殺戮✕少女

 雨が上がった6月の空。湿度が高く、酷く蒸す。空は晴れ上がり、すでに夏の空だなのに、蒸さる空気のせいで、まだ、気分は滅入るだけだった。少女は制服の白い半袖のセーラー服に膝が微かに見える程度のスカート。少し暑そうに見える黒タイツ。黒色の靴で水たまりのある路地を歩く。肩まで伸びた黒髪を颯爽と靡かせ、リムレス眼鏡を掛けた彼女は微笑みを浮かべて登校していた。

 もうすぐ夏休み。教室中は期末テスト前ではあるが、浮かれ気分だった。湿度の高い教室内を少しでも風を通そうと、窓が全開になっている。そして、週一回のホームルームが始まる。この学校では朝のホームルームの進行はクラス委員長が行う。それが先程の少女だ。彼女は笑顔のまま、教壇に立つ。学年一の成績で、誰からも『委員長』と呼ばれる存在だった。

 「え~、もうすぐ、夏休みに入ります。生徒会からは、この時期は風紀が乱れるので、皆さん、生活には気を付けるように通達がありました」

 ホームルームなど、誰も聞いてはいない。毎回そうだった。これはただの恒例行事だ。皆が耳を傾けるのが文化祭や体育祭の時ぐらいなもんだ。誰もがこの時間はおしゃべりか居眠りの時間だと勘違いしている。それは隣で聞いている教師も似たようなもんだ。やる気無さそうにしている。

 「最後に・・・皆さんにはここで死んで貰います」

 委員長はそう言って、教卓の中に置いた鞄から何かを取り出した。

 

 イズマッシュ社 PP-19 Bizon 短機関銃


 AK系の外観を持ち、筒状の弾倉を縦方向に銃身と平行して装着する変わった短機関銃だ。構造はAK系と同じで堅牢であり、かつ、9✕18マカロフ弾の場合、64発もヘリカル式筒状弾倉に詰められる利点がある。その金属の塊のような重厚な外観は少女が持つにはあまりにも暴力的だった。

 委員長は銃本体右側の排莢口カバーと一体型のボルトレバーを引っ張って放し、セレクターレバーを操作して安全装置を解除した。その一連の動作を流れるように行った彼女は躊躇なく、隣で欠伸をしていた男性教師の顔に銃弾をぶっ放した。

 弾丸は至近距離で男性教師の頭を貫き、血と脳漿がぶち撒けられる。この時、教室中の誰もがそれを現実として受け入れてなど無い。軽く教室に響き渡る銃声も、彼等が映画などで聴く音に比べれば、あまりに軽い。教師の頭から飛び散った血などもあまりに造り物臭くて、きっとこれはドッキリなんだろうと思った。ただ、驚き、その光景を見ているしか無かった。

 彼女はその光景にも何を感じないまま、銃口を座っている生徒に向けた。毎分700発の高サイクルで発射される弾丸は生徒達を貫いていく。マカロフ弾は貫通力は低い。だが、反動も少なく、委員長の細腕でもフルオート射撃を制御する事が出来た。

 次々に生徒達が撃たれて倒れる。床に倒れて呻く者、泣き叫ぶ者、それらを無視して、委員長は逃げ惑う同級生達に銃口を向けた。教室中はパニックだった。誰もが逃げ出す事しか頭に無い。

 幾ら高サイクルの短機関銃でも一度に30人の生徒を皆殺しにする事は出来ない。生き延びた生徒が出入口に殺到する。何とか逃げ出せたのは廊下側の数人だけだ。他の生徒達は醜くも、我先にと殺到した為にそこで詰まった。

