25

 無理しちゃ駄目って云ったでしょう、と予想どおりの言葉とともに杠葉ユズリハの処置を受けたあと、十和トワ来鹿ライカセツをともなって弓弦ユヅルの部屋へと向かった。八雲はいない。護衛局の支部へ顔を出さなければならない用があると云って、天鳥舟あまのとりふねの玄関先で別れたのだ。

 寝台の上にうつぶせに横たわる弓弦は、あらためて眺めてみるとずいぶんと薄汚れたなりをしていた。

 頬や額は垢じみており、肌荒れもひどい。金色の髪は全体的に油っぽく、ところどころ束になってほつれている。伸びた爪の先は黒く、腕も足もがりがりにやせていた。

「おまえも相当だが、こいつはそれ以上だな」

 来鹿がつぶやけば、雪は、しかたないよ、と短く応じた。

「口がきけないからか」

「もちろんそれもあるけど、それだけじゃない。弓弦は人とかかわるのをいやがるから」

自尊心プライドが高いのか」

「そんなんじゃないよ。人をだますのも、だれかにたかるのもきらい。めんどうなんだって云ってた。人とかかわると必ずいやな思いをするって」

 たしかにあわれなほどみすぼらしいありさまだが、薄い目蓋に透ける血管やわずかに開いた唇からのぞく粘膜には少年らしいみずみずしさが残っている。

 この幽宮かすかのみやで人とは異なる障害を抱えたこどもが云う、いやな思い、とやらがどんなものか、十和は想像するだけで胸が痛むような気がした。

「起こせるか?」

 十和の言葉は、彼らと同行してきた杠葉に向けてのものであるらしい。

「大丈夫よ」

 杠葉が寝台に歩み寄り、弓弦の腕をやさしい手つきでさすった。

 自動人形アーティフィシャルのささやきかける穏やかな声に目を覚ました少年は、見知らぬおとなたちに混じるよく知った顔にどこか気まずそうな笑みを向けた。

 身体をひねり、片腕をついて上半身を起こそうとする彼を咎め、杠葉が云う。

「なにを探しているの?」

簡易端末タブレットだろ」

 雪の声に弓弦が何度もうなずく。

 得心がいったのか、杠葉はすぐに寝台脇の戸棚を開けて、なかから手のひらほどの大きさの端末を取り出した。C2以外ではめったに見かけることのない、きわめて古い型の簡易端末である。

「礼を云うよ」

 高音域が不自然に割れた人工音声が唐突に響く。

「助けてくれた。そうなんだろ?」

 弓弦は指先を器用に動かしながら、十和と来鹿を見比べるように視線を動かす。

「ああ、そうだ」

 そう応じる資格を持つ十和がうなずく。

「まあ、実際におまえを助けたのは、この杠葉だが。彼女は医師だ」

「放っておいてくれたってよかったのにさ。おせっかいだなあとは思うけど、助けられたのは事実だから」

 正直すぎる弓弦の言葉に十和が薄く笑った。先に続けられる言葉を知っているような表情だ。

「礼なんてできないよ」

「なにかをよこせだとか、そんなことは云わない。もちろん杠葉も。ただ、二、三、教えてもらいたいことがある」

「なにを?」

「おまえ、自分を襲った者の姿を見たか?」

「襲った?」

 弓弦は眉根を寄せて首をかしげた。

「オレは襲われてなんていないよ。足を滑らせてがれきの山の上から転がり落ちたんだ。うっかりしてたんだよ」

「おまえにはおまえの背中を突き飛ばした者の姿が見えなかったんだな」

「突き飛ばされてなんていない」

 不自然に素早い返答だった。

 そうか、と十和は先ほどとよく似た笑みをみせる。

「おまえのようなこどもでも、目に見えないものは怖いか」

 弓弦は返事をしなかった。鳶色の瞳に強気な色を浮かべはしても、十和の迫力にはかなわないのだろう。

 やがて空元気もしぼんだか、大きく肩を落として端末をいじる。口を開く覚悟が決まったらしい。

「……ああ、そうだよ。ここには怖いものばっかりだ」

 弓弦は雪と同じ、ここで生まれ育ったこどもなのだと云った。親の顔を知らず、守ってくれる者もおらず、気づいたときにはひとりきりで、文字どおり身を削ってここまで生き延びてきた。

