Sの時代

 11歳

 本当の父親は知らない。

 母親は知らない間に家を出て行った。

 残ったのは母親の再婚相手である男。

 10歳の時。そいつに犯された。

 それから毎日、犯された。

 穴と言う穴を全て犯された。

 小便を飲まされ、殴られ、蹴られ、火の付いた煙草を押し当てられた。

 投げ飛ばされ、骨折もしたし、まともに食事も与えられない。

 痩せ細った身体。

 それでも義父が連れてきた男達に犯された。

 時には数人掛かりで。

 義父はそれで得た金でパチンコ、競馬に競輪。

 外に女を作って、家に帰って来ない時だけ、幸せだった。食事は無いが。

 心も体もボロボロだった。

 小学校にも通わせて貰えず、すでに住民票の住所とは違うから、誰も助けになど来ない。

 絶望しか無かった。

 汚れた部屋の中で、死ぬことさえ出来ずにただ、苦痛に顔を歪めていた。

 無力が空虚を産む。

 早く死んでしまいたい。

 そう願っていた。

 部屋から出る事は禁じられていた。

 しかし、二日も義父は帰って来ず、空腹に耐えきれなかった。

 私は部屋から出た。

 夜だった。

 外灯の灯りに照らされた道路でも栄養失調の目には何も見えないに等しかった。

 フラフラと歩く。

 今にも死にそうになりながら、近くの公園へと辿り着いた。

 ゴミ箱を漁る。そうも簡単に食べられる物など捨てられてはいない。

 ベンチに転がった。

 このまま、餓死しても良い。そう思った。

 その時、声が掛けられた。

 「お嬢ちゃん・・・一人かい?」

 少し老齢な男性だった。立ち上がる気力もないので、無視をした。

 「痩せ細ってるな。何も食べてないのか?」

 優しそうに声を掛ける男性。だが、男は信用など出来ない。私を犯した男の中にも同じように優しい言葉を掛けながら、酷い事をした奴も居る。

 「これを食べなさい」

 男はコンビニ弁当を渡してくれた。

 「いいの?」

 それを手に取り、不安そうに尋ねた。

 「構わない。また、買えば良い」

 男はそう言うと、隣に座った。恰幅の良いサラリーマンだった。

 「おじさんは・・・なんで親切にしてくるの?」

 「普通の人は困っている人が居たら、それなりに親切にするもんだよ」

 当たり前だと言わんばかりに彼はそう切り返した。私は涙が出そうになりながら、弁当にがっついた。あっと言う間に食べ終わり、久しぶりに満たされた胃が窮屈に思える感じだった。

 「お茶も飲みなさい」

 一緒に貰ったペットボトルのお茶を一気に飲み干す。水と小便と精液以外で久しぶりに飲んだものだった。

 「それより・・・日取り有様だな。親らか虐待を受けたのか?」

 男はそう尋ねる。

 「親・・・親は居ない。今は母親の再婚相手だけ。そいつにやられている」

 「なるほど・・・児童相談所にでも行くか?施設で保護して貰えるぞ?」

 「嫌・・・もう・・・何もかも嫌になった」

 「自暴自棄になるもんじゃない。と言ってもそれ以上に酷い目にあってるみたいだね。心が壊れてしまうぐらいに・・・解るよ」

 「解る?」

 「私は君みたいな子を何人も見て来たからね。こう見えて、私は君のような不幸な子どもを支援する団体の職員でね。こうして、夜中に歩き回っているのも、君みたいな子を探す為さ」

 「探す?じゃあ・・・私に近付いたのも?」

 「見掛けたのは偶然だがね。単なる家出少女じゃない事ぐらいは鼻が利くのさ」

 男は笑いながら答える。

 「じゃあ・・・私を保護するの?」

 「保護・・・そうだね。確かにその通りなんだが・・・君は同時に復讐をしたいと思っているんじゃないかな?」

 「復讐・・・」

 「あぁ、自らの尊厳を取り戻すためにね。それが無いから、君は保護を受ける事を拒む。ただ、自らの存在が無くなれば良いと思っている」

 そう言われて、初めて、自分がなぜ、あれだけ酷い事をされているのに逃げ出さなかったのかを思い出した。逃げ出せなくなっていたのだ。

 「復讐したら・・・変われますか?」

 「ふふふ・・・そうだね。人間って生き物は・・・自らを失ったままじゃ生きていけないからね。それを奪った人間から取り戻すまでは死んでいるのと同じさ」

 彼の言葉に何か、胸に熱いものを感じた。

 「どうすれば?」

 「簡単さ・・・殺せば良い」

 「殺す・・・だけど・・・」

 「そうだな。素手じゃ、敵わない。素手ならね。だが、そのために道具はある。これを使いなさい」

 男は鞄から何かを取り出した。

 

 ワルサー社 P22 自動拳銃


 ワルサー社が開発した22LR弾を用いる自動拳銃である。ワルサー社の主力商品であるP99に酷似したデザインとなっており、大きさは一回り小さくなっている。しかしながら、22LR弾を用いる拳銃としては大型の部類に入る。

 P99に酷似したデザインであるものの、撃発方式はハンマーによる打撃のみのシンプルな形に変更され、それに伴い、セーフティもスライド後端にあるレバーによるマニュアルセーフティとなった。それらは概ね、22LR弾の特性や初心者が使用する事を前提とした作りである。

