20 少年は蒼き神と成り


 軍属となることを志したのは、母の死因を聞かされたからだ。


 自分は母の顔を直接知らない。それを覚えるよりも早く、その人は逝ってしまった。

 かつて父が語ったところによると、母は事故で死んだのだという。自分を伴って買い物に出かけた帰り、さして危険も無いはずの道路で乗用車の起こした事故に巻き込まれたのだと。

 幼い自分を庇って死したその女性は、紛れもない自分の母で。

 それでも彼女の記憶をほとんど持たない自分は、わずかに残る記録か、あるいは伝聞でしかそれを知ることができなかった。


 ――喪われた者は、二度と帰ってくることはない。


 そんな単純で残酷な真理を、自分は幼い頃からずっと痛感してきた。

 漠然と『この国を守ろう』と決めたのは、なにも命を賭して自分を守った母の遺志を継ごうとしたからではない。

 近しい者の喪失――本来あるべき存在の欠如という、空虚な穴。

 それによって生まれる痛みを、もうこれ以上抱きたくなかったというだけの話だ。

 確かに『人を守る仕事』というだけならば、軍に限らずいくらでもあった。

 だが、敢えて軍属の道を選んだ。

 それは『守れるもの』の範囲が最も大きいと感じたからである。家族や友人のみならず、国という極めて大きなものを守る組織の一端となることで、自分の中にある穴を埋めようとしていたのだ。

 あまりに自分は『失うこと』を恐れている。恐れすぎるほどに恐れている。


 そんな臆病さに気付いてしまったのは、きっと――



   ●



 出入り口のシャッターを強引に蹴り破り、暴れ回る〈御劔ミツルギ〉の元へと急行する。

 火器で遠方から仕留めることも考えたのだが――依然として周囲で生身の人間が逃げ回っている。下手を打てば流れ弾で被害が出る危険があった。


『貴公……どこの所領貴族だ!? 名を名乗れ!』


 こちらの接近に気付いた〈御劔ミツルギ〉の搭乗者パイロットが外部スピーカーを介して呼びかけてくる。侍のような格好の機体が西洋風の剣を握る姿はどこか滑稽こっけいでもあったが――この状況ではまるで笑えなかった。


「貴族? ……俺は、帝国の人間じゃない」


 移動の足を緩めることなく答える。


『なんだと? ……〈小国連合〉にも、神像を操ることのできる魔術師ウィザードがいたというのか』

「いいや、違うね。……俺は、お前たちが探してる男だ」

『なに? ……貴様、まさか!』


 剣を構えた敵機がこちらに向かって地を蹴る。

 だが、既にレイジは行動を開始していた。


 左腕さわん三十ミリ短多砲身機関ガトリング砲を選択する。皮質回路デカールと連動した射撃管制装置FCSが前方の機影を敵として判断。大剣を振りかぶって迫り来る機体を半自動補足し、照準を固定ターゲットロック


「――喰らえ!」


 親指でトリガースイッチを押し込むや否や、計六門の砲身が猛然と回転を開始する。

 一秒弱の予備回転スピンアップを終えた瞬間に砲口が火を噴き、毎分三千発の速度で連射される数多あまた高速HV徹甲AP弾が敵の装甲を易々と食い破る。


 ――そのはずだった。


「…………なんだ? どうして弾が出ない!?」


 敵に向けて突き出された砲口からは、一発たりとも弾丸が発射されていなかった。虚しく回転を続ける砲に対し、相手は回避のそぶりを見せるでもなく肉薄する。


『そのような飾りを見せつけたところで、我が剣は怯まぬ!』

「おいおい、嘘だろ!?」


 即座に左腕砲の射撃シークエンスを終了しつつ機体の足を止める。がりがりと地面を削りながら速度を緩め、固定兵装である側頭部液体装薬式一二・七ミリ機銃での迎撃を試みる。しかしこちらも動作しなかった。

 敵機が目前にまで迫る。


「こっちもか――ぐぅっ!?」


 振り下ろされる大剣をすんでのところで左腕の砲身保護用外装で受け止めた。

 火花が舞い、衝撃が身体を揺らす。

 自動重心補正オートバランサが働いたおかげで倒れ込むことは避けられたが、攻撃を受けたこちらの機体は一歩後ずさった。

 どうやらかなり強度の高い剣であるらしく、一二〇ミリの厚さを有する外装が斬り破られ、砲内部の駆動機構にまで刀身が食い込んでいた。

 この斬撃が搭乗席コクピットに落とされていたらと想像して、戦慄を覚える。


「こ、の……っ!」


 恐怖を振り払うようにレイジは〈蒼雷〉の左腕を跳ね上げ、相手の巨剣を押し返す。体勢を崩しかけた敵にすかさずショルダータックルを見舞った。


『ぐあぁっ!?』

「ぐっ……!」


 接触の瞬間、先ほど以上の揺れが搭乗席ごとレイジを襲う。体当たりを喰らった〈御劔〉が十メートルほど吹き飛び、重心補正の限界を超えた機体が仰向けに転倒した。


「どこだ。……どこに問題がある?」


 少しの余裕が出来、すぐさま火器が動作しなかった原因を解明しにかかった。この距離だ、砲さえ発射すれば容易に敵を撃破できる。

 搭乗席コクピットの内壁から独立した小型副画面サイドスクリーンに機体と火器の状態を簡易表示させる。並行して主要兵装の詳細情報を電子拡張された視界へと順に表示させ、それぞれ精査する。

