30 振るわれる剣は志と共に


『ぬおぉぉぉぉ――!?』

『この、卑怯者どもがァ……!』


 味方の悲鳴が聞こえ、直上から天井が落ちてくる。

 空中で瓦解し、分裂し、幾重いくえにも折りかさなった建材が雨のごとく降り注いだ。

 避けられるものは避け、そうでないものは短剣を用いて両断する。

 冷静に対処すればさほどの脅威でも無いが――味方も同じというわけにはいかなかったらしい。


『ぐ、くそ、このような卑怯な手にかかるとは……!』

『神像は傷を負っておらん。そう焦るな』


 味方は三体ともが建材に身を封じられた。四肢が折れるなどの重傷を負った神像は無いようだが、救出には少々手間取りそうだ。

 そこに一つの影が乱入してくる。灰白色の鎧を着込んだ巨人。敵だ。

 最奥の穴から、ではない。潜んでいたのか。籠城戦を選んだとばかり思っていたが、もとよりこちらを罠に嵌めるつもりであったらしい。


 罠に絡め取られたうちの一体が、身動きもとれないまま胸を貫かれた。


「くはっ、良いぞ。実にたのしい。それでこそ狩りがいがあるというもの」


 愉悦の滲んだ声で言う。二体目を潰そうとした相手に横合いから斬りかかる。

 相手の掲げた長剣が半ばから断たれた。得物を失った灰白色の神像は即座に腰から短剣を外し、胸めがけて突き出す。


「――なるほど。貴様、先日の射手か」


 だが、その攻撃は届かない。神器に触れた武器は折れ、勢いのまま腕が二つに裂けた。青白い火花が弾け、巨人のが周囲に散らばる。


「太刀筋が正直に過ぎる。まるで赤子だ」


 それでも眼前の巨人は止まらない。使い物にならなくなった右腕を自ら引きちぎり、棍棒のように振り下ろしてくる。しかし、無駄な抵抗でしかなかった。


「心意気は買うが、徒手としゅではな」


 短刀がはしる。座たる胴を潰された巨人は力を失い、その場にくずおれた。


「……さて」


 脅威を排除したところで罠にかかった味方を助けにかかる。金属製の板や柱を切り崩し、手を取って引き抜く。


『申し訳ありません、グラム様。お守りするばかりか、助けられるなど……』

「なに、気にすることはない。貴公らに持たせる神器エレガリアを用意できなかったのは私の落ち度だ」

『いいえ、いいえ、落ち度などと、そのような……』


 もう一人を同様に助け起こしつつ、グラムは状況を観察する。


「どうやら〈巣〉はこの先にあるらしい」


 入り口からみて最奥には、自分が突入した際に開けたような穴があった。歩兵たちはそこから逃走したのだろう。その先に真の本陣があるはずだ。

 おそらくは山越えの際に見えた、もう一つの〈遺跡〉。崩れかけており拠点としては使い物にならないと捨て置いていたが、戦えない女子供を置いておくには十分だ。


『つまり、我らは嵌められたわけですか。自ら助力を願い出ておきながら、なんともふがいない……』

「そう思うならば、殺し尽くせ。奴らの死をもって同胞への手向けとせよ」

『承知し……っ、グラム様ッ!』


 助けた味方が張り詰めた声をあげる。彼が見ているのは自分の背後だ。


「むっ……⁉」


 判断するよりも先に、身体が動いた。


 踵を軸に回頭。振り向きざまに斬りつける。

 火花が散る。が触れあい、戦場にはおよそ似合わない澄んだ高音が響き渡った。しかしそれも一瞬のことで、両者の接点を中心に衝撃波が発生。

 火炎は無いがほとんど爆発に近い。弾かれて二歩、後ずさる。同様に飛びすさった敵の影を視界に収め、老齢の貴族は高らかに笑い声を上げた。


「くはっ、くははははっ! ついに来たか! ――さあ、かかってくるがいい。黒髪の魔術師ウィザード!」

『かろうじて、ってところだな。間に合ったか』



   ●



(――同位相いそう周波の干渉? 打ち合うたびに発生するとなると面倒だな)


 脚部で床を削りながら姿勢を安定させる。その間に状況を把握。


《罠で減らせたのは一機か》

《すまない。〈スプリンター〉が無傷で切り抜けるというのは誤算だった》

《いい、足止めできただけでも上出来だ。正面切って全機を相手取れるとも思わないが……》

《最悪、相手をするのは〈スプリンター〉だけでもいい。ほかの二機はともかく、奴を私が相手取れるとは思えない》

《敵を減らす努力はする。が、そのときは頼むぞ》


 通信を打ち切る。頭目ボスはともかく、ほかの仲間たちは戦闘態勢に入りきっていない。


 ならば仕掛けるべきは今、この瞬間だ。

 即座に腕を上げ、〈大蛇オロチ〉を起動。鉤付きのワイヤーが射出される。


『学ばんな、黒髪の』


 言いつつ〈スプリンター〉は短刀を構える。だが、狙いは敵機ではない。


『……むう!?』


 落下した建材――床に深々と突き刺さった鉄骨へと鉤をかける。すぐさま巻上機ウインチを起動し、同時に前方へと跳躍。

 もとよりこの特殊兵装アクセサリーが担うべき役割は攻撃ではなく高機動補助ハイマニューバアシストだ。推進剤が切れているこの機体では本来の高機動戦闘は望めないが、不意打ちには十分だった。

 瞬時に距離を詰め、〈蒼雷ソウライ〉めがけてブレードを振るう。


『――悪くない。が、足らんな』


 しかし、その一撃は割り込んだ〈スプリンター〉によって防がれた。

 高周波ブレード同士が接触した瞬間、またも衝撃波が発生。機体が煽られる。姿勢が崩れる前に後方へと跳んだ。


「くそっ、反応がよすぎるんだよ……!」


 レイジは毒づきながら鉤を外し、ワイヤーを下腕部に収めた。一回転して余勢を殺す。〈スプリンター〉はこちらを見据えたまま、味方に呼びかけていた。


『先に行くがいい。早急に〈巣〉を潰せ。この先――もうひとつの〈遺跡〉が本物の拠点だろう』

『しかし――』

『くどい。この男を相手取るなら、たとえ五人いたとしても役には立たん。邪魔だ』

『……そうですな。差し出がましい真似をお許しください』

『良い。獣どもを壊滅せしめたなら、上位の神像を頂けるようデナミラスに取り計らってやる』

『なんと! それは願ってもない。我らが力、しかとお見せしましょう!』


 二機の〈蒼雷ソウライ〉が搬出口へと向かう。それを追いかける暇もなく、グラムが追撃を仕掛けてきた。


「この、邪魔だ!」


 迫り来るブレードに、やむなく同兵装で対抗する。衝撃波で距離が離れ、仕切り直しを余儀なくされる。そうする間にも敵機はドームを脱出してしまっていた。


『くはっ、どうした、もっと愉しませてみせるがいい!』

「……戦闘狂め」


 悪態をついて、レイジは得物を構え直した。



   ●



『スライア、〈宿木ヤドリギ〉! すまない、敵が二機そっちに行った!』


 耳に付けた小型の通信機から、少年の声が聞こえてくる。


「……わかった」


 返答は手短に。少年の声は焦りを帯びていた。この一言でさえも届いたかどうかはわからない。スライアは言葉を続けることなく、口を閉ざした。

 この〈遺産〉を介して『死ぬな』と言ったところで、真に響きはしないだろう。

 今は信じて、自分の役目を果たすべきだ。

 本陣であるビルとドームの中間地点。大木の樹上に身を預けながら、スライアは呼びかける。


「――ヤドリギ。貴方の言うとおり、配置についたわ」

『ありがたい。ドームを抜けてくるならば、少なくとも一機はそこを通るはずだ』

「二機、とレイジは言っていたようだけど?」


 一瞬の沈黙の後、〈彼〉はゆっくりと答えた。


『……皆は守るとも。私が助ける。この身に――この存在に賭けても、必ずね。それが私に与えられた命令だ』

「そう。それを聞いて安心したわ」

『君は手傷を負わせられればそれでいい。「罠があるかもしれない」と警戒させるだけでも十分だ。片方の足が鈍ってくれるだけで、こちらとしては楽になる』

「任せて」


 答えて、通信を切る。


(とは、言ったものの――随分と、心もとない)


