第31話 支援者
部長に夏の様子を報告した後、荻野社長を訪ねた。
「社長、突然押しかけて申し訳ありません。」
「麻美さんなら大歓迎だよ。ちょうど息抜きしたかったところなんだ。
そうそう、この間紹介してくれた木崎さん。意気投合してね。今度コレで対戦しようってことになってるだ。応援に来てよ。」
そう言うと荻野社長は長身の身体をすっと伸ばしバスケのシュートを決めるポーズをした。
学生時代からバスケットボールをしていて、一時期は本気でNBAを目指し留学までしたらしい。家業のレストランチェーンを継ぎ事業家になった今でも、仲間とバスケチームを作り汗を流している。
「もちろん行きます。今日はお願いがあって伺ったんです。」
「お願いとは珍しい。麻美さんのお願いなら聞いてみる価値がありそうだ。」
荻野社長に夏のスケッチブックと杏さんの実家の写真を見せた。
「そのデザインの家がLAにあるのですが、香取と二人で実際に見たいと考えているんです。」
荻野社長はスケッチブックと写真を見ると、感慨深げに私をじっと見つめる。
「費用は私が用意しよう。滞在予定はどれくらい?」
「そんなお願いではないんです。会社には荻野社長からの派遣という事にして頂きたいんです。」
「勿論そうしよう。費用は麻美さんへのお礼と思って欲しい。いや、投資と考えて貰ってもいい。麻美さんが自分と向き合う手伝いが出来るとは光栄なことだよ。」
「荻野社長? …どういう意味なんでしょう?私がLAに行く理由をご存知なんですか?」
「麻美さんと知り合って、三年以上になるね。あの頃私は父の事業を継いで、それなりに成長させる事は出来たが、過去を振り返ると今の自分は、なりたかった自分になっているのか?こんな人間になりたかったのか?ってね。精神的に追い詰められていたんだ。所謂ミッドライフ・クライシスだよ。」そう言って自嘲気味に笑い、話を続けた。
「そんな時、行きつけの中華料理屋の店主が、自分の姪だと紹介してくれたのが杏さんだ。
驚いたよ。杏さんは挨拶もなしでいきなりこう切り出した。貴方のオフィスから一番近い、インテリアデザインの会社に連絡して何処でもいいからリモデルして貰いなさい。きっと今の迷いが晴れるわ。
半信半疑だったけど、まあ試してみるか。嫌なら断ればいい。と冷かし半分で連絡して現れたのが香取さんと麻美さんだった。
香取さんは熱心に私の話しを聞いて、私のイメージを捉えてくれた。彼女は人を包み込む様な温かさがある。それでいてしっかりと気持ちを引き出してくれる。
麻美さんは仕事の枠に囚われず、何が必要なのかを考えて行動してくれたね。
君達は羨ましいぐらい良いチームだと思ったよ。
麻美さんのお陰でいい人達と知り合えた。今は仕事もプライベートも充実したものになった。感謝しているよ。」
「そんな…。それは荻野社長のお人柄です。私はただ紹介させて頂いただけで…。」
「いいや、杏さんもそうだが、まさか私が君の様な人と巡り逢えるとは思わなかったんだ。実在する事すら信じていなかった。社会で生きて行くのに必要なのは人との繋がりなんだと、それを君が繋いで教えてくれた。」
「荻野社長、私はいったい…」
「LAに行って自身で確かめてくるといい。」
荻野社長は私の疑問には答えをくれなかった。けれど、まだ少し迷いのあった私の背中を押してくれたのだ。私は深く礼をし荻野社長のオフィスを出た。
母の手を借りて、何とか計画を進める事が出来た。
母に報告を入れると喜んでくれたが、当初の予定とは違い、母に全て任せなければならなくなって申し訳ない。
今までこんな失敗をした事がないのに、何故今回は上手くいかなかったんだろう?
二人の結び付きは確かに深いと感じるが、能力者でもない二人がこんなにも惹きつけ合うなんてあり得ない。
けれどその事で悩んでも仕方ない。もう動き始めたのだから、後は柔軟な心で運命を受け入れてくれるのを祈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます