第2章 災厄の巫女 5
「朝です。リオン、起きなさい」
身体を揺り動かされ、リオンは目覚めた。
不思議な金色をした双眸が、自分の顔を覗き込んできている。
何だかフィリスに起こされることが、日常となりつつある。年上であるリオンとしては、情けない限りだ。フィリスは、朝が強いらしかった。
「お早う、フィリス」
大きく伸びをしつつ、リオンは上体を起こす。
寝ぼけ眼をこすりつつ、意識を覚醒させていく。昨夜のことを思い出した。フィリスは、グランターとしての資格を喪失しようとしていた。王太子殺しをした元闘魔種と契約していた不名誉なグランターとして、リオンと契約したことを悔やんでいた。だから、フィリス自身がグランターとしての
まだ、一一歳の女の子である。
置かれた状況が厳しすぎると、リオンは思う。
「リオンは、お寝坊さんです」
くすりと、フィリスは笑った。
その笑顔を見て、リオンは内心安堵した。
己の元契約闘魔種がしたことを忘れることはできるはずもないが、前向きになったと。
だが、元気に振る舞いながらも、フィリスは様々なことを思い悩んでいるのだろうと、リオンは
「ごめん、フィリス。毎朝、起こしてもらって」
リオンは、ベッドから抜け出し、何ごともなかったように振る舞った。
昨夜、フィリスが見せた赤裸々な彼女。それは、呵責に耐える小さな女の子だった。気丈に振る舞っている姿を見ると、リオンの心がちくりと痛む。
「構いません。リオンを起こすのは楽しいですから。寝顔を見ていたりとか」
天使のような笑顔を浮かべながら、フィリスの口元が悪そうに笑む。
「ね、寝顔って、フィリスは、僕を起こす前何をやってるの?」
狼狽え気味に、リオンは抗議を口にした。
目の前のフィリスは、清純可憐な容姿をしたまだ幼さが残る女の子でありながら、なかなか意地の悪い面を持っている。素の彼女が垣間見える。だが、そのようなフィリスを見て、リオンとしては嬉しい。悩みもあるのだろうが、元気になりつつあると再確認する。
「リオンの寝顔は可愛いです」
顔を赤らめるリオンを見て、フィリスは金色の瞳を心地よさげに細める。
自分をからかって楽しいのだろうかと、リオンは恨みがましい視線をフィリスに送る。
それを受けて、フィリスは清純そうに笑った。
全くと思いながら、リオンはそれ以上何も言えなくなる。
リオンとフィリスは、朝食の支度を一緒にし、質素な食事を済ませた。
「今日も、気を付けてください」
フィリスは、出がけのリオンを見送るため歩みよってきた。
「うん」
装備一式に身を包み気を引き締めたリオンは、短く返事をする。
「闘魔種に成り立てが一番危険なのです。人を越える身体能力を得て、その力に溺れやすく試してみたくてうずうずします」
フィリスは金色の瞳でリオンの
年下でありながら、グランターとして闘魔種と契約したことがあるフィリスは、自分より経験は上なのだとリオンは実感する。正に、フィリスの言うとおりだ。リオンは、魔物相手に自分が得た闘魔種としての力を試すことを楽しんでいる面がある。
「確かに」
「今が、一番危険なときだと、リオンは肝に銘じてください。命を落としやすい時期です」
素直に頷くリオンにフィリスは手を伸ばし、
「リオンは、いい子です」
と亜麻色の髪を撫でた。
フィリスの手に頭を撫でられながら、これはどうなのだろうとリオンは苦笑する。小さな女の子に、子供扱いされている。ただ、嫌な感じはしない。フィリスの手の動きは、とても優しかった。
「フィリスも気を付けて。家を出るときは慎重にね」
リオンも、貸家に残るフィリスに注意する。
災厄の巫女と呼ばれ、人々に疎まれている。もし、見つかったりしたらとても危険だ。
「リオンが買ってくれたフード付きローブがあるので、大丈夫です。あまり、ここから離れませんから」
フィリスは、にこりと笑った。
今日も、リオンは魔都フェリオスへ魔物を討伐に向かった。
現在探索しているのは、フェリオスでも最も外周域である一層目。
大城塞のような市門に近づくにつれ、同様に討伐へ向かう闘魔種たちの姿が多くなる。目の前にも、統一された
ソロであるリオンは、一人市門をくぐった。
昨日は、西門へ向かう方向に歩きながら、魔物を狩った。今日は、東門へ向かおうと、リオンは歩き出した。すぐにゴブリンと出くわした。
相手は一匹であるので、慌てずリオンは短めの
すれ違い様、一閃。
ゴブリンの首と胴体が離れる。
先ずはウォーミングアップ、とリオンは屠ったゴブリンに振り向く。
