岩羽恵草 〜イワバネケイソウ〜
放課後、八代プロデューサーからレッスンの時間がトレーナーさんの事情で1時間遅くなったと連絡を受けたわたしは事務所近くの古本屋に向かいました。
「あった」
数週間前にゲスト出演をしたドラマで主演をしている俳優さんにおすすめされ、色々な本屋を巡りながら探していた本をようやく見つけたわたしは、自分の身長よりも高い位置に表紙がこちらを向いた状態となって置かれている本へ手を伸ばしましたが、あと数センチというところでわたしの手は伸びきってしまい本を取ることは出来ませんでした。
「欲しいのはこの本かな?」
とても聞き覚えのある男の人の声と共に白く細い腕がわたしの背後から伸びて来て、わたしの取りたかった本を軽々と取ってくれました。
「ありがとうございます」
「やっぱり、恵ちゃんだった」
「伸さん、おはようございます」
事務所の先輩で同じプロジェクトの仲間である雨橋伸さんが事務所と同じ通りにある本屋ではなく驚くほど人通りの少ない路地にあり、わたしも時間があればふらっと寄ってしまうこの古本屋によく訪れているという噂は聞いていたけれど、この古本屋で直接会うのは初めてでした。
「おはよう。恵ちゃんが本を読むのは知っていたけれど、良い本の趣味をしているね」
「実は、おすすめされたから買ってみようかと思って」
「そうか、これは俺も読んだことがあるけれどとても面白い物語だったよ」
伸さんはとてもさわやかな笑顔を見せながらわたしの欲しい本をレジまで持って行ってしまいました。
「あの、伸さん」
「どうかした?」
この会話の間に伸さんは当たり前のように本の代金を支払っていました。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。代金は?」
「お金はいらないから、その代わり読み終わったら感想を聞かせて。川も操馬も本を全く読まないから本の感想を言い合える人が居なくてね」
「わかりました」
悲しそうで嬉しそうな表情をしていた伸さんの為に、わたしはその晩から翌日の明け方にかけて『水色の雨傘』というタイトルが付けられたその本をじっくりと読みつくしました。
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