15 魔術師は教鞭を執り
人体――とりわけ脳というシステムに対する、一種の
生体との親和性を極限まで高めたこれらの製品は、概して『違和感の無い使用』を前提として開発されており――それ
脳波による操作を旨としている
「――要するに、必要なのは反復練習だ。古典的な方法だが、これが一番手っ取り早い」
〈宿木〉と面会した翌朝。同ドームの別区画。元は控室として使われていたらしい大部屋。
レイジの前には、フェムを含めた四人の少年少女が横一列に並んでいた。
その中の一人――金髪の少年が手を上げる。発言を促すまでもなく、彼は口を開いた。
「せんせー、反復練習ってなあに?」
間延びした話し方。唯一の男子であるリギィだ。
「繰り返し、同じことをする」
「うへえ」
「もちろん、補助はする。なかなか上達しないようであれば、だが」
追って伝えた内容に、リギィがさらに嫌そうな顔をする。
「それってさあ、つまり、できるまでやらせるってことだよねえ?」
「賢いな」
「別にこんなの使えなくたっていいよお」
「で、でも、そんなわけにもいかない、と思うな、リギィ。その……わたしたちも、将来は、狩りとか、しなくちゃ」
おどおどとした話し方でそう注意したのはフィニスだ。子供達の中でもひときわ小柄で、栗毛色の髪も相まって、どこかリスのようにも見える。
「フィニスの言う通りだ。それにこれは、お前達の
「でもさあ、そんなこと言っても、ずうっと同じことやるわけでしょ?」
「……訓練には、コイツを使う」
言いつつ、
ガシャガシャという音をたてて部屋に入ってきたのは、四足歩行の機械。
〈リトルドギー〉と呼ばれる
連れだって入ってきたのは、人数に合わせて四体だ。
『習熟させるなら、なにかしら
それを見たリギィが、目に見えて落ち着きをなくす。
「どうした?」
「こ、これ……? 練習って、良いのお?」
「……何かまずいのか?」
「先生」
そこで割って入ったのは幼い女声。平坦な話し方の少女――ルゥだ。感情が表に出づらい性質らしく、考えていることが読みにくい。
「これ、大人達が狩りで使う猟犬。私たちは絶対触らせてもらえなかった」
「そ……そう、です。わたしたちが近づこうとすると、父さんたちがいつも、怒るの」
「そういうことか。……まあ、〈
それを聞いたリギィの表情が明るくなる。
唯一フェムだけは、苦虫をかみつぶしたような顔で目をそらしていたが。
「それじゃ、始めるぞ。準備は良いな?」
「「「はい!」」」
フェム以外の三人が元気よく返事をする。
「……大丈夫なのです」
渋々といった様子でフェムがそう答えた。
いくら念話通信などが行えるとはいえ、彼らの
まずは口頭で感覚的な説明をして、問題が発生するようなら、別な手段を講じるという段階を踏むべきだろう。
「――はじめに通信の
四体の操作権を解除し、早速とりかからせる。
いさんで始めた三名に続く形で、フェムも操作を始めた。
●
前進・後退・回頭と続け、操作が難しいようであれば、イメージを適宜教えていく。
それでおおよそ問題は無かった。子供達の吸収力は高く、つたないながらもなんとか操作は行えていた。
――唯一、フェムを除いては、だが。
「で、だが」
レイジはフェムのそばに立ち、彼女が操作している〈リトルドギー〉へ視線を投げる。
フェムの動かす〈リトルドギー〉は、実にめちゃくちゃな動きをしていた。
首無しの犬が倒れ込んでは起き上がり、かと思えば跳ねるように転倒してのたうちまわる。不気味を通り越して、いっそ滑稽ですらあった。
正直、奇妙なダンスを踊っているようにしか見えない。
「なにをどうやったら、こんな動きになるんだ?」
「そそそ、そんなことを言われても、ですね……! これが精一杯なのです……!」
