猛る龍の調印学園

 とりあえず柳子ちゃん、赤絵をなだめすかし、退室してもらい――学園長室に僕と風音の二人が残る。

「さて、何から話したものか」

 風音は腕を組み、思案顔。

「……僕、なんかあった?」

 返事が怖かったが、一応訊いてみる。

 何かしら問題があったから、ここに残されたのだろうし。

「問題、というよりは疑問じゃな。極めてプライベートな……ともすれば、おぬし自身の生い立ちにも関わるようなことじゃから、部外者には出ていってもらったが……うん、実際見たほうが早いか。ちとこっちゃ来い」

 風音が僕を手招きする。

 僕自身の生い立ちねえ。風音は僕が記憶喪失であることを知っているので、是非聞いておきたいところだ。

 記憶喪失であることは、直接風音には話してない。恐らくは一足先に学園に来ていた、愛音ちゃん経由で得た情報か。ある程度のことは、入学前に愛音ちゃんから風音伝えられている。正体不明の人物を入学させるわけにもいかないのは当然だし、こちらの情報を予め開示するのは、まぁ道理である。

「これかけろ」

 風音の傍に行くと、詳細眼鏡を手渡されたので、言われた通りにかけてみる。

 すると、

「おぉ……」

 視界に映される、風音の詳細。

 年齢、性別、種族、属性など、様々な内容の文字列が風音の周りを整然と囲んでいる。

「風音、スタイルめっちゃいいね」

 なんと3サイズまで丸分かりである。この眼鏡、地味に欲しいぞ。

「ば、バカもの、見るのはわたくしではない」

 頬に朱を差しながら、僕の視界を遮るように、目の前に鏡を持ってくる。

 鏡に映る、僕の顔。うん、今日もかわいい! じゃなくて。

 望まぬ性転換をした身としては、早いところ男に戻りたい所存であるが、その辺のことは、今はさて置き。

「よく見ろ」

 風音に言われ、改めて自分の顔を見る。と、

「おぉ」

 鏡に映る、僕の詳細。この眼鏡、どうやら鏡越しでも、効果を発揮するらしい。

 それらを眺めると、すぐ違和感に気付いた。

「これって……え? 嘘だろ? この眼鏡、故障してない?」

 映された情報に戸惑う僕。

「しとらん。……これで分かったじゃろ。おぬしは普通ではない」

 詳細眼鏡には以下のことが映し出されてあった。


 HP:2000 MP:300 役職:龍駆り 種族:人間 性別:女

 年齢:521

 属性:無

 心技:城壁貫く一対の戦槍ルーアンドオテギネ

 装備:古い戦友ともの槍          固有能力:縮地術

   :此花このはな学園制服              :龍和の誓い

                        :呪術無効

                        :古い記憶

                        :二槍流

                        :?

                        :?


