嗚咽5

 柳子ちゃんの衝撃の告白が終わり――

 そろそろお暇しようとしたところで、柳子ちゃんから一言。

「もう遅いですし、今日は泊まっていきませんか?」

 この発言も衝撃的だった。しかし、柳子ちゃんはそういう意味で訊いてきたのではなく、ただ単純に善意で泊まるか否かを訊いてきただけである。

 今日は色んな意味で疲れてしまったし、お言葉に甘えることにした。

 居間に布団を敷いて、そこに横になること三十分。

 あの龍の姿が衝撃的だったせいか、目が冴えていた。

 かと言って、やることもないので目を閉じて、暗闇に身を任せる。

 そうしてると、やがて眠気がやってくる。それとほぼ同時に、不意に、天井のほうからキシっと軋む音が聞こえた。継いで足音。柳子ちゃん、トイレにでも行くのだろうか。

 キシッ、キシッ、キシッ。

 だがその足音は、一階を降り、トイレではなく、こちらに近付いて来る。

 そして、

「いつのさん、起きてますか?」

 足音の主――柳子ちゃんは僕の前で止まり、声をかけてきた。

 意識の半分を眠気に支配されている、僕は返事ができないでいたが――次の柳子ちゃんの行動で、そんなものは彼方へと吹っ飛んだ。

 ガサゴソと布団と絹が擦れる音が鳴ったと思ったら、今度は背中に柔らかさと、ぬくもりと、女の子らしい、いい匂いがやってくる。

「————」

 え? これってその、柳子ちゃん、まさか僕の布団に入ってきた? なんでWhy? そんなことされたら眠気なんか吹き飛ぶに決まってるだろ! いい加減にしろ!

 いかん。余りに唐突すぎて、頭の中がこんがらがってる。

 これはどういうことなのか。その意図を知りたいが返事をしなかった手前、こちらから声をかけづらい。それに柳子ちゃんは僕が寝てると思っているだろうし――

 こんなことされたら、その、ムラっときちゃうんですが……心臓の音とか聞こえてない? これ。

 そんなふうに悶々としている時だった。

「お父さん……」

 静寂の中で、そんな声が聞こえた。

「お父さん……どうして……」

 その声は、やがて嗚咽へと変わる。

 背中に押し付けられた、柳子ちゃんの頭の感触。

 いつの間にか僕の背中越しに、一人の女の子が泣いていた。

 知らず、拳を握る。

 ――心の中で、もう柳子ちゃんは大丈夫だろうと思っていた。

 彼女は強い心の持ち主だと、勝手に決めつけて。

 なんで? どうして?

 柳子ちゃんは、なんのもない、ただの女の子だ。

 自分の父親が、死んだと思ったら、実は生きていて――でも殺さねばならない。

 そんなことになったというのに、どうして柳子ちゃんは大丈夫だろうなんて言えるんだ?

 勝手に決めつけて、彼女の哀しみから目を逸らそうとすんじゃねえよ、ボケ。

 何が、柳子ちゃんには覚悟があるだ。

 ただの16歳の女の子が、どれだけの哀しみの上にその旗を立てたのか、分かっているのか? 彼女がどんな気持ちで、今泣いているのか。

 目を凝らして、柳子ちゃんの哀しみを知れ。心に刻め。お前は田中柳子の気持ちを、何一つ理解していないのだと。

 そうだ。僕は彼女のことを1ミリも分かっちゃいない。だから考えろ。柳子ちゃんのことを。

 ……ひょっとしたら、柳子ちゃんは、自分が龍であることを明かす以上に――このために僕を呼んだのかもしれない。

 誰かのぬくもりに甘えたかったのかもしれない。誰かと一緒に居たかったのかもしれない。田中さんが居なくなって、突然一人になってしまって――単純に、寂しかったのかもしれない。

 結局僕には分からないことだらけだ。

 それでも理解できたことが、一つだけある。

 柳子ちゃんの傷は、未だ癒えてない。

 ……いや、それは分かっていたことだ。

 正しくはそのダメージが現在進行形で、持続しているということ。

 こうやって泣いてしまうほどに――彼女の辛さは続いていたのだ。少なくとも、一ヵ月前から。

 それだけは、確かに分かった。

 だから。だからね、柳子ちゃん。今は存分に泣いてくれ。僕の背中なんかいくらでも貸してやる。

 僕は僕にできることをするよ。君を笑顔にするため――ではなく。

 君と、僕と、みんなで笑い合うために。

 

 

  

 

 

 

 

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