第43話 天文21年春 2


織田上総介信長が、平湯で良之の帰りを待ち構えていた。

「御所様。わしは決めたぞ!」

「……はあ。どうしました?」

興奮気味に信長は宣言する。

「この信長、御所様の家臣になり申す」


上総介信長はこの年、数えで22才である。

天文19年に数え22才だった良之は、この年数えで25才。

ほぼ同年代である。

確かに、良之としても信長は接しやすいし何よりこの時代屈指の先見性がある男だった。

だがさすがにそれはどうだろうと思う。

ひとまず良之は自室に信長のみを請じ、やむなくお茶を点てて与えた。

「このお茶、うまいな」

信長はいたく気に入ったようだ。

「上総介殿。あなたには尾張があるでしょう?」

「ああ、いらん」

信長は一言で切り捨てた。

「第一、親父殿の腰が定まらんことには、尾張など危のうて暮らしゃーせんわ。わしを世継ぎにというてからは、母御前までわしを殺そうとする」

彼の母、土田御前は信長をひどく嫌っていた。それも公然とだ。

世継ぎは次男の信勝であるべきだとして、那古野を離れ末森で信勝と暮らしはじめた。

那古野を譲った父の信秀が妻子と共に末森に居を移してからの顛末は、良之も知っての通りだった。


「一体、どうして急にそんなこと考え出したんですか?」

「わしはな、神岡や塩屋を見て歩いた。御所様、一体どうやれば刀狩りなぞが出来る?」


秀吉が太閤になった後年、刀狩りは大々的に行われた。

言うまでも無く、太閤検地と呼ばれる国勢調査ともいえる施策と併せてのことだ。

太閤の成功要因は、一つには、世が治まった事が大きいだろう。

その中で圧倒的な武力を持つ太閤が強行した訳である。

もう一つは、世が豊かになった事の表れでもある。

食えず他所から強奪するほどの貧困が収まることによって、武装する必要が薄れた。

良之が飛騨の地でこの二つの政策を実現させ得たのも、規模は違うがこれと同様である。


「なるほどな」

信長はその説明に納得した。

「それもこれも御所様が居ってのことであろ? なあ、御所様の富はどこから来る?」

ストレートな質問だった。

「……俺は異国の知識を持ってます。それは明や南蛮をもあるいは凌ぐでしょう。その知識で軍資金を稼いでるんですよ」

その中にはもちろん、フリーデやアイリたちと育てている魔法や錬金術も含まれている。

この世界で良之が巡り会い、病を癒やすことで大きく歴史は変わってきている。

この時点で、本来であれば織田備後守信秀は死去し、信長はとうに尾張を継いでいる頃である。

しかも、本来であれば老臣である平手政秀は信長を諫めるために切腹して果てていたはずである。


「それはわしが御所様に代わってなし得るか?」

良之は首を横に振る。

おそらく、この時代にあっては良之のみが持つ知識であり、実力だろう。

「わしはな、旗鉾のコンクリートを見てつくづく感じた。この御方は偉い御方じゃ。いつか世界を変えてしまわれるであろう。その時に、尾張だの美濃だの三河だの。まことどうでもいい話では無いか?」