 左腕砲、側頭部機銃ともに射撃管制装置は正常に動作していた。弾薬も上限まで装填されている。内部に損傷を受けた左腕砲はともかく、機銃の駆動機構に異常はない。もう一度試してみたが、結果は同じだった。


 となれば、考えられるのは――


「火薬の劣化か……!」


 歩行戦車の自己保全機能はあくまで素体の駆動に必要な機構を点検・修復するだけであり、兵装に関しては別途にメンテナンスの必要がある。

 正確な時間はわからないとはいえ、数百年以上の時間が経過しているのだ。弾丸を撃ち出すのに不可欠な装薬が使い物にならなくなっていてもおかしくはない。


『ふん。……当て身とは少々不意を突かれたが、その程度ではな!』


 そうこうしている内に前方の〈御劔〉が起き上がった。体当たりによるダメージはほとんど与えられなかったらしく、なんら不自由ない様子で再び剣を構える。


「ちっ。悠長に構えてもいられないな」


 小さく舌打ちを一つ。動作しなくなった砲を外装や弾帯ベルトごと切り離して足下に落とした。

 近距離ならば歩行戦車の前面装甲程度なら貫くことのできる武器だが、弾を撃てないのでは単なる足枷あしかせにしかならない。こと機動力が求められる近距離戦闘において、余分な重量デッドウェイトは切り捨てた方が良かった。


「銃砲類が無理となると、使える武器は……これだけか」


 使用可能な兵装は腰部に格納されている汎用高硬度ナイフのみ。ナイフといっても刃渡りはレイジの半身ほどもあり、生身の人間がまともに扱うには少々大きすぎる代物だ。

 眼前の機体は大仰とも取れる動作で剣を正眼に持ち直し、語りかけてくる。


『構えよ。貴様が何処の誰かは知らぬ。いかな理由であれ、神のしもべたる我らに盾突くのであれば容赦はせぬ。我と我が剣をもって貴様を屠るのみだ』

「ああクソッ、戦術もなにもあったもんじゃないな! 歩行戦車ヒトガタ同士の格闘訓練なんて、ほとんど無視されてたってのに……ッ!」


 自棄やけぎみに吐き捨てながら機体にナイフを構えさせる。

 これは近接格闘にも使用できる耐久性を持ち合わせてはいるものの、戦闘での重要性は軽視されがちである。そもそも、よほど入り組んだ市街での戦闘でもない限り、刃物を振り回す戦いなど起こりようもないのだから。


『神聖センテルリア帝国、サルフェニレイ・アルグ・インベスタリス。――参る!』


 敵機は得物を振り上げながらこちらへ踏み込んできた。

 ――動きが重い。剣を振り下ろす軌道も直線的で容易に予想がつく。


「お前に教えるような名前は無い!」


 最低限の動作で初閃を避けつつ、剣の腹を左手で裏拳気味にはじき飛ばす。その隙に搭乗席コクピットを狙ってナイフを突き出すが――剣の重量に振り回されて敵機がよろめき、そのために照準がずれた。

 刃は敵機の左肩に突き刺さった。

 バチバチと音を立てながら漏電し、肩口から火花が舞う。


『ぐ、……なかなかやる。だがッ!』


 使い物にならなくなった左腕にも構わず、相手は残る右腕で次閃を放とうとする。装甲にめり込んだナイフを抜き、そのまま防御に使う。

 つばぜり合いのような形で押し合いながら、二体の巨人は至近距離で相対した。


『貴様とて真人ヒュマネスであろう! なぜ穢らわしい〈混じり物〉にくみする!?』

「最初っから、全部、間違ってるんだよ……!」


 世界の実情を、自分はまだ知らない。だが、否、だからこそ、ここ数日で見聞きした体験は自分にとっての紛れもない現実リアルだった。


「人だとか、人じゃないとか。生き物として上等だとか、下等だとか。……そんなくだらないことで、一体どれだけの人間が苦しんでると思ってやがる!」


 謂われ無き罪で人々が迫害され、そのせいで苦しみを負う者が多く存在するという現状を、事実を。他でもない自分が目にしてきたのだ。


 職を得られずに犯罪と知りながら盗掘をするしかない少女がいる。

 隔離された居住区で飢えに苦しみながらうずくまる人々がいる。

 一人で夜を明かしながら、決して帰らぬ母を待ち続ける幼子がいる。


 それらはすべて、真人などというくだらない幻想によって生み出された悲劇だ。


「俺が正しいって確証はない。だが、こうも多くの人が苦しんでるのなら……少なくともお前たちは正義じゃない!」


 叫び、膝蹴りで相手を突き放す。敵機が破れかぶれに振り下ろした巨剣は、しかしこちらに届かなかった。

〈蒼雷〉が地面を踏み砕き、飛びかかる。相手へ馬乗りになる形で自由を奪うと、敵機が抵抗するのも構わず胸部へとナイフを突き立てた。

 根本まで沈み込んだナイフを眺めながら、レイジは知らず知らずのうちに自身の息が荒くなっていることに気付いた。肺腑はいふに残る空気を深く吐き出して、どうにか呼吸を整える。

 人を殺すのはこれが初めてだ。そういった感傷を制御するための訓練を受けてはいたものの、やはりうすら寒い感情が胸の底をよぎってしまう。


 だが、それを嘆く暇などはない。


 建物が崩壊するような鈍く重い音と震動が、センサーを介してこちらに伝わる。他にいた敵の機体が暴れているのだろう。


「……の作り出した力を、我が物顔で振るいやがって」


 忌々しげに吐き捨てると、レイジは倒れ伏した〈御劔ミツルギ〉を顧みることなく、レーダーに映る敵機の方へと機体を進ませた。


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