(4)



 *


 そして流れ流され気づけば銭湯に来ていた。

 なぜだ。

 私は文さんに会って、彼を私の仲間にして龍之介さんと懇意になろうという作戦があったのに。

 それが朝食の時に閃いた作戦だったのに。


 そのためだけに我が家秘蔵(という名の買い置き)お菓子を奉納しようと持ってきたというのに。


 それがなぜ、銭湯に来ているのだろう。

 手拭いも持ってきてないのに。


「まずさっぱりしたいんだにゃ。話はそのあとにゃ」


「はあ。約束ですよ?」


「にゃにゃ、約束は違えないにゃ」


 その言葉に頷いて私も銭湯に入った。


 番頭さんに小銭を渡し、タオルなどを借りる。

 そして風呂に向かった。


 誰もいなかった。


 とりあえず積まれていた桶の一つを手に取り身体をざっと洗う。

 そして風呂にざっぱーん。


「うああああ」


 家より熱い湯が身体にしみていく。

 痛い、とかではなく、熱さで癒されていくのを肌で感じているのだ。


「あー、極楽だあ」


 富士の絵の壁に寄りかかりながら深いため息をついた。


「にゃは、おっさん臭い声だにゃ」

「うぐっ」


 すると向こう側から文さんの声が聞こえてきた。


「そっちも一人なのか?」

「そっちも……って、じゃあ文さんも一人?」

「そうにゃ。この時間は穴場なのにゃ」


 にゃはっと笑う文さんはいつもと変わらない。


「ねえ、文さん」

「なんだにゃ」

「一つお願いがあるんだけど」

「龍之介と緑川姫香以外のことなら協力してやるにゃ」


 やっぱり見抜かれていたか。

 私は苦笑いを浮かべる。

 まあ、文さんには見られていないわけだけど。


「ち、違うよ文さん」


 私はそう言って、用意していた別の話題を切り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る