何も無い世界

 「何でもかんでも電脳かよ」

 世の中は現実と仮想の区別が無くなる程に電脳化が進んだ。電脳化して無い奴はまともに社会を生きていけないぐらいにサービスが広がっている。

 そんな世界で一人だけアナログな男だけが取り残されていた。公共交通ネットに繋がらないようなガソリンエンジン原付を愛用し、腕には時間を見る以外に用を成さないキングセイコーの自動巻き腕時計が巻かれている。

 彼の仕事は探偵。元は警察官だったが、頑なに電脳化を拒んだ彼を上司が嫌って、事実上の解雇にされた。頑なに電脳化を拒む人は実は少なくない。だが、それが生活の上で決してプラスには動いていてくれない。すでに電脳はそれほどに社会に浸透している。

 「電脳を使えば・・・迷い猫もすぐに見つかるのかよ」

 彼はひたすら、路地裏を歩き、猫を探していた。探偵なんて言うが、電脳化もされていない探偵の仕事など、この程度のものだ。実にアナログでどうでもイイような仕事ばかりを得て、日々の糧を手に入れる。それが彼の人生だった。

 ある路地裏に入ると、一人の若い男が倒れている。見れば、解る薬物をキメてるんだ。ただし、こいつのは違法じゃない。合法デジタルドラッグ。簡単に言えば、電脳をラリらせるプログラムだ。電脳は脳をバイオコンピューター化する技術だ。ここに様々なプログラムを読み込ませると脳はそれを解析して、作動する。それを活かして、脳内麻薬を過剰に分泌させたり、快楽を刺激するような映像や音楽を与えるプログラムというのが出回っている。まだ、法整備が出来ていないから、それを違法とも呼べず、蔓延の一途を辿っているわけだ。

 「けぇ、頭ン中でイッちまっているのか。キモいぜ」

 どれだけ人間の生活が変わろうと、やることは変わらない。ただ、やり方が変わるだけさ。こんな輩はそこら中に居る。男も女も。今じゃ、結婚だって、恋愛だって、全てバーチャル。子どもは人工授精が当たり前らしい。自然分娩なんて、効率が悪くて、リスクしか無い。今じゃ、障害児が生まれる可能性はほぼ0らしい。まぁ、子どもなんて考えた事も無いが。せめて、セックスぐらいは生身でして欲しいとだけ思う。

 結局、この路地にはお目当てのネコは居なかった。もう、保健所で殺処分にでもなっただろうか。そんな事を思いながら、停めておいた原付に跨る。こんな治安の悪い時でもこんな屑鉄を盗む輩は居ない。電動スクーターが当たり前のご時世に、ガソリンエンジンのスクーターに乗れる奴が居ない。ましてや価値が無い。何も無いだ。

 パパパパパと破裂するようなエンジン音を出して、マフラーから白煙を吹き出す。環境問題大ありの原付に跨って、走り出す。時代は自動運転。誰もハンドルなんて握っちゃいない。バイクだって、そうだ。ただ、一人で乗れるだけって代物だ。本当に自分で動かしたいなら自転車に乗れって言われる。

 銃声が鳴り響いた。こんな時代でも銃は火薬で撃つ。まぁ、薬莢は無くなっているがな。ケースレス弾が当たり前の時代になった。それでも3年程度の話だから、まだ、金属薬莢の弾は残っているがな。昔の銃でもケースレス弾が使えるから、ジャムが起こらないケースレス弾を使うのは当たり前になっている。

 日本の警察官だって、腰に提げているのがオートが当たり前なんだ。ジャムを気にするのも当然だろう。

 だが、俺は違う。

 やはり金属の冷たさがあって、初めて弾丸って感じがする。何でも新しのが良いってわけじゃない。と俺は思うだけで、実際はジャムらない方が良いに決まっている。

 

 S&W Model4506自動拳銃


 S&W社が発売していた45口径の自動拳銃だ。アメリカでは人気の高い45ACP弾が使えるモデルとして発売される。コルト社がガバメントとそれをダブルアクション化したイーグルを発売する中、S&WはM39という自動拳銃をベースに様々なモデルを開発する。これもその一つだ。

