える。

  けれども、先程少しだけ考えたように、やはり全てが分かっているに違いない。

  だって櫂は、イルカなのだから。

  予想が当たったように思えて、驚きと共に少し嬉しかった。

櫂 「うん、キミはいつも1人で何でもしようとしてしまうってことかな」

初人 「それは……確かに」

  やはり、何も言い返せなかった。あの日も、1人で何もかもしようとしてしまっていた。

  櫂が居なければ、今頃はここには居られなかっただろう。

櫂 「それもいいけれど、それじゃあ何の為に標塾に来たのか分からないよ」

  この標さんの家で開かれている私塾――標塾で学んだことは多い。

  その中に、1人で動くのは簡単だけれども多くの場合上手くいかない、ということ。

  当たり前のこと?確かにそうかもしれない。

  けれども実際は、僕も含めて、この街の人々はそう思っていなかっただろう。

  自らの、穢れを操る力――自我で全て解決しようとしてしまう。

  標塾に初めて来る純穢(すみのえ)に教えることは、まずその常識を打ち破ることだった。

初人 「そうだね。うん、確かにその通りだ。なら、僕はどうやって叶えればいいんだろう?」

  今の知識じゃ出来ないこと。でも、叶えたいものがある。

  それはヒトを超えているもの。だから、イルカである櫂なら何か知っているのかもしれない。

  きっと今放った言葉は、無責任の塊ではなく、僕なりの悲鳴なのだろう。そう理解した。

  櫂はそのことを理解したのか分からないけれど、僕のことをもう1度見つめてきた。

  そして櫂は微笑みをやめて、僕の予想とは違う言葉を発した。

;[演出]

;□櫂顔ズームアップEG(横顔案も要検討)

;BGMなし

櫂 「約束しよう、キミの希むセカイを、私が作ってみせるよ」

;[演出]

;□初人顔ズームアップEG

初人 「……僕の、希むセカイ?」

;[演出]

;EG消し

  僕の希を叶えるということなのか、あるいは僕の希むセカイが別にあるというのか。

  そしてそのセカイが、櫂には見えているというのか。

  疑問だらけで固まった僕の表情を和らげてくれたのは、やはり櫂の笑みだった。

櫂 「その代わり、全てが終わったらずっと隣に居て欲しいな」

  僕はその笑みを契機に、良くも悪くも忘れてしまうのだ。今までの疑問も、悩みも。

初人 「え?今までも一緒に居たよね?」

  今まで通りに櫂の調子に合わせて、僕は今まで通り返事をする。

  本当は違うのだということに後から気づいたけれど、その時は当たり前だと思ったから。

櫂 「ううん、そうじゃなくて――うん、そういうことにしておこうかな」

  櫂が、少しだけ悲しい顔を覗かせたような気がした。

  何故か僕も悲しくなってきそうになった。

  けれどその感情は、ヒトの姿に戻った櫂に吹き飛ばされた。

;立ち絵消し

;□背景:標家廊下

;♪日常

;1人表示 櫂

櫂 「ね、そうだ、後で海に散歩しに行こうよ!」

  突然の提案に、僕は驚いた。何故海へ?真冬だというのに??

  けれど、どこか理解できなくもない物があった。

  櫂は今日、海へ帰るのかもしれない。きっと1人では海に帰りたくないのだろう。

  でもそういう用事がある場合、ヒトが見るべきではないとも思う。

  本来ヒトとイルカは海と陸、別の世界に生きるもの。

  櫂はヒトの姿を模してヒトのセカイに出かけてきているけれど、そんなものは少数派だ。

  ヒトはイルカを崇め、イルカはヒトの願いを叶える。

  そういう、決して交われない壁があったはずだ。

  なのに櫂は、どうしてこうやすやすと壁を超えてくるのだろう?

櫂 「私、先に海で待っているよ。キミは早く支度して来てね」

;立ち絵消し

;[演出]

;1人表示 初人

;驚きの表情

;○廊下を駆ける音

  そう言い残して、櫂はあっという間に廊下の先に消えていってしまった。

  よほど僕に断ってほしくないのかな?

初人 「分かった、待っていてくれよ」

  届くかどうか分からない大声で、櫂の方へ叫ぶと、僕も櫂の後を追ったのだった。

;立ち絵消し


*0103

;◇Wito View

;[演出]

;□背景:標家廊下

  支度をしようと僕の部屋へ向かう途中、書斎の前を通った。

;○沢山の本が床に落ちる音

  ……この音は、書斎から?どうやら書斎から本が雪崩落ちたようだけれど。

  標さんが本を取り出そうとして、上手くいかなかったのかな?

