scene4 九字の印


 

 士郎が黒田とともに赤塚信用金庫を訪れたのは、その翌日の放課後である。その日は古武研の活動もないし、妖怪の反応もない。生徒会長の井出ちゃんから、「前回の防犯訓練の写真ができたから、取りに来てくれって連絡があったわ。あと、なにか記念品もくれるらしいわよ」と教えられ、のこのこ二人して連れ立ってきた次第だ。

 赤塚信用金庫は、赤塚駅のロータリーの外れにある。立地としては、ちょっと開けた住宅街の中に、ぽんと置いたようなプラットホームが二つあって、それらを古びた陸橋がつないでいる。ロータリーのある北口は、線路沿いにバス通りが走り、北へ向かってゆるやかな下り坂になっている。赤塚駅は高架ではないため、駅のホームと地面は高さが近く、ホームから見渡すと、ロータリーに並ぶ店舗の様子が内部までよく分かる。逆に、店舗の中からも、電車の到着が手に取るように見えて、これはこれで便利なのかもしれない。もっとも、士郎も黒田も、学校からは自転車で来たから赤塚駅に用はないのだが。

 入口わきの駐輪スペースに自転車を置いて、士郎たちは信用金庫のガラスの自動扉をくぐった。空調の効いた行内に入り、士郎が最初に目を向けたのは、待合室の長椅子に腰掛けた二十歳くらいの女性だった。

 その人は、黒髪を肩まで伸ばし、目は大きく黒目勝ち、小さい丸鼻に大きめの口が、なんか派手な顔立ちの美人なのに、化粧気がなく地味な印象だった。そしてなぜかゴスロリ風の黒い衣装。なんか変な人だなと士郎が思ったのは、信用金庫の待合室なのに、カウンターではなく出入り口の方を向いて座っていたからだ。一瞬士郎と目があった彼女は、かすかに微笑む。士郎もぎこちなく微笑みかえしたが、すぐに視線をそらせてカウンターの方へ向かった。一番端のコーナーに、前回の防犯訓練のときにお世話になった青木さんという色白美人のお姉さんがいたからだ。うーん、おしい。青木さん。うちの高校の生徒なら、絶対ブゲイジャーのブルーにスカウトするところなのだが。

 黒田と二人して近づいていくと、こちらに気づいた青木さんがにっこり微笑んで手をあげる。が、その笑顔が唐突に引き攣った。おや?と思った士郎が、青木さんの視線を追って、背後の入口を振り返ると、緑色の迷彩服に黒い目出し帽で顔を隠した男たちが、胸の前で銃を構えながら、駆け込んでくるところだった。

 男たち、女も混じっているかもしれないが、とにかく彼らが手にしているのは、特殊部隊が持つような短機関銃で、それを慣れた様子で腰だめに構えながら、あらかじめ入念なリハーサルでもしたみたいに正確な動きで彼らは赤塚信用金庫の待合室で配置についた。

 二人が素早くカウンターごしに銃を突き付けて行員たちに「動くな、両手をあげてその場で立ちあがれ」と命じると同時に、残りの三人は待合室にいる客たちを銃で威嚇して「静かにしろ、その場から動かなければ危害は加えない」と恫喝する。カウンターの中で、だれかが「きゃあぁー!」という悲鳴をあげた。逆に待合室の客たちは硬直してしまい声も出ない。

 ぎ、銀行強盗? 士郎が唖然としているその横で、黒田武史が大声で叫んだ。

「士魂注入! 剣豪ぅ、チェェェンジッ!」

「わ、バカよせ」

 止める間もありゃしない。ツバチェンジャーを取り出した黒田は、士郎の隣で躊躇なく剣豪チェンジをぶちかましてくれた。

「え、ええええっ!」

 士郎の驚きを無視して、黒いつむじ風をまとった黒田の身体がカウンターを踏み台に跳躍し、度胆を抜かれて立ち尽くす迷彩服の男のサブマシンガンを蹴り飛ばす。そのままその場でブラックジュウベエの黒いスーツが回転して、見事な旋風脚で目出し帽の頭に蹴りが決まる。男はそのまま気を失い、ばったりと倒れて消滅した。

「は?」

 いまそこに居たはずの男の姿がない。かわりに一枚の白い紙切れがひらひらと舞っている。

「なに?」ブラックジュウベエは腰のブゲイソードに手をかけて、次の男に斬りかかりかけていたが、異変に気づいて動きを止める。

「おやおや、こんなところに剣豪戦隊がお出ましとはね。噂以上に勤勉だにぃー、ブゲイジャーは」

 士郎は、入口を振り返る。そこには、いま入ってきたばかりとおぼしき異様な風体の男がたっていた。

 背が異様に高い。二メートルちかい身長があるのではないか? 肩幅も異様にある。他の強盗どもとおなじジャングルパターンの迷彩服を着込んでいるようだが、上半身を厚手の黒いマントですっぽり覆い、頭からは目の粗い麻袋のようなフードをかぶって顔をかくしていた。銃は持っていない。

「きさま、何者だ」ブラックジュウベエが低い声で誰何する。「なぜ剣豪戦隊の存在を知っている」

 黒田のやつ、こんなところで思いっきり剣豪チェンジしておいて何言いやがる、とは思ったが、なにやら危険な予感に打たれた士郎は、ポケットから取り出しかけたツバチェンジャーをそっとしまい、ゆっくりと後退した。

「おれ様かぁ?」魁偉な男は、くくくと喉の奥で笑うと、唐突に黒いマントと麻のフードを振り払った。払われた布の中から、異様な緑色の身体が現れる。人間ではなかった。妖怪だ。「おれの名は、アミキリ。上級妖怪アミキリだにぃー」

 異様に細い体幹。有り得ないくらい長い首にのった、タツノオトシゴに似た頭部。赤い昆虫のような眼。髭のような触覚が鼻先から伸び、口はワニのようだ。全身がへびの鱗に覆われ、甲殻類のごとく細い腕が三対、計六本体側から生えている。そしてその六本の腕ひとつひとつに、細い鎌のような刀剣がにぎられていた。長めの脇差といったサイズの、逆反りの刀だ。

 行員と客たちの全員が、ざっと音を立てて引くのがわかる。そりゃそーだ。なにせ、妖怪。不気味の境界線を越えた、人間としては有り得ないフォルムをもつ化け物が、身長二メートルの巨体で信用金庫の待合室に立っているのだ。しかもアミキリ? アミキリってあの、小エビみたいな妖怪か? 実物はこんなに巨大なのか? しかも流暢に日本語を喋る。そして上級妖怪なのか。

「おのれ、妖怪」ジュウベエはグラブに包まれた指でアミキリをさした。「成敗してくれる」

「言うか、小童こわっぱ」アミキリは三対の腕を開くと、細い体幹をひねって、右手に持った三本の刃を縦に薙ぎ、ついで左手に持った三本の刃で横に薙ぐ。アミキリの手前の空間に、銀色に光る刃の光跡が残っている。「くらえ、妖怪奥義『九字の印』!」

 縦三本横三本で描かれた光の桝目が、ミサイルポッドが放たれたように、二十数枚の細かい刃となってブラックジュウベエに襲い掛かる。

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