嗚咽2

「どうぞ」

 柳子ちゃんと駄弁ってると、いつの間にか彼女の自宅に着いていた。

 一人暮らしには広い一軒家。田中の二文字が掘られた、木製の表札。

 一ヵ月ぶりの田中家――色々と思うことはある。が、今はやめておこう。せっかくの柳子ちゃんのお誘いだ。それを今は、純粋に楽しもう。

 玄関に上がり、続いて居間に通される。

 一ヵ月前と変わって、ローテーブルがこたつにクラスチェンジしている。

「では、わたしは着替えてくるので、適当にくつろいでてください」

「あ、うん」

 柳子ちゃんの着替え覗きたいな……。

 と、ナチュラルにそんなことを思った途端、柳子ちゃんは一歩踏み出した足を戻す。やばい。見透かされた?

「というか、いつのさんも着替えたほうよくないですか?」

 言われて自分の身なりを確認する。

 僕が着ているのは請負人の正装である、黒いスーツだ。所々、土埃によって茶色くなっている。人の家にお邪魔している身としては、少々不適切な身なりかもしれない。

「洗っておきますから、いつのさんも着替えてましょう」

「え? いや、そこまで面倒かけるわけには……」

「気を遣わなくていいですよ。わたしの服も洗うので、そのついでです」

「……まぁ、そういうことなら」

 ここは素直に甘えておこう。僕と柳子ちゃんの衣服が一緒に洗濯されるなんて、よく考えたら興奮するじゃないか。

「いつのさん、キモいこと考えてませんか」

「と、突然なんてことを訊いてくるんだ! 失敬だぞ!」

「そこまで必死に否定しなくても」

 そんなことを話しながら、二階上がり、柳子ちゃんの部屋へ。

 殺風景だった田中さんの部屋と違い、柳子ちゃんの彩があった。

 ぬいぐるみと小物が置かれた、陳列棚や本棚、化粧台、出窓の余剰スペースを飾る観葉植物。カーテンは水色。ベッド上の布団は薄ピンク。

 淡色が多く、目に優しい部屋だ。

「まず私が着替えるので、いつのさんは部屋の前で待っててください」

「え!? 一緒に着替えるんじゃないの!? 着替えっこするんじゃないの!? あんまりだ!!」

「必死すぎじゃないですか!?」

 もはや驚愕する柳子ちゃん。

 結局締め出され、柳子ちゃんは白銀色の髪を翻して、部屋に戻っていく。

 待つこと三分。微妙に長い。

「お待たせしました。どうぞ」

 扉が開き、中から柳子ちゃんが顔を出す。

 格好はいつもの見慣れた、黒魔術師のローブ姿ではなく、私服。

 クリーム色のニットセーターに、白いフリルスカート。脚は黒いニーソックス。うーん、これもまた新鮮でかわいい。

 再び柳子ちゃんの部屋に通され、今度は僕が着替える番。

「僕は柳子ちゃんの服を着るのかな?」

「そうですね。わたしの母の服もありますが、あれはいつのさんには大きいでしょうし」

 答えつつ、柳子ちゃんはクローゼットから服を漁る。

 柳子ちゃんの母親、か。

 僕と出会った頃には柳子ちゃんは既に父子家庭だった。確か何年か前に亡くなったと聞いてるが、詳しい話は分からない。知っているのは、ロシア人であることくらい。まぁその辺は僕が立ち入っていい話でもないだろう。

「と言っても、わたしの服ではいつのさんには、やや小さいと思うので……」

 そこでこれです、と柳子ちゃんは一着の服を取り出す。

 柳子ちゃんが着るには、若干大きめの襟付きのTシャツと、花柄のワンピース。

「これは?」

「生前、お母さんがサイズを間違えて買ってきたものです」

「あぁ、なるほど」

 しかし、これ、僕が着てもいいのだろうか。

 柳子ちゃんのお母さんからの、柳子ちゃんへの贈り物。そう簡単に着るのは躊躇われる。気にしすぎだろうか。

「気にしすぎです。いつのさんは変なところに気を遣いますね」

 柳子ちゃんは、くすり、と優し気な笑みを見せる。

 まぁ柳子ちゃんが着ていいと言うなら、そうしよう。こんな土汚れた格好でいうるほうが迷惑だろうし。

 というわけで脱ぐ。

「いきなり脱ぎ始めましたね……」

 柳子ちゃんが若干引き気味だが気にしないでおこう。今日何回引かれただろう。

「……」

 と思ったら今度は無言で、こちらをじーっと見つめる柳子ちゃん。なんだ。なんか変なことでもしたか。

「な、なに?」

「……。いつのさん、スタイルいいですね……」

 褒められた。

「いや、柳子ちゃんだってこんなもんでしょ?」

「全然違います。わたしはいつのさんみたいに、引き締まってないですし」

 なるほど。

 僕は役職上、身体を動かすのが仕事だから、そういう風に身体が出来上がっているだけだ。

 でも柳子ちゃんは黒魔術師。役割が侍とは真逆。

「侍だった頃は、わたしもそれなりには、引き締まってたんですけどね……はは……」

 柳子ちゃんは遠い目をする。彼女にも彼女なりの悩みがあるらしい。僕が見る限りでは、十分スタイルよく見えるが。

「ムカつきますね。この胸とか腰とか」

 つんつん、と僕の胸を人差し指でつつく柳子さんに、苦笑する僕。

「そんな目の仇にしなくても……」

「だっていつのさんの身体、女なら誰もが羨む身体ですよ」

「僕は望んでこんなふうになったんじゃないんだけど……」

「そう、望まずして手に入れたから腹が立つんです。わたしだって任務の合間にトレーニングしたり食べたいもの我慢したりしてるのに!」

「なんかスイッチ入った!?」

 柳子ちゃんが体型維持のために、結構な努力をしてることが明かになった。

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