蠢動 その5


 ♠



 フェリシア王女の話をする前に、シオン一世の子供たちの話しをしなければなるまい。

 ブロント王国第八代国王シオン一世は、これまでの人生で八人の息子を設けたが、この八人の息子たちは、血を分けた兄弟とは想えぬほどに性格も性質も異なっていた。

 大まかに分けると、武将タイプと政治家タイプということになる。

 武将タイプの代表格は、言わずもがなルシアン皇太子であり、政治家タイプの代表はウォーレス王子である。

 生みの母を同じくする兄弟ほど、この個性の違いが際立っているように思える。

 ルシアンとウォーレス。

 アイヴァンとダスティン。

 ランドンとテレンスといった具合にだ。

 実をいうと、この分類方法が王子たちだけではなく、王女たちにも当てはまる。

 上手いたとえ方が思い浮かばないので、仮に淑女タイプとお転婆タイプということにする。


 淑女型の典型は、第六王女アナベルである。

 ヴェルスの黒百合と賞賛された美貌の持ち主は、その立ち居振る舞いも王女の鏡ともいうべき存在であった。

 ジェイミー、マルヴィナ、イヴェット、アナベル、ハリエット、グウィネス、ローズマリー、クリスティンの八人が、いわゆる淑女型である。

 お転婆型の王女の代表というと、やはりロレッタ王女であろう。

 男装を好み、長剣を振り、長弓を引く姫君など、ブロント王国の歴史を紐解いてもロレッタ一人だけである。

 だがその傾向性が強い女性は、ロレッタだけでは無かった。

 シオン一世の最初の子であるアレクシス王女は、ロレッタの雛型ひながたともいうべき存在であった。

 物心ついた頃には、父の短剣を手に剣士ごっこをしていたというから、まるっきりロレッタの幼少期と同じである。

 アレクシス王女がロレッタの様に育たなかったのは、ひとえにプリシラ第一夫人の教育の賜物たまものといえる。

 こと子育てに関する限り、シオン一世は無能の烙印らくいんを押されても仕方のない男であった。

 そもそもアレクシス王女が誕生した頃、シオン一世の年齢は十三歳である。

 十三歳の少年に、子育てができる道理があるまい。

 まだ幼い第十三王女アーシュラも、ロレッタ型の片鱗を見せていた。


 フェリシア王女は、シオン一世の九人目の子供として誕生した。

 生母は、ルシアン皇太子、アレクシス王女と同じくプリシラ第一夫人である。

 プリシラ第一夫人は、シオン一世との間に五人の子を設けている。

 年齢順に並べるとアレクシス、ジェイミー、ルシアン、ウォーレス、フェリシアの順である。

 フェリシアを最初に養育したのは、アレクシス王女である。

 これはプリシラ夫人が自身に取って六人目の子、シオン一世に取って十一人目の子を懐妊中に母子共に亡くなったためである。

 妊娠中毒症であったといわれているが、真相は不明だ。

 シオン一世は、この時期に立て続けに三人の妻を亡くしていた。

 第二夫人ウェルミナと、マルヴィナ王女、イヴェット王女の生みの親であるアデル第三夫人の二人だ。

 アデルは、プリシラ同様に懐妊中に亡くなっている。

 ウェルミナの方は、ジェラード王子を出産後病身にせており、そのまま快復かいふくすることなく、この世を去っている。

 愛する妻を一気に三人も失い、廃人同然となったシオン一世を立ち直らせたのは、誰あろうイネスである。

 もしこの時イネスがいなければ、シオン一世は確実にプリシラの後を追っていた筈だ。

 この前年に輿入れをしたイネスは、既に第十子となるアナベルを出産していた。

 れきった女のからだと、少女のようにあどけない容姿のギャップが、シオン一世の心をがっちりと捕らえて離さなかった。

 シオン一世がイネスの肉体に溺れる一方で、九人の子供たちは守り役に任せきりになっていた。

 控え目にいっても捨て育ちの状態である。

 ルシアンは皇太子であり、皇太子を捨て置くわけが無い。

 と、反論される読者もおられるだろう。

 ひとつ付け加えておくなら、この当時のルシアンの身分は皇太子ではない。

 それどころか王子とすら認められていなかつた。

 シオン一世の私生児。

 それが、この当時の九人の身分である。


 これは九人兄弟の生みの親であるプリシラ、ウェルミナ、アデル、エイダの四人が身分の低い家柄の出であることが原因である。

 人もあろうにブロント王国の皇太子妃が名も無き家柄の娘とあっては、外聞が悪いと考えられた為だ。

 特にプリシラは先にも記した通り、成人前のシオン一世と姦通かんつうした女である。

 そのような女が産み落とした子を、王子と認めるなど論外と考えられた。

 王族として生まれながら、正当な身分も与えず、庇護ひごの手も差し伸べないシオン一世を、九人の子供はどの様な眼で見ていいたのだろうか。

 さぞかし冷淡で、頼り甲斐の無い父親として映っていたのではないだろうか。

 九人兄弟に強い絆が育まれたのは、間違いなくこの時期である。

 父は頼りにならない。

 家族は、自分が護り抜く。

〈その為には、速く大人にならなければ……〉

 ルシアンが、そう決意したのも無理からぬ話であろう。

 ルシアンの決意は、すぐに行動として現れた。

 軍務ぐんむくと、すぐさまルカに向かい、ロンバルディアとの国境線で最前線の任務についたのである。

 この時、ルシアン十三歳。

 成人前であった。



 ♠



 ルシアン皇太子は、当時のルカの太守で西部総督であったアリスター・ゲーンズボロに師事して帝王学を学んだ。

 そして、その弟にして西部方面軍指揮官であったサー・レスリー・ゲーンズボロに軍学を叩き込まれ、ロバート・ゲーンズボロの麾下で一兵卒として軍人としての人生をスタートさせている。

