第13話 すべて見た夢

 時は二〇四〇年、脳の構造が解明され、仮想現実が世界的に普及した。人類はみんな仮想現実に没入し、人工的な快楽の中で生活した。仮想現実をするためには、食事や睡眠のたびに中断するか、生命維持装置に入らなければならない。だが、あらゆる想像できる快楽を体験できる仮想現実は多くの中毒者を出し、生命維持装置は高価なのにも関わらずバカ売れした。

 ぼくは十八歳になって仮想現実に初めて没入することにした。仮想現実<ビットクラッシュ>だ。仮想現実に没入する際に、奇妙なことが起こった。

「<ビットクラッシュ>の登録が二重にされています。このまま使用しますと不具合を起こす可能性がありますが、それでも実行しますか?」

 どういうことだろう。ぼくがすでに仮想現実に生きていて、ぼくの退屈でつまらない人生が仮想現実だったということだろうか。まさか、そんなことはあるわけない。仮想現実ならいくらなんでももっと楽しい人生を送れたはずだ。

 それとも、ぼくは少年の夢を見ている生命維持装置を買った大金持ちなんだろうか?

 ぼくは<実行>を選択して仮想現実に入る。最初は灰色の部屋だった。そこに青が現れ、あっという間に色彩がぼくの周りに溢れ出した。見たことのない幻想的な風景が見えている。ぼくは前から興味があった幻想的戦争の部屋を選んで入っていった。

 幻想的戦争を堪能した後、現実的戦争の部屋も体験して、やはり現実的戦争では死んでしまうんだということを知りながら、官能の部屋に入った。さまざまな官能を体験して、見たこともないような美少女を見て、しかも裸を見て、ぼくは興奮して楽しんだ。

 そしたら、電子郵便サーバーに手紙が届いていると知らされて、電子郵便を受け取った。そこにはちょっと奇妙なことが書いてあった。

「ようやく来てくれたな、ミスターA。我々はみんなきみが来てくれるのを待っていた」

「どういうこと。どうしてぼくを待ってたんですか?」

 そう返信すると、謎の人物はこう答えた。

「きみは知っているかもしれないが、今、世界の人口は百億人を超えている。そして、そのうち八十億人がこの仮想現実に没入している。しかしだ。この仮想現実の演算をしているサーバーがどこにあるのか誰にもわからないんだ。見つからないんだよ、サーバーが」

「まさか。どういうことです? 宇宙人が人類に仮想現実を見せているとでも。それとも、ビッグデータを管理する向こう側の人間が知っているんじゃないんですかね?」

「いや、そうじゃないんだ。我々は人類の八十億人が体験している仮想現実のサーバーがどこにあるのか必死になって探した。そこで気づいたのが神経科学だ」

「神経科学?」

「そうだ。人間の脳は非常に素晴らしい計算機だ。かなりの高性能な計算機だ。仮想現実のサーバーとしての機能を人間の脳を使って行うことができることが二十四年前の論文に書いてあった。つまり、この仮想現実は誰かの脳によって演算されている一つの神経回路による計算なんだ」

「まさか」

「本当だよ。そして、我々はきみを待っていた。友紀村慎二くんだね。きみがこの八十億人の人間が体験している仮想現実を演算している脳だ」

「ちょっと待ってください。そんな。ぼくの脳が計算機だなんて」

「受け入れろ。そして、体験するんだ。八十億人のそれぞれが夢見る体験がすべてきみの脳で行われているのだから」

 そして、ぼくは八十億の夢を一度に見た。最高にきまってた絶頂だった。

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