(2)


 *


「……へ?」

「思い出したんですが、接吻をしたとは言っても頬でしたよね?」

「!!」


 ば、バレた……。

 まあ、本人相手だし、バレルのは時間の問題かもしれないと思ってはいたけれど。

 ううー、やっぱばれてたか……。

 どうしよう、龍之介さんを直視できない。


「ああ、気にしないでください。僕は、むしろお礼を言いたいぐらいですから」

「は?」


 私は耳を疑った。


「なぜ? って顔をしていますね。実は僕、女性と交際とか、興味ないんですよ」

「はいー?」


 え、まさかあれですか。

 男性の方が好きとかですか……?


「ああ、そうじゃないです。普通に交際するとか、めんどくさいのが嫌なんです。まだ結婚するつもりもないですし」

「あの……私が言えることじゃないですけど、その年齢でそう言う考えは後で後悔すると思います」


 私は言いづらそうに、しかし言わずにはいられなかったので助言する。

 しかし彼は意に介していない様子で笑う。


「だって、僕は女性と結婚する気、ないですから」

「な、なんと!」

「これでも、実は文さんに弟子入りした身なんですよ。だから、文さんが身を固めない限りは、僕も身を固めません」


 話についていけません。

 え、そもそも居候って、そう言う意味だったんですか。


「はい」


 そうですか……。


 *


「で、今回のこと。お礼を言いたいというのは実は、交際らしいことはしないけど、交際中だと公言しておいてほしいのです」

「え?」


 私は首を傾げる。

 つまり、恋人らしいことはしないけど、恋人ですって、文さんたちには言っておく、ってこと?


「はい。そうして置けば緑川さんからの猛烈アピールが少しは収まるでしょうし、文さんも年中「恋人作れ」とは言わなくなるでしょうし」

「それって……」


 ありなの? え、私はどうなるの?


「え? だって、蘭丸のことが好きなんでしょう? どうぞ、お付き合いしてください。折を見て僕から文さんに破局しましたとお伝えしますから」

「え……え……?」

「まあ、いきなりのことですし、びっくりしてますよね。では、一日猶予を出しますので、ゆっくり考えてみてください。僕は寝ています……から……」

「ちょ、ちょっと……」


 私が四の五の言う前に彼は布団に入ってすーすーと寝息を立て始めてしまった。

 えっと……。


「し、失礼します」

「またねー……むにゃ」


 龍之介さんの寝顔は愛らしかった。

 けれどひどく冷たいものに思えて仕方がなかった。


 *


「ぬ。早かったではないかめぐみ。てっきり龍之介殿ときゃっきゃうふふをしてくるのだとばっかり……」

「言わないで……」


 家に帰ればかっぽう着姿の蘭丸がそこにはいた。

 文さんの家に出入り禁止になったため、九太郎と変わってこちらの家にいるらしい。


「じゃあ、九太郎が文さんの家の給仕を?」

「らしいな。ちなみに文さんの伝言だと、ここに置いておきたくなければ緑川の家に置いても良いとのこと……」

「ここにいてここにいてー! ってか、聞いてよ蘭丸ーっ!」


 私はもう耐えることができず、龍之介さんとのあれやこれを洗いざらい吐き出した。


 涙と鼻水と共に。

 有耶無耶としたものをすべて吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る