第2話「バン」④
「
バンクラプトとの戦闘の際にも、フィルナはその単語を呟いていた。
その名称からして金属の類であるのは想像できるが、生物でないものに対して『学習』の名を持たせる意味までは測りかねた。
「そう、名前の通り学習する金属だ。これは外界からの干渉に対して崩壊や消滅をすることなく耐えた場合、その干渉の分だけ硬度を増す性質を持っている。わかりやすく言うと、5の防御力の相手に対して4の攻撃力で攻撃した場合、相手の防御力は9になるというわけだ」
「……限界は?」
恐る恐るといったバンの問いに、フィルナは表情を変えることなく首を横に振る。
ゲームでも限界値が設定されていないという噂は流れていた。実際は、そこまで詳細に調べる気力のある者がいなかったようだが。
「現時点では、そういったものは確認されていない。じっくり確認する余裕がないのが本音だけど、とりあえず手近な手段で干渉した限り、その可能性が十分にあるだろうね」
「どうして、そんなものが」
「地球の外――ううん、もしかしたら太陽系よりももっと遠くから来たのかもしれない。つまるところ、エイリアンというわけだ」
「……いつから?」
「数年前、南米での巨大地震があったのを覚えているかい」
フィルナの問いに、バンは頷くことができなかった。
彼は日本で起きた地震を、逐一把握してすべて記憶しているわけではない。
その一方で、海外で起きた地震はすべて覚えているというわけでもなく。
無理なことだと分かってはいても、他者の不幸に無関心な自分が、恥ずかしくなった。
「まあ知らなくても誰も咎めはしないから、気にしなくていいよ。で、その地震が起きたのとほぼ同時に、ひっそりと小型の隕石が落ちた。その正体は、バンクラプトの卵を大量に抱える彼らの巣だったというわけだ」
「それ、壊せないんですか」
彼女らにできることならとうにやっているはずだ。
それでもただ知るために、その問いを投げかけた。
ある程度の予測は、ついていたが。
「巣を覆う殻も学習金属に覆われていてね。それも、並みのバンクラプトでは比べ物にならない硬さだ。下手に強力な兵器を使用して耐えられたら、それこそ人類には打つ手がなくなる」
ゆえに、先ほど彼女が言ったように膠着状態にあるのだろう。
「でも、何か手があるんじゃ」
「偉い人は反応兵器を使えとうるさいけど、バンクラプトの強化以前に環境への影響を考えると容認はできない。だから、このバルバニューバを作ったというわけだ」
まるで子供が新品の玩具を自慢するように、水槽に入った等身大のバニッシャーを指さすフィルナ。
バルバニューバ。彼女いわく、バンクラプトの外殻が使われている特異な機体だ。
「君が実際に使ってくれたおかげで、性能は折り紙付きだ。まあ、試作機ゆえにまだ不安定な部分が多いのだけど」
「……システム
「そ、どっちかといえばそっちのがこの機体の真価だ。超高圧の電流によって一般機では出し切れない人工筋肉の限界を引き出し、理論上は機体性能を一般機の数十倍にまで跳ね上げ、バニッシャーの外殻すら容易に突き破ることができる。それの衝撃に耐えうるのが、学習金属による装甲であり、フレームだ」
「フレームまで?」
バンが驚きの声を上げる。装甲だけだと思っていたのだ。
「ガワだけ耐えて骨がボロボロじゃ、しょうがないだろう?」
「そうですけど……それはバニッシャーって言うより――」
「失礼、遅れました」
自身の中で生まれた不安を口にしようとしたところで、部屋へ新たに何者かが足を踏み入れた。
言葉を紡ぐのを忘れてバンが振り向くと、そこにいたのは先ほどの青年。車両を納めてきたらしい。
「やあ、ナギくん。いまバルバニューバのことを話していたところだよ」
