第88夜 6・16 生きてるって言ってみろ
6・16 生きてるって言ってみろ
今日は雨だ。新宿の灯が見えない。書くべきことも、見えない。
あんなに楽しみに待っていた雨が、どうして今日は陰鬱だ。私小説は見失った。詩ももう書けなくなってしまった。今日だって眠くて仕方がない。
三月の二十一日から始めて、この数ヶ月、書くことがおれの推進力だった。おれは毎晩、書いている。それがあったから、何もしない毎日にも耐えて来られた。それが、三ヶ月経ってみて、やっぱり何もないことに気がついた。何枚読まれない文を書いてみても、何篇わからない詩を書いてみても、たとえ、何首陳腐な歌を作っても、しょせん、おれはつまらないおれのままだ。おれはまだ、何者にもなれないままだ。私小説にできるような、壮絶な人生を送ったわけじゃない。かといって、胸張って「幸福だ」といえるような、素晴らしい人生を送ってきたわけじゃない。かといって、普通に働いているわけでもない。すべて、すべて中途半端だ。遁走して、逃走して、おれは逃げつづけて、ぜんぶ中途半端なおれなんだ。その逃げのひとつとしてこんなものを書いて、無表情で何を偉ぶってるんだ。――コケシでもあるまいに。
生きてるって言ってみろ
生きてるって言ってみろ!!
生きてるって言ってみろ!!!!!!
友川かずきは、天才だった。一人ぼっちは絵描きになる。絵すら描けないおれは何になる。生きてるって言ってみろ。生きてるって言ってみろ。また引用だ。他人の言葉だ。おれのものじゃない。おれの言葉じゃない。中途半端は、何になる。陰鬱な雨が、肌にまとわり付いてくる。(了)
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