竹林聖火 〜タケバヤシセイカ〜

 午後11時49分、仕事を終えて事務所を出た川野流は夏も間近に迫っているのにもかかわらず全身を黒い衣服で包み込んだ人物に道を塞がれた。


「何か、用でしょうか?」


 流は道を退ける様子も無くただ暗闇の中で黒い瞳を怪しく輝かせて自分を見つめるその人物に尋ねた。


「……。金を出せ」


 その人物は流に一歩また一歩と歩み寄るとはっきりとした口調で呟いた。


「カツアゲか。相手が俺だからまだ良いが、事務所周辺の治安を悪くされるのは困るのだが」


「!?」


 流は呆れながらそう言うと何を持っているかもわからないその人物に怯える事も無く詰め寄り、その人物が顔を隠すために被っていたフードとマスクを取った。


「15、6歳といった所か。若いのに他人に金をたかるとは、世も末だな」


 流はそう言うとその少年の手を取り、駐車場に向かって歩いて行った。


「ど、何処に連れて行く気だ」


「安心しろ、警察に突き出すつもりは無い」


 駐車場に着いた流は少年を助手席に座らせると普段はほとんど触れることのないカーナビゲーションに触れた。


「住所は?」


「えっ?」


「お前の自宅の住所だ。金は渡せないが送って行ってやる」


 流がそう言うと少年は特に抵抗する素振りを見せることなく自宅の住所を告げ、流はその住所を目的地に指定して車を走らせた。


「ここ」


「カツアゲをする割に金に困らなさそうな家に住んでいるんだな」


 しかし、その少年は流の問いに答えることなくクルマを降りた。


「ちょっと待て」


 流も急いで車を降りると少年が家に入る前にインターホンを押した。


「何してんだよ」


「お前の親に話しておくことがある」


 しばらくすると玄関の電気が付いて少年とどことなく似ている40代後半から50代前半ほどの男性が出て来た。


「今が何時だと……。聖火」


「お父様、ですか?初めまして」


 流は名刺を渡して自分の身分を証明すると、続いて聖火と呼ばれた少年と出会ってから今に至るまでの状況を聖火の父親に話した。


「なるほど、息子が大変ご迷惑をおかけいたしました。何とお詫び申し上げればよいか」


「いえ、私は何もされていないので謝られることなどありません。ただ」


「ただ?」


「彼、聖火君を我々の事務所に預けて頂けないでしょうか?」


「と言うと?」


「私に彼をアイドルとしてプロデュースさせて頂きたいと思っています」


「は? 何を言って」


 驚きを隠せずにそう言った聖火だったが、彼は父親の言葉でさらに驚くことになった。


「私は構わない。いや、川野さんどうか聖火に社会の厳しさを教えて頂きたい」


「親父……」


「はい、お任せください」


 竹林聖火はこの瞬間、自分の意思とは関係なく和水プロダクションに所属することになった。

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