 重量も樹脂を多用している為、大きさに比べて、軽量。


 角ばった拳銃の先に長方形の箱が装着されていた。そして、フレームにある溝にマウントスコープが装着され、スライドの上にはマイクロダットサイトが装着されている。

 男は一度、スライドを引いて、パシャリと戻す。それを外灯に照らされたゴミ箱に向ける。

 「いいかい。見てなさい」

 彼がそう言うと、バシュと何かの抜けたような音がした。同時にゴミ箱の中に入っていた何かの詰まった袋が弾けた。それを見た少女は口をポカンと開けて、驚いた。

 「ほんもの?」

 その言葉に男は笑顔で答えた。

 「あぁ、そうさ。ワルサーP22。これなら、子どもの君にだって撃てる」

 「うてる?」

 少女の問い掛けに男はセーフティを掛けてから少女にその銃を渡した。

 「撃てるさ」

 そう言われて、少女は手渡された銃を両手で構える。

 「構える時は右手でしっかりとグリップを握り、左手は添えるだけだ。引金に指を掛けちゃいけないよ。掛ける時は撃つ時だけだ。緊張したり、慌てると不用意に撃っちゃう元だからね」

 男に教わりながら、構える。

 「狙いは簡単だ。すでに調整済みのダットサイトを載せてある。赤い点で狙うんだ」

 少女はゴミ箱の中にあるコンビニ袋を狙う。

 ゆっくりと引金に白い指を掛ける。

 そして、引いた。

 バシュと小さな音が漏れて、次の瞬間、狙ったコンビニ袋が弾けて、中に入っていただろうコンビニ弁当の残り物が飛び散った。

 「亜音速弾を使っているから、思ったより反動は無いだろ?」

 男に尋ねられて、少女は軽く頷く。

 「それで・・・君は何がしたい?」

 その言葉を聞いた時、少女はベンチから立ち上がった。

 「おじさん・・・これ、借りても良いの?」

 「もちろんさ。明日のこの時間。また、ここに来るから」

 そう言い残すと、男は立ち上がる。

 「あぁ、そうそう。これは予備のマガジン。交換方法はこうしなさい」

 男は忘れていたように少女に銃のマガジンを交換する方法を教えた。


 少女は誰も居ない部屋に戻り、眠った。

 翌朝、義父が家に帰って来た。朝から酔っ払っている。

 「おい!客だ。客を連れて来たぞ」

 彼はニタニタと笑いながら、いつもの男達を連れて来た。

 「へへへ。朝まで飲んで、ガキと姦って寝る。サイコーだな」

 彼等は慣れた感じに部屋に入り、ズボンを脱ぎ始めていた。義父は手にしたビールを飲みながら、金を勘定している。

 少女は蒲団から立ち上がる。

 「気持ち悪い」

 そう言った瞬間、手にした拳銃のセーフティを左手で外す。そして、左手を添えた。

 「なんだ?」

 下半身を剥き出しにした男はその銃口を凝視した。その眉間に穴が開いた。

 至近距離からの一撃。弾丸は脳を貫き、頭蓋骨を貫通する間際で止まった。

 一撃で男が倒れる。少女は別の男を狙う。その銃弾は男の胸板を貫き、心臓に達した。慌てて逃げ出そうとする最後の一人。扉へと振り返る彼の首筋に弾丸がめり込む。延髄を貫かれ、気管支さえも貫かれた男はそのまま、倒れ込んだ。

 「て、てめぇええええ!」

 あまりの事に驚いた義父だが、怒りよりも恐怖に駆られ、扉から逃げ出そうとした。

 銃弾が彼の腰を貫く。突如の激痛に扉の前に倒れる義父。

 「や、やめろぉおおおお!」

 義父は少女に振り返りながら涙目で怒鳴る。

 「うるさい」

 少女の放った弾丸は男の口から入り、後頭部を貫いた。

 1分にも満たぬ時間で4人が死んだ。

 至近距離での銃撃とは言え、簡単では無い。

 まだ、息がありそうな男に少女はトドメを刺した。

 硝煙の香りが部屋中に籠る。

 少女は血と汚物と硝煙の臭いのする部屋に留まり、夜を待った。

 

 夜の帳が降りる。

 少女は闇夜に紛れ、昨日の公園に小走りで向かった。

 ベンチには昨日の男が居た。

 「おじさん・・・ありがとう」

 少女は丁寧に拳銃を彼に返した。

 「無事に終わったみたいだね。それでどこか行く宛てはあるのかい?」

 男に尋ねられ、少女は首を横に振る。

 「そうかい。じゃあ、一緒に来るかい?君と同じような子が何人かいる。仕事はして貰うが、食事と教育、自由を君に与えてあげよう」

 男はそう言って、ベンチから立ち上がる。

 「あぁ、そうだ。君の名前は?」

 男は中腰になって、少女の顔を覗き込んだ。少女は少し緊張しながら答える。

 「まりあ」

 「そうか。まりあちゃんか。これからよろしく。私は高城だ。まぁ、偽名だけどね。それ以上は詮索しないでくれよ」

 高城はまりあの手を引き、暗闇へと消えた。

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