嗚咽4

 君は龍という生き物を知っているだろうか。

 鋼じみた鱗に覆われた、大きな体を持ち、四足。二本の角と長い髭を生やし、巨大な翼をはためかせ、天空を飛翔する生き物である。

 そう、多くのファンタジーものの作品に敵として、或いは味方として君臨する、あの龍と想像して頂ければ、間違いはない。ドラゴン、と言ったほうが、イメージしやすいだろうか。

 人以上の知恵と力を兼ね備えた、圧倒的存在。全ての種族の、一歩先を往く存在。

 そのドラゴンが、今、僕の目の前に居る。

「————」

 息を呑むしかない。

 振り返ったら、そこに居たはずの柳子ちゃんはおらず、すり替わったかのように、龍が静かに佇んでいる。

 白い……いや、白銀の龍。

 大きさは大人の熊を、少し大きくしたくらいの、子龍だ。

 しかし、存在感が圧倒的に違いすぎる。見ただけで凍ってしまいそうな、青く、鋭利な瞳。龍を天空の覇者たらしめる、荘厳の双翼。一流の刀匠が打った、業物と遜色ない切れ味を持つであろう、二十の爪。

 こんなのを見せられたら、僕は動けない。

 恐怖からではない。

 こんな状況なのに、魅入ってしまっていたのだ。

 この白銀の龍の美しさに。

 月光を浴びた、その龍は、御伽噺に出てくる、神の使いのようで。

 神々しく、まさにそこに君臨していた。

「綺麗だ……」

 知らず呟く。

 すると、

「ふふ」

 と、柳子ちゃんの微笑む声が聞こえた。

 ――ああ、やっぱり。

「柳子ちゃん……だよね?」

 僕は目の前の龍に問う。

 果たしてその龍は、

「……はい。いつのさんがよく知る、田中柳子です」

 確信はなかった。

 けれど、僕はこの龍に、全くと言っていいほど恐怖を感じなかった。それは、心の深いところで、目の前に居る龍が、柳子ちゃんだと思っていたからなのだろう。

「あまり驚いてなくて、つまんないです」

 チェッ、と拗ねてみせる柳子ちゃん。龍になってもかわいいなこの娘は。

「いや、めちゃくちゃ驚いたし、衝撃受けてるからね。柳子ちゃんが龍になるなんて夢にも思わなかったし」

 それでも取り乱さずにいられるのは、きっと、相手が柳子ちゃんだからだ。加えて、龍姿の柳子ちゃんは恐怖より、美しさが先立っている。更に付け加えると、日本人にとって龍は守り神の象徴とも言われており、その由来は、日本という島の形が、龍に似ていることから来ている。

 だからだろうか、そういう民族性を持ち合わせていたおかげで、恐怖は然程無かった。

「わたしのお母さんは半龍でしたから……その血が、わたしにも流れているんでしょう」

 半龍。

 人間と龍の混血か……半龍は人間と龍の姿を持ち合わせている、種族のことだ。世界にほんの数人しか居ないとされている。そのため、人間やエルフに比べて、生体研究が進んでおらず、未知の部分が多い。極めて希少な存在によるところもあるだろう。

 半龍には二種類あり、柳子ちゃんのように、半龍の親から生まれた子は先天的に、龍の力が備わっている。

 もう一種類は、ただの人で在った者が、龍に認められ、その特別な血を飲むことで龍の力を授かった、後天型だ。

「お母さんは後天的に半龍になったそうです。まだわたしが産まれる前の話ですね」

 柳子ちゃんの母親はロシア人。ロシアに龍の目撃例は無い――ということは、別の地で半龍になったのか。

 色々事情はありそうだが、今はそれよりも、

「柳子ちゃんは、どうしてその姿を僕に?」

 打ち明けてくれたのは嬉しい。けど、黙っておくこともできたはずだ。

 田中さんとの戦いが控える、このタイミングでどうして打ち明けたのか――その理由が知りたかった。

「……」

 柳子ちゃんはいったん沈黙してから、答える。

「……わたしは、お父さんとはこの姿で戦うつもりですから」

「え……?」

「今のお父さんは、偉い人たちが危険視するほど、凶悪な存在です。黒魔術師の田中柳子では勝てません」

 だから、と、柳子ちゃんは続ける。

「龍のわたしとして戦います。いつのさんには、それを知っておいてほしかった」

 このタイミングだからこそ、僕に打ち明けてくれたのか――

 そういうことなら、僕は何も言うまい。

 彼女には、彼女なりの考えや覚悟ある。ならば僕は、それを尊重するだけだ。

「うん分かったよ。打ち明けてくれてありがとう」

「いえ……」

 ちょっと恐縮する柳子ちゃん。恐縮する龍なんて他じゃ見られないよなぁ。

 と、ここで新たな疑問が浮かぶ。

「柳子ちゃん、その姿なら大抵の魔物倒せるんじゃない?」

「そうですけど」

「そっちのほう楽そうなのに、なんでわざわざ黒魔術師で?」

「この姿では目立ちますし、周りの人も落ち着かないと思うので」

 なるほど、そりゃそうか。隣に龍が居ては、味方と分かっていても、気後れしてしまいそうだ。

「それにこの姿で戦うと、どっと疲れます。お父さん曰く、元が人間なので、変身後の反動が凄まじいとかなんとか」

 ふむ。そう便利なものでもない、時間制限付きの切り札みたいなものか。使いどころが難しそうだ。

「必要であればそうしますけど、積極的にこの姿を打ち明ける気もありませんし――それに」

 そう言って、龍の姿のまま、柳子ちゃんは不服そうにこう続ける。

 それは実に単純で、女の子らしい理由だった。

「かわいくありませんので」

   

 

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