蠢動 その4


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 ブロント第二の都市ルカで最初に開かれた土地は、水郷すいごうとして知られる古都クリメニアである。

 この土地を最初に拓いたサカリアスという人物について、判っていることは殆ど何も無い。

 謎の多き人物といえよう。

 判っていることは、大レイリア帝国の支配に抵抗し最期まで恭順の姿勢を示さなかった、硬骨漢こうこつかんということぐらいだ。

 大レイリア帝国に併呑へいどんされた後、この地を拝領はいりょうしたヘルマン・ヒスペルトも、政治の中心をクリメニアに定めた。

 クリメニアは、大ロランジュ河の中州に創られた街である。

 街中に無数の水路を設けたことで、非常に交通の便が良かった。

 しかも、四方を河に囲まれており、商船がひっきりなしに行き交う物流の交差点となっていた。

 水郷クリメニアは、ルカにおける政治と経済の中心地だったのである。


 大レイリア帝国の崩壊後、この地で幾つもの王朝が興廃こうはいを繰り返した。

 トバール帝国の勃興後、この土地を支配下に治めたのは、サントハーバー八大家の一角を占めるウォーカー家である。

 ウォーカー家は、十代に渡ってルカ(当時はキトロンといった)の太守を務めている。

 六王の大乱によって瓦解がかいしたトバール帝国の版図から、ルカを切り取ったのがイースデイル王家である。

 現在のルカの中心地であるマクルードを開いたのは、このイースデイル王家だ。

 クリメニアは非常に便利な土地であったが、この時期に入ると人口密度が過密かみつになりすぎていた。

 本来居住するには不向きな川縁にまで民家が立ち並び、大ロランジュ河が氾濫を起こす度に、百人単位の人命が洪水によって失われていた。


 ルカの太守であるゲーンズボロ家は、ブロント二十四将の筆頭ひっとうともいうべき功臣こうしんルーファス・ゲーンズボロがおこした家である。

 二十四将随一ずいいちの成り上がり者と謳われるこの男が、最初に歴史の表舞台に立ったのが、このルカである。

 ネルベドン渓谷の退却戦で、サー・クインシー・ヤング、サー・エルドレッド・ハントと共に殿軍しんがりを務め、見事にブロント軍の崩壊を防ぎ、一躍天下に武名を轟かせた。

 ルカのシンボルカラーといえば赤だが、これを単に剣聖ルーク・ハミルトンの赤備あかぞなえに由来するものと考えてならない。

 赤は、ゲーンズボロの色でもあるからだ。


 ネルベドン渓谷の戦いの後、軍の再編成が行われた。

 ルーファス・ゲーンズボロも、その功績が認められ、一軍の指揮官を任じられている。

 ルーク・ハミルトンの赤備えの生き残りが、ゲーンズボロの部隊に配置されたのは、この時である。

 ゲーンズボロも元は赤備えの一員であり、一隊を率いた経験がある。

 気心も知れているという配慮からだ。

 何を考えたのか、ルーファス・ゲーンズボロは赤備えの真っ赤な鎧を、黒一色に変更しようとしたと資料にある。

 尊敬するルーク・ハミルトンの赤備えを引き継ぐのは、おそれ多いと想ったのか、それとも全てを自分の色に染めたかったのか、いまとなっては知りようもない。

 これを止めたのが、軍師ハメットである。

 ゲーンズボロの黒を知る者はない、だがハミルトンの赤は数多の者が知っている。全てを赤に染めるべきだと。

 ルーファス・ゲーンズボロは、いまでこそブロント二十四将の筆頭と称される豪の者だが、当時は駆け出しもいいとこの青二才である。

 この言葉に反論する余地はなかった。

 それに軍師ハメットは、赤備えの威力を十分に理解していたのであろう。

 ハミルトンの赤備えが戦場にある。

 それはとりもなおさず味方の志気を鼓舞こぶし、敵の戦意をくじくものだと。

 事実、ネルベドン渓谷の戦いから二年。

 二年という歳月は、長そうに見えて短い。

 合戦の記憶も生々しく残っている頃である。

 イースデイル軍の将兵の記憶には、鬼神の如きルーク・ハミルトンの戦ぶりが残っていた。

 ゲーンズボロの赤備えを目の当たりに見た瞬間、その記憶が呼び覚まされたのは謂うまでもない。