「まず、備前守様のお許しが必要です」

やむなく良之は条件を出した。

「あい分かった。ところで御所様。平湯の侍大将だった三郎殿を塩屋に付けたとか。であれば現状この地には大将不在であろう?」

「ええ」

「わしにやらせてくれんか? なに、親父殿から返事が来るまでで良い」


おもしろそうだと良之はこれを許した。

ひとまず信長には300貫、丹羽、池田、川尻にはそれぞれ100貫。

小者の犬千代の禄は信長が出すこととして、仮に雇った。


斉藤道三入道がひとまず美濃に帰るというので、信長は父への書状を舅殿に託した。


彼は平湯城の兵を預かったが実質的な軍の指揮は全て川尻と丹羽にやらせ、池田と前田を引き連れて、毎日調練場で銃を撃っているらしい。

腹立たしげに隠岐が小言を言うので

「それでなんか問題が起きてるの?」

と良之は聞いた。

川尻も丹羽も意外と上手で、良く鉄砲以外の兵科をまとめ、訓練などもかなり質が良いという事だった。

「だったらほっときなよ。部下がやることやってるなら、上司なんて遊んでたっていいさ」

良之が笑いながらそう断じたため、渋々、隠岐は引き下がった。


「道三殿、お気を付けて」

「なんの。さすがにそこまで老いぼれては居りませぬ。それより、婿殿をお頼み申す」

「それはもう。ところで、備後守殿はどうなさいますかねえ」

良之は見送りの席で訊ねてみた。

「さて。存外ご本人がこの地に見分に参上するやも知れませぬぞ?」

あり得るなあ。

良之は嫌な予感がしたのだった。




この時期の良之は多忙だ。

飛騨の山方衆や匠衆の頭を集め、前年に依頼した棹銅の箱について、状況を聞いてみた。

サンプルとして持ち込まれた冬の手仕事はどれも質が良く、良之は、

「これを毎年頼む」

と改めて依頼した。

納品時に、蓋に二条の家紋と五三の桐紋を焼きごてで押印し、公式な通用箱として採用した。


50ほどをサンプルとして手元に残し、残りを全て、焼き印をしてから堺へ送るように指示した。

しかし、見ればみるほど時代劇の千両箱みたいだな、と良之は思った。




三木とその家臣のうち、城を持つ主立った者達、それに、高山とその手の者達が連れ立って平湯御所にやってきた。

良之はその一行へのもてなしを隠岐に指示し、上総介信長と滝川、下間らに

「おそらく種子島の訓練を見たがるでしょうから」

と、翌日に連射訓練を行うように指示をした。


「二条大蔵です」

謁見の間に集まった一同に上座から良之はあいさつした。

それぞれのリーダーである三木と高山が、顔ぶれを1人1人紹介してくれた。

集まった国人や豪族は全部で12名。

これで良之に従わない飛騨の少領主は、姉小路と内ヶ島一党のみとなった。


「今年いっぱいは皆さんに現在の領地をお任せします。まずやって欲しいのは検地と戸籍の再確認。それと刀狩りです」

覚悟していたとはいえ一同、刀狩りの言葉に戸惑いを隠せない。

「農家は農家、商家は商家、猟師は猟師に専念させます。合戦に動員したり、落ち武者狩りなどはさせませんし許しません。各村に警察を置き、要所には警備の軍を常設します。今後は、その地位にあるもの以外の殺しは御法度とします」

良之は、武具は適切な価格で買い取ることや、どうしても武具を手放せないものは侍として取り立てるから名乗り出たらいいこと。

それに、女子どもでも仕事はいくらでもあるから、身売りや口減らしはさせず、良之の家臣に相談させることを命じた。

この時代、養いきれない年寄りや赤ん坊を口減らしと称して当たり前に殺す事例があった。

だが、現状良之にとっては全くもって人手不足なのである。

「来年には皆さんから領地を俺が召し上げます。ただし、代わりに俸禄は銭で支払います。また、飛騨に足りない食品や物資は、国を挙げて輸入します。皆さんは、俺の武官になるか、文官になるか、代官になるか、あるいは他国の代理人になるか。皆さんの希望や能力によって決めていきますが、おそらく、今までよりは暮らしは楽になるでしょう」

だからまずこの屋敷で数日見分を行って、それを感じてみて下さい。

良之はそう訓示して接見を終える。


まずは、彼らの中から離農して常設軍に加わるべき人材の確保である。

例によって、食事と温泉でもてなしたあと、射撃演習を見学させる。

その後、良之の武官たち全員で、今回良之に従うことに決めた国人や豪族から、1000名の戦士候補を選び出させた。

それらを、各武官が得意分野ごとにオーディションしていく。


国人や豪族の長や幹部らは地元に戻り、まずは検地を開始した。

例によって、検地に協力した村には四公六民を許す。

驚くほどスムーズに検地は進んだ。


天文21年三月。

飛騨の山々もやっとまともに行動できるほど雪解けが進んだ。

新暦で言うと1552年の3月25日である。


この日、信州の木曽から良之に、ありがたい知らせがやってきた。

「木曽左京大夫と、昨年平湯を見分した関東甲信の流民、浪人とその親、家族ら6500名が移民を希望」

当然良之は快諾の返答をし、彼らがやって来るであろう木曽と高山を結ぶ木曽道を整備させ、平湯での受け入れを準備させた。

平湯のキャパシティを上げるため、現在平湯に駐留する兵士や銭傭いたちを高山に移し、尾崎城に駐留する千賀地石見守の兵士1000を下呂に移す。


問題がひとつあった。

それは新たな流民の受け入れによって、さらに、三木衆と高山衆の参入によって生じる食糧自給率の低下と、その対策だ。

本当のところを言うと、良之やアイリ、フリーデの<収納>に納められた食糧は、亜空間による時間の停止(もしくはそう言って構わないほどの時間の遅延)によって鮮度が保たれたまま、この程度の人口増加では問題にならない量がストックされている。

