第2章 災厄の巫女 6
陽が落ちて大分経つというのに、リオンが帰ってくる気配は一向になかった。
貸家で、フィリスは一人リオンの帰りを待っていた。リオンにも言われたが、フィリス自身も他者に存在を知られ彼に迷惑をかけたくなかったので、ほぼ一日家の中でじっとしているのが日課となっていた。フェリオスの魔物の討伐を始めたリオンは、朝早くから出かけて夕方には戻ってくる。だが、今日はまだだ。
不安が、フィリスに過ぎる。
魔都フェリオスは、魔物の巣窟だ。不慣れな駆け出しの闘魔種が、命を落とすということはよくあることだ。フィリスはいてもたってもいられなくなった。リオンと契約を結んだのは、偶然だ。魔都フェリオスでゴブリンに襲われていた自分と、助けてくれたリオン。共に窮地に立たされた。だから、急場でフィリスはリオンを闘魔種とした。ただそれだけだった。
だが、まだ日は浅いがリオンと共に過ごす内に、少年の優しさに触れて傷ついていた心が大分癒やされていくのを感じていた。自分には、そのような救いは無縁だと思っていた。契約していた闘魔種を闇墜ちさせてしまった。それは罪の棘となり、フィリスを責め苛んできた。
契約していた闘魔種のランヘルトとは、うまくやっていたとフィリスは思っていた。ランヘルトは、フィリスの意思を尊重してくれた。グランターを金蔓のように見る者たちから、守ってくれた。フィリスは、ギルドが嫌いだった。自分のような者を祭り上げ素質のある者を闘魔種とし、そこから利益を吸い上げる。全てのギルドがそうだとは言わないが、大方はそうであることが多い。ランヘルトと共にフィリスは幸せに生きてきた。
だが、ランヘルトは力の誘惑に勝つことができず、自分から離れた。
自分がランヘルトに寄りかかりすぎていたのだろうかと、フィリスは思う。だから、自分の元をランヘルトは離れてしまった。様々な後悔が油断をすればフィリスの中を駆け巡る。今はリオンのことだと、フィリスは自分に言い聞かせた。
ともかく、情報を得ようとフィリスはフード付きのローブを纏い、貸家を後にした。
夜のサウスの街は、賑わいでいた。燐火灯の青白い明かりに周囲は満たされていたが、フィリスはフードを目深に被り瞳を隠し用心した。夜の街を、北門へ向けて歩いて行く。
「闘魔種のガキが、弓姫アーダ率いるアザレア騎士団に捕まったらしいぞ」
そのような会話が、フィリスの耳に流れ込んできた。
「何でもそのガキ、災厄の巫女の闘魔種なんだとよ。ま、弓姫にすれば兄の仇だ」
「おー、こえーこえー。ロクサーヌの姫様に捕まって、どんな目に遭わされているやら」
人々の会話を聞き、フィリスは青ざめた。
考えていないことだった。武勇に優れた英傑と名高いアザレア騎士団団長を努めるロクサーヌの王女が、リオンを捕らえるなどと。
「あの、その人は今どこに?」
フィリスは、噂話をする男の一人に問いかけた。
一瞬、話に興じていた男は、フードを目深に被るフィリスに声をかけられ訝しむ顔をした。が、面倒そうな顔をして答える。
「あー、ここにあるアザレア騎士団の本部に連行されていったってよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、フィリスはその場を後にした。
向かう先は、アザレア騎士団本部だ。
男は、何やらはっとした顔をし呼びかけるが、フィリスは人混みに紛れ去って行った。
「わたしは、やっぱり災厄の巫女。リオンを危険な目に遭わせてしまった」
走るように歩きながら、フィリスは桜色の唇を噛み締めた。
自分の契約闘魔種であることで、リオンに魔物以外の脅威を作ってしまった。
「リオンを取り戻さなくては」
決意を、フィリスは金色の双眸に浮かべた。
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