 渡された〈布〉は十分に効果を発揮していた。しかし、内側から見れば単なる布だ。相手からはほとんど見えていないとわかっていても、不安を覚えざるを得ない。

 もっとも――これから対峙する相手を考えれば、たとえ分厚い鎧を着込んだとしても意味は無いのだが。

 遠方から巨大な足音が響いてくるのを感じながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


『ヴィストめ、ここで武功を競ってどうする。先に行くなどと……どこに罠が仕掛けられているかもわからぬと言うのに』


 乗り手の独り言が聞こえてくる。

 敵が目前に迫っていながら、不思議と恐怖は小さかった。それよりも、力となれる嬉しさが勝っている。

 かつて神像と対峙したとき、自分はかなわないと知りながら剣を向けた。気付いたときには、既に身体が動いていたのだ。

 だが、今は違う。対抗しうるだけの力を持ち、その上で敵に立ち向かおうとしている。


 ――父から継いだソルデユルザの剣術は、民を守るための剣だ。


 かたとしての剣ではない。それとは別に継いだ、あるべき姿としての『剣』だ。戦場において自身を貫く唯一にして絶対の軸。内なる規範。

 この身体は、このかいなは、誰かを守るために振るわれねばならない。

 それこそが父の最たる教えであったのだし、また、自らもそれが正しいと強く信じている。

 フェムへ剣を指南するにあたって、それを思い出すことができた。

 短い間だったとはいえ、父から確かに教えられた〈剣〉。それがしっかりと自身の内に息づいていることを再確認できたのは、この上ない収穫だったと言える。

 スライアは一度目を閉じて、少年とのやりとりを思い起こした。


『こいつなら歩行戦車ヒトガタにだって傷を付けられる。まともに動けば、だけどな』

『もし、土壇場どたんばでこれが動かなかったら?』

『逃げろ。見たところかなり念入りに整備されてるようだが、作られてから時間が経ちすぎだ。動かないことだって十分にあり得る』

『無責任ね』

『別に、命と釣り合うほどの戦果じゃないってだけだ。――だが、歩行戦車ヒトガタを潰せれば、それだけ歩兵にとっての脅威が減る。もちろん、避難所に及ぶ危険もだ。俺は一人で、できることならフェムにも正面衝突はさせたくない』


 ――まぶたを上げる。


 討つべき敵の姿を目視した少女は、ゆっくりと背の大剣を手に取った。


(たしか――)