  何が起こったのか分からないけれど、僕にできるのは落ちた本を並べ直すことかな。

;○扉の開閉音(カラカラ~ぴしゃん)

;ブラックフェード

;[演出]

;□背景:標家書斎

;1人表示 初人

初人 「標さん、大丈夫ですか?」

  書斎の扉を開け、薄暗い部屋の中に足を踏み入れる。

;[演出]

;□床拡大EG

;○木の床を踏む音

  少し進むと、やはり本が散らばっている箇所があった。けれど、標さんは居ない。

  この書斎に来るようなヒトなんて、標さんくらいしか居ないと思うのだけれど。

  また資料集めをしているのだろう、そう思っていた。

  しかし、中にあったのは散乱して落ちている本だけのように見えた。

;[演出]

;床カットイン消し

初人 「本が自然に落ちた……?とは考えにくいな」

  気づかない間に地震でもあったのだろうか?と考える。

  しかし、本の散らばり方が不規則的であることに気づき、その考えを否定する。

  では、故意に落とされたものなのだろうか?そうとも考えにくいような……

  そう考えていた所、いつの間にか目の前に小さな人影が居た。

;立ち絵消し

;♪書斎

;[演出]

;通常ADV表示 璞&初人

;↓立ち絵を表示させるダミー

初人 「あぁ、璞さん、だよね?」

  この標塾の生徒の1人だ。そして、標さんの娘さんでもある……らしい。

  らしい、というのも直接話らしい話をしたことが無いからだ。

  気楽に話しかけてもらえない僕自身に気づき、呪った。

  それは確かに僕自身を否定してしまうことだったけれども、僕が悪いのだから仕方ない。

  それにしても、どうして璞さんがこんな所に居るというのだろう。

  何か書斎に読みたい本があったのだろうか?それならそうと言ってくれればいいのに。

  こういう子が読みたいと思う本が、この書斎にあるかどうかは疑問だが。

  そして、それ以前に、さらに不自然なものがあった。

初人 「水たまり?」

  窓から雪が入ってきたというのだろうか?確かにそれなら可能性として高いだろう。

  そして窓を見るが、締め切られていた。つまり雪である可能性はない。

  では雨漏りだろうか?と考えた。しかし天井を見てもそれらしき跡は無い。

  それどころか、水たまりに触れてみたところ、どこか生暖かかった。

  その上、水特有の臭さというものをまるで感じない。本当に、純粋な水だ。

璞 「!」

  璞さんの方を見たが、水たまりについては心当たりが無いというような表情だ。

  本当かどうかは分からないが、恐らく違うだろう。

  きっと璞さんの湯たんぽに小さな穴でも開いていて、そこから漏れ出たのだろう。

  そう考えていた時、くいっと上着を引っ張られるような感覚がした。

璞 「……」

  よく見ると、璞さんがこちらをじっと見つめていた。その顔は、どこか怯えたような表情で。

  そのおかげで、僕が色々考えて険しい顔をしてしまっていたのだと気付く。

  そして、やるべきことも思い出した。この子には色々と謝らないといけないな、そう思った。

  僕が言うべき一言はただ1つだろう。

初人 「璞さん、僕が本を片付けるのを手伝ってくれる?」

  すると、璞さんはどこか困ったような表情をした。片付けたくないということだろうか?

  勿論、手伝って欲しい、とはあくまでも形式上のものである。

  別に璞さんが手伝おうと労力はほとんど変わらない。

  それよりも、『手伝った』という形式上の事実が、純穢(すみのえ)にとって重要なのだが……

  本人が片付けたくないということであれば仕方ない。

  僕は1人で本を片付け、床にこぼれていた水を拭きとったのだった。

;立ち絵消し

;[演出]

;ブラックフェードアウト

;フェードイン

;通常ADV表示 初人&璞

  しばらくして、僕が本とこぼれていた水の片付けが終わった頃。璞さんもまだ、書斎に居た。

  そして僕の片付けが終わった時を見計らって、小さな声でこう呟いた。

璞 「湯たんぽ、あたためて」

  この子はいつも湯たんぽを抱えている気がする。

  確かに湯たんぽが必要なくらい、寒い。けれど、果たしてそれだけだろうか?

