第15話 夢と現実
「大丈夫?」
「うん」小さく頷く。
アサミは私が落ち着いたのを確認すると、私が脱ぎ捨てたハイヒールを拾い履かせてくれた。
そして公園を抜け通りに出ると、タクシーを拾い家まで送ってくれた。
いつもなら知りたがり屋のアサミが何も聞かず、貧血を起こしたから家に送ったと部長に報告しておく、仕事が終わったら様子を見に来るから必要な物があれば連絡するようにと言って、私を軽くハグしすると会社に戻って行った。
姉妹ってこんな感じなんだろうか。
何も詮索せず状況だけを受け止めてくれる。
そう言えば麻美には妹がいた。私は兄貴二人の末っ子だ。いつもは私の方がしっかり者で呑気な麻美をサポートしてる感じなのに、いざとなると本性が出るものなんだなぁ。
気づけば私はずっと誰かに守られているんじゃないだろうか。
のびのびと育てて見守ってくれる両親。時々鬱陶しいとさえ感じる兄貴達。いつも部下一人一人の性格や才能を伸ばすようにアドバイスしてくれる上司。壊れた私を受け止めてくれた麻美。そして…ライアン。
思考はまたライアンに引き戻される。
ライアンは夢の中に出てきた架空の人のはず。
でも公園に現れたのは、そっくりさんなんかじゃないライアン本人だ。私をサマーと呼ぶのは彼だけだもの。
じゃあ幻覚を見たの?いいえ違う。何故ならライアンが消えた後には、ライアンがボタボタと流した汗が彼の掌の跡を残していた。
そこまで思い出して背中がゾクリとする。
ライアンは大丈夫なんだろうか?
死の間際魂が抜け出し気にかかる人に会いに行くという話しを聞いた事がある。
幽体離脱。まさかそんな⁉︎
消えてしまう前にライアンは私に謝っていた。
何故謝ったりしたんだろう?
考えれば考えるほど分からない事ばかりだわ。
まるで夢と現実の狭間で迷子になっているみたい。
けれど夢なのか現実なのか確かめる術はない。
彼を探し出す手掛かりなど何もないのだから。
ぅわああーー
自分の叫び声で目が覚めた。
なんて嫌な夢なんだ。サマーを怖がらせたまま終わるなんて最悪じゃないか。
夢の中と同じく汗でシャツもシーツもびっしょりになっている。
そして夢の中で聞いた不快な時計の音は門に取り付けたインターホンの音だった。現実に引き戻されたのは、この音のせいに違いない。
いったい誰が何の権利があって俺の夢を妨げるんだ。
インターホンのモニターを覗くとライアンだった。
理不尽なのは承知しているが、あまりに腹立たしかったので無視してやろうかと一瞬考えた。だがそうすると果てしなく鳴り響いて大事になりそうな気がする。仕方ない…。諦めて門と玄関のロック解除ボタンを押した。
とりあえず着替えなくては、熱は下がっているみたいだがまだ体が怠い。夢で体力を消耗したのかもな。
着替えを済ませ部屋を出るとライアンは、もう玄関ホールに立っていて、俺を見るなり真顔で切り出した。
「生きてたのか?」
「当たり前だろ。なんだよいきなり。」
「何度電話しても出ないし、心配して来てみればインターホンを何度鳴らしても出ないから、死んでるのかと思った。」とライアンは苦笑いした。
「悪い。風邪薬を飲んで寝てたんだ。まあ入れよ。」
ライアンをリビングルームに招き入れた。
「何でも適当に飲んでくれ。」と言って冷蔵庫から自分の為に水のペットボトルを取り出し、先にソファに腰掛ける。
ライアンは色々物色していたが冷蔵庫からビールを取り出してきた。
「まだ具合が悪いんじゃないのか?無理せず横になれよ。」
「ああ、熱は下がったんだがまだ気怠さが抜けないんだ。」
そう言いながらライアンの言葉に従って、スリッパを脱いでソファにゴロンと横になった。
「で、打ち合わせはどうなった?」
帰り際にクリスティーンと鉢合わせしたので、たいして進展しなかっただろうと予測していたが、なんとなく面白い話しが出ないかと期待して尋ねる。
「お前と入れ違いにクリスティーンが現れて、後はいつも通りさ…。ところでお前は裸足で歩き回ったりするのか?」
ライアンは視線で俺の足先を指す。
片足を曲げ足の裏を見てギョッとする。
シャワーを浴びた後はスリッパを履いていたのに、足の裏が薄汚れてスリッパには小さなゴミまで付いていた。
裸足で歩き回るのかだって?ああ歩いたさ。但し夢の中でだ。まさか寝ている間に無意識に外へ出たのか?目覚めた時はベッドにいたぞ。
なんだか気分が悪くなってきた。吐きそうだ。
「おい、レオン大丈夫か?真っ青だぞ。救急車を呼ぶか?」
「いや、救急車は呼ばなくていい。せっかく来て貰ったのに悪いが寝かせてもらう。」
「ああ、そうした方がいい。俺は適当に帰るから」
ライアンは俺がちゃんとベッドに入るのを確認して部屋を出て行った。
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