第38話 終結! 戦争の勝者に少女は微笑む (Aパート)

「――で、気分はどうですか?」

 スーシーは微笑む。文字通り見下して、ねめつけるかのようないやらしい視線で。

 カナミはそれを見せられて苛立った。

 すぐにでもぶん殴ってやりたいのだが、いかんせん体力や魔力を使い切っているせいで立ち上がることすら出来ない。今ここで止めを刺されそうになっても抵抗ができない。

「……ぅご、け……!」

 口を動かし、声をだすのが精一杯であった。

「悪あがきしたい気分ですか。いいですよ、その姿はとても好きですよ」

「……わたしは、……だい、きらいよ……」

「知ってますよ」

 スーシーは満足げに言う。

「それだけ傷ついてもまだ抵抗を試みる、その姿勢には感心します」

 スーシーはそう言って、ナイフをかかげる。

「ですが、これは戦争でボク達は敵同士。まことに残念ですがトドメを刺させてもらいますよ。本当なら時間をかけてじっくりといたぶりたいところなんですが」

「しゅ、シュミわるいわ……」

 トドメなんて冗談じゃないと言わんばかりに身体を起こそうとするがダメだ。

 仕事、仕事、仕事、学校、仕事……の連続で目覚めてみたら身体が起きなかった時に似ている。などと、どうでもいいことを思い出している場合じゃない。

(うごけ! うごけ! うごいて、わたしのからだぁぁぁぁッ!!)

 心の声で叫ぶが身体は無理だった。

「それでは、名残惜しいですがお別れです」

「ああぁぁ……」

 チカラの限り叫んだが、実際に出たのはか細い声であった。

「はいはいぃ、娘の悲鳴に駆けつけるのがぁ、母の務めよぉ」

 そこにスズミの声が福音のように聞こえた。

「……は?」

 スーシーはその声を聞いた途端、鈴に吹き飛ばされる。

「カナミィ、大丈夫だったぁ? 酷いことされなかったぁ? 滅茶苦茶にされなかったぁ?」

「か、かあさん……」

 母がとてつもない救世主に見えた。

「く……意外に早かったですね。中部の手勢は頼りないんですね、秒殺ですか。テンホーさんの方がまだ強かったですよ」

 スーシーはため息をつきながら、悪態をつく。

「まあぁ、ちょっとぉ苦戦して久々にぃ、本気出したんだけどねぇ」

「その喋り方、少々苛つきますね。そうですか、あなたがお母様ですか」

 スズミはそれを聞いてため息をつく。

「カナミぃ……一言、言わせてもらうけどぉ」

「いわなくていい」

 きっとどうせ良からぬことだとカナミは思った。

「付き合う相手は選んだほうがいいわよ」

「ちがうぅぅぅぅッ!」

 そこだけ思いっきり声が出た。

「そうですね、カナミさんとは長い付き合いですからね」

「だから、ごかいされるようなこといわないで」

 そうツッコミを入れようとするだけで立ち上がれそうな気力が湧いてくるから不思議だ。

「まあぁ、大事なのはぁカナミの気持ちだからぁ、母さん、応援するわよ」

「だから、ちがうって……」

「ああ、お母様のお許しをいただきましたか。これは張り切ってしまいますね」

 おかしい。話が変な方向に転がってる。

 これはなんとしてでも正さなければならない。それなのに、カナミの身体は動かないし、口だってまともにきけない。ただでさえまともに喋れてもこの方向を正せる気がしないというのに、一言しか言えないのはあまりにも厳しい。