 委員長はそこに銃弾を浴びせる。悲鳴と怒声、嗚咽が響き、血と肉片が飛び散る。やがて、彼等はその場に崩れ落ちて、ミートソースの掛かった肉団子のように転がった。

 委員長は空になった筒状の弾倉を捨てる。鞄からもう一本の弾倉を取り出し、装着した。そして、静かに死体の上を歩き、廊下へと出た。廊下では突然の事に何事かと他の教室の教師や生徒が出ていた。誰もが、そこで銃撃戦が起きていたなど、想像も出来ないのだろう。不思議な顔で委員長を見ていた。

 「あぁ、お騒がせて申し訳ありません。今、ゴミを廃棄している所でして・・・」

 彼女は笑みを浮かべながらそう告げる。そして、彼女は銃口を彼等に向けた。廊下に鳴り響く銃声。一瞬にして廊下にも死体が転がる。

 リノリウム張りの緑色の廊下に血が飛び散る。悲鳴が上がる。何が起こったか解らない教室の生徒達。そして、少しでも委員長から逃げようと走り出す教師や生徒。彼女はありったけの銃弾を彼等に浴びせて、廊下を血の海に変えた。彼女は空になった弾倉を捨て、また、新しい弾倉を取り出す。

 「ここにはゴミばかりだから・・・大変です」

 そう言いながら、彼女は校内を歩き回った。動く者は皆殺し。弾が尽きるまで、彼女は校内を彷徨った。だが、そろそろ、最後の弾を撃ち尽くす頃に外からサイレンの音が聞こえる。逃げ出した生徒達は必死になって校外へと逃げ出そうとしている。その波を描き分けて、パトカーが次々と入って来る。

 「あぁ・・・もう、そんな時間なのね」

 銃撃戦が始まってから、10分程度だが、それはあまりに長い時間のようにも思えた。委員長は弾を撃ち尽くした短機関銃を構えながら、階段を降りる。そこには転んだのだろうか。立てずに這いずって、逃げ出そうとしている男子生徒が居る。

 「あら・・・まるで虫みたいね」

 彼は委員長を見て、怯えた。撃たれる。そう思って、泣き叫ぶ。

 「黙りなさい。その啼き声は出来が悪いわ」

 委員長はスカートのポケットからカッターナイフを取り出す。

 カチカチカチ

 刃を長く、出して、這いずって逃げる男子生徒の背後からその首に刃を当てる。そして、素早く、引いた。彼の喉は裂け、激しく血が流れ出す。彼は両手で首を抑えて、苦しむ。

 「頸動脈を切ったのよ?どう、いっぱい血が出るでしょ?」

 委員長は微笑みながら彼を見下ろす。

 「お、おい!動くな!」

 警察官達が防弾盾と拳銃を構えて、委員長を威嚇する。

 「包囲されているぞ。抵抗を止めて、投降しろ。銃を捨てるんだ!」

 委員長は彼等を微笑みながら見た。

 「あら?御苦労様です」

 そう言うと、彼女はゆっくりとお辞儀をした。警察官達は大人しく投降するのかと思って、一瞬、気が緩む。

 「それでは・・・さようならです」

 彼女は胸ポケットから何かのリモコンスイッチを取り出し、躊躇無く、押した。

 刹那、彼女を中心に激しい爆発が起きる。警察官達は爆風で全員が吹き飛ばされた。一瞬の出来事だった。吹き飛ばされた警察官達は何とか立ち上がる。全員が全身に激しい痛みを感じるが、何とか生きている。委員長が居た場所を見たが、そこに人の姿は残っていなかった。倒れていた男子生徒も至近距離での爆発に巻き込まれ、身体が分裂している。一目で生きていない事は解った。

 事件は唐突に始まり、唐突に終わった。警察は何も出来ないまま、被疑者が自爆。飛び散った肉片などを集めたが、それは元の姿には戻らないただの肉塊だった。その後の捜査で彼女が銃を手に入れたルートなどが探られたが、全ては不明のままだった。そもそも優等生であるはずの彼女が何故、このような無差別殺人を行ったのか。それすらも解明が出来ないままとなった。

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