「この端末だってそうだ。雪と一緒に腎臓を売って、それで手に入れたんだよ」

 そんなことここではよくあることだ、別に悪いことはしていない、と云わんばかりに、雪は弓弦の隣で肩をすくめてみせる。

「そりゃ、まあ、悪くはねえかもしれないが……」

 来鹿の声は苦い。

「悪いことなんかしてねえよ。はらわたのひとつやふたつなくたって、生きていくのに不便はない。でも、声をやられたのは痛かった」

「その声も売ったのか?」

「まだほんのガキのころ、結構長いことなんかの薬を飲まされた。一緒にやったやつはみんな死んだけど、オレは声が出せなくなっただけで生き延びた。おかげでそれからしばらく血だのなんだのあれこれ絞られまくったけど、あのときはいいもの食わせてもらったよ」

 なんでもないことのように答えた弓弦に向かい、雪は驚いたように瞬きを繰り返す。

「そんな理由だったの?」

「そんなってなんだよ。オレには結構な理由だぜ」

 雪の話を聞いているときには、弓弦はもう少しひかえめでおとなしげなこどもに思えたんだがな、と十和は内心意外に思っている。あるいは雪は自分が弓弦を助けているように感じているのかもしれないが、なかなかどうして弓弦はかなりしたたかな性質であるらしい。

「ともかく、そうやってたくましく生き延びてきたおまえでも、今度の相手はおそろしかった。見えない手、たしかにそうであったはずの事実をなかったことにしてまでも、その手のことは云いたくなかったんだな」

 弓弦はごく浅くうなずいた。

「……そうか」

「十和」

 来鹿が口をはさんだ。

「おまえ、ひとりで納得してるんじゃねえよ。なんの話だよ、さっきから。わかるように説明しろよ」

 説明もなにも、と十和は肩をすくめる。

「あの鵺のすべての黒幕だ、ということがはっきりした。それだけだ」

「黒幕? 鵺が?」

「それだけ? だけってなんだよ?」

 来鹿ばかりか雪までもが、驚きとともに問うてくる。

 リュニヴェールのさわりのネタが割れたのか、百鬼夜行とやらの目的がわかったのか、それとも人殺しの意味が見えたのか。そもそもいったいなんだって、こんなことが起きてるんだ。

 騒ぎ立てる護衛師ガーディアンと少年を黙らせるように、十和は漆黒の瞳を冷たく光らせる。それから、同じくらいに冷たい声で静かに尋ねた。

「おまえたち、そもそも、鵺がなんだか知っているのか?」

「鵺がなに、か……?」

 首をかしげる雪の隣で、来鹿は続きをせかすように、ねえな、と云い捨てた。

「俺はあやかしだの鬼魅おにだのに縁はねえ。なにか、なんて考えたこともねえよ」

「鵺とは正体の知れないもの、得体の知れないものの総称だ」

 十和にも焦らすつもりなどない。すぐに答えた。

「正体の知れない……?」

「そうだ。その姿を見た者も、とらえた者もいない。夜に響く薄気味の悪い声、意志あるかのように鳴くなにか、それをおそれた、その恐怖心こそが鵺の正体だとわたしは思う」

「鵺はいない、ということか」

「いや、いる」

「はあ?」

 来鹿はきわめて不機嫌そうに顔をしかめた。彼はこの手の話題が死ぬほど苦手なのだ。

「鵺はいる。ただ、その姿は人によって異なって見える。頭と胴、脚と尾が、みな違う獣のそれでできているとする文献もあるし、怪鳥、つまりなにかの鳥の姿をしているとする言伝えもある」