  この子は歩いている時でさえ、湯たんぽを持っていない姿を見たことがない。

  以前、廊下ですれ違った時に見た、重そうな湯たんぽを抱えながら歩く姿。

  小さな身体で湯たんぽを持ち歩くのは大変だろうと思う。

  もしかしたら、体温調節が難しい体質なのかもしれない。

  それにこの子の自我と穢れは、身体を暖めることに向いていないのだろう。

  あるいは、冷えきっていることを隠そうとしているのか。

  僕に出来ることは、湯たんぽを僕の、光の穢れを操る自我で温めることだけだ。

  できれば一時的に湯たんぽを貸して欲しかったけれど、璞さんはそういう様子を見せない。

  仕方なく湯たんぽの上に手のひらをのせ、ちょうどいい温度になるよう温めた。

;温めエフェクト?は要らないか。

初人 「はい、温めたよ」

  僕自身を温める穢れを湯たんぽに注いでしまった為、一時的に僕の体温が下がる。

  思わずくしゃみをする、口と鼻をおさえようとしたが、間に合わない。

  かろうじて首をひねり、璞さんへの直撃を避ける。

璞 「寒い、でも、暖かい」

  璞さんの、ぽつりとした呟きを、かろうじて聞きあてる。

  しかしどう返すべきか分からずに、戸惑った。

  同意をするべきだろうか、それも答えの1つではあるのだけれど。

初人 「ありがとう」

  この返し方が正しいかわからなかったけれど、璞さんは微笑んでくれた、ように見えた。

初人 「そういえば、璞さんは、どうして書斎なんかに来ていたの?」

  それは単なる、素朴な疑問であった。璞さんに何の疑いもなく放った、ナイフであった。

  璞さんは少し僕に怯えたように見えた。何に対してかは、分からなかったけれど。

  ただ分かったこととしては、その様子を見る限り答えたくないということだ。

初人 「あ、ごめんね。僕は無理に聞きたいわけじゃ無いから安心して」

  うまく笑いかけることができない自分を呪った。

  けれど僕の意図が伝わったのか、璞さんはゆっくりと、そして小さく頷いてくれた。

  が、璞さんは何を思ったのか、やがてゆっくりと口を開くのが見えた。

璞 「本、欲しい」

  その内容をかろうじて聞き取り、すぐに疑問を持った。

  本なら、いくらでもこの書斎にはある。書斎に来れば、欲しい本はすぐに手に入っただろう。

  けれど璞さんは『欲しかった』とは言わなかった。

  それは果たして、璞さんの話し方によるものだけだろうか?

  僕が聞くべきことを、僕自身に問いかけ、1つの問いを見出した。

初人 「その本は、イルカの本?それとも、ヒトの本?」

  その答えが、正しかったのか間違っていたのか、璞さんは再び僕に怯えたように見えた。

  そんなに酷いことを僕がしてしまった、ということなのだろうか。

  ヒトを全く意識せずに傷つけてしまうことは、よくある。けれど、それは反省すべきことだ。

  そして極力、2度と傷つけないように努力しなければならない。

  僕は璞さんに謝らざるを得なかった。

初人 「ごめん、僕の配慮が足りなかったかな」

  本当はあまり良くないと思いつつも、落ち着かせるべく頭を撫でてあげる。

  純穢(すみのえ)にはこれが効くが、正直余計怯えさせてしまうのではないかと不安だった。

  撫で始めてすぐはその傾向が強かった璞さんも、やがてゆっくりと深呼吸をし、落ち着いた。

  今後璞さんと話す時には少し注意が必要そうだ、と脳内手帳にきっちりメモをしておいた。

  そういえば、櫂とこれから海へ散歩に行くのだったと思い出す。

  璞さんも誘ってはどうだろうか、ふとそんなことを思った。

  璞さんを必要としていた気が、そして海岸にはふさわしいような気が、その時にはしたのだった。

初人 「そうだ、これから一緒に海へ散歩しに行かないか?櫂って娘に誘われているんだ」

  言ってから、後悔した。やはり誘うべきではない、と瞬時に気づいた。

;BGMOFF

;[演出]

