蠢動 その2


 ♠



「なにをしに来たガルメンディア。僕は、呼んだ覚えは無いぞ」

 ジェイラスの指先が絶え間なく動いて、ロレッタ像を愛撫する。

 髪に触れ、頬に触れ、首筋をなぞり、唇を撫でる。

 ジェイラスの漆黒の瞳は、この上ない慈愛じあいに満ちている。

 ベラスコには、ただの一度も向けられたことのない視線である。

 胸の奥が、急速に冷たいもので満たされるのをベラスコは感じた。

 ロレッタであれば、血の通わぬで木石ぼくせきですらジェイラスに愛されるというのか?

「要件があるなら速くしろ。僕もロレッタも、それほど忍耐強くはないぞ」

 悲憤ひふんを飲み込んだベラスコが、一拍置いて囁くように言った。

「穴熊の使者が来ております」

「それで?」

「ジェイラスさまに、御相談の議があるとか」

「そうか、それで?」

 形の良いロレッタの胸を両手でさすり、優しく掌に包み込んだ。

 硬い白大理石が、ジェイラスの指の形に軟らかく歪んだように見え、ベラスコは思わず眼を逸らした。

 悔し涙で、視界がにじんでいた。


 ベラスコに取って、ロレッタは不倶戴天ふぐたいてんの敵である。

 ロレッタは、ベラスコの持てないものを全てを持つ存在だからだ。

 男としての証明もできず、かといって真正の女にもなれない、どこまでも不完全でアンバランスな自分に較べ、ロレッタは完璧な存在である。

 重たい剣を振る強い腕を持ち、誰よりも速く走るつよい脚を持つ。

 ロレッタが男であれば、まだ我慢もできる。

 なにより不公平を感じるのは、ロレッタは、あの引き締まった肉体の奥に子宮を持っていることだ。

 ジェイラスの子を宿せる、子宮をだ。

 ベラスコの絶望は、まさにそこにある。

 自分は、何をどうしようと、ジェイラスの子を産めないのだ。

 もし自分がロレッタであったならばと、考えない日は無かった。

 ジェイラスの愛を独占できるなら兄と妹の間柄など無きに等しい、些末さまつな問題でしかない。

 全身全霊でジェイラスを愛し、胎内に子を宿すであろうと・・・


 ロレッタがヴェルスから消えた時は、のどのつかえが取れたような、爽快そうかいな気持ちになれた。

 これでジェイラスを独占できると。

 だが違った。

 ロレッタの姿が見えなくなった途端に、ジェイラスの様子がおかしくなったのだ。

 些細ささいなことで不機嫌になり、乱暴な振る舞いが増えた。

 あれほど大切にしていた青の庭園の薔薇を、全て焼き払うような暴挙まで働いた。

 その全ての原因が、ロレッタの不在にあることは明白だった。


「それでなんだガルメンディア?」

「はっ?」

「僕の言葉を聞いていなかったのか? 用件とは何だと訊いているのだ!!」

 苛立いらだちを隠そうともせずに、ジェイラスが聞き返した。

「それが……、ジェイラスさまに直接お伝えすると――」


 チッ


 と、ジェイラスが舌打ちした。

 生気を感じさせぬ暗い瞳がベラスコを見た。

「来い」

 この一言で、ジェイラスが何を求めているのかベラスコには分かる。

 服を脱ぎ、ジェイラスの前に跪くと、熱く、硬く、屹立きつりつしたモノを口に含んだ。

 それは真っ赤に焼けた鉄の棒のように、ベラスコの喉をいた。

 ベラスコの白磁を想わせる透き通った肌が、さらに色を失い、いまや白蝋のように青ざめている。

〈――許せない……〉

 ジェイラスの脈打つモノを愛おしいと思う一方で、言い知れぬ怒りに胸をがせた。

 自分を抱いてる時、ジェイラスはここまでのたかぶりを見せたことがない。

〈――よくも大理石の人形なんかに……〉

 ベラスコの胸の奥で、タールのように重く、ドス黒い炎が揺らいだ。

 ベラスコには分からなかった。

 許せないのジェイラスなのか。

 それともロレッタなのか。

 ジェイラスを本気に出来ない、自分なのか。


「よし、いいぞベラスコ」

 ジェイラスが奥歯を噛み締めた。

 ツボを抑えた極上の愛撫に気をやったジェイラスが、ベラスコの頭にポンと手を置いた。

 唇を重ねながら、薄桃色の蕾を強くつねった。

「あぁっ」

 あまりの痛みに、ベラスコが口を離す。

