第31話 初めての城 2


堺の手前、埋め立て事業中の船尾を通りかかると、もう浜越しにだいぶ、盛り土が出来上がりつつあるのが見て取れた。

「浜寺の焼け跡からも残骸を持ってっちゃ使ってるようですぜ」

船頭がそう教えてくれた。

さすが商人、武野紹鴎もやるなあ、と良之は感心した。


堺に入港すると、良之はまっすぐ皮屋に向かった。

「これは御所様、お懐かしゅうございます」

紹鴎が笑顔で迎えてくれた。

「紹鴎殿お久しぶりです。懐かしむ前に、まず納屋をひとつお借りしたいんですが」

良之は皮屋の蔵を借りると、そこを翡翠で埋め尽くした。


「翡翠の出はどうです?」

「南蛮人も明国人も競って買いなはりますな」

紹鴎はほくほく顔で答えた。


早速ながら、良之は金と永楽銭などの上銭を皮屋に提供し、鐚銭を買いあさらせた。

納屋衆も、鐚銭が処分できるとあって1対5でも喜んで放出した。

「鐚銭などなんにつかわはるんでっしゃろ?」

「もちろん、鋳つぶすんですよ」

良之は答えた。

数日で堺中の鐚銭は枯渇し、代わりに金が堺を潤した。

さらに、金を売って銀を買わせた。

この銀で、今度は関東、特に小田原や甲府の金を買わせる予定でいる。




翌日、紹鴎の案内で遠里小野の広階親方の許を訪ねた。

親方もまた、随分と良之との再会を喜んでくれた。

全ての工房を見学したあと、良之は<収納>に大量に蓄積された錫を親方に提供した。

「前回の船便も驚きましたが、またえらい量でんな」

親方は驚きつつも喜んだ。


分銅は出荷が追いついていないようだ。

近隣の鋳物職人はついに総動員になっているようだった。

「来年には銅座を船尾に移せそうな案配です」

「それは良かった。南蛮絞りも進んでますか?」

「そらもう。こっちはうちとこの職人以外には覗かせとりませんよって、なかなか人手が確保できまへんが……」

「いずれ安定したら公開しましょうかね」

「へえ」

今のところ、公定銅棹の出荷をコントロールするため、南蛮吹きは広階親方のみに一任している。

「あ、そうだ」

棹銅の打刻に使ってる全ての刻印を良之は借り受けた。

そして、錬金術で全く同一の刻印を大量に作った。

「この素材は、金剛石です。鉄の2倍以上固いので長持ちですよ」

言うまでもなく錬金術で作り上げた。

これほど精密なコランダムの加工品は、おそらくこの時代に他にないだろう。


親方に、平湯御所へ鍛冶屋と鋳物師の指導者を派遣するように依頼し、良之は遠里小野の郷に出た。

ここには、油職人も多く居る。

地の者にそうした職人の頭を紹介してもらい、

「新しく出来る城下で働きたいものがあったら、皮屋に来い」

と告げて帰った。


堺では、仕入れられる範囲の生活物資を仕入れた。

布や針、工具などの他、器など。

他にも、薪炭や膠など。

一時的にも1000人を越える労働者が集まりそうな状況なので、少しでも多くの物資をかき集めた。




後事を紹鴎に託し、そのまま良之は京に上る。

途中、渡辺津、大山崎でも粗銅の棹銅を買い、食料や酒、油などを購入した。


京に帰ると、二条邸にまっすぐ向かう。

兄である二条関白に、状況を報告するためである。


翌日には、良之は京の商家を回り、様々な物資を仕入れた。

山科邸に顔を出し、阿子の消息を伝えると共に、酒と北陸の干物、紀州の醤油などを手土産に置いていく。

二条家の青侍たちに同行させ、7日ほど前に細川と三好による戦闘によって全焼した相国寺の様子を見に行った。


僧侶が河原者達と、放置され遺棄された雑兵たちの遺体を焼いていた。

現代っ子である良之には耐えがたい光景ではあった。

天文20年の7月22日は、現代で言えば8月24日頃。

遺体は腐敗が進み、ひどい悪臭が立ちこめている。


良之は、全焼した寺社領から、青銅や他の金属を全て回収して歩いた。

すでに、めぼしい物は盗み出されたあとらしい。


回収を終えると、僧侶の代表に1人10両相当の金を渡す。

河原者達にもリーダーがいる。

不浄仕事を進んで仕切る義侠心の厚い男だった。

彼にも、報奨として働いた者達に分けるようにと1000両の砂金を与える。


その後、二条邸に戻り、身を清めてから寝込んだ。

精神的に激しくふさぎ込んでしまったのだ。

下間源十郎は、付き添った青侍たちからその話を聞き、良之の寝所の控えで夜半まで小声で正信念仏偈の読経をあげた。


「源十郎」

夜中に、寝所から良之の声がかかった。

「……は」

「もう休め。お前の気持ちは良く伝わった」

「は」

源十郎は見えぬ主に深々と頭を下げた。

「源十郎」

「はっ」

「……ありがとうな」

万感の籠もった礼の言葉だった。

源十郎は、部屋に戻り、泣いた。


翌日、良之は参内した。

帝への報告は関白が済ませてくれていた。

「宰相より申し出の姉小路国司が一件、許す。よしなにいたせ」

「は」

「なお、励め」

「恐れながら、申し上げます」

「許す」

「こたびの銅の吹き替え、並びに分銅などの益。また、旅先にて拾い集めた金粒、10万両、お納めいたします」

臨席していた公卿たちも、その額の大きさにざわめいた。