慌てたように答えるフェム。目をかたくつむって、なんとか操作しようとしているらしいが、依然として四つ足のブレイクダンスは続いていた。
〈リトルドギー〉は不整地走破能力に長けた運搬用の自走機だ。本来なら、歩行の操作だけで倒れ込んだりはしないはずだった。
おそらくは、同機が有する
こうなっては〈操作〉というより〈浸食〉だ。先ほどの『どうやったらこんな動きになるのか』という問いは、呆れでもなんでもなく、純粋に心の底から出てきた疑問だった。
《やべーのです、やべーのです。まったく上手いことやれねーのです》
漏れ聞こえてくる〈独り言〉を聞く限り、嘘をついているわけではなさそうだ。必死になって制御しようとしている。
《お、おお、落ち着きなさいフェム、この訓練は
評価を訂正する。まだまだ余裕がありそうだ。
「ひとまず、いったん通信を切れ」
指示に従って、フェムが通信を遮断する。それを受けた〈リトルドギー〉が身を起こし、待機状態に入る。
「きょ、今日はたまたま、調子が悪いだけ、なのです……」
身体を動かしてはいないはずなのに、何故か「ぜえはあ」と肩で息をしながらフェムは答えた。
「通信の強度は問題ない。他の奴よりも強いくらいだ。いや、むしろ――強すぎるのが問題か」
――あんな芸当は自分にも不可能だ。
動作制御系の基幹部にある自動重心補正へ介入するなど、多少の時間をかければ可能だろうが、その場でやれと言われても難しい。米国からの払い下げ品らしく所属は日本国軍となっていたが、それを差し引いても短時間で手は加えられない。
フェムの
どうあれ、自分のすることは変わらない。フェムがそれの扱いに難儀しているというなら、適切に扱えるよう教えるだけのことだ。
「……直接繋いで、どうやろうとしてるか感じたほうが早いな」
「非常に嫌な予感がするのですが……直接繋ぐ、っていうのはどういう意味なのですか?」
「簡単に言えば、お前がどうやって操作してるかを俺の脳で擬似的に再現するわけだが――そうだな、頭の中を覗くってのが一番
《絶対の絶対にお断りなのです》
即座に返答が来た。
「別に何もかも見るわけじゃない。お前がどうやって〈リトルドギー〉と
電子戦の教練でも使われる手だが、一般的には外科医師が患者の患部を特定するために用いる方が身近だろう。
エルフの持つ
一歩近寄ると、同時にフェムが一歩後ずさる。
「や、やめるのです。冗談じゃねーのです。……も、もしや嫌がる相手に興奮する
「
言いつつ、一足に接近して肩を掴んだ。
「うひぃ!? い、今すぐ離すのです! わたしの耳にできた組織は――」
わめくのを無視して、レイジはコマンドを実行する。
その瞬間、五感が消失した。
しかしそれも一瞬のことで、すぐさま視覚を初めとした感覚が復帰しはじめる。
ただし、見えたのは自分自身の顔だ。
――成功だ。
レイジは心の中で薄く笑んだ。もちろん、実際の身体は笑みなど浮かべはしなかったのだが。
自分の顔が見える――つまり、フェムと同調している状態だ。
(ひとまず
共有を行ったのは。視覚と、一部の触覚、それに
だが――そこに誤算が一つ。
(急に黙り込んだ……って、もしかしてこれ、既に繋がれてるのです!?)
――フェムの思考が、流入してきていた。
(
(しまった――引きずり込まれる!)
滅多に起きない事例だが――
(軍仕様の
最悪の場合、フェムと意識が同化する可能性もある。旧時代ならともかく、この時代に
即座に
しかし、相当強い結合が起こっているのか、容易には解除ができない。
(解けない!? このままじゃ、まず――)
焦りを感じるよりも早く、さらなる意識が流入してくる。
自他の境界が曖昧になり、意識が塗りつぶされていく。
抵抗もむなしく、やがてレイジの意識は完全に呑まれた。
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