 これが眼鏡に映し出された、僕の情報の一部である。

 ちらほらツッコミどころがあるが――中でもおかしいところは、やはり年齢だろう。

 521っておまえ。

 なんの冗談だよ。年配ってレベルじゃねえ。

「わたくしが知る限り、500年生きられる人間などいない。長くてせいぜい100年ちょっとじゃ」

 まったくもって。

「……僕は人間じゃないの?」

 だとしたら――本当に自分が何者なのか、分からなくなる。少なくとも人間であるとは思っていたのに。

 ショックというか……戸惑う。

 人として生きてきたつもりが、ある日突然、君は人間じゃありませんでした、と宣告を受ける。

 こんなことってないだろう。

「いやいや、いつの、おぬしは人間じゃよ。それは間違いない」

 しかしここで、不安に駆られていた僕に、救いの一言が。

「その詳細眼鏡は、写した者の情報を的確に映し出す、古代エルフの技術の粋。その眼鏡に人間と認められている以上、おぬしは人間じゃ」

「なーんだ。じゃあ大丈夫か。ビビらせないでよもう」

 ペシペシと、馴れ馴れしく、風音の肩を叩く僕。

「切り替え早いの、おぬし……」

 だがそうは言うものの――増々謎は深まる。

 500年生きられる人間など、この世には存在しない。でも詳細眼鏡によれば、僕は500年以上生きている人間である。

 ……いやはや、この学園にきて早々、とんでもないことが発覚してしまった。迷宮入りにせざるを得ないだろう、この案件は。

 ふと、田中さんの言葉が脳裏に蘇る。

 自分が何者か知りたければ、秋葉原へ行け、か。

 ここに居れば、もっと自身のことを、知ることができるのだろうか。

 別に自分のことなんて興味もないし、血眼になって探ろうとする気もないけど、どうしてだろう――知らなければならないことが、あるような気がする。

 だってこの姿で、500年生きているなんて、明らかに尋常ではない。そこを気にするなと、言われても、無理な話だろう。

 あんたは僕の、何を知っていたんだ? 田中さん――

「恐らく、喪われた記憶に、おぬしに関するヒントがあるのじゃろうが——まぁ記憶があろうが無かろうが、自分が何者かなど証明できる者などそうおらんじゃろ」

 哲学かよ、と軽く笑う僕。

 でも、彼女なりの励ましの言葉であることは分かった。それは素直に嬉しい。

「優しいね、風音」

「な、なんじゃ突然。褒めたってなんも出んぞ」

 風音の頬に朱が差す。

 それから彼女は、こほん、と誤魔化すように咳払いをし、

「おぬしは心技しんぎが使えるのだから、そこから何か分かったことはないのか?」

「しんぎ?」

「なんじゃおぬし。心技も忘れてるのか」

「や、心技自体は知ってるけど、自分が使えるってのは分からなかった」

 心技は確か……アレだ。その人固有の必殺技みたいなやつ。我ながら身も蓋もねえ言い方だな! けど、そう表するのが、一番伝わりやすいと思う。

 詳細眼鏡を通して鑑の中の自分を見ると、心技:城壁崩す一対の陸槍、と描かれてある。どうやら僕にも使えるようだが……。

「心技を使えないものは、未修得、と映し出されるからの。そこに心技名が載っているということは、おぬしはもう、使えるはず。もっとも、心技を発動するにも、条件があるが」

「ふーん。その心技は僕の何に関係あるの?」

 風音は人差し指を立て、

「心技は己の経験から成る、心の在り様から編み出されたもの。おぬしが何を考え、何を想い、何を得、どういう経緯で、その技を修得したのか……少なくとも、以前の自分の在り方が少しは分かるじゃろう。それはおぬしにとって、無駄にはならぬはず。言うなれば、心技は戦人いくさびとの心の象徴のようなものじゃからの」

 ふむ……風音の言は確かに一理ある。

 僕がどういうやつだったかを知るのは、記憶を探す上での手掛かりに成り得る。

 問題は、その心技の発動条件が、分からないことだ。問題というか大問題じゃないですか、これ。宝の持ち腐れもいいところである。

「いや、その辺については、問題ないじゃろ」

 風音は肩を竦め、

「おぬしみたいな戦人はな、嫌でも思い出すようになってるんじゃよ。戦の星の下に生まれた、おぬしのようなやつは、遅かれ早かれの」

 などと呆れ気味に予言めいたことを言った。

 嫌な星だなぁ、戦の星。

「わたくしから言えるのはこれくらいじゃな。何か質問はあるか? なんでも聞いてよいぞ」

「いや……」

 気になるものは多々あるが——今回はこれくらいにしておこう。

 これ以上探っても、キリが無さそうで怖い。

「そうか。あとで配る、学生証も見ておくがよい。アレには持ち主のステータスが載っておるからの」

 なるほど。そのための学生証でもあるわけだ。

「ふーむ、それにしても」

 僕の詳細を書き込んでいたらしい用紙を手に取り、風音は唸る。

「おぬし、分からんとこが多すぎるな。この固有スキルの『?』はなんじゃ? 詳細眼鏡でも看破できんのか? それともまだ眠っている……? しかし視認できてる以上、その効力は発揮されているはず……おぬし、心当たりはないのか」

「あー、それねえ」

 そのスキルを最初に確認したのは、モノノフギルドの健康診断だったか。

 診断書にも不明と書かれており、結局分からないまま、今に至る。今のところ、これといった害は感じないので、大丈夫だろう。たぶん。

「おぬしがそれでよいなら構わんのじゃが……ふむ、おぬしの人となりなら、そう危惧するようなスキルでもないか」

 それよりも危険なのは――と。

 用紙から視線を外し、風音は背後の窓の外を、ちらりと見やった。

 彼女の視線を辿る。ここから見えるのは校庭だ。

 その片隅。

 そこに先ほど学園長室を出ていった、三人の姿が長椅子の上にあった。

 即ち、柳子ちゃん、赤絵、愛音ちゃん。

 一転して、この三人をじっと見つめる、風音の眼差しは、険しいものに見えた。

「あの三人がなにか?」

「……詮無きことじゃ」

 ふーん。

 とてもそんなふうには見えないけど。

「そう懸念することでもないか。……今のところは」

 独り言ち、風音はこちらに向き直る。

「さて――今日はこれくらいにしておこう。おぬしはもちろんだが、わたくしにも色々と準備があるからな」

「え? あ、うん」

 強引に話を断ち切られた感じもするが、そう懸念することでもあるまい。

 愛音ちゃんはもちろん、柳子ちゃんと赤絵の二人も、この学園に居ることを、認められているのだから。

 じゃあこれからよろしく、と別れの挨拶をして、風音に背を向ける。

「あぁ、そうじゃ」

 学園長室のドアを開き、退室する寸前で、風音に呼び止められた。

 疑問を抱きつつ振り返ると、

「もし在学中に男に戻ったら、女装じゃぞ」

 退学じゃないのか……。

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ゆりせん うしろざわ @Ushirozawa

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