嗚咽3

 着替えて一階に戻り、料理を手伝ったり、入浴したりして、あっという間に就寝時間。

 時計の針が頂点に至る寸前の真夜中に、僕は田中家の庭に居た。

 手に持っているのは二本の槍だ。

 汗をかかない程度に、二槍流の鍛錬をしておこうと思った次第である。この二槍流の感覚を取り戻すのが、自由ヶ丘御子に出された、僕の当面の課題だった。

 月明りのおかげで、視界は良好。というわけで、始めよう。

 構え、突き、払い、あるいは投げる。攻撃理念は普通の槍と変わらない。しかし二本となると、方法が変わってくる。

 その方法自体は僕の身体に染み付いてたらしく、想定よりわりとすんなり二本の槍を振るうことができた。が、まだぎこちないというか、久々の動作に身体が追い付いてない感は否めない。相手が格下の魔物でもない限り、この戦法は通用しないだろう。

 田中さんと戦うのは三日後だ。できればそれまでには、勘を取り戻しておきたいが……何かが足りない感じがする。

 二槍流の基本理念は、二槍一身、とは先輩の弁。

 二本の槍を身体の一部として扱え、ということだ。……無茶な注文である。

 ――槍を自分の腕と考えなさい。

 ――常に二人以上を同時に相手どるように立ち回りなさい。

 先輩からもらったアドバイスはこれだけ。シンプルなようで、これが中々難しい。アドバイスというより所謂、心構え的なものだが、この心構えからして、難しいんですが、先輩。

 心中で愚痴りつつも、槍を振るうこと十分。

 すると、カラカラ、と縁側の窓が開いた。誰が開けたのかは、言うまでもない。

「ありゃ? 柳子ちゃん、どしたの?」

 柳子ちゃんは、僕とおやすみの挨拶を交わしたあと、自室に戻っていったのだけれど、どうやらまだ眠ってはいなかったらしい。

 見れば、パジャマ姿の柳子ちゃんはどこか、もじもじしている様子だった。こちらから視線を逸らし、何か言いたげにしている。それに若干、頬に朱が差してるような。どうしたんだろう?

 僕が首を傾げると、程なくして、柳子ちゃんはおずおずと口を開く。

「え、えぇとですね、いつのさんに見てもらいたいものが……」

 言いながら、柳子ちゃんはこちらに歩み寄ってくる。

「と言いますと?」

「それはその……と、とにかく見てくださいっ」

 柳子ちゃんは目を硬く瞑ってパジャマのボタンに手をかけた。

「ちょ、ちょっと柳子さん?」

「な、何も言わないでください」

 彼女はヤケクソ気味に言って、ボタンを外し始める。

 え? なに? どういうことなのこれ!?

 見てくださいって柳子ちゃんの体のこと!? そんなの見せてくれるなら全力で見るけど!

 柳子ちゃんの手は止まらない。

 パジャマを脱いだあと、中に着ていたシャツを脱ぎ、上半身は完全に下着姿になる。腕細! 胸でか!

 というかこっちも恥ずかしくなってきた……柳子ちゃんの真っ赤な頬と、潤んだ瞳を見ていると、気が気でなくなってしまう。

 などと思ってる間にも柳子ちゃんのストリップは続く。

 今度はズボンのほうに手をかけ、

「……あの、さすがに恥ずかしいので、今は後ろ向いててもらえませんか」

「そ、そうだよね、うん」

 僕、素直に後ろを向く。

 いつもの、静かで淡々とした、柳子ちゃんからは考えられないほど、弱々しい声だった。普段ならジト目で痛いところを的確に突いてくるはずなのに。そのギャップに僕の心臓が四方八方に揺れ動く。

 目を瞑って心を落ち着かせ、息を整えるんだ。

 ヒッヒッフー。ヒッヒッフー。

 違う。これ妊婦さんがするやつだ。どんだけ余裕ないの僕。

 でも柳子ちゃんほどの美少女が、自分の背後で脱いでいるのだ。しかも上半身は

既に下着のみ。この状況で落ち着くほうが無理というもの。

「あ、あの、こっち向いてもいいですよ」

 高鳴る気持ちを抑え、ゆっくり振り向く僕。

 次の瞬間、僕は、人ではないものを見る。

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