だが、こうした方法では無く、この時代なりの正しい方法で食糧が確保できねば、今後、良之たちがこの地を離れた時に対応出来なくなる。


「隠岐、美濃井口、越中岩瀬などの商人と諮って、日本中から余剰の食糧、干物、野菜、味噌醤油、塩などを買い付けろ。場合によっては、京・堺の皮屋、直江津の越後屋、尾張の伊藤屋、博多の神屋などにも草を出し協力を頼め。ただし、足下を見られて無駄な金は使うなよ」

「……はっ」


本来であれば白川を除く飛騨全域の街道拡張なども命じたいところだが、残念ながら人材が尽きている。

それについては、新たに加わる信濃からの入植衆が落ち着いてからでもいいかと良之は思い返した。




この頃。

アイリとフリーデ、阿子は毎日神岡や平湯の後ろにそびえる山々に登っては、ポーションを作成している。

1人に付き2人の小者が帯同しているので、もうすっかりアイリもフリーデも日本語に堪能になっている。

不思議なもので、外見と異言語であることによって恐怖されていた彼女達も、言葉が話せるようになると随分人気になっている。

殊にアイリは、回復魔法によって健康面で救われた人間が多く、藤吉郎が広めたこともあって、影では「天女様」と呼ばれているらしい。


フリーデとアイリは「神隠し」によってこの世界に来たと噂されているので、その天女説にはいっそう拍車がかかっている。

この頃は、魔法を習得したい長尾の虎御前も彼女達と一緒に行動し、<収納>あたりはマスターしているようだ。


「フリーデ、アイリ。明日は俺と一緒に来てくれ」

良之がそんな彼女達に依頼した。

「はい。どちらに?」

フリーデが答える。

「金山衆の頭たちを連れて、銅の鉱脈を探しに行く」


平金鉱山の大まかな場所は良之も知っているが、この時代では完全な原野である。

もちろん道が付いているわけも無く、この鉱脈探しは結構重労働になりそうだった。

それでも、阿子や虎御前も来るという。

阿子は良之の一行に加わって以降、みるみる体力が付いてきて、今では良之よりタフになっているかも知れない。


平湯峠の分水嶺を越えると、東から西に流れるのが小八賀川である。

この川は丹生川集落を通過し、高山で流れを北に変え、宮川となる。

その小八賀川の源流である池之俣川と沢之上谷川さわのうえだにがわのうち、沢之上谷川をさかのぼると、良之の探している平金の鉱床はある。

つまり、良之が鉱毒によって汚染すると警戒している川でもある。


沢の脇にわずかについてる生活道をさかのぼること約1.5km。

良之が地図で目視した平金の鉱床が眠る小山へは当然道が無い。


沢の西岸に渡り、山肌を観察していた金山衆の頭が、どうやら鉱床を発見したらしい。

「これは確かに、赤水の出そうな山ですな」

頭は、採掘する前から沈殿池の大工事を指示させた良之の先見を讃えた。

良之にとっては「過去」を知っているだけなので、あまり褒められてもぴんと来ないのである。


そのまま急峻な山肌を良之たちは登る。

およそ200mほど登ったところで、頭たちは大規模な同鉱床の露床を発見した。

「うん、じゃあお頭、ここまで北の麓から道を付けて下さい。山方衆に木や柴を狩ってもらって、黒鍬衆に道を開いてもらうといいでしょう」

「承知しました」

「鉱石の選鉱場がいりますね。とにかくこの近くに、一町ほどの空き地を作ってもらって下さい。極力、鉱床と重ならないように。もったいないですから」

「わかりました」


この鉱床は、良之のいた未来では明治期に入るまで発見されることの無かったものだ。

発見するほどの人口がこの地域にはなかったのかも知れない。


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