 80年代に流行ったオールステンレス製という当時でも珍しい部類の素材を使う。同様にATM社なども同じようにオールステンレスの銃を作るが、焼き付きなどの問題と、堅いステンレス鋼を削り出すのはコストを大幅に押し上げる事になった。

 (一部を除き)オールステンレス故にメンテナンスフリーでタフなので

警察の一部や民間ではそれなりに人気があるが、後に出て来るベレッタやグロッグなどに押されて、地味な存在である事は間違いが無い。このモデルはかつて、アメリカの刑事ドラマでも主人公が使っていた事から、ある程度知名度はあるみたいだが、やはりパッしない。S&Wの自動拳銃ってのはどう転んでも地味な部類に入る。何が悪いわけでも無いが、多分、メーカーのイメージがリボルバーというのがあるのかもしれない。だが、80年代までのアメリカンポリスの腰には確かにこのシリーズの自動拳銃が下がっていた。

 そんな銀色に輝く拳銃が俺の愛銃だ。この時代になると、移民や難民が押し寄せ、少子化で日本人の警察官は激減。汚職も蔓延しているせいか、自己防衛の為に、許可を受ければ、拳銃を手に入れる事が出来た。良い時代なのか、悪い時代なのか。よく解らんが、持てる物は持つ。それで十分だった。

 世の中の奴等は何を見て、生きているのか。俺の知ったるこっちゃない。街中を出歩く奴なんてあまり居ない。居たとすれば、俺みたいに電脳化して無い奴か。頭に何かをキメる為に合法電脳ドラッグをこいつらみたいに裏路地の妖しい売人から買うかだ。これは政府が規制に乗り出し、ネット上での販売が実質、出来ない状態になっているからだ。いつの時代も危ない物は路地裏にあるわけだ。

 俺は路地裏を抜ける。そして、いつもの綺麗な街並みが広がる。表が綺麗なら綺麗である程、裏は汚い。オセロのようなものだ。疲れたように歩いていると、一台のパトカーが停まる。降りて来たのは二人の警察官。

 「ちょっと、話を聞かせて貰えますか?」

 職務質問って奴だ。警察の基本スキルと言うべきか。

 「あぁ、構わないよ」

 「ここで何を?」

 「猫を探しているんだ」

 「猫?」

 猫の写った写真を見せる。

 「なるほど・・・所持品を見せて貰えますか?」

 「サイフと・・・銃だ」

 腰に提げたヒップホルスターを見せる。

 「携帯許可は?」

 「サイフの中だ」

 「見させていただきますよ?」

 「あぁ」

 警察官はサイフから携帯許可証を取り出し、確認する。奴等の視覚情報は警察のサーバーコンピュータと繋がっているから見るだけで、情報が閲覧できる。

 「ありがとうございます。探偵での登録がありますね?」

 「あぁ」

 「猫探しもお仕事ですか?」

 「そうだよ」

 「あと、電脳のチェックもさせてください」

 電脳のチェック。危険なプログラムに汚染されていないかを確認するための作業だ。最近、ウィルスプログラムに汚染されて、電脳が暴走する事件が増えたための処置らしい。

 「悪いが、俺、電脳化してないんだ」

 首筋を見せる。そこには電脳化した者なら、端末と直結させるためのインターフェースが存在するはずだった。それを見た警察官達は軽く驚く。

 「今時・・・珍しいですね」

 「あぁ、骨董品だろ?」

 「ははは。解りました。ご協力ありがとうございます」

 警察官達は再びパトカーに乗って、去っていく。どうやら、さっきの銃声で駆り出されたようだ。結構、近くで響いたと思うが。君子危うくに近付くべからずという言葉がある。銃声が鳴ったからと言って、興味本位で近付く奴は死ぬだけだ。銃声が鳴ったなら無視して、反対方向に逃げろ。それが生き残るための最善の策だ。プロならば、確実にそうすべきなのだ。

 その通りに路地から出て、原付の所に向かう。物騒な時は路地裏などに行かない事だ。いつ、犯罪者と出くわすか解らない。そんな事を思いながら、歩いて行くと、原付に跨って、何かやっている奴が居る。

