第80話 泰山! 少女と獣が往く仙人の山 (Bパート)

 結局、四人揃って寺の外へ出る。

「本当にやるの?」

「ああ」

 かなみは訊くとヨロズは意気揚々と答える。

 正直乗り気ではない。

 そもそも戦いにきたわけじゃないのだ。

 煌黄がこの世界の仙人に会いたいというから、一緒について来させられただけなのだ。それは仙人がどんな存在なのか興味が無かったわけじゃないけど。

 それがヨロズと戦うことになるなんて冗談じゃない。

「大体、なんであんたがここにいるのよ?」

 かなみはヨロズに問いかけてまだ答えてもらっていない問いかけを再びする。

 仙人と怪人。

 敵対しているものだとばかり勝手に思っていた。悠亀とヨロズからそんな敵対している感じはしない。むしろ従順な感じさえする。

 一体何があってそうなったのだろうか。

「俺と戦えばわかる」

 その問いかけに対してヨロズは答える。

 どうしてわかるのか。までは聞かない。なんとなくだけど、ヨロズはこれ以上何も言わないと思う。

 戦えばわかる。知りたければ戦え。

 だったら、戦うしかない。

「マジカルワーク!」

 覚悟を決めて、かなみは魔法少女へ変身する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 お馴染みの変身口上を決める。

「可憐で煌びやかじゃ、何度みてもいいものじゃ」

「我は初めてみるが、なるほどあやつが見込むのも頷ける」

「あやつとはあるみちゃんのことか?」

「左様。しかし、まだ人の域を出ておらんな。ヨロズと戦って勝てるかどうか」

「なあに、それならばあやつは十分戦えるよ。

――しかし、何故この場で戦わせる?」

「見極めておきたいからだ」

 悠亀はそう言うと、バァンと爆発がする。

「存分にやるがよいぞ。ここなら人里に迷惑はかからんし、万一のために結界も張ってある」

「至れり尽くせりじゃな」

 煌黄は感心する。


バァン! バァン! バァン!


 カナミの放つ魔法弾をヨロズは片っ端からはたき落とす。

「やっぱりあれぐらいじゃ目くらましにもならない」

「大砲でも撃ったら?」

 マニィが提案する。

「そうね」

 カナミは同意する。

「神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 ステッキを即座に砲弾を撃ち放つ。


バァァァァァァン!!


「ぬうううう!!」

 ヨロズはこれを両手で受け止める。

「――!?」

「があああああああ!!」

 ヨロズは裂帛の雄叫びで神殺砲の砲弾を弾く。

「く……!」

「もっと撃ち込んでこい。さもなければ!」

 ヨロズは一足飛びでカナミとの距離を詰める。

 熊のような剛腕がカナミへ襲い掛かる。

「わわ!?」

 間一髪これを避ける。

 しかし、ヘビの尻尾がかなみの腕を掴む。

「そう何度も捕まらないわよ!」

 カナミはステッキを引き抜いてその刃でしっぽを斬り捨てる。


キィィィィィン!


 しかし、ステッキの刃はしっぽに弾かれる。

 硬い金属に当たったみたいだ。このヘビのしっぽの鱗が金属質なのか。

「なんで!?」

「これが俺のカラダだからだ」

 ヨロズはそう答えて、カナミを投げ飛ばす。

 飛ばされたカナミは自分に空を飛ぶ羽根がないことを恨めしく思いつつ、木に叩きつけられる。

「がはあ!!」

「さあ、来るのだ。このままでは妖精の、オプスのチカラを使うまでもない」

「オプス……!」

 カナミは、ヨロズの肩に乗るオプスを見る。

 リュミィとオプスが生まれたばかりの頃、萌実がヨロズに戦いを挑んだ。その時に、オプスはヨロズに力を貸してあっさりと萌実を倒してしまった。

 あの時見えた圧倒的なパワーとスピードの片鱗を思い出すと寒気が走る。

 今の自分はもちろんのこと、リュミィの妖精のチカラを借りたとしても勝てないかもしれない。

 しかし、ヨロズはその妖精のチカラを使おうとしない。


――侮られている。


 妖精のチカラがなくても、自分は勝てる。

 そう思われていると感じると、ステッキを握る手にチカラが籠る。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 カナミは鈴を飛ばす。


バァン! バァン! バァン!


 魔法弾が雨のようにヨロズへ降り注ぐ。

「ヨロズはここへ来て学びたいと言ってきおった」

 悠亀は煌黄へ言う。

「妖精のチカラを扱う術をな」

「あの黒い妖精か。カナミの妖精と対になっておるな」

「同じ刻、同じ場所に生まれたからな。人間で言うなら双子のようなものだ」

「なるほど。どおりでよく似ておる。しかし性質はまるで違うな」

「ゆえに戦うんじゃ。両者の違いを認識させるために」

「なるほどなるほど、それは見ものじゃ」

 煌黄は嬉々として戦いを見つめる。


バァン! バァン! バァン!


 鈴から降り注がれる魔法弾でヨロズは身動きがとれなかった。

 魔法弾では有効打にはならないものの、巻き上がる粉塵で目を塞がれ、無数の魔法弾によって魔力の察知もままならない。

「仕掛けてくるか……この好機に?」

 ヨロズは機を伺っているであろうカナミへ問いかけるように呟く。

「神殺砲! 三連弾!!」

 魔法弾の雨が鳴り止む。

 大砲を構えるカナミの姿が正面に見えた。


――かわせないか!


 そう直感したヨロズは受け止める態勢を即座に作る。

「イノ! シカ! チョウ!」

 掛け声に合わせて、砲弾が三発放たされる。


バァァァァァン!!


 まずは一発目。

「ぬうううううう! がああああ!!」

 先程と同じように剛腕で弾き飛ばす。


バァァァァァン!!


 しかし、二発目はそうはいかなかった。

 身体で受け止める。

「ぐごおおおおおおおお!!」

 砲弾を受け止め、吹っ飛ばされないように足を踏ん張らせる。


バァァァァァン!!


 そこからやってくる三発目がヨロズが踏ん張っている地面ごとえぐって吹き飛ばす。

「ホホホ、やるわい」

「うむ、好敵手と呼んでいたからのう。好勝負を演じてもらわねばな」

「ホホホ、見応えがあっていいわい。

――それに、勝負はここからが本番のようじゃしな」

 煌黄は煌めかせて、戦いを見つめる。

 神殺砲で巻き上がった爆煙が綺麗に吹き飛ぶ。

「オプス!」

 ヨロズはオプスと同じ黒い羽を生やして立ち上がる。

 その黒い羽から放たれる強大な魔力にカナミは圧せられる。

 こうして目の当たりにするのは三度目だけど、直接相対するのはこれが初めてだ。

 しかし、こうしてその威圧感を向けられることでカナミの直感はこう告げる。

 やっぱり勝てない。

 さっきまで戦っていたヨロズも十分に勝てないかもしれないと認識できる強敵であった。しかし、あの妖精のチカラを得たヨロズは別格といっていい。

 この前、別世界のヘヴルと戦った時よりもより強い重圧感を感じる。

「リュミィ!」

 カナミはリュミィへ呼びかける。

 平時何度呼びかけても自分を呼ぶ声が聞き取れなかった。

 だけど、今なら聞こえるはず。

 オプスのチカラを宿したヨロズと相対している今、この状況なら聞こえるはず!

『カナミ!』

 聞こえた!

 それなら、チカラを貸してもらえるはずだ。

「あなたのチカラを貸して!」

『うん!』

 リュミィは快く応じて光の粒子となり、カナミを包み込む。

「フェアリーフェザー!」

 妖精の羽が生えて飛翔する。

 人に羽は無い。しかし、この羽は生まれた時から生えていたかのように自分を空へと舞い上げてくれる。

「おおぉぉぉッ!!」

 ヨロズは雄叫びを上げて、飛翔する。

「――!」

 カナミは旋回して、ヨロズから距離をとる。

 あの黒い羽を生やしたヨロズに捕まったら一巻の終わりだ。

 なんとしても距離をとらなければ!

