桜野美沙 〜サクラノミサ〜

「いらっしゃい。おや、君か」


「お疲れ様です。社長」


「美沙くん、今の私は社長ではなくただのマスターだよ」


和水プロダクションの事務所1階に昨日オープンした喫茶店のマスター水守千歳は美沙に淹れたてのコーヒーを差し出すとシワだらけの顔に笑みを浮かべた。


「そういえば、今日から新しい仕事を始めたようだね。聴かせてもらったよ」


「春らんらんラジオですか?」


それは美沙とその相棒である桜木美春のユニットであるスプリングスが和水プロダクションに移籍してから初めて貰った大きな仕事だった。


「桜の名を冠する君たちにはぴったりな趣のある番組だったよ」


「それは社長、じゃなくてマスターがわたしたちを一生懸命育ててくれたからです」


「そう言って貰えるのは嬉しいけれど、今の君たちが今まで夢のまた夢でしかなかったラジオの冠番組なんて大きな仕事を出来るのは彼が頑張ってくれているからだろう?」


「そう、かもしれないですね」


美沙はそう言うとコーヒーをゆっくりと啜った。


「私はこの事務所で一番君たちを知っている。でも、これからは彼が私以上に君たちを知っていく事になるだろう。スプリングスの育ての親としては悲しいことだけれど、嬉しくもある。もし、悩みがあったらいつでも来てくれ。こんな老いぼれで良ければいつでも相談に乗るよ」


千歳はそう言うと美沙のコーヒーカップにミルクを加えた。

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