フィルナの口からその機体名を耳にした瞬間、ナギと呼ばれた青年の眉根が寄った気がした。
気のせいかと思いもう一度目を凝らそうとした時には、既に彼は足早にバルバニューバの前へと向かっていた。
彼はバンの斜め前に立ち、覗き込まなくては表情を窺うことはできない。
わざわざそこまでするのも気が引け、大人しくフィルナの話を聞くことにした。
「改めて紹介するよ、彼はナギ・グラント。さっきは運転手をしていたけれど、ウチのバニッシャー試験部隊に所属する隊員の一人だ」
道理で、ゲームであそこまで動けていたのか。
その強さのゆえんを知ると同時に、無意識に生唾を呑みこむ。
「そして、バルバニューバのテストパイロットだ」
「えっ」
バンの口から間抜けな声が漏れる。同時に、人の物を勝手に使ってしまったという罪悪感が微弱ながらも湧き上がってくる。
状況的に仕方なかった、とはいえ。
「まあまあ、気にしないで。バルバニューバが破壊されるよりはマシだよ。それくらいはナギ君だって分かっているだろうし」
フィルナは苦笑を浮かべながら言うが、当人の返事はない。
ただの無関心とは考えにくい。
むしろ、何かを我慢しているようにも思える。
「……えっと、じゃあなぜ俺をここに?」
ナギの様子を窺いながら、バンは声のトーンを抑え気味にする。
さも機密の塊のようなバルバニューバを見た一般人を縛り付けるという目的でないのなら、他に何が考えられるだろうか。
まさか、フィルナは周囲でタブレット端末を操作する研究員の中に混じれとでも言うのだろうか?
それとも。
「ゲームでの戦績も申し分はない。ぜひ試験部隊にと言いたいところだけど……それだけなら有事の際、ゲームのイベントに参加してもらうだけでも十分だ」
「では……」
「――バルバニューバに、乗ってみる気はないかい?」
バンは言葉が出なかった。今までの話からどうそこに繋がってしまうのか。
ナギの表情はやはり見えないが、握った拳は震えているようにも見えた。
不満があるのは目に見える。
ゆえにバンは、まず理由を問うことにした。
「……その人がテストパイロットのはずです。あなたが今そう言った。なのになぜ? 俺を選ぶ理由は?」
「理由?」
フィルナはそんな言葉は知らないとばかりにキョトンとした顔をする。
「そんなものはない、私の直感だよ。君が乗った方が、ロマンがあると思った」
「……は?」
偉い人物――おそらくだが――に向かって、思わずバンは失礼な声を出してしまう。
直感。
ロマン。
そんなもので、重要な役割を決めてもいいのだろうか?
ちらと見れば今度こそ、ナギの感情はすぐにでも表に――
「博士、考えは変わりませんか」
出るかと思い少し身構えていたが、さすがに怒鳴り散らすような真似をすることはなかった。
だが抑え気味の声からも、確かに彼の憤りは感じられた。
「うん、君よりもバン君がバルバニューバに相応しいと思うんだ」
「なぜ……!」
二人だけで話が進んでいく中、同様に正確な理由を知りたいバンは押し黙るのみ。
「君にはロマンがない。道理を無茶で蹴っ飛ばすような若さがないんだ。君はもう現実を見すぎてる」
「シミュレータでは、私の方が彼に勝っていました」
聞き慣れない言葉に一瞬戸惑ったが、彼の言うシミュレータとはゲームのことだろう。
確かに、あの戦いではバンはほとんど負けていた。
バンカーが当たった時のナギの不自然な動きが手加減と考えると、技量が劣っていると認めざるを得ない。
「それが何だい?」
フィルナはナギの抗議を気に留めることなく一蹴する。
さすがのバンも、疑問を感じずにはいられない。
試作機を運用するのなら、破壊されずにデータを確実に持ち帰れるように優秀なパイロットを選ぶべきだろう。
そこに加えて、若さがどう関係しているというのだろうか?