 指先を濡らした乳液を、ジェイラスの真っ赤な舌が舐め取った。

 薄く笑った。

「まるで僕の子をはらんでるみたいじゃないか、なあベラスコ」

 ベラスコの硬い蕾を口にふくみ強く吸った。

 血管が透けて見えるほど薄い肌は、わずかに汗ばみ、かぐわしい香りを放っている。

 ベラスコのからだは、どこを取っても良い匂いがした。

 これは香水を付けてる訳でも、こうき込んだ衣服を着ている訳でもない。

 これは生まれついての体質に、後天的な努力の成果である。

 ベラスコは肉や魚を決して口にしない。

 食べる物は、野菜とフルーツのみである。

 野菜も、タマネギやニンニクといった香りの強いものは、決して口にしない。

 臭い成分が汗になって、表に出るからだ。

 アルコールも飲まない。

 シードラも、ビールも、蒸留酒ジャーマもだ。

 飲むのは、お茶だけ。

 それもハーブティーを飲んでいた。

 この清僧せいそうの如き食生活は、全てジェイラスのためである。

 自分の体臭でジェイラスが不快ふかいな思いをせぬようにと、常に心身を清く保っているのだ。

 そのためベラスコは吐く息すらかぐわしかった。


 まるで魂を吸い出されるような快感に、肋骨の浮いた胸の奥で鼓動が跳ね上がる。

 ベラスコの躰の奥底から、じんわりと暖かなものが湧き上がって来た。

 ジェイラスの頭を両手で抱きかかえると、そっと瞼を綴じた。

〈この時が、永遠に続けばいいのに〉

 蕾から口を離したジェイラスが、紅潮した耳を甘噛みしながらベラスコの股間に指を這わせた。

 充分に愛撫の効果が出てるのを確認すると、背後に廻って力強く抱き締めた。

「あはっ……」

「どうして欲しい、ベラスコ?」

 思春期直前の少女のようなベラスコの胸を、渾身の優しさを込めて愛撫する。

 ベラスコがうめいた。

「どうして欲しい?」

 耳たぶを甘く噛んだ。

「いつものように……」

 ジェイラスが頷いた。

 ベラスコの半開きの口から、か細い悲鳴が漏れた。

「もっと……」

「もっと、なに?」

「もっと優しく」

 ジェイラスの手が、ゆっくりと動く。


 ベラスコを背後から抱きかかえながら、もう片方の手でベラスコの蕾を強く抓る。

 硬さを増したベラスコの小さな蕾から、白い乳液が滲み出た。

 己の体内で力強く脈打つジェイラスを感じながら、忘我ぼうが恍惚こうこつの極みでベラスコは愛を叫んだ。

 しあわせだった。

 その瞬間ときまでは・・・


 ――ロレッタ――


 聞き間違いだ。

 そう想いながら、肩越しにジェイラスを見た。

 しかし、二人の視線が絡み合うことは無かった。

 ジェイラスの暗い瞳は、ベラスコではなく別のモノを見詰めていたからだ。

「ロレッタ」

 今度は、確かに聞こえた。


 ロレッタ・・・


 ロレッタ・・・


 ロレッタ・・・


 ベラスコは四つん這いになりながら、クッションを抱きしめ、思い切り噛みついた。


 ソウシナケレバ悲シミノアマリ、叫ケンデシマッタダロウ。


 ジェイラスがロレッタと呟く度に、黒く、氷のように凍てついたほのおが、己の心臓をくのをベラスコは感じていた。

 ベラスコの体内で起こる異常な収縮しゅうしゅく蠕動ぜんどう運動に全てをしぼり取られたジェイラスが、二・三度と強く腰を叩きつけ、ようやく気持ちよさそうに息を吐いた。

「僕は先に行く、お前は後から来い」

 そう言い残すと、服も着ずに部屋を出た。

 のろのろと身体を起こしたベラスコが、ぺたんと床に座った。

 茫漠ぼうぜんとした眼差しで、周囲を見渡した。

 視線の先に、勝ち誇ったように笑みを浮かべるロレッタの顔がある。

 その隣には、あわれむような表情のロレッタの顔があった。

 その憐れみの視線が、ベラスコの心臓を灼く焔を、さらに大きく燃え上がらせた。

〈許さない。――殺してやる。必ず殺してやるからな〉

 とめどもなく涙が溢れ。

 ベラスコは、声を殺して泣いた。



 ♠



 第五章 蠢動 その3へつづく。




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