 「おい、てめぇ!人のかわい子ちゃんに何、跨ってやがるんだ?」

 怒鳴ってやると、男は驚いて、こっちを振り返った。手には拳銃を持って。

 「バカ野郎!」

 慌てて飛び退く。銃声がして、弾丸が歩道のブロックを穿った。その後、ガチャンと音がした。拳銃を抜いた俺は慌てて原付を見ると、案の定だが、荒々しく倒されていた。

 「ひでぇことしやがる」

 原付はウィンカーなどが割れた程度で済んだ。だが、さすがに許せないと思った。拳銃を片手に駆け出す。

 相手は路地裏を逃げ回るつもりだろう。電脳化しているとすれば、ナビを使っているはずだ。だが、デジタル化されているマップは必ずしもすべてが載っているわけじゃない。特に調査のし辛いこの手の裏路地は知っている奴だけの聖地だ。

 俺はネコしか入れないような建物と建物の間を擦り抜け、常に鍵の開いているビルの裏口から入って、トイレの窓から出る。とにかく、走った。どうしたら、そんな場所が通り抜けるのを知っているかってぐらいに。そして、奴の前に姿を現す。

 「よう・・・糞野郎。俺のかわい子ちゃんを傷物にしやがって・・・」

 拳銃を構えた。親指でスライド後端のセーフティーを跳ね上げる。後は引金を引けばダブルアクションで撃つ事が出来る。敢えて、撃鉄は起こさない。こいつおトリガーフィーリングなら、ダブルアクションでも当てる自信があった。

 「て、てめぇ・・・デカか?」

 「デカじゃねぇよ。探偵だ」

 「探偵?」

 「あぁ、さっきまで猫を探していた」

 「じゃ、じゃあ、見逃してくれ。頼むぜ」

 「悪いが、こいつを傷物にされて、黙って見逃すと思うか?」

 「ちっ、そんなポンコツぐらいでガタガタとっ」

 銃声が鳴り響く。空薬莢が宙をクルクルと回転しながらアスファルトに落ちる。キーンと金属独特の高音が鳴り響く頃には糞野郎の右耳をフルメタルジャケット弾が貫いた。

 「ひげぃいいいい」

 耳でも突然、破られてたら、痛いだろう。男は悲鳴を上げた。

 「おい、ポンコツがどうした?」

 「てめぇ!」

 悲鳴を上げた男は手にした拳銃を向ける。こいつは馬鹿だ。圧倒的に不利に決まっている。こっちはすでに構えているのだから。撃鉄は起きている。次はシングルアクション。軽い引金をスッと引く。二発目が男の右腕に叩き込まれる。再び空薬莢が飛び出るはずだった。

 ガッ

 嫌な音だ。スライドは戻る途中で止まった。空薬莢を噛み込んだのだジャムと呼ばれる排莢不良。S&Wはそんなに悪い銃じゃない。問題があるとすれば弾の方だろう。最近はケース弾は三流の会社しか作らない。品質にバラつきがあるのだ。

 「クソっ」

 俺はスライドに手を当てる。ステンレスが熱を吸って、ほんのり熱くなっている。強く引っ張り、嚙み込んで変形した空薬莢を弾き出す。その間に腕を撃たれた男は左腕で拳銃を掴んでいた。どれだけ急いでもジャムった銃を直すには30秒は要する。相手が一発を撃つには十分だ。

 銃声が鳴り響く。慣れない左腕で撃ったせいか、男の銃は反動で大きく跳ね上がる。お蔭で銃弾は頭の上を飛び越えて行った。それでもかなり危なかった。空薬莢が外れる。反動であれだけ跳ね上がるとジャムの原因になるが、ケースレス弾なら、せいぜい、反動不足でスライド後退不足ぐらいのトラブルしか無い。だから、撃てる。男は再び銃口を向けていた。今度は外さないつもりだ。

 二発の銃声が重なり合う。

 男の眉間を貫いた弾丸は男を仰け反らせ、アスファルトに叩き落とした。

 「ちっ・・・電脳のお前の頭にリアルをぶち込んでやったよ」

 銀色の拳銃をホルスターに戻し、オンボロの原付に跨った。

 

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