 というか、不可能だと諦めたくなる。

「でもぉ、私はぁ嫌いかなぁ」

「あれ、ボク嫌われてたんですか」

「いけすかなぁいからぁ、それにぃ胡散臭いしねぇ」

「胡散臭い子供というのがアイデンティティなんですがね」

「別にぃ、人のアイデンティティを否定するつもりないわぁ、ただぁその上でぇ、私が好きか嫌いかは別なだけよぉ」

「そうですか……結局ボクは否定されていることには言及しないでおきます」

「助かるぅ、これ以上引き伸ばすとぉ、ぶっ飛ばすのがぁ遅れるからぁ」

「引き伸ばしてるのはどっちかというのも言わないでおきます」

 スーシーはナイフを取り出す。

「ボクは直接戦うのは好きじゃないんですよね。強いやつが油断したり弱ったりしているときにとどめを刺すのがボクの好みなんでね」

「控えめに言ってぇ、最低ねぇ」

「否定はしません」

 スーシーはナイフを投げ飛ばす。

 特に早くもなく、鋭いわけでもない。その気になれば手で受け止めることだって出来る一投であった。

 スズミはそれを鈴を盾代わりにして防ぐ。


カキン!


 鈴によってナイフは弾き飛ばされる。

「芸がないわねぇ」

「ですから言ってるじゃないですか。直接戦うのは好きじゃないって、そして――」

 スーシーが言い終わる前に、スズミの肩にナイフが刺さる。今しがた弾き飛ばしたばかりのナイフだった。

 それが、

「あぐ!?」

「油断したり弱ったりしているときにとどめを刺すのがボクの好みだって」

「その割にはぁ肩なんてぇなまっちょろいうことやってないで、頭か心臓を一発で仕留めればいいじゃない?」

「そこまであからさまな狙いですと、コントロールが難しいんですよ。何しろ、頭や心臓といった急所をターゲットにすると明確な殺気と魔力による指向性を込めなければならない。そうなるとカンのいいあなたなら察知できてしまうでしょ」

「飛ばしたナイフをぉ自在に操るぅ。随分とチャチな魔法ねぇ」

「あなたに比べればそうですね。ですが、ナイフだけとは限りません」

 スーシーがそう言うと、スズミの周囲を倒したはずの怪人達が取り囲んでいた。

「これはぁ……」

「さすがに驚きましたか。これだけの怪人を操るとなると少し骨でしたが、その甲斐がありましたよ」

「それぇ本気で言ってるのぉ? こいつらはぁ、私達が倒したのよぉ」

「ええ、ですが、それによってあなたがたも魔力をかなり消耗しているでしょう。ましてや、こいつらはもう力尽きるということはない、何しろボクが操るんですからね。まあ肉体をバラバラにするというなら話は別ですが」