 兵士の多くが、ルシアンの身分を知っていた。

 誰もが物見遊山の戦場視察だと想っていた、余計な仕事が増える、迷惑な話だ。

 と。

 だが、すぐに違うと気づいた。

 ルシアンは多くの兵卒と共に、最前線で戦ったからだ。

 王家が認めなくとも、多くの兵士たち取ってルシアンは王子さまである。

 天上にいる存在だ。

 その天上人が、ある日突然地上に降り立ち、自分たちと同じモノを喰い、同じモノを飲み、粗末な兵舎で雑魚寝し、戦場では敵陣目掛けまっしぐらに突っ込んで行く。

 感動しない訳が無かった。

 それは戦場で指揮を取る下士官に取っても同じである。

 軍装に身を包み戦場を駆け巡るルシアンの姿は、まぎれもない若獅子である。

 それもたてがみ豊かな、威風堂々たる獅子ではない。

 自分たち同様に、泥まみれになって戦う獅子だ。

 ブロント王家の王子で、戦場に出て戦った者は何人もいる。

 だが十三歳の若さとなると前例が無かった。

 しかも、最前線で戦ったとなると、これは建国王デミアンと、その息子たち以来となるだろう。

 戦場往来の諸将は、総じてこの手のはげしい生き様を好むものだ。

 ルシアンは将兵の間で、抜群の人気を勝ち取ることになった。


 ロンバルディアとの戦いで、軍事的才能を開花させたルシアンは、瞬く間に十人長、百人長と昇進した。

 彼の率いる部隊は、他の部隊とは見るからに気迫が違った。

『彼を護れ、彼を支えよ、我が一命を賭するは、ただ一人ルシアンのみ!!』

 その強い思いが気迫となり、兵士たちの全身から満ち溢れていた。

 ルシアンの活躍は、瞬く間にブロント全軍の知る所となり、西部戦線への志願兵が殺到したという。

 ルシアンは狂った様に戦い、なんとロンバルディア軍を国境線の遥か彼方まで追いやることに成功したのであった。


 あっと言う間に二年が過ぎた。

 ルシアンは成人の儀式も戦場で執り行った。

 見届け人はアリスター・ゲーンズボロに、一子ロバート・ゲーンズボロ。

 それに西部方面軍指揮官サー・レスリー・ゲーンズボロと、万を超す将兵である。

 その声は、突如として兵士の間から発生した。

『王子。我らがルシアン王子。国土の守護者。泥塗どろまみれの若き獅子よ』

 公式の場でルシアンが王子と呼ばれたのは、この日、この時が初めてのことである。

 高く掲げられた剣に陽光が反射するなか、

『ルシアン王子』

『泥塗れの獅子』

『国土の守護者』

 歓声は止む所か時と共に益々大きくなり、衝撃波となってルシアンに押し寄せて来た。

 ルシアンの胸に迫るものがあった。

 この場に母がいてくれたなら、どれほど喜んでくれただろうか。

 そう想わずにはいられなかった。

 一陣の風が吹き抜け、何処からともなく母の声を届けてくれた。

 鼻の奥が、ツンと痺れてきた。

 遠くを見つめながら奥歯を噛み締めていないと、とても耐えられそうに無かった。

 祝いの席に涙は不吉であろう。

 だが、どうしようもなく泣けて来た。

 この誇らしく晴れやかな姿を、一目、母に見て欲しかった。


 カイル二世から、シオン一世への譲位じょういが発表されると、後継者問題が持ち上がった。

 王家筋が推したのは、シオン一世とイネス第四夫人との間に産まれたジェイラス王子である。

 家柄正しく、しかも名門であるガルメンディア家との間に生まれたジェイラスは、それほど王家の人気が高かったのである。

 当然のことながらリカルド・ガルメンディアの万全の根回しがあった。

 だが、それに反対の立場を示した者があった。

 ブロント全軍を束ねる、所謂いやゆる二十四将と称される武功派である。

 彼らは一様に、ルシアンをした。

 皇太子となるはルシアンを措いて他にない、と。

 二十四将の背後には、実数百万とも謂われる将兵がいる。

 その百万の将兵もまた、ルシアン支持を表明していた。

 そして祖父であるカイル二世が、ルシアンを推した。

 カイル二世は、ルシアンの努力をしっかりと見守っていたのである。

 将兵の多くは、庶民出身の者である。

 将兵に人気があるということは、そのまま庶民に人気があるということである。

 庶民人気の無い為政者の末路は、トバール帝国の最期を見る限り明らかである。

 将兵の絶大なる支持と、庶民人気の後押しを得て、ルシアンは皇太子に擁立ようりつされた。

 ルシアンは血統による継承ではなく、自身の意志と行動により皇太子の座を勝ち取った男なのであった。



 ♠



 第五章 蠢動 その6へつづく。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます