9 水道橋と後楽橋

第6話「嫁入り橋とこんにゃく閻魔」、第7話「猫又坂と白鷺坂」で登場した千川は、巣鴨の西北あたりから現在の千川通りを南下して、水戸藩の上屋敷(小石川後楽園)を経由し、水道橋近辺で神田川に流れ落ちていた。

神田川は吉祥寺の井の頭公園を水源として、途中善福寺川、妙正寺川を集めると、柳橋で隅田川(江戸時代は大川といった)に合流して東京湾に注いでいる。


「神田川」とよばれるようになったのは、河川法が改正された1965年(昭和40年)からで、それ以前は井の頭公園から文京区関口付近(江戸川橋手前)までを『神田上水』、そこから飯田橋付近までを『江戸川』、飯田橋から下流の隅田川までを『外堀』といった。



【水道橋】

神田上水は、玉川上水、千川上水とならんで、江戸の庶民の水源として重要な役割を果たしたが、その起源は諸説あって明らかになってはいない。

現在判っていることは、三大将軍徳川家光の時代に完成し、『神田上水』と呼ばれるようになったことである。


椿山荘下の神田川に架かる『駒塚橋』の下流に堰を儲けて取水し、後楽園の水戸藩邸の中を通り、水道橋付近で懸樋により神田上水を越えて、内神田、日本橋、そして江戸城内へ木樋等を用いて地下水道で供給された。

時代劇を見ると、長屋での井戸端会議のシーンがよく出てくるが、あの井戸は地下水を汲み上げるのではなく、地下で配水された上水の水を汲み上げる場所である。


現代に伝わる江戸切り絵図を開いて水道橋界隈を見ると、神田川に『上水樋』と記されている場所がある。現在のJR水道橋駅東口前に架かる『水道橋』の下流側にあたり、『水道橋』という地名の由来となった。


水道橋駅東口を出ると、右手には古色騒然としたトラスト鉄橋が頭上を覆っている。JR総武線・中央線の高架橋だ。

駅を出て左手に進み後楽園の方に『水道橋』を渡ると、すぐに大きな交差点がある。東西に走る外堀通りと南北に走る白山通りの交差点だ。


後ろを振り返ると、間口約3間(約5.4m)程度の5階建てのビルが神田川沿いに建っているが、何やら違和感を感じる。

横に回り込んでみると、神田川と外堀通りの間の幅3m足らず土地に、なんと奥行1間半(約2.7m)しかないビルが建っているのである。その名も後楽園ビルというが、なんと薄っぺらいビルだろうか。



【市兵衛河岸】

『水道橋』の上から西の方を望むと、橋からすぐ上流の左岸に船着き場のような施設が見える。外堀通り沿いに西に歩いていくと、突然ビルとビルの間に開けた久上間が現れる。ここが『市兵衛河岸』である。江戸切り絵図にも神田上水の左岸に階段状のものが書かれている。

現在は、災害等の非常時に、水運での物資輸送を確保するための船着場になっている。


文京区の設置した標識によると、『市兵衛河岸』は江戸時代に物資搬送のために造られた荷揚場で、このあたりに「岩瀬市兵衛」の屋敷があったことから名づけられたようだ。

明治以降は、ここ後楽園に出来た砲兵工廠の荷揚場として隆盛を極め、一時期はここから昌平橋まで『早舟』とよばれる客船も運航された。


明治期以降『市兵衛河岸』は、町名として残っていたが、1964年(昭和39年)の住居表示の施行により「後楽1丁目」となった。



【三崎神社】

目を転じて水道橋南側に回り込むと、三崎神社がある。

鎌倉時代に創建されたといわれている由緒ある神社で、徳川家光が大名の参勤交代を定めたとき、自らここ三崎神社に参詣し、諸大名に参詣を促したといわれている。


以来、諸大名は参勤交代で江戸入りするときは、まずここ三崎神社に詣でて心身を祓い清めるようになった。

また、国許に帰るときもここに詣でて、道中の安全を祈ったといわれている。

交通安全、社運隆盛、厄除け、家内安全のご利益のある神社だ。



【後楽橋】

江戸切絵図を見ても記されていないことから、江戸時代には無かったのだろう。切り絵図を見ると、『水道橋』の上流には、小石川御門につづく『小石川橋』がある。

現代の地図を見ると、ちょうどJR水道橋駅をはさんで駅の東口に出ると『水道橋』、西口を出ると『後楽橋』だ。

『後楽橋』の脇には、『後楽園ブリッジ』が架かっていて、水道橋駅西口から外堀通りの上を越えて直接後楽園にいたる歩道橋が架かっている。


『後楽橋』の欄干の上には、街路灯だろうか、何か構造物があったようだが、残念ながら今は全て取り払われている。


『後楽橋』に立って上流側を見ると、右岸に東京都清掃局の不燃ゴミの積み替え場がある。

周辺から集まった不燃ごみを、ごみ収集車から船に積み替えて、中央防波堤の内側の埋立地へと向かう中継地点だ。


ごみを船に積み替えている様子を『後楽橋』の上から眺めていると、大江戸八百八町、100万人もの人々が暮らす江戸の街のごみ処理がどうなっていたのか、気になってくる。次回は『大江戸ごみ事情』を取り上げたい。

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