「操縦技術なんてのは、ある程度動ければればどれも一緒だよ。私が言いたいのはつまり、君は無茶をしないんだよ」
「無茶を……?」
それがなぜ必要なんだ、というような声音。
バンも同意だ。
「彼は常に冷静に状況を判断しているようで、根底には歳相応の若さを残している。土壇場で無茶な行動に出られた方が、バルバニューバにとってはいい影響を与えられると、私は思うのだけど」
「博士、あなたは、この機体がどれだけのものか理解していないのですか……?」
「設計したこの私が一番知ってるよ。完成すれば単機でバンクラプトを蹂躙できる機体だ。ゆえに下手な運用で破壊は許されない、それも分かるよ」
でもね、と彼女は続ける。
「プロトタイプとは言え下手な運用で壊れるような代物を作った覚えはないし、君はそもそも私でない人が勝手な推薦で寄越した人員だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。いくら何でもムチャクチャですよ!」
我がままに話を展開するフィルナに堪え切れず、バンは叫ぶように抗議の声を上げた。
「いきなり、ただゲームやってるだけの一般人にそんな大事そうなことを任せようとして……それに俺は、人の役割を奪ってまでやりたくはありません。あの時俺に助けさせたのは、その人を乗せる為だったんでしょう? 仮に俺の方がふさわしいんだとしても、もっとこう、手順とかあると思います」
「まあ君がそう言うのは構わないけど、私はもうその気でいるよ。君が真実に触れたことに変わりはないし」
さも二人の意見には興味がないといった様子のフィルナに呆れたのか、全身を弛緩させるようにナギが大きく息をつく。
そして、バンの方を振り向いた。その顔は、見るまでもなく不機嫌をあらわしている。
「……フィルナ博士の気紛れと頑固さは聞いていたが、目の当たりにするのは初めてだ。お前には同情する」
今までどこか見下されているような気がしていたが、バンは初めてナギと心を通わせられたように感じられた。
助けを求めるように周囲の研究員と目を合わせるが、御愁傷様と言わんばかりの苦笑を返されるばかり。
「だが、もう少し付き合ってもらう」
「え? 付き合うって、何に――」
「決闘だ」
さも当然の発想であるかのように、ナギは言い放った。
「今度は手加減なしの、本気の戦いだ。いくら博士の推薦があると言っても、俺が勝利した結果があれば上層部を黙らせられる」
「ちょ、ちょっと待ってください」
――あんたも言うことが無茶苦茶だ!
バンの心の叫びは声にならない。
「……万が一、俺が勝ったらどうなるんですか」
「その時は諦める。だが、まずそうならないように力を尽くすのが俺のすべきことだ」
「いいんじゃないのかい? 面白そうじゃないか」
「無論、断ってくれても構わない。元より俺が乗る予定だった機体だ、誰かに文句を言われる筋合いはない。フィルナ博士が相手でもな」
要するに、その事実をより確かにするための決闘だろう。
だが、自分も勝つ可能性がわずかながらにもある以上、安易に承諾していいものではない。
胃がキリリと痛み、冷や汗が頬を伝う。
なぜこんな選択を迫られなければならないのか?
「……少し、考えさせてもらえませんか」
「構わないよ、どうせバルバニューバの修理には少し時間がかかるからね。いいだろう、ナギ君?」
「お好きになさってください」
呆れたように言い残し、ナギは保管所を出ていく。
バンも彼の後について、今すぐこの場を離れたい気分だった。
「まあ、一度に色々と言われて君も整理の時間が必要だろう。来て間もないけれど、今日はもう大丈夫だ、今からまた送るよ」
「……はい」
バンクラプト、学習金属、バルバニューバ、テストパイロット――自分の偽善で踏み込んでしまった領域は、思っていた以上に突飛だった。
しかし何より飛躍していたのは、この場にいる者達だ。
フィルナにも、本当は何か別の意図があるのかもしれない。
それでも簡単に決められるほど、与えられた選択肢は易いものではなかった。
自宅への帰路についたバンは、通り慣れた道へ一歩踏み出すのすら億劫だった。
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