「……ッ!」

「それに娘を庇わなければならないのですから、相当苦戦を強いられるのではないでしょうか?」

「卑怯者ねぇ……」

 スズミは娘を矢面に出されて、声に僅かな怒気を混ぜる。

「なんと罵られようと、勝てばよいのです」

 スーシーは笑ってそれを受け流す。




「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 雷口は雷鳴とともに怒声を上げる。

「うっさいッ!」

 ミアチトセは糸の盾でそれを防ぐ。

 糸は雷を分散させるアースとなる。

「く……!」

 雷口は悔しさに歯軋りを立てる。

 是が非でも仲間の仇を取らなければならないのに、こんなところでたった一人の魔法少女に足止めを食っている場合じゃないというのに。

「うっとおしいわ」

 ミアチトセも歯がゆかった。

 雷の攻撃はどうということなく防げるが、逆にこちらの攻撃も雷によって弾かれてしまう。

 いわゆる膠着状態だ。

 しかし、この状況を打開する方法はミアチトセにはある。

 まだこの身体で全力の一撃を試していない。

 今戦っている状態でも余力は十分すぎるほどある。四割……いや、三割程度のチカラしかまだ出していない。

 それはこれ以上のチカラを使うとなると、ミアとチトセの合体が進んで元に戻れなくなってしまうかもしれない。

「全力で戦えば元に戻れなくなるかもしれない」

 不安はある。

 しかし、このままでは勝てないかもしれないし、カナミのことも気にかかる。

「でも、全力で戦わないわけにいかないでしょうが!」

 ミアチトセは気合を一声上げて魔力を高める。

「クラッシュスロー!!」

 ミアチトセはヨーヨーを投げ込む。

「今更きくかぁ!!」

 雷口はあっさりと弾く。

 しかし、弾かれたヨーヨーは縦横無尽に駆け、糸を張り巡らせる。

「なんだ、こいつはぁッ!?」

「これであんたの雷は封じたわ」

「そんなもので!」

 雷口は雷を発する。

 しかし、それらは糸を伝って、分散してしまう。

「ぬぅッ!?」

「これが私得意の糸結界。何にもできないでしょ」

「こ、こんなはずでは……!」

「そして、これはあんたを封じるだけの結界じゃない」

「何ぃッ!?」

 雷口の周囲に張り巡らされていた糸が斬撃となって襲いかかる。それは幾千と綿密に編まれた糸が全て斬撃となる。

「うおおおッ!!」

 しかも、それが一回攻撃しただけで終わるわけではない。

 斬り刻んだ糸が跳ね返って、再び斬撃となる。

 文字通り細切れだ。

「ああ、口ほどにもなかったわね」

 ミアチトセはちょっとだけ魔力を開放したことに後悔を感じた。

「さ、カナミのところに早く行きますか」




「ぬぅッ!?」

「どうした、刀吉? 剣先が鈍っているぞ」

「雷口が逝った……これで尾張五人衆は全滅、だ……」

「全て彼女らにしてやられたわけか。甘く見すぎたツケというものだよ」

「ああ、そのとおりだ……!」

 刀吉は魔力を開放する。

 それだけで周囲の怪人が吹き飛び、無人の荒野が出来上がる。

「俺が甘かった。それは認めよう。だからこそ、この戦いの敗者になることだけは許されない!」

「たとえ、勝機がなくとも、かい?」

「決めつけるなよ! 生きている限り、勝機はなくなるものかよ!」

「勇ましいな。その物言い、まるで物語の主人公みたいだよ。だが、君にその役柄は相応しくないな」

「えらっそうにほざきやがって、だったらてめえが主人公ってわけか!?」

「いや、私ではない」

「だったら、誰だっていうんだよ?」

「さあ、私の口からは言えないな」

「スカしたこと言ってんじゃねえぞ、これだからてめえはいけすかねえんだよ!」

「だったら、見事殺して見せてくれたまえ」

「言われずともッ! いくぜ、七式絶空しちしきぜくう!!」

「ほう、七つの刀、七つの斬撃か……!」

 カリウスは猟銃を構え、引き金を引いて応じる。




チリリリリン!!


 鈴の音を鳴らして、怪人の身体の内部から壊す。

「倒しても倒してもキリがないわねぇ」

 本当に身体をバラバラにでもしない限り、何度でも立ち上がってくる。

「そういうことは、アルミが得意分野なのにね」

 とはいっても、この場にアルミはいない。自分でなんとかするしかない。

「ちょっと気合い入れなくちゃならないわねぇ」

 アルミは一呼吸してから、鈴を鳴らせる。


チリリリリン!!


「ベル・ディストラクト」

 その鈴の音が空気が水の波に変わったかのように揺らめかせ、それを受けた怪人達は粉々に砕け散っていく。

「物質っていうのはぁ一定の振動周波を与えるとぉ砕け散るようになっているのよぉ。その理屈はぁ魔法も同じでねぇ、魔法を構成する魔力をぉ、崩壊させてぇ無力化させる、これはそういう鈴の音なのよぉ」

「お、恐ろしいですね……操っていたボクにまでダメージが届きましたよ」

「ちょっとぉ、疲れるんだけどねぇ……魔力で身体を構成している怪人にとって致命的でしょぉ」

「そうですね、ボク達怪人は魔力によって生きています。ボク達の心臓は魔力によって脈打っています。魔力が崩壊するということは心臓を直接停止させられているようなものです。下手をするとそのまま崩壊か、いやいや、自分で言いながらその恐ろしさに肝を冷やします」