 イースデイル軍は抵抗もそこそこに、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したといわれている。

 こうしてハミルトンの赤備えは、ゲーンズボロの赤備えとなり、いまやルカのシンボルとなっていた。



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 変なの。

 と、ハリエットは想った。

 ロレッタとグラディスのことだ。

 この二人は、出会ったその瞬間から親友であった。

 会話を交わすこともなく、目の前で突如剣を抜き身構えたロレッタ。

 それに呼応こおうするように、船のオールみたいな変な武器を構えたグラディス。

 ロレッタが構えを変えると、グラディスも構えを変える。

 そんなやり取りが三分ほど続いた後、どちらからともなく武器を下ろして微笑んだ。

 それで終わりだった。

 ハリエットには何がなんだか全く理解出来なかったが、二人の立ち会いを検分けんぶんしていたデメトリオ・バレンテは満足そうに顎を撫でており。

 背後にいるナイジェル・ガザードも、妙に納得したように頷いていた。

〈じいやも、ナイジェルも、本当に変〉

 若干の疎外感そがいかんを味わいながら、

〈リンクス姉さまが変な人だから、周りに集まって来る人も、みんな変人なのね〉

 と、無理矢理自分に言い聞かせた。


 ハリエットは、そもそもグラディスが、バレンテの曾孫ひまごだということに違和感を感じていた。

 初めて会った瞬間に、

「全然似てない」

 と、声に出したほどだ。

 バレンテとグラディスに血縁関係など無いのだから、これは当然の反応だ。

 グラディスをバレンテの曾孫としたのは、グラディスを旅の共に加える為の急場しのぎの方便である。

 氏素性の知れぬ者を、ブロント王家の姫君の共に加える訳にはいかない。

 バレンテの縁者となれば、それだけで十分な身元の保証となる。

 グラディスの性状せいじょうに関して、バレンテには一点の不安も抱いていない。

 共に剣を取り、敵と対した仲である。

 その人の本質は自ずと剣に現れるものだと、バレンテは信じている。

 グラディスの剣は、真っ直ぐな剣である。

 それは取りも直さず、グラディスが真っ直ぐな人間である証であろう。

 ひとつだけ問題があるとすれば、それはグラディスの外見にある。

 ドラクルが差別の対象であることは、レーデルでもブロントでも同様だからだ。

 だがその点に関しても、バレンテは全く心配していなかった 。

 ロレッタは驚くほど差別意識の無い娘だからだ。

 これは自身が幼少の頃から抱えてきた、深い孤独と無縁とはいえまい。

 事は全てバレンテの睨んだ通りに進んだ。

 二人は、出会ったその瞬間に、お互いを理解したのである。


「ふ~ん、あれがドラクルのグラディスなのね」

 耳元で囁かれた瞬間に、ハリエットの胸が鷲掴みにされた。

 一瞬呆気に取られたハリエットが悲鳴を上げ、その悲鳴を耳にしたグラディスが疾風の迅さで間合いを詰めた。

 鋭く呼気吐きサパタブレードを振り上げた、その刹那、

「やめいッ」

 バレンテの大喝が飛んだ。

 ハリエットの乳房を背後から揉みしだくボサボサ頭を砕く寸前で、ピタリとサパタブレードが止まった。

「う~ん。しばらく会わない内に、お姉ちゃんより大きくなってるゥ」

 そう呟いてハリエットの耳に息を吹きかけた。

「やめて!! フェリシア姉さま」

 振り向いたハリエットが、キッと厳しい視線を送った。

「久しぶりに会ったお姉ちゃんに、そんな恐い顔しないの」

 囁きながらハリエットの耳を甘く噛んだ。

「リンクス姉さま~」

 ハリエットがロレッタに助けを求めた。

「フェリシア姉さま!? どうしてここに?」

「よっ」

 と、片手を挙げた第五王女フェリシアが、白い歯を見せて笑った。



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 第五章 蠢動 その5へつづく。



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