「――遅い!」

 ヨロズは追いついてきた。

 妖精の羽による飛翔速度はヨロズが一枚上手だ。

 追いつかれる。そう思った瞬間に神殺砲を撃つ。

「ボーナスキャノン!」

 カナミは撃つ。

 ヨロズは飛び上がってボーナスキャノンをかわす。

「もう一発!」

 リュミィのチカラ――フェアリーフェザーが神殺砲での連射を可能にしている。

 大気中にある魔力の素を無理矢理吸い上げてくれるので、即座に魔力の充填が完了する。


バァァァァァン!!


 見事、ヨロズに命中する。

 花火のような轟音を空中で鳴り響く。

「……ぜんぜん、こたえてない」

 カナミは忌々しげに、爆煙の中から姿を現わすヨロズを見つめる。

 神殺砲が直撃したというのに、ダメージを負った様子が一切無い。オプスによる妖精の羽はそれほどまでのチカラを与えているというのか。

「リュミィ……あのチカラはなに?」

『オプスがチカラを引き上げている。多分限界以上に』

「限界以上……」

 ただでさえ強いヨロズの限界以上のチカラというと、自分よりも遥かに強く最高役員十二席にも届いてもおかしくない。

 あのあるみとも互角に戦えるかもしれない。

 そう考えると自分には到底かなわないような気がしてくる。

『カナミ、私達も!』

 そんな心をリュミィが鼓舞してくれる。

 今は一心同体といえる状態なのだから、お互いの気持ちが手に取るようにわかるのだろう。

 それだけにリュミィの気持ちも伝わってくる。

 カナミに負けて欲しくない。一緒に勝ちたい。

 その気持ちを感じていると自分まで同じ気持ちになってくる。

『カナミ、チカラを!』

「ええ!!」

 カナミはステッキを掲げる。

 指先、足先からどんどんチカラがしみ込んでくる。

 身体に魔力が入り込んできて、ステッキに注がれる。

 今なら簡単に全力を引き出せる。

「ボーナスキャノン・アディションF!!」

 全力を振り絞った一撃が放たれる。

「ソリッド・フェアリー」

 ヨロズはチカラを全開にしてカナミの一撃を受け止める。


バァァァァァン!!


 全力の一撃が直撃した。

 それでも、まだ倒せた気がしない。

 妖精のチカラによって、即座に百パーセントの魔力が身体に満ち溢れる。

 全力の魔法弾による連射。これならばいくら限界以上のチカラを手にしたヨロズといえども!


バァァァァァン!!


 全力の二撃目が直撃した。

「ハァハァ……」

 カナミは空中で息を荒げる。

 魔力がいくら全快しても、身体は常に負担がかかり続けている。

 特に全力の砲弾を撃った反動は身体を軋ませている。

 羽にはチカラを込めればなんとか飛んだままの状態でいられる。多分、地面に足が着いた瞬間に膝を突くと思う。それだけ身体は休ませてくれと訴え出ている。

 戦いが終わっているのなら、その訴えを聞いてもいいのだけど。

「――まだだ!」

 爆煙の中からヨロズが姿を現わす。

 「まずい!」と直感し、方向転換して距離をとろうとする。

 しかし、遅かった。

 ヨロズの剛腕はカナミの身体へ届く間合いまでつめていた。


ドスン!


 剛腕が直撃し、たまらなく吹っ飛ぶ。

 隣の山まで飛び、クレーターが出来る。

「思ったより派手になったな。結界を張っておいて正解だったわ」

「お主の結界、どこまで続いておるんじゃ?」

「二つ先の山までな。今のところ人がよりつかないようになってるし、倒れた木々も元通りだ」

「便利なものじゃな。これならば山が丸裸になっても安心じゃ」

「そうならないようになってくれるといいが……まあ、そろそろ決着がついたか」

「いや、まだじゃな」

 煌黄はニヤリと笑って、カナミが吹っ飛んだ山の方を見つめる。

「カナミはここからが本領じゃ」

「なるほど、そういうことか。じゃが、ヨロズもまだチカラを出し尽くしたわけではない」

「互いの妖精のチカラを引き出しての戦いか。

あのヨロズの妖精――オプスといったか。主のチカラを限界以上に引き上げるものじゃな。常に限界のチカラを引き出し続けるカナミの妖精とはまた違うな」

「しかし、どちらも扱いは難しく、下手をすると自らの身を滅ぼすことになる」

「いやいや、互いに滅ぼし合いかねない勢いじゃぞ」

「……そうならないように、とは思っておるが」

「儂もじゃ。見込みのある人間が消えるのは惜しい」

「そうか。そうじゃな」

 悠亀は同意する。




 隣の山まで吹っ飛ばされたカナミは爆心地ともいうべきクレーターの真ん中に横たわっていた。

「く、うぅ……!」

 意識をしっかり保とうとすると、激痛が走る。

 これは完全にやられた。と思った。

『カナミ、立てる?』

「ダメ、かも……」

 リュミィの問いかけに応えるだけで、歯を食いしばる。

 これがスポーツか格闘技の試合だったら、もうKOかギブアップして試合終了だろう。負けとなるのは少々悔しいけど。

 しかし、これはそういう戦いではない。

 ヨロズは多分、自分の様子を確認してくるだろう。

 そして生きていることがわかったら、トドメを刺してくる可能性は十分にある。

 それは怖くて嫌だ。

『負けたくない?』

 リュミィは問いかける。

「うん」

 カナミは何も考えず答える。

『まだ、戦える?』

「まだ……」

『まだ、戦えるよ』

「戦える?」

『うん、カナミが望めば!』

「私が望めば!」

『うん!』

 リュミィが応えてくれると、背中からチカラが流れてくる。

「これなら!」

 立ち上がる力も湧いてくる。

「つぅ!」

 しかし、手足に力を込めて、起き上がろうとすると激痛が走る。

 リュミィはチカラをくれても、痛みは消してくれない。

 それをなんとなく理解する。

 立ち上がる力はリュミィが、意志は自分自身で!

「おおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 叫びを上げて、痛みに耐えて立ち上がる。

「――やはり」

 ヨロズはそんな確信めいた一言を放って、やってくる。

「お前ならば立ち上がっていると思っていた」

「勝手、いって……!」

 そう言われて、カナミの反骨心が燃え上がる。

 絶対に負けたくない。だから、こんな痛みになんて負けてられない。と、精一杯の負けん気を振り絞って立ち上がったというのに。

 それをさも当然といった顔で眺めているヨロズに腹が立つ。

 私がどんな想いで、立ち上がったのか。まったく知らないで!

「私ならば、じゃなくて! どんな想いして、私が立った、と!」

「知らんな。立ち上がったのなら戦え」

「言われなくても!」

 カナミは痛みを抑えて、羽に力を込めて飛ぶ。

 ヨロズもそれにあわせて飛ぶ。

 空高く飛び上がり、旋回し回り込む。

 上で距離を詰められたら、下へ飛んで距離をとる。

 羽を羽ばたかせる度に、身体が激痛が走る。

「あああああああああッ!!」

 悲鳴ではなく裂帛の雄叫びを上げて、魔法弾を撃ち込む。


バァン!


 ヨロズはその魔法弾を剛腕で弾き飛ばす。

「先程よりも数段威力が上がっている!」

 ヨロズは嬉々として言う。

「ジャンバリック・ファミリア!!」

 カナミは鈴を飛ばす。

 不思議な感覚だった。痛みで音を上げそうだというのに、頭の中はだんだんすっきりしていく。

「いけええええええええッ!!」

 叫ぶ度に、頭は静かになっていく気がする。

 ヨロズの周囲を飛び交う鈴が魔法弾を撃ち放つ。

「があぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 オプスのヨロズの羽で全て弾き返す。

「魔法少女カナミ、追い詰めれば追い詰めるほど、チカラが増す! 勝ちたいと思えば思うほど勝利が遠のく!!」

「だったら、負けを認めなさい!!」

「遠のいた勝利ほど手に入れた価値は大きい!!」

「また勝手言って!!」

 カナミはステッキをヨロズへ向ける。

「神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 砲弾を撃ち放つ。

「今さらこんなもので! ソリッド・フェアリー!!」

 オプスの羽とヨロズの剛腕が一体となって砲弾を弾き飛ばす。


ドガーン!!


 弾き飛ばされた砲弾が、煌黄と悠亀の近くに着弾する。

「うむ、一段階上のチカラを引き出したな」

「あの二人、戦いを介して高め合っているようじゃ。みていて楽しいものじゃ、ホホホ!」

 煌黄は心底楽し気に両者の戦いを見上げる。

「――しかし、そろそろ決着をつきそうじゃな」


バァン! バァン バァン!


 雨のような魔法弾がヨロズへと注がれる。

 しかし、そのどれもが決定打にならない。せいぜい目くらまし程度であった。

 だけど、この目くらましが終わったところで何か仕掛けてくるかもしれない。


――それはそれで楽しみだ。


 ヨロズは笑う。

 これまでカナミは幾度となく追い詰める度に何か仕掛けてきた。自分を敗北せしめてきた。

 今回もきっとそうに違いない。

 確信めいたものを感じる。

 しかし、今回こそは! この攻撃を受けきって、勝利してみせる!


…………………………


 弾幕が止み、一瞬の静寂が訪れる。

「――来る!」

 ヨロズの声が合図になったかのように、妖精の羽をはためかせ神殺砲を構えているカナミが姿を現わす。

「神殺砲!」

 やはり、その魔法が来るかとニヤリと笑う。

 しかし、予想以上の用意があった。

「上、下……いや左右か!?」

 強大な魔力のかたまりが全方位から感じられる。そのどれもが自分へと向いている。確実に倒すという闘争心が感じられる。

「これは!」

 ヨロズの周囲を飛び交っていた鈴のどれもが神殺砲の砲弾を撃てるだけの魔力が蓄えられていた。

 これは妖精の羽から常にカナミの身体の限界容量まで蓄えられている魔力を、鈴達に引き渡し続けた結果であった。妖精の羽を通して得た魔力を鈴に引き渡したら、カナミの魔力は空になってしまうけど羽は常に周囲の魔力を吸い上げ続けてくれるのでカナミ自身も神殺砲を撃つだけの準備を整っている。

 鈴による全方位の神殺砲。今のカナミとリュミィでできる限りの最大にして最強の魔法。

 準備は整った、あとは一斉に砲台となったステッキと鈴から解き放つだけだ。

『カナミ! いくよ!!』

「全方位神殺砲! ダイ・スー・シー!!」

 カナミの掛け声とともに、神殺砲の砲弾が一斉に発射される。


バァァァァァァァァァァン!!


