63 むじなの出る赤坂(紀伊国坂)

 「赤坂」といえば、東京は港区にある『地名』を思い浮かべる方が大多数で、『坂道』を連想される方はほとんどいないだろう。

 住居表示の『東京都港区赤坂』には1丁目から9丁目まであり、東京メトロ千代田線の「赤坂駅」、銀座線、丸の内線の「赤坂見附駅」があり、近くにはTBSなどがある。

 赤坂一帯は、江戸開幕後に開けたところで、『赤坂』という地名は、家康入城以前の江戸には見られない地名だ。


 赤坂見附から四ツ谷駅に向けて外堀通り(都道405号線外堀環状線)が緩やかに右に大きなカーブを描いて上っていく。この坂が『紀伊国坂』と呼ばれているが、別名『茜坂』とも『赤坂』とも呼ばれている。

 紀伊国坂の左手は、高さ2~3mの土手の上に石製の壁が続いていて、壁の向こう側は赤坂御用地だ。赤坂御用地は迎賓館にかけて小高い山になっていて、周辺を『茜山』といい、「茜山への坂」というのが、『赤坂』になったという説と、ここら辺一帯の表層土が赤土で、「赤土の坂」から『赤坂』になったという説がある。

 江戸時代の赤坂御用地は、広大な紀伊徳川家の上屋敷が広がっており、坂の名前はいつしか『紀伊国坂』と呼ばれるようになった。


 坂下の赤坂見附から紀伊国坂を上り始めると、頭上には首都高4号新宿線が走っていて、右手を見ると大きな川のような外堀がある。外堀の向こう岸はこんもりとした森に覆われていて、都会に貴重な緑を提供している。

 この外堀は『弁慶堀』と呼ばれているが、そう呼ばれるようになったのは明治中期以降の事である。弁慶堀の名前の由来は、赤坂見附から紀尾井坂に向かうところに掛かっている『弁慶橋』にある。この『弁慶橋』は、江戸時代に江戸城普請の大工の棟梁『弁慶小佐衛門』が神田松枝町と神田岩本町の間に架けた橋を、1889年(明治22年)にここ赤塚見附の外堀に移築されたことに始まる。


 赤坂見附の交差点では頭上にあった首都高速は坂が上りだすと、徐々にその高度を下げ、いつしか右手から坂の下に潜り込んでいく。その先は、迎賓館の前庭の下を潜って信濃町方面へと抜けて行く。

 首都高速が頭上から消えると広々とした青空が広がり、実に気持ちがいい。首都高速が見えなくなると、右に曲がる交差点がでてくる。信号機には『紀之国坂上』と記されており、右に曲がると外堀の上をダムのようになった築堤の上を道が走り、食違い見附から紀尾井坂へと至る。その先の外堀は現在は上智大学のグランドとなっている。食違い見附から上智大学の脇を抜けて四ツ谷駅までは、桜が植わっていて春には見事な桜のアーチを作ってくれる。

 紀伊国坂は、紀之国坂上交差点手前から左にカーブして坂の傾斜は緩くなっていく。坂の頂上近くには、迎賓館の東門があり、かつての大名屋敷の門がそのまま保存されている。

 明治期の地図を見ると、濠に沿って専用軌道を走る路面電車の線路が描かれているが、これは昭和に入って廃止されるまで、ここ紀伊国坂と平行して都電が走っていた。この都電は、品川から赤坂を経て飯田橋にいたる3系統で、1967年(昭和42年)12月に廃止されている。いまでも上智大学グランドと、紀伊国坂の間に当時の軌道敷跡が続いている。


 紀伊国坂は、小泉八雲が書いた怪談『むじな』の舞台になっている。江戸時代の紀伊国坂界隈は日も没すると、人通りは絶え非常に寂しかったことから、人々は、わざわざ遠回りをしてここ紀伊国坂を避けたといわれているくらいである。ある日、日も暮れて坂道を急いで登ってきた商人は、坂の途中で若い女中が背を向けてすすり泣いているのを見つける。声をかけると、振り返った女中の顔は・・・のっぺらぼうだった。驚いた商人は無我夢中で駆け出すと、前方に灯りが見えてきたので駆け寄ると、蕎麦屋の屋台だった。屋台のおやじに助けを求めると、振り返ったおやじの顔ものっぺらぼうだったという話しである。どうもむじながのっぺらぼうに化けて、商人を驚かせたようだ。

 今でこそ該当は灯り、行き交う車は絶えないが、江戸の頃は右は外堀、左は紀州徳川家上屋敷で、夜ともなれば行き交う人も無く、さぞかし寂しかったことだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る