「やっぱりぃ、バラバラになったら操れないでしょぉ」

「そうですね、操る身体がなくなってしまいましたから。

――それでも、まだ使い出はありますよ」

 スーシーはそういうとゴミクズ同然となった怪人の残骸が動き出す。

「――ッ!?」

 それをスズミが飲み込む。

「別に操るのに五体満足である必要なんてありませんので、ガラクタはガラクタなりに使い道があるんですよ」

 ガラクタの山に埋もれたスズミは脱出しようとももがくが、ガラクタが寸胴のように重くのしかかって中々抜け出せない。

「ボクの魔力が行き届いたガラクタは中々重いでしょう? 簡単に抜け出されては困りますからね」

 そう言って、スーシーは未だ立ち上がれずにいるカナミの方へ目を向ける。

「さて、カナミさん。じっくりお別れの言葉を告げられないのが残念ですが」

「……かあ、さん……」

「ああ、彼女なら心配いりませんよ。どうせ時間稼ぎに過ぎませんから。それでは」

 スーシーはナイフを天へと掲げ、

「――さよならです」

 振り下ろす。


グサッ!


「ぐ……!」

 血飛沫が舞う。

 しかし、この血はカナミのものではなかった。

「間に合ったわね! ギリギリになったせいで高くついたけど」

 ナイフはミアチトセの腕が受け止めた。

 あまりに急だったせいで糸の魔法で止める暇がなく、カナミを救うにはこれしか手がなかった。

 おかげで間に合ったものの、腕から止め処無く血が流れ続けている。

「ああ、痛いわ……」

 ミアチトセは感慨深げに呟く。

 これはチトセの感情によるところが大きい。死んでからの期間が長かったせいで痛みのある身体を持たなかった。

 痛みは感じないし、血が流れない。

 それが今は、痛みを感じるし、血が流れる。

 生きている時は幾度となく感じていたこの感覚が懐かしくて心地良い。

――ああ、私は今生きている。

 そのことを実感させてくれる。

 たとえ、これが仮初であろうとそれが嬉しい。

 そして、この嬉しさをくれた敵にはお礼をしなければならないとも思った。

「――よくもやってくれたわね!」

「あなたがいましたか、ええっと、なんて呼べばいいんでしょか?」

「ミアチトセ……そう名付けたわ」

「そうでしたか、ミアチトセ。素敵なあたなに相応しい素敵な名前です」

「お世辞ありがとう。あんたに褒められると逆にむかつくわ」

「ええ、むかつくように気をつけて言ってますから」

「そんな気遣わなくてもいいわよ!」

 ミアチトセはヨーヨーは投げつける。

 スーシーは投げナイフで応じる。

「なるほど、これは……!」

「似たような魔法の使い手ってことね」

「あなたが糸……ボクは物体を浮かせて操る魔法……似てますね」

「ああ、全然違ったわ。あんたの方が質悪いわね」

「そうですか、糸で操る方が質悪いような気がするのですが」

「私の糸を馬鹿にするなんて、いい度胸してるわね」

「ええ、生命が惜しくありませんから」

 スーシーは背筋がゾクリとするような気味の悪い笑顔を向けてくる。

「出来れば、怒らせてあなたの真のチカラを発揮したいのですが」

「ああ、大丈夫よ。今怒りに打ち震えているところだから」

「ボクには喜びに打ち震えているように見えますが」

「良いこと教えてあげるわ、坊や。

――喜びと怒りは表裏一体」

 ミアチトセはスーシーの周囲に糸を張り巡らせる。

「表はすぐさま裏に、裏はすぐさま表に変わるわ!」

 糸が斬撃となって襲いかかる。

 幾千の糸が幾度も繰り返される万の斬撃、これによりスーシーの身体はズタズタになる。

「なるほど、勉強になりましたよ」

 しかし、スーシーはボロボロの身体から立ち上がってそう言う。

 よく見ると顔の方はまったくの無傷であり、それほどダメージを受けた印象は無い。

「ここまで身体を傷つけられたのは初めてです。怒っていいのか喜んでいいのかわからないで困るところでしたからね」

「今は困っていないっていうの?」

「ええ」

 スーシーは笑顔で答える。

「喜び、怒ればいい。いいことを教えてもらいました」

 スーシーはそう言って、笑いながらスーシーは怪人のバラバラの残骸となった腕や足を飛ばしてくる。

「悪趣味ね」

「好きでしょ、こういうの」

「誰がッ!」

 スーシーはそれを糸で切り刻む。

「そちらの方が悪趣味ですよ」

「細切れに料理してやっただけでしょうが」

「それが悪趣味だというのです。彼らだって生きてたんですよ」

「それを操ってるあんたが言うか!」

「まあ、ボクは悪趣味ですから」

「開き直るなッ!」

 ミアチトセは糸を操って、斬撃を放つ。

「もうズタズタはこりごりですよ」

 スーシーはそう言って怪人の死体を盾代わりに並べる。

「私の糸は鋼だってきるわよ!」

 宣言通り、怪人の死体はまた細切れになる。

「これは死者への冒涜もいいところですね」

「どの口がいうかぁぁッ!」

 ミアチトセの怒声とともに糸はスーシーの元へとのびる。

「残念ながら、ここまでですよ」

「――ッ!」

 糸が止まる。

 自分の身体の一部のように自在に動かせた糸が動かない。

「ど、どうなってるの?」

「ボクの魔法は魔力によって対象を操ることです。魔法の糸というのは少々厄介でしたが、操れないものじゃなかったと言うだけの話です」

「あんたの魔法は物体を浮かせて操る魔法だったんじゃないの?」

 ミアチトセの問いかけにスーシーはあまりにも爽やかな笑顔で答える。

「――誰がいつそんな嘘をついていないと言いましたか?」

「あんたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 ミアチトセは完全にブチ切れて、ヨーヨーを投げ飛ばす。

 しかし、それはスーシーに操れた糸が止められてしまう。

「人の糸でッ!」

「中々使い心地がいいですね」

 スーシーはそう言って、糸を薙いで斬撃を放つ。

「くッ!」

 ミアチトセは腕を切られる。さっきカナミをかばってナイフが刺さった場所だ。

「こいつッ!」

 わざとそこを狙ってきた。

 傷をえぐってさらなる出血を狙った方が有利だからだ。

「ああ、すみません。そこは怪我していたところですよね。もっと責めなくちゃいけませんでしたね」

「ほんっとうに悪趣味ね」

「フフ、お褒めにあずかり光栄ですよ」

「褒めてないッ!」

 しかし、吠えたところで状況は不利になってきた。

 糸も奪われたし、ヨーヨーも通じない。

 この状態から逆転を狙うとなると、相当無茶をしなければならない。

「……いい?」

 ミアチトセは自分に向かって問いかける。

 これ以上、チカラを出し切るとなると本当に戻れなくなるかもしれない。

 だからこそ、確認は必要だ。

 心の中に確かにいるもう一人の自分。それはもうミアなのか、チトセなのか、わからない。

 でも、どちらにしてもこの身体の持ち主であることには変わりない。

 心の中にいようが、心の表にいようが、答えは決まっていた。

「いいに決まってる!」

 ミアチトセは惜しげなくそのチカラと高める。

 ミアの身体、チトセの魔力が混ざりあい、降臨する。

「む……」

 これにはスーシーも顔をしかめる。

「あとにはもう退けない! やってやろうじゃないのッ!」

 ミアチトセはヨーヨーを投げ込む。

「Gヨーヨー!」

 巨大なヨーヨーをスーシーにぶつける。

「ごふッ!」

 操った糸の防御ごと持っていく。

「なんて威力ですか……」

「ああ、そっちには怖い人がいるから」

「なッ!?」

 スーシーがぶっ飛ばされた先にいたのはスズミだった。

「死体にぃ押しつぶされるのってぇ結構きつかったからぁ、久々にカチンときたわぁ

――だから、タダじゃすまさないわよ」

「くッ!」

 その怒気にスーシーは思わず気圧された。


ドスッ!