 花火の何倍もの轟音を立てて、爆散する。




 次にかなみが目を開けたとき、お堂の中にいた。

「丸一日眠っておったぞ。儂にとっては大した時間ではないがな」

「我にとってもな。一日も一分そう大して違わない」

「一分だったら、時給が発生しないから大問題よ」

 かなみはぼやく。

「ホホホ、言うでないか!」

 煌黄は愉快気に笑う。

「……リュミィ?」

 かなみは頭の上に乗っているリュミィの存在を感じる。

 相変わらず声は聞こえない。

「あなたのおかげで頑張れた、ありがとう」

 ヒラッと優し気な羽音が聞こえる。

 どういたしまして、と言っているように感じた。

「うむ、二人ともよく頑張った。久々に胸が高鳴る戦いであった」

「私、勝ったの?」

 かなみは訊く。

 どうにも全力の神殺砲がヨロズに命中した後の記憶が無い。そこで止めを刺されて負けたのか、そのまま押し切って勝ったのかまったくわからない。

「儂からしてみれば、かなみの勝利、と言いたいんじゃが」

 煌黄は悠亀へ目を向ける。

「あの魔法は凄まじかった。あれをまともに受けた者は跡形も無く消し飛んでもおかしくなかった。――だが、ヨロズは生き残った」

 そう聞くと、カナミは自然と身体が強張る。

「それで、ヨロズは?」

「彼は去った」

「去った?」

「負けた自分に仙人の修行を受ける資格はない、とな。律儀に背中で語っていたよ」

「背中で、語ってた?」

 仙人の言ってることはよくわからない。

「しかし、その後がいかんかった。ヨロズを倒したと思ったら、お前の方も倒れてな。お互い同時に戦うチカラを無くしたら、引き分けといっていい。ダブルノックアウトというやつだ」

「ひ、引き分け……」

 そう言われても実感がわかない。

 ヨロズの剛腕が直撃したあとは、もうこれは負けたかなって思っていた。

 どうして、あんなにも負けたくないと一心になって戦えたのかもわからない。

「引き分けでは微妙な気持ちじゃろ?」

「うーん、よくわからない。とにかく負けなかったからいいかな、あはは」

 かなみはとりあえず笑ってみる。

「ふむ。それはいいけど。儂としては勝ってほしかったな」

「期待に応えられなくてごめん」

「まあいい。今回は儂らも無茶振りしてしまったようなものじゃからな。お主達の妖精のチカラがどれだけのものか、どれほど引き出せるか見極めたかったのじゃ」

「我の台詞を全部とってしまったな」

「ホホホ、大変だったぞ。お主、妖精のチカラを存分に使ってしまったから、また平行世界の境目を彷徨ってたぞ」

「え、うそ!?」

 かなみが戸惑っているところ、煌黄は愉快気に語る。

「まるで船から海に落っこちて、漂流しかけるみたいな感じじゃ、そのまま別の世界に流れ着くか、次元の底に沈むか。まあろくな未来は待ち受けていなかったのう」

「え、ええ……」

 煌黄は陽気に言っているけど、一歩間違えたら自分はそうなっていたかと思うとゾッと寒気がする。

「まあ、妖精のチカラを上手いこと制御できるようにならないとな」

「ど、どうしたら上手く制御できるんですか?」

 かなみは食いつくように悠亀に問う。

「知らん」

「……え?」

「強いていうなら勘と慣れか。今日の戦いでまた妖精のチカラが制御でいるようになったはずだ」

 かなみは呆然とする。

 あれだけ必死な想いをして戦い抜いたのに、それは妖精のチカラを上手く扱うためのものだったなんて。

 仙人には人の心が読み取れないのか。なんというか、もう……

「勝手です」

「言いたいことはそんなところだろうな。人の感情というものはそういうものだ。我はとうに失ったものだ。仙人になって悠久の時を過ごすうちにな」

「………………」

 かなみは言葉を失う。

 いかにも愛くるしく、親しみやすい好々爺の皮を被っているけど、その実は人の考えが及ばない人智を超えた存在。それが仙人なのだと、その片鱗を垣間見た気がする。

 以前はあるみが「人って感じじゃなかったわ」と言っていたのを思い出す。

「理解できぬであろう。ゆえに我はもはや人と相容れない。それでもお主とこうして交わっているのは……」

「私が仙人になるかもしれないから、ですか?」

「可能性はある」

 悠亀は言いきる。

 しかし、必ずなれる、絶対になれない。とまでは言っていない。

 それは多分、試されているのかと思う。

 仙人になれるかどうかは自分次第なのだ、と。

 だったら、自分がどう答えるか、すぐに思いつく。

「私は仙人になりたいとは思いません」

 かなみは自分の想いをはっきりと口にする。

「……そうか」

 悠亀はその決意表明を、肯定も否定もなくただ受け入れる。

「さて、用は済んだな」

 煌黄は立ち上がる。

 もうお堂から立ち去ろうとする。そうなるとかなみも一緒に帰ることになるのだけど。

「もう、帰るの?」

「聞きたいことは聞けたからのう。それにお主が仙術をならうにはまだ時期尚早じゃからな」

「私、ならうつもりはないんだけど」

「そういうでない。覚えておくと便利じゃぞ、腹が減らなくなったり、数里先のものが落ちた音を聞き取れたり」

「うぅ……」

 それはまったく興味がわかないわけではない話題であった。

「なあに、時期と気持ちが合えば自ずと身に着ける機会は訪れるぞ」

「そうなの……」

「さあ、ゆくぞ」

 煌黄はそそくさとでていき、かなみはそれについていく。

 さっきまで力尽きて眠っていたはずなのに、身体はすこぶる快調だ。




「お主がこの世界にやってきた要因ならば我も感知している。厄介極まりないことになっていると言わざるを得ない。流れ着いた先が彼女達が生きて暮らす世界だったことが不幸中の幸いか、あるいは彼女達の存在が災厄を呼び寄せているのか、それは神ならざる我等にはわからぬことだがな。

――さて、この問題の解決法だが我にもわからない。手に負えない事案といっていい。かといって我等にできることないかと言われるとそうでもない。

時が来たら、だな。星……あるいは世界の巡り合わせが回ってきたら、チャンスという者は訪れるだろう。それまで待つことだ」




「時が来たら、か……」

 帰りのバスで、煌黄は悠亀の言葉を反芻する。

「これ、どういう仕組みなのかしら?」

 かなみは不思議そうにバスを眺める。

 自分達の他には誰も乗っていない。運転手すらいないにも関わらず、一人でに動いている。仙術の一種なのだと思うけど、不思議な感覚だった。もっともそのおかげでかなみ達は山奥の獣道を楽に安全に帰れるのだけど。

「これはあやつなりのお主へのサービスじゃろうな」

「サービス? こういう乗り物に乗っていれば安心して移動できるだろうと思ってこの乗り物に乗っているように錯覚させておるのじゃ」

「錯覚……」

 どうみても本物にしか感じない。

 それだけあの悠亀という仙人の仙術が凄まじいのか。

「本物みたいじゃろ。便利なものじゃろ、仙術というのは」

「ひょっとして……勧誘してるの?」

「憶える気ないか?」

 ストレートにきた。

「……遠慮するわ」

 今はとてもそんな気になれない。

「残念じゃ、気が変わったらいつでも言うんじゃぞ」

「……コウちゃん、そんなに私を仙人にしたいの?」

「正確に言うと、儂の弟子じゃな」

「え、コウちゃんの弟子?」

「お、なんじゃその微妙な反応は?」

「ん、いや、なんていうか、違和感があって」

「そうか……まあお主はあるみちゃんの弟子みたいなものじゃからな」

「うーん、それも違和感あるっていうか……」

「じゃあ、社員か」

 結局のところ、それが一番しっくりくる間柄なのかもしれない。それだけとも思えないけど。

「……私って、何なんだろうね……」

 ふと、かなみは呟く。

 誰かの弟子だったり、社員だったり、自分がどういうものなのかわからない。

「お主はお主じゃよ。人間であろうと魔法少女であろうと……仙人であろうと、お主がかなみであることには変わらん」

 そう言われてもピンとこなかった。

 ただ、そう言われて自分の心の中で何かが動いた気がする。

「ふむ」

 煌黄は満足げにその様子を眺める。

 かなみのその反応と仕草が愛おしかったから。

「さて、この問題の光明は未だ視えぬままじゃ、

――いずれ、お主に儂の命運を託す時がくるかもしれぬな」

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