;□背景:紙くしゃり

;○紙くしゃり

;□背景:書斎

  璞さんの様子を見た。どこか顔が赤いような、震えているような。

  けれど、やがてぶんぶんと首を振っていた。不思議な子だ。

  僕はそれを、行きたくない意思表示だと解釈した。

初人 「そうだよね、外はもっと寒いから、行きたくないよね。誘ってごめんね」

  どこか悲しそうな眼をする璞さん。外には行きたいようだが、きっと寒くて断念したのだろう。

  暖かくなったら、もう1度誘ってみよう、そう決意したのだった。

;立ち絵消し

;ブラックフェードアウト


*0104

;◇Wito View

;フェードイン

;□背景:海岸

;○波打ち際

;通常ADV表示 櫂&初人

;不満気

櫂 「おっそーい」

  櫂の不満気な声が、遠くから潮音と共に聞こえてきた。

  僕には櫂を待たせて申し訳ない、という気持ちしか無かった。

  それは、僕が櫂をどう思うとか以前の、ヒトとしての感情。

  けれど同時に、多くのヒトが持たないものでもあった。その理由は、明白だけれど。

初人 「ごめん、色々あってね」

  この街には、海がある。それはこの街の人々にとって当たり前のこと。

  けれど、この街のヒトにとって、海とは忌むものであった。それに、時期が時期だ。

  だから、この綺麗な砂浜に居たのは、確認できるかぎり僕と櫂、それだけだった。

  勿論、僕が確認できる限りというだけのことである。

  この夢限に続く砂浜には、同じような境遇のヒトとイルカも居るに違いない。

  でも、それは僕の知ることではないし知るべきことでもない、そんな気がした。

  やがて櫂が僕の近くまでやってきて、突然立ち止まった。

櫂 「ねぇ、初人、もしかしてキミって、特殊な性癖を持っていたりするの?」

  開口とともに出てくる衝撃発言に僕は困惑する。

  一体どうしてそんな発想が出てくるというのだろうか。

  そもそも、櫂はその有無はわかりきっているはずだ。

  何故ならば、櫂は僕と幼い頃から共に過ごしてきているのだから。

  プライバシーも何もあったものではない。櫂は僕を知っている、全てを。

  それなのに、櫂はどうしてそんなことを聞いてくるのか、僕には理解できなかった。

初人 「それは櫂が1番良く分かっているはずだと思う」

  僕の言葉を聞き、少し黙りこむ櫂。しばしの沈黙。けれど、それはやがて打ち破られた。

櫂 「それもそうだね、気のせいかな。初人、キミを疑って済まない」

  櫂に分かってもらえたことを、僕はただ願うばかりだった。

初人 「それで、どうして僕と海なんかに?」

  そんな理由、僕は分かりきっているのに。どうして僕はこんな質問をしてしまうのだろうか。

;立ち絵消し

;[演出]

