(2)



 *


 しばらく興奮冷めやらぬ私だったが、蘭丸は辛抱強くなだめてくれた。

 そして水を一杯運んでくれ、それを飲むことでようやく落ち着くことができたのだった。


「私、また盛られたの?」

「ああ、マカロンの。どうやらそうらしい。チョコレートは文さんも私も食べませんから、龍之介さんあるいはめぐみを狙ったと思って相違ないでしょう」

「え、チョコレート食べないの? 二人とも」


 私は再び狙われたということより、文さんも蘭丸もチョコレートを食べないことの方に関心が向いた。


「ええ。文さんは一応猫ですから、チョコレートが食べられません。私も狐の種族ですから、同じく」

「な、なるほど……そして緑川ボイン嬢はそれで龍之介さんあるいは私に狙いを定めてチョコレートに仕込んだのね……」

「そう思われます」


 うんうんと頷く蘭丸。いつの間にか尻尾は隠されていた。

 触り心地良いんだけどな。猫みたいで。


「しかし、すると緑川さんには気を付けた方が良いみたいですね。特にめぐみは」

「うぐぐ」


 私はだんだん戻ってくる記憶に憤怒の色を隠せない。

 あいつぅ、一度ならず二度までも私を眠らせて。


「まあまあ。そうだ、晩御飯がまだでしたねえ。用意しましょう」


 そう言って蘭丸は立ち上がる。


「ありがと――あれ」


 そこで私は遅ればせながら気づく。


「……九太郎は?」

「ああ。なんでも親戚におめでたがいて、出産間近らしく男衆総出で祝うらしいのです。それに出席ゆえ、しばらくお暇をと」

「なんと!」


 私の毎食はどうなるのだ!

 洗濯は……?

 掃除は……?


「心配いりません。私がその間、お手伝いさせていただきますので」

「え、本当?」


 嬉しさのあまり思わず声が上ずる。


「あれ? めぐみは私がいてくれて嬉しいのでしょうか?」

「そ、そんなことなーいよー」


 とっさにでろんとした笑顔で否定する。

 否定できていないことを自覚しながら、緩む笑顔が止まらないのだ。


(九太郎もイケメンだけどさ。蘭丸と違うんだよね。蘭丸は……こう……)


「では、作ってくる。まだ薬が抜けていないだろうから、まだここにいればいい」


 そう言って彼は私の頭をよしよし、と撫でてから部屋を出た。


(蘭丸は、そう! 私への接し方がキュンキュンなのー!)


 思わず布団の上でのたうち回る。


(龍之介さんとはあまりお近づきになれてなかったけど、その分、蘭丸と仲良くなれて嬉しいな)


 それからまだしばらくは頬が緩みっぱなしだった。


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