 共通して云えるのは、結局、なにがなんだかよくわからない、ということだけだ、と十和は唇を曲げてみせた。

「だが、ここへきて、わたしたちが相手にしている鵺はどうだ?」

「どう、とは……?」

「雪」

 不意に名を呼ばれ、雪は大きく肩を揺らした。

「な、なに?」

「おまえが視た鵺はどんな姿をしていた?」

「え、す、姿……?」

 そうだ、と十和は微笑みながらうなずいた。

「女で、髪が長くて、えと、白い着物を着てて……」

 うつぶせになったまま視線だけをよこす弓弦を気にしながら、雪はぽつぽつと答える。

「耳まで裂けた紅い唇、よどんだ墨のような黒いまなこ

 歌うような口調で自身の言葉を摘み取った陰陽師を、雪は驚きの目で見遣る。十和は、に、と唇の端を吊り上げた。

「おかしいとは思わないか?」

「え?」

 なにを云われたのか、すぐには理解できず、こどもは首をかしげる。ごく短いあいだ交わしあった視線から、弓弦もまた混乱していることがわかった。

「だから、おかしいとは思わないか?」

「おかしいって、なにが……?」

「おまえが視た鵺とわたしが視た鵺は同じ姿をしている。おかしいと思わないか?」

 おかしいのは十和だよ、同じ鵺なんだからその姿はひとつに決まってるだろう、と雪は唇を尖らせた。

「そうか?」

「……そうだよ」

 十和の云っていることを理解したいのに理解できない自分がもどかしい。

「鵺とはなにかってことだろう」

 助け舟は思わぬところから出された。雪はふてくされたような表情のまま来鹿を見上げる。

「正体の知れないもの、得体の知れないものの総称。十和はいまそう云った」

「……うん」

「正体がわからないのに、おまえたちの前に現れる鵺は、ちゃんとした姿を持ってる。女で? 髪が長くて? ……美人か?」

 あ、と雪はなにかに気がついたようにいくつかまばたきをする。

「そっか……」

 弓弦がうつぶせたまま、雪の顔色を探るかのように身じろぎする。

「わかるか?」

「鵺の正体はよくわからない。見る人によって姿が変わるから」

 自分に言い聞かせるように言葉を継ぐこどもを、十和はまるで母親のような眼差しで見守る。

「十和の視た鵺とぼくの視た鵺、同じ見た目なのはおかしいんだ。それは、姿を持ってるってことになるから」

「そうだ。鵺は妖のなかでもやや変わった存在だ。見た目を容易に変える妖は多いが、本性を変えることはない。わたしと雪の視る幻月ゲンゲツが同じ姿であるように、彼らには必ず本来の姿というものがある」

 急に己の守護人もりびとの名を出され、雪はうろたえたらしい。

「え……幻月?」

「話したのだろう? 彼女の本当の姿も見たはずだ」

「う、うん」

 妖とはなにか。陰陽師である十和にとって、それはあたりまえのようにそこに存在している。だが、それを視ない者たちにとってはそこにないもの。

 しかし、なお重ねて云うことが許されるのなら、それはたしかにそこにいる。それらがなす悪事があって、それらを祓う陰陽師がいる。それらを視ぬ者たちでさえ、それらが引き起こす凶事まがごとと無縁ではいられず、それゆえ、陰陽術の力を疑うようなことはない。考えてみれば奇妙なことだ。

「ならばわかるだろう」

 十和は微笑んだ。来鹿と雪は同時に目を見開いた。美しい顔がやわらかくほどけるさまは、まるで大輪の花が開いていくそのときのようだ。

「鵺は狐とは違う。姿を得た鵺は鵺ではない。鵺を超えたなにかだ」

 とはいえ、話している内容は陰気で物騒。清々しさなどかけらもない。

「鵺を超えた……?」

あやかしがそのさがを変えるのはとてもまれなこと。彼らは人間よりもずっと変化に弱く、だからこそ変化を厭う」

「変化に、弱いの?」

「弱い。それにくらべ、人間は鈍感で寛容だ。己の身を滅ぼすほどのできごとに気づかぬまま過ごし、また、たいていの物事を受け入れることができる」

「それは、どうかなあ」

「個としても種としても、人間は頑丈だよ。変化をおそれない」

「人によるんじゃない?」

「いいや。その鈍さが人間という種のほとんど唯一の長所だ」

 持論を譲らない十和に、雪は早々に反論をあきらめたらしい。すぐに口をつぐんだ。

「だが、あの鵺は違う。あれは己が性を変え、鵺ではないものになった。鵺ではないなにか、本物の妖物バケモノに」

 雪の背筋に悪寒が走る。気がつけば、陰陽師の顔がひどくつめたくなっていた。

「妖がその性を変える方法はたったひとつしかない」

「ひとつ……?」

 おそろしさのあまり喉を詰まらせる雪の代わりを果たすかのように、来鹿が紅い瞳を細く眇めて尋ねた。

「人をうことだ」

「人を、啖う……」

 やっぱり妖物は人を啖うんだ、と雪はか細い声で云った。

「あいつらが弱いなんて嘘に決まってる」

「少し誤解があるようだがな」

 十和がなにやらとりなすような口調で云った。雪は救いを求めるように顔を上げる。

「妖はそう簡単には人を啖ったりしない」

「そうなの……?」

 ああ、と十和はうなずき、晧宮しろのみやの工場で、来鹿と八雲にして聞かせた話を繰り返した。

「鵺は荒の性を持ち、残虐を厭わぬ妖ではあるが、妖力はそこまで強くない。人間と自動人形オートモーティブを見分けることは、たぶんできないだろう」

 誤って啖えば己が消滅するとわかっているんだ、そうそう人を啖ってみようとは思わないだろう、と十和は云う。

「……そうなの?」

「妖は己に対する執着が強い。自ら消滅しにいくような真似は絶対にしないよ」

「で、でも、あの鵺は人を啖った、んだ、よね?」

「そうだ」

「なんで?」

 なんでだと思う、と十和はそこはかとなく意地の悪い笑みを浮かべる。

 ええと、と雪は眉根を寄せた。

「啖っても大丈夫だって、わかってたから?」

「そうだ」

 なにかを断ち落とすかのような声で十和が云った。

「あの鵺は与えられた餌を食うように、人を啖った」

「与えられた……」

「あれに人を啖わせたのは人だ。妖が唆したのが先か、人が利用しようとしたのが先かはわからない。だが、あれは人を啖い、己の性を変え、そうさせた者のために動いている」

 十和の言葉はわかりづらい。

「つまり、おまえや弓弦に危害を加えた鵺は、だれかに使われていると、そういうことか?」

 問いかける来鹿とまったく同じタイミングで、雪も十和を見遣る。

「そうだ」

「じゃあ黒幕はそいつだよな。鵺じゃない」

「そいつ?」

「鵺に人を啖わせただれか」

「そういうことになるな」

 しばらくのあいだ、だれも口を開かなかった。

 来鹿は話のなりゆきを見失い、雪は理解が追いついていない。弓弦はけがによる発熱のためにふたたび意識がぼんやりしはじめてきているようだし、杠葉は妖物退治にはハナから関心がない。

 沈黙を破ったのは、結局、十和だった。

「いまのところ、それがだれかまではわからない」

 ただ、と陰陽師は黒い眼差しをきつく眇めた。

「そいつはわたしたちのすぐ近くにいる」

「えっ」

 弾かれたような声を上げて驚きを示したのは雪だけだった。来鹿は、当然だ、とばかりにひとりうなずいている。

「な、なんで、そんなこと」

「鵺は弓弦を狙った」

「狙った、って、どういうこと?」

 当の弓弦は熱にのまれたのか、気づけばうとうととまどろんでいた。その手元から簡易端末を取り上げた杠葉が、やせた身体に毛布をかけてやっている。

 それを眺めながら雪はなおも問う。

「結弦がけがをしたのは、ううん、鵺にけがをさせられたのは、その、たまたまだったんじゃないの?」

「違うな」

 十和の答えはごく短い。

「でも……なんで弓弦が?」

「見られたくないものを見られた。理由はそれしかない」

「見られたくない、もの?」

 そんな莫迦な、と雪は云った。妖を視る自分ならばともかく、弓弦にその能力はない。仮に袖すりあうほどに近くすれ違ったとて、鵺のやつが弓弦にこんなけがをさせる——口を封じようとする——理由にはならない。

「見られたくない、そう思ったのが鵺本人だとはだれも云っていない」

 雪は目蓋にまで皺を寄せて十和をにらんだ。

「それって、つまり……」

「妖は自分の姿をだれに見られようと気に留めたりはしない。人を絞め殺したり、貪り食ったりしているところを見られても、それがまずいことだなどとは考えない。連中にしてみれば人の命などに価値はないからだ」

 価値のないものを殺めても、罪悪感など持たないし、罪悪感がなければだれに見られても別に困りはしないだろう、と十和は肩をすくめた。

「われわれが妖を祓うにためらいを覚えることなく、罪の意識など持たないのと同じことだ」

 雪が自身の手に視線を落とした。蟲妖を退治したときのことを思い出しているのかもしれない。

「自分の姿を見られて困るのは妖ではない」

 十和の声に雪が顔を上げた。来鹿の表情は厳しさを増している。

「人だ」

 雪は思わず横たわる弓弦へと目を向ける。十和はうなずいた。そう、弓弦は見てしまった。鵺を使役するだれか、つまり——妖の主を……。

「不幸な偶然だったんだろう。おまけに、自分の姿を見られたそのだれかは、目撃者の口をふさぐのに躊躇した。そうでなければ、そんなけがだけですむはずがない」

 鵺は荒い性を持つものだ、と十和は云う。

「人を殺めるにためらいなど覚えない。おそらく、己に肉を与えた主の意志に逆らえず、攻める手が甘くなった」

 背中を押され、がれきの山の上から突き飛ばされるだけですんだのだ。

「なんで、そんなことがわかるの?」

「死んでいないからだ。目撃者の口をふさぐのなら、完璧でなければならない。生きていれば、いつ口を開くかわからないだろう?」

「……なのに、躊躇したんだね」

「おそらく傷つけることも本意ではなかったはずだ。だが、そうしないわけにはいかなかった。己を見破られる危険を犯すわけにはいかなかったからな」

「弓弦は……だれを見たのかな」

「さあな」

 十和の声は静かだ。

「ただ、これだけははっきりしている。そいつと弓弦はまた会う可能性がある。そいつはそれを知っていて、だから、ためらいながらも弓弦の口を封じようとした」

「知ってるやつだったのかな」

「その可能性はある」

「誰なんだろう……?」

 それがわかれば苦労はしない、と十和は肩をすくめた。

「弓弦、さっき、そいつのこと、云わなかったね……」

 雪の肩がすとんと落ちる。

「憶えていないか、憶えているとしても素直に話してくれるか、それはわからない」

「なんで?」

 憶えてるなら話すよ、と雪は首をかしげた。

「話すことが自分の身の危険につながると思っていたら、どうだろうな」

 あ、と雪は気まずげに唇を噛んだ。力のない自分たちが己の身を守るためにどのようなことをしてきたのか、——つまり、それはどのようにして生き延びてきたのか、ということと同義なのだが——思い出したのだろう。

「知らない相手にはまず警戒する。そういうものだろう?」

「そうだけど、でも……」

 ぼくくらいには話してくれたっていいのに、と雪はため息をついた。

「弓弦にしてみれば、知らない連中に囲まれていたんだ。なにも話さないのが普通だろう。こっちも訊かなかったことだしな」

 少年のすっかりしょげ返った様子に、来鹿までもが慰めを口にした。

「そう落ち込むな」

 十和は励ますような口調で云う。

「わたしたちがいないときなら、弓弦もなにか話すかもしれない。その相手はおまえ以外にはいないだろう?」

 だからな、と十和は悪だくみを思いついたこどものような顔で続けた。

「おまえに頼みたいことがある、雪。おまえにしかできないことだ」

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