;紙くしゃり

;横姿表示

  櫂は黙ったまま、僕のもとを離れ、砂浜に足を踏み入れ、やがて波打ち際へと歩む。

  僕は同じく黙ったまま、その姿を砂浜の外から見つめることしかできなかった。

  櫂の足首が海に浸かり始めた頃、櫂はふとこちらへ振り向いてきて、笑顔を浮かべた。

櫂 「初人、キミに少し、お別れを言いたかった」

;♪不安

  別れ。そう、その言葉に少しほっとする僕が居た。

  何故だろう、これで良かったのだと思った僕が居た。

  けれどもその一方で、その言葉を悲しむ僕が居た。

  そうか、璞さんが居るべきだったと思ったのは、決意したかったからなのだ。

  でも、今の僕には璞さんは必要ない。まだ、今は。

初人 「別れ、か。僕はいつかこの日が来ると分かっていたよ」

  簡単な僕のこの言葉の裏には、どれだけ多くの意味を包含するのだろうか。

  恐らく、ただ1つの意味しか持たない。

櫂 「そんなこと、キミの口から言ってほしくないな」

  それは櫂の本音、なのだろう。これが本当の櫂なのだ、と理解する。

  ヒトとイルカの関係というのは、儚く脆い。自分たちもそうだった、以前は。

  しかし気づいてみれば、表面上は強固な、仮面の関係になっていた。

  それは透明なガラスのように強固である仮面。

  いや、この表現は正しくない。けれど、この関係を呼ぶにはふさわしい物であった。

櫂 「初人、キミそんな顔しないでほしいな、これは一時的な里帰りだよ」

  一時的な里帰り。その言葉がどれだけ正確に真実を表しているのだろうか。

  僕は疑問に思いつつも、言うべきであり本心ではない糸を口から紡ぎだした。

初人 「そう、また戻ってくる、そうだね?」

  僕はただ、確認したかった。万事うまく行くとは、僕には思えないから。

  物事が全てうまくいくわけではない、それは僕が1番よく分かっているものだ。

  努力してもうまくいかないことで、ヨノナカは満ち溢れているのだ。

  櫂は、どうなのだろう。ふとそんな、思ってもないことを考えてしまった。

  櫂にも、櫂なりの悩みがあるのだろうか。いや、イルカだからそれはないだろう。

  イルカだから。その一言で全てを片付けてしまう僕自身が、少し怖かった。

櫂 「ああそうだよ、初人、キミの約束を叶える為に必要だ。ただ――」

;立ち絵消し

  そう言うと、櫂は波から足を出して、こちらへ歩み寄った。

  櫂は、まっすぐどこか自分を通り越した遠くを見ていた。

  その遠くというものが、やがて訪れるものなのか、僕には分からない。

  ただ1つ言えることは、僕らのすぐ近くまで、遠くにあった何かが迫っていたということだ。

  僕はそのことを、眠くなった時に知ることになるのだ。

  そして後悔するに違いない、約束をするべきだったのだ、と。

;[演出]

;1人立ち絵表示

櫂 「もう、帰ってこられないかもしれない」

  僕のことを抱きしめて、どこか遠くを見つめながら櫂がそっとそう呟くのが聞こえた。

  その時ふと、僕には櫂が、近くて遠い存在に思えたのだ。

  そして同時に、気づきたくなかったのだけれども、もう1人の自分に会った。

  どう、接すれば良いのか分からずに、すれ違っていくもう1人の自分。

  いつか、刺殺されるのかもしれない。僕は恐怖した。

櫂 「もう何年も里帰りしてないから、里がどういう状況なのかわからない」

  櫂の言う里、とはどのようなものなのだろうか?勿論自分には想像もつかない。

  ただ1つ言えることは、ヒトの概念の里とはまた違うものなのだろうということだ。

  であれば、櫂はどうして里という言葉を使ったのだろうか?

  海へ行く、とごまかしても良かったと思うし、それが適切だ。

  が、思い当たりかけている何かがあることに僕は気づいた。

  けれど、その存在は僕をもっと恐怖させるものであろう、と気づかないふりをする。

  僕の複雑な表情を見た櫂は、抱きしめていた手を離し、僕に言い聞かせた。

櫂 「ま、そんなに心配しないでも良いと思うよ、すぐに帰ってくるから待っていて欲しいんだ」

  櫂にとっては、辛いのだろう。一時的な、もしかしたらそれっきりになるかもしれない別れが。

  その気持ちは、僕にとってはほとんど理解できるものではなかったけれども。

  そうは言っても、櫂自身が決断したことだ、櫂は受け入れる他無いだろう。

  そして僕にとってもまた、それは受け入れるべきものなのだ。

;立ち絵消し

;[演出]

;1人表示 初人

初人 「うん、待っているよ」

  そう答えることで、受け入れられるような気がした。実際、受け入れられるのだろう。

  櫂もそれを分かっているのか、ほっとしたように頷いた。

;立ち絵消し

;[演出]

;1人表示 櫂

櫂 「それじゃ、少し出発の準備をするからここで待っていて欲しい」

;立ち絵消し

  そう言うと櫂は、砂浜を出て僕の後ろにある森へ駆け出していってしまった。

  僕はただ、疑問するしかなかった。

  僕がここに来るまでに、時間はあったはずだ。何故櫂は準備をしなかったのだろう?

  しかし、そんなことを考えても、櫂はここには居ない。

  見送りのヒトを待たせる迷惑な帰省者を待ちながら、僕は砂浜に座り込んだのだった。

;BGMフェードアウト

;ブラックフェードアウト


*0105

;◇Wito View

;[演出]

;フェードイン

;□背景:海岸

;○ループ 波打ち際

;通常ADV表示 櫂&初人

櫂 「初人、キミを待たせてしまって申し訳ない」

  どこに行っていたのか、しばらくしてイルカの姿で櫂は戻ってきた。

  汗をかいているように見えるけれど、案外近場なのかもしれない、何故だかそう感じた。

  と言っても、イルカは汗腺を持たない。ヒレの先端部分で体温を調節するらしい。

  となれば、櫂の身体に付いている水は何なのだろう?

  僕の何か探るような視線を感じたのか、櫂が不意に意味深に微笑む。

櫂 「ね、興奮してる?」

  それはイルカが服を着ないものだけれど、全裸を見て興奮したかということだろうか?

