Hitomaru4

一話完結

 あるところにそれはたいそう見目みめ*の整った娘がおりました。娘は農家の生まれでしたが、烏羽色からすばいろ*の髪は艶やかに輝き、その肌は農作業のろうを感じさせないほど白く透き通っておりました。しかしながら、娘の左目には絶えず包帯が巻かれておりました。その場所には、幼い頃に負ったひどい火傷やけどあとが残っているのでございます。

 

 ある春の穏やかな昼下がりの事でございます。娘が茶屋の軒先のきさきで休んでおりますと、街道の向こうから袈裟けさ*まとった青年が歩いて来ました。実はこの青年というのが、近江国おうみのくに*にある由緒正しき寺院の僧でございまして、いまがた多年 たねんわたる修行を終えて山から下りて来たところ でございました。青年は娘のそば腰掛こしかけると、

 「どれ、その包帯の下にある物を見せて貰えないか。私は人の身にある物を自在に動かす事が出来るのだが――どうかね? それを私に引き取らせるというのは」

 と云いながら、試しに娘の腕にあった黒子ほくろを自らの腕へ動かして見せるではございませんか。これには娘も感嘆の声を上げて驚きましたが、すぐにかなしげな表情をしてうつむいてしまい、消え入りそうな声でこう云うのでございます。

 「この傷はもう治る事の無いものです。きずりの方に私の味わった苦を背負っていただく訳には参りません」

 云い終えても娘の口にはまだ幾許いくばくかの言葉が残っているようで、娘はわずかに逡巡しゅんじゅんしたのち訥々とつとつ と続けました。

 「一度、ただの一度でもいいから傷の無い顔で往来おうらい*を歩きたい、それが私の持つ唯一ゆいいつの願いです。ここで出会ったのも多生たしょうえん*だと思いお願い申し上げます、私の傷を一日だけ預かっていただけますでしょうか。明日あすには必ず、傷を受け取りに参ります」

 深々と頭を下げた娘が顔を上げると、傷はすっかり青年の顔に移っておりました。娘は青年と茶屋で再び会う約束をし、重ねて深く頭を下げると、足取り軽く街の方向へと急ぎました。青年は娘を見送ると、茶屋の主人に手紙を渡し、街とは反対の方向へとゆっくり歩いて行きました。街まで来ると娘の足取りはさらに軽く、顔にはこぼれるほどの笑みが浮かんでおりました。道往みちゆく人々も娘の傷が治ったことを大いに喜び、娘の美しさにあらためて心を奪われました。こうして娘は願いを叶える事が出来ましたが、往来おうらいを歩けば歩くほど、約束の事は忘却の底へと沈んで行くのでございました。

 

 それから三日後の事でございます。畢竟ひっきょう*娘が茶屋へ戻る事は無く、娘は部屋から雨のしき 道途どうと*を眺めておりました。すると娘は、雨音が増すにつれて自分のした仕打ちに罪悪感と恐れを覚え始め、雨に打たれるのもいとわず、一心不乱に茶屋へと走り出したのでございます。娘が茶屋へ着く頃には雨脚 あまあしは弱まっておりました。茶屋のあた りにはやはり青年の姿は見当たらず、娘は茶屋の主人から青年ののこ した手紙を受け取ると、手紙には、

 「急ぎの用を思い出したので約束を守れそうもない。せめてものびとして、この傷は私が貰う事にする」

 と書かれておりました。娘は手紙を読み終えると膝から崩れ落ち、天を仰ぎながら泣き続けたのでございます。


 あるところにそれはたいそう見目みめの整った娘がおりました。娘は農家の生まれでしたが、烏羽色からすばいろの髪は艶やかに輝き、その肌は農作業のろうを感じさせないほど白く透き通っておりました。しかしながら、娘の左目には絶えず包帯が巻かれておりました。傷の治ったあとも、娘は左目に包帯を巻き続けたのでございます。


注釈

*見目 顔立ち。

*烏羽色 カラスの羽の色。わずかに青みのかかった艶やかな黒色。

*袈裟 坊さんの服。

*近江国 今の滋賀県。

*往来 道路、通り。人や乗り物の行き来。

*多生の縁 他生の縁とも書く。前世からの縁。

*畢竟 結局、つまるところ。

*道途 道路、通り。

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