「ご決済のうえ、御所の修復などにお役立て下さいますよう」

「……あい分かった」


そのまま良之は下がり、奥に向かった。そして女御殿たちに食材や酒、肴などを提供し、そのまま邸に帰って行った。

夕暮れに遅れて帰った関白から

「帝より10万両のお礼のお言葉を預かった。だが案じても居られた。こなたに必要な金ではないか、とのう」

「ご心配なさらぬようお伝え下さい」

「……さようか」

「それより兄上。お願いがあります」

「申してみよ」

「この邸にて、食のない地下人や青侍を養い、教育をして欲しいのです。そのために屋敷もきちんと修繕し、常傭いもお増やし下さい」

「それはいずれこなたに必要な人数となるのか」

「はい。是非ともに」

「わかった」

「金子は、残念ながらこの屋形は不用心ゆえ皮屋に預けます。必要な時、必要なだけご用立て下さい」

「良之」

「は」

「おおきに」

関白は頭こそ下げなかったが、そう言い残して自室に下がった。


京の皮屋の支店を切り盛りしている今井宗久に、米や干物を託して

「ほどよく捌いて」

と言い残す。安定供給しろ、という意味である。

同時に、翡翠や錆顔料などを蔵に入れ、売れないようなら堺へ送るように指示をする。

また、手持ちの純銅の棹銅を納め、さらに砂金、粒銀を託す。

「関白から望みがあれば言われただけ用立ててくれ。二条邸の改築の相談にも乗ってやってくれ」

と言い残して去った。


京を立った良之は、山科から近江八幡に入り、ここでも大商いを済ませ、多賀、今浜でも食料や物資の買い入れ、粗銅の購入と純銅の売却などをしつつ北上する。

今浜からは敦賀に抜け、宿を取る。

明けた翌日、川舟屋で粗銅、塩、昆布などを買い付け、海路で富山を目指した。

岩瀬で下船。

そのまま、一路平湯へと戻った。


天文20年8月22日。

平湯に到着した良之はさすがに驚愕した。

この時代の人力作業の能力と精度を完全に見くびっていた。


一重ヶ根との境は堀と土塁によって隔てられ、関所のようなわずかな切り口が通行できるようになっている。

そこを潜ると、見通す限りに長屋が建ちならび、さらに槌音がそこかしこで響いている。

正直、京の都よりにぎやかな気がする。

良之の到着を知って、小者が案内をしに駆け寄ってきた。


平湯御所は平屋建てだが、意外と大ぶりな建築だった。

公家の場合、城、とは呼ばず、御所、と呼ぶ。

露天湧出の温泉を邸内に持ち、平湯川を利用した水堀まで備えている。

漆喰がまだ乾ききっていない土蔵が堀の内側をぐるりと取り囲み、石垣のような防壁の役を担っている。

内部に入ると、さすがに本邸は未だ工事中ではあるが、大名屋敷でよく見る書院風の作りになっている。


「お帰りなさいませ、御所様」

服部半蔵が誇らしげに良之を迎えた。

「半蔵、これはすごいね。どんな魔法を使ったの?」

半蔵は、自分の手柄ではないといい、尾張の黒鍬、飛騨匠、美濃や木曽、飛騨、加賀の山方衆が、いかに労を惜しまず働いたのか解説してくれた。

そのうち、匠の1人がおずおずと進み出て良之にあいさつしたあと、聞いた。

「屋根はどのように葺きましょう?」

冬を越させるためには板屋根では無理で、積雪で木が腐らないように何らかの対策が必要だという。

一応、瓦の重みにも耐えるよう建ててはいるが、茅葺きか藁葺きが最もいいと匠はいった。

「ただ、手に入りません」

藁ならひょっとすると収穫期が終わったあとの美濃や尾張で購入できるかも知れないが、その時期まで待つと今度は葺いている時間が怪しくなる。

「銅板は?」

良之が聞いた。

「へい、手に入れば次善で」

匠がうなずいた。

結局、良之が「創る」しかないだろう。


繰り返すが、良之はかなり高度な「錬成」で物質を作る事への忌避感も躊躇もない。

問題なのは、

「自分が介在しなければ何一つ進まない」

という事態への不安と不満だった。

だから、フリーデやアイリ、千や阿子が協力して屋根葺き用の銅の錬成に手を貸してくれていることを素直に喜んでいる。

「不思議なのですが」

フリーデが言う。

「かつては感じもしませんでしたが、こうして良之様の手伝いをするようになって、自分の魔力の質と量が向上しているように思います」

「それは、私も」

アイリが同調する。

近頃ではこの2人はそれぞれ、魔法と錬金術の垣根を越えて協調し始めている。

殺し合うより遙かにいいと良之も思うし、それに千や阿子に良い影響を与え始めているのもありがたかった。

良之も含めた「方術」使い5人は、蔵の中でこっそり錬成し、蔵が一杯になると次に移る。外部の人間も多い状態で、他人にあまり錬成を見せたくないのだった。


良之たちが蔵を開けると、表出番をしている藤吉郎や下間源十郎が労夫たちを指揮して銅板を運び出させ、匠たちがそれを手際よく屋根に敷設させていく。


やがて、人材がそろってくるのを見計らって、鬼瓦や樋などに相当する部分の加工は鋳物師に任せ、良之は人材育成に着手し始めた。


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