  残念ながら今の所は、そういう異種間愛に興味は無い。

  勿論そんなことは櫂も分かっているはずだ。ここは冗談で返すのが適当だ、と判断する。

初人 「ああ、鼻血が出そうだ」

  櫂も笑ってくれるだろう、そう思っていた。

  確かに櫂は笑ってくれた。けれどもその様子は、どこか困惑したような様子で。

櫂 「まぁ初人、キミにとってはそうだろうね」

  曖昧な笑みを見せてくるイルカに、僕は少し疑問を感じたのだった。

  けれど、それはあえて気にしないことにした。

;立ち絵消し

;[演出]

;SEフェードアウト

;1人表示 櫂

櫂 「少し、聞いてもらってもいいかな」

  そう言われ、櫂を視界の中央に置いた。つばをゆっくりと飲み込む。

  きっと櫂も、それなりの覚悟を持って宣言するのだろう、と予想する。

  そして僕が、どういう反応をするのかも。

櫂 「はっきり言う。私は、初人、キミと穢れを解き放ちたい」

  その内容は、はっきり言って予想通りであった。

  そして同時に、僕はいずれか、それを受け入れなければならなかった。

  けれど、果たして今はその時なのだろうか、と僕は櫂の話を聞いて思っていた。

  やがてその時はやってくる、今はまだどうなるか分からない、そう感じていた。

櫂 「ワガママだって分かっている。けれど、叶うならこれからも一緒に居たい」

  それはワガママだ、という言葉をぐっと押しとどめた。

  本人が分かっているなら、あえて言う必要もない。そう、判断しておく。

  少しだけ櫂が強風のせいで下を向いてしまう。しかし、風に負けず、櫂は正面を向いた。

  櫂が拳を強く握りしめているのが、視界の隅で見えた。

櫂 「できれば、一緒に海へ来て欲しい」

;[演出]

;以下櫂の妄想の初人セリフ

;妄想エフェクト

櫂 「……そうか、櫂の思いは良く分かった、僕はやっと本当の僕に気づいたよ」

櫂 「ああ分かった、一緒に海へ行こう。海へ行って僕らの家庭を作ろう」

櫂 「何故ならそれが、僕の希むセカイなのだから!」

;初人立ち絵なし。ボイスのみ

初人 「いいや、それはできない」

櫂 「へ」

;立ち絵消し

;現実の初人ボイスに意識を戻される櫂

;[演出]

;妄想エフェクトオフ

;前奥表示 初人&櫂

  ……櫂がどんな妄想をしていたのかはさておき。

  予想通りの内容であったので、僕の言うべきことをそのまま、はっきりと言ってしまう。

;↓以下2つ、立ち絵表示用ダミー

初人

初人 「僕にそんな資格はない、それは櫂も分かっていると思う」

  櫂は言葉がうまく出てこないのか、口をややぱくぱくとさせ、やがて黙ってしまった。

  それが妄想を妨げられた不満ではないものが主であるのは明白だった。

  妄想を見ている櫂となど、付き合えない。現実は非情である。

  僕は、櫂にはまだ押しが必要だと判断し、畳み掛けるべく言葉を紡いだ。

初人 「それに、櫂は僕の希むセカイを作るのが約束だっただろう?」

;[演出]

;前後演出切替

櫂 「それは、その、ほら、初人が寂しそうだったから……」

  頭の中が疑問符で一杯になり、混乱する。

  寂しい顔をしていたのだろうか?それがどう希と繋がるのだろうか?意味不明だ。

  櫂なりの、苦しい言い訳という解釈で良いのだろうか。

  けれど、もっと根本的な問題もあることに僕は気付く。

;[演出]

;前後演出切替

初人 「そもそもヒトの僕がどうやって海で生きていけるというのさ」

  やがて、櫂が落ち着いてきて、1度少し落ち込んだような顔をし、真顔になった。

  ヒトと同じように、櫂にとっても勇気が必要な言葉だった、ということだろう。

  櫂の希むものとは違う対応をセざるを得なかった僕は、少し悲しくなった。

;[演出]

;前後演出切替

櫂 「そうか、初人、やはりキミは予想通りの答えをするな」

  櫂は困惑したような表情を一時見せたが、すぐに真面目な顔に戻った。

櫂 「分かった、それならキミにこれを預かって欲しい」

;□小瓶EG

  それは、割りたいものであった。

;[演出]

初人 「ドライ、フラワー?」

;[演出]

;ブラックフェードアウト

;声と文章のみ

櫂 「ああ、何かは初人、キミなら分かるだろう?少し持っていて欲しい」

;声と文章のみ

初人 「そうか、分かった。帰ってきたら、返すよ」

  やっとの思いで踏みとどまって、僕はただ、そう返事をすることしかできなかったのだった。

;第1話前編終了





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