嗚咽1

 先輩との稽古を終え、道着からスーツに着替える。

 で、先輩に挨拶を済ませ、道場から出ると外は黄昏時。西日が役目を終えようとしていた。

 さて、柳子ちゃんのところへ寄って帰るか――と、

「いつのさん」

 突然柳子ちゃんに声をかけられる。ここに彼女がいるのは珍しい。

「ここにいるの珍しいねえ。どうしたの?」

 というか、ギルドで会ったあと、すぐ帰ったと思っていた。ちなみに赤絵は、またすぐに別の任務を受け、出発していった。働きものである。

「帰りましょう」

「え? う、うん……」

 こちらの質問に答えず、すたすたと歩いていく。

 柳子ちゃんとはパーティも組るし、こうやって一緒に帰ること自体は、そう珍しいことじゃない。家も近いしね。

 ないのだが、なんか柳子ちゃん、様子がおかしい。というか、これは……

「いやぁ、今日も疲れたねえ」

「そうですね。人の墓を掘り返すのは疲れそうですね」

「……」

 バレテーラ。というかオコッテーラ。

 あれは極秘任務だったから、柳子ちゃんに言うわけにはいかなかった――という言い訳もあるが。

 僕が掘り起こしたのは、柳子ちゃんの父親の墓だ。理屈で納得できるような話じゃない。ましてや柳子ちゃんは父子家庭。怒らないではいられないだろう。僕が柳子ちゃんと同じ立場だったら、間違いなく怒る。

 さて、まず謝ろう。これは僕が悪い。墓荒らしの任務の件は、言う気になれば、いつだって言えたはずなんだ。パーティにだって誘えた。一言、告げておくことだってできた。それを怠ったの僕だ。

 どう切り出すか――ちらりと柳子ちゃんの横顔を窺う。

 なんかプリプリしててかわいいな! 怒ってる顔もかわいい!

「柳子ちゃん、怒ってる顔もかわいいね。そういうとこも好き」

 あ。

 つい口に出してしまった! なんてことしてんだ僕! 馬鹿! アホ! ロクデナシ! いや、でも柳子ちゃんかわいかったから!

 やばい。これはいよいよブチ切れられる。

 恐る恐る柳子ちゃんの様子を見る――と思ったら、柳子ちゃん反対に顔を背けた。

「————」

 柳子ちゃんは無言。しかしプルプル震えてる。

 加えて髪の隙間からちょこんと出ている、耳が赤くなってる。

 これは怒りによって赤くなってるのか、それとも……。

「え、えっとぉ……柳子ちゃん? 大丈夫?」

 プルプルを継続する柳子ちゃん。見たところ、たぶん今の感情を、どう処理していいのか分からない、といった感じか。

 程なくして、そのプルプルが収まる。続いてとった行動は溜息。

「なんかいつのさんの前だと、怒ってる自分が馬鹿みたいに思えてきますね……」

 やれやれと肩を竦める柳子ちゃん。

 そんな彼女に僕は頭を下げる。

「柳子ちゃん、ごめん。田中さんのこと、黙ったてて」

 柳子ちゃんからフッ、と微笑むような音が聞こえた気がした。

「もう気にしてませんよ。それにあれは極秘任務だったんでしょう? いつのさんはその任務に従っただけですし」

 頭を上げてください、と柳子ちゃんは言う。

 なんとか許しを得た。結構な罪悪感があったから、救われた気分だ。

「……まぁ一言、声をかけてほしかったというのも、正直ありますけど」

 柳子ちゃんは頬を膨らませ、分かりやすく怒ってみせた。怒ってるというより、拗ねてる感じがして、かわいらしい。

「今更な話ですけどね」

 それに、と柳子ちゃんは続ける。

「お父さんはまだ生きてます。それが分かっただけでもわたしは――」

 立ち止まり、夕焼けが沈む空を見上げる柳子ちゃん。

 安堵と悲哀が入り混じったような表情だった。

 三日後、僕は再び田中さんと対峙する。

 そこには柳子ちゃんも居る。

 娘が親を殺しに行く――なんて厭な字面だ。

 けど、一番厭な想いをしてるのは柳子ちゃん自身だ。否、厭という一字で、表明できないほど、様々な感情が渦巻いているだろう。

 それでも彼女は、田中正義討伐依頼を受けると言った。

 止めはしない。できることなら、任務をリタイアしてほしいけど――柳子ちゃんには柳子ちゃんの考えがあって、あの依頼を受けたのだ。

 そんな彼女の傍に、僕は居たいと思う。

 色々理由はあるけど、そう、詰まるところ僕は――

 ただ可愛い柳子ちゃんの傍に居たいだけなのだろう、きっと。

「それよりいつのさん」

 次にこちら見た柳子ちゃんの表情は、いつも通り落ち着いたものだった。

「うち寄って行きませんか?」

「超行く!!」

「即答ですか……あとテンション高いですね」

 若干引き気味の柳子ちゃん。自分から誘ってきたのにひどい。僕の反応にも問題あるけど。

「そりゃあなんてったって柳子ちゃんちだからねえ。それにしても、なんでいきなり?」

「それは……えぇと、そう、料理を作りすぎてしまったので、いつのさんに処理してもらいたいなと」

 なるほど、そういう理由か。

 柳子ちゃんの手料理なら是非も無し。喜んで相伴に与ろう。美少女の手料理は、僕にとってどんな料理よりも価値がある。

「メインディッシュは柳子ちゃんかな?」

「うわぁ……」

 小粋なジョークのつもりだったが、また引かれた。

 

 

 

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