骸となったそれは、一度淡い光に離れた首と胴体が包まれると、霧散し消失した。リオンの腰に吊されたフォトンポットの底に、紫色をした粒子が僅かに沈殿した。
マジックストレージであるフォトンポットに溜まった
早く闘魔種としてのランクを上げ二層に入りたいところだが、まだまだ
フィリスと出会ったときのイレギュラーを除いて、フェリオスへ魔物を討伐しに来るのは今日で五日目だ。ランクアップは、まだ当分先。暫くは、今の最低限の生活に甘んじなければならない。叔父叔母夫婦に仕送りは、できそうもなかった。
そんなことを考えていると、リオンの耳がタタタタタと走る物音を捉えた。音は、リオンの間近で聞こえた。
ぞっと、リオンの背筋に冷たいものが走る。
フェリオスにいるというのに、油断をしてしまった。魔物の接近を許した。
さっと辺りに視線をめぐらす。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア――」
リオンの背後から、魔物の甲高い咆哮が聞こえた。
見当を付け、振り向きざまリオンは
リオンの
「やった」
思わず、リオンの口から感嘆の声が漏れる。
うまくいった。が、油断していたことを、リオンは反省する。今朝のフィリスの言葉が思い出される。本来、ただの人間であれば、このような攻撃で魔物は倒せない。硬い体皮を、切り裂けない。改めて、闘魔種として得た身体能力をリオンは実感した。
と、そのときリオンの耳が異音を拾った。
「馬?」
地を揺らすような馬蹄の響きが、近づいてくる。
間もなくすると、騎馬の一団がリオンの視界に映った。
陽光に煌めく白銀の鎧を纏った騎士たちが、馬を狩りリオンへと向かってくる。何ごとだろうと、リオンはその場に立ち尽くした。ざっと数えて、一〇騎以上はいる。
馬を駆り騎士たちは、ぐるりとリオンを取り囲んだ。
ゴクリと、リオンは生唾を飲み込む。何が起こっているのか、必死に思考をめぐらせる。
え? とリオンは騎士たちを見て、驚く。
バイザーを上げ頭の周囲だけをサークレット状に覆った繊細な作りのヘルムから覗く顔は、女性のものだったからだ。見回す限り、全員女の子と言っても差し支えない若い女性。
驚き内心で焦っていると、一騎が進み出てきた。
はっと、リオンは息を飲む。
その女騎士は、精緻な美貌を有していた。腰の辺りまで伸ばされた髪は、混じりけのない金色だった。そして、リオンを見詰める双眸は、神秘的な
「リオン・ベレスフォードだな」
絹のように滑らかな声で、女騎士は長剣をリオンの首に素早く向けつつ問いかけてきた。
喉元に長剣の切っ先をいきなり突きつけられたリオンは、動揺しながら仰け反るような姿勢となった。一体、何ごとだろうと考える。
目の前の女騎士が身に付けている鎧は、他の女騎士の鎧とは輝き方が違っていた。他の者の鎧は玉鋼で作られているのか通常の鋼鉄よりもキラキラした鉄の地色をしているが、それは明るく白っぽい金属光沢を有していた。そして、突きつけている長剣も。
ミスリル製の鎧と剣――。
そう、リオンは確信する。ミスリルは、リオンの
そのような鎧に身を包み長剣を持つとは、一体何者だろうとリオンは思った。
ふと、胸を覆った胸甲に目が行く。そこには、アザレアの花が金色で描かれていた。その紋章は、ロクサーヌ王国の騎士団の一つアザレア騎士団の紋章だ。全員が貴族や騎士の家系の子女からなる
リオンは、何となく相手に察しが付いた。恐ろしく高価な鎧と剣。左腕の小ぶりなラウンドシールドには、ロクサーヌ王国の紋章である
「わたしの問いに答えよ」
更なる問いかけを、天界の戦女神を彷彿とさせる美しい乙女騎士は発した。
「そ、そうですけど……」
緊張に身を包まれながら、リオンは答えた。
「わたしは、アーダ・デューク・ロクサーヌ。貴様は、フィリス・ルノアの闘魔種に相違ないな?」
女騎士が名乗ったことで、悪い予感が的中したと分かる。
リオンは、相手の名前を知っていた。デュークは王族にのみ許された称号だ。ロクサーヌ王国第三王女。弓姫と異名を取る武勇に優れた英傑だった。
「相違ないな?」
「……はい」
急を告げる事態に戸惑いながら、リオンは答える。
「ルナ、捕らえよ」
「はっ」
アーダが命ずると、きりっと整った目鼻立ちをした少女である女騎士が下馬し、リオンに近づいてきた。
リオンは、アザレア騎士団に捕らえられた。
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