 次の瞬間、鈍い音とともに突風を巻き起こすほどの激しい勢いの拳打が見舞われる。

「がはッ!?」

 スーシーはビルへと突っ込む。

「え、えげつない……」

 ぶっ飛ばしてやるつもりだったミアチトセもこれには引いてしまった。

「死体ってぇ結構臭うのよねぇ」

「ああ、臭うから近寄らないで」

「そんなこと言わないでぇ」

「と、まあふざけたこと言ってないで、さっさとトドメ刺すわよ」

「容赦ないわねぇ」

 いや、あれだけの拳打を浴びせた相手からそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

「それじゃぁ二人で一緒に刺しましょうかぁ」

「本当に容赦ないのはあんたの方でしょ。その意見には賛成だけど」

「じょう、だん、じゃありません……!」

 あ瓦礫にスーシーは立ち上がる。

 さすがに相当なダメージを受けているのか、足取りはフラフラで意地だけで立っているような印象を受ける。

「トドメを刺されるわけにはいきませんよ。カリウス様から大役を仰せつかっているがゆえに」

「なに、その大役って……滅茶苦茶嫌な予感がするんだけど……」

「ええ、あなた方にとっては最悪ですよ」

 スーシーはニコリと笑う。

 それがとてつもなく不吉なものを連想させた。

「超高密度爆破……その降下地点はボクですからね」

「ハァッ!?」

 その衝撃の告白に、ミアチトセとスズミは青ざめる。

「あなたぁ、私達と心中するつもりぃ?」

「それも言い方も思っていました。ですが、このまま良いようにやられてばかりではちょっと悔しくて気がすみそうにないんですよ」

「意地を見せたくなったってわけね」

「そういうわけです、付き合っていただけますか?」

 スーシーは穏やかに言う。それはまるで意中の相手に向かって最後の頼みだと言わんばかりの告白のようであった。

「地獄まで付き合いたくないわね。あんたはこの手でぶっ飛ばしておかないと気がすまないわね」

「感謝します」

 ミアチトセはスズミに向かって言う。

「あんたは逃げなさい」

「こんな状況でぇ、放っておけないでしょぉ」

「あんたにはカナミがいるでしょうが!」

「う……」

 それを言うとさすがにスズミも言葉をつまらせる。

「私なら一人でなんとかできるし、多分あんたもそうでしょうけど、今のカナミはそうもいかないでしょ? あんたが守りなさいよ、母親なら」

「私は……つくづく母親失格ね」

 スズミは自嘲気味に言う。

「娘の友達からそんなこと言われるようなじゃね」

「反省するぐらいだったら早く行きなさいよ」

「……わかったわぁ、この場は任せるわぁ」

「そうはいきませんよ」

 スーシーは腕を振り上げる。

 そうすると怪人の死体が積み上がって壁として塞がる。

「囲まれたッ!」

「とおせんぼねぇ……」

「そういうことです、この壁は簡単には突破できないでしょう」

「あんた、私達と心中するつもりなわけ?」

「それもいいかと」

「冗談じゃないわぁぁぁぁッ!!」

 ミアチトセは叫んでヨーヨーを壁に投げつける。

 しかし、ヨーヨーは簡単に弾かれてしまう。

「く、なんて強度なの!?」

「簡単には逃げられませんよ。何しろボクは覚悟を決めましたから」

 スーシーははっきりと言う。

 いつもの飄々と人を小馬鹿にした態度ではなく、キリッとした顔で言うのだから、彼がいかに本気なのかわかる。

「カリウスはボクに爆破の全権を委ねてくれました。爆弾の降下地点もタイミングも……」

「つまり、あんたが爆弾のスイッチってわけね」

「だったらぁ、あなたをとっとと倒せば爆発はしないってことねぇ」

「いいえ、ボクが死んだ時点でスイッチオンされたも同然です。ボクの死亡が観測された地点にすぐさま爆弾は投下されますよ」

「何めんどくさいことやってんのよぉぉぉぉッ!」

「これは困ったわねぇ……」

「まあ、それももう今となっては無意味ですがね」

「はあ?」

「爆弾の降下はもう始まっていますから」

「なにはじめてんのよぉぉぉぉぉッ!!」

 スズミとミアチトセ、そしてカナミは空を見上げる。

 