 柄を引き出し、ひねる。

 一瞬の間を置いて、きぃん、という細く高い音が耳に届いた。

 大丈夫、問題なく動いている。いかなる原理かは知らないが、それでいい。自分が信じているのはこの剣ではなく、これを託してくれた少年の言葉だ。


『スライア、非戦闘員はお前がまもれ。お前の力なら、きっと彼らを守ることができる』


 そう言って彼は自分にこの武器を預けた。いくらか数があるとはいえ、貴重に違いない大剣をこの腕に――他ならぬ剣を振るう者ソルデユルザの腕に委ねた。

 ならば、自分はそれに応えねばならない。

 矜恃きょうじなどと、気取った言葉は使うまい。

 これは、願いだ。あるいは祈りと言ってもいい。

 あるべき自分を実現せんとする、精一杯の抵抗。

 それは子供が語る夢のような、くだらない理想であるのかもしれない。

 だが――諦めることだけは、絶対にしたくない。

 少女は幹の分け目に立ち上がり、呼吸を整える。

 感じるのはわずかな緊張と、微熱のような高揚。

 戦陣にあってなお――否、戦陣にあるからこそ感じるたかぶりを胸に、彼女は剣を背に負った。

 一歩を踏み出し、小さく跳ねる。

 体重を太枝の先にかけた瞬間、大きく身体が沈み込んだ。しかし、落下はしない。

 力を貯め込んだ枝のしなりを利用して、少女は高く舞い上がる。

 風を全身に受けながら、空中で一回転。直下に標的の姿を視認する。

 位置も角度も申し分ない。重力に引かれ、加速度的に落ちてゆく。

 握りしめた剣を力の限りに振り下ろす。

 勢いの乗った刀身を、巨人の肩口へと叩きつけた。

 直後。


 ずるり、という軽い手応えと共に、片腕が両断された。


『ッ、――なんだ!? どこから……!?』


 人間の胴ほどもある神像の腕が容易たやすく斬り落とされる。乗り込んでいる貴族が驚きの声を上げるが、実のところ一番驚いているのは自分だった。

 これならばいける。

 着地と共に回頭。巨人を再度、視界に捉えた。


『な、姿が消えて……? いや、そこか――ッ!』


 だが、相手も愚かではない。布から出た腕や顔をめざとく捉え、反撃を繰り出してきた。こちらの胴を両断せんとする横薙ぎの一閃だ。

 死が極大の線となって迫り来る。

 しかし少女はじることなく、片手を地について大きく身をかがめた。

 相手の大剣は空を切ったかに思えたが――逃げ遅れた〈布〉が刃に掛かった。

 隠れみのが浅く裂ける。一拍を置いて風圧が布を吹き飛ばす。

 それらに構わず、彼女は一歩を踏み込んだ。


「――っ、ぜあぁぁぁッ!」


 勢いに任せて大剣を振るう。

 足首に触れた刃は先と同様の威力を発揮し、片足を失った神像はその場に膝を突く。


『なんだ、なんなのだ、貴様は……!』


 体勢を崩してなお、神像は自身の得物を振りかぶった。


『この、〈なり損ない〉風情ふぜいがァッ!』

「くぅ……ッ!」


 とっさに武器を背後へと放り、横っ飛びに転がる。振り落とされた鉄の塊が地面を大きく抉り、土くれがつぶてとなって全身を襲った。

 機動力は奪った。もう十分だ。とどめを刺す必要は無い。

 素早くたいを起こし、きびすを返して神像から遠ざかる。大剣の回収は諦めて距離を取った。

 敵の姿が見えなくなる程にまで離れてから、ようやく大きな息をつく。身体の芯が沸騰しそうなほどに熱かった。


「……次、は無理ね」


 避難所たる〈遺跡〉に向かいながら、少女は独りごちる。

 これは不意打ちだからこそ勝ち取り得た戦果で、〈布〉の力があっても相手が脅威であることに違いはなかった。紙一重の死線をくぐった結果だ。二度目があるとは限らない。

 左腰に吊った剣に触れる。硬く冷ややかな手触りを感じながら、彼女は走る速度を上げた。



   ●



 半亜人クオルタの少女が去った後。しばらくもがいていた群青色の神像は、やがて諦めたように〈座〉たる胴部を解放した。一人の男が怒りもあらわに這い出てくる。


「なぜだ! あり得ん、あり得てなるものか! たった一人の〈なり損ない〉に神像が敗れるなど、決してあってはならん話だ……!」


 小綺麗な身なりをした、一目で貴族とわかる男だ。


「――おうおう、情けねえこって」

「誰だっ!?」


 背後から声がかかり、驚いて振り向く。

 問われた相手は答えない。しかし、深緑色の外套をすっぽりとかぶった姿には見覚えがあった。


「……グラム様の雇った連中か。予定よりも進軍が早いな。……おい、貴様、私を後方まで護衛しろ」

「おっ、なんだこれ。……お? おぉ、こいつぁいい」


 命令にも反応を示すことなく、彼は捨て置かれた布を拾い上げた。


「すげえな。見えなくなるのか。こんなもんまでありやがるのかよ、〈遺産〉ってやつは。俺にも運が向いてきたらしいや」

「貴様、耳が悪いのか? 早く私の護衛につけと――」

「うるせえ」


 憤然と食ってかかった貴族の胸に、山刀が突き刺さる。


「言って……お? ふ?」


 何が起きたかわからないといった様子で、彼は自分の胸が迎え入れた刃を見下ろす。


「え? あ? どうして、私が、刺され……?」

「あ? なんだ? 心臓も血管も外れちまったか。悪運がつえーこって」


 拍子抜けしたような声。自分が刺した相手のことなど、まるで気にかけていない様子だった。


「き、貴様……何を、しているか、わかっているのか……?」

生憎あいにく、貴族サマのおりは仕事に入ってねえんだ。雇い主はあのジジイで、アンタじゃねぇ。守って欲しいなら、先に金を払っとくんだったな」

「……か、金か? 金なら、いくらでも払ってやる。私を無事に家まで送り届けたなら、この傷は不問にしてやろう。なんならその後、用心棒として雇ってやってもいい。貴様にとっても悪い話ではなかろう? なあ?」

「――ああ、その目だ」

「……え?」


 呆然と発せられた声。それが彼の最期の言葉となった。


「気にくわねえな、見下しやがって」


 肋骨に沿って山刀が滑る。肺と心臓、主要な血管を瞬時に引き裂かれ、乱雑にかき回された貴族の男は、苦痛に表情をゆがめる間もなく地に伏した。


「あのジジイも大概クソ貴族だったが、テメェよりゃマシだ」


 胸から血混じりの気泡を吐き出す貴族に対し、男は忌々しげに吐き捨てた。


「二度とそんな目で見るんじゃねえ。わかったか? ……ええ、おい?」


 問いかけるが、当然ながら答えはない。


「……はあ、勝手に死んでんじゃねえよ」


 興味をなくしたように貴族の死体から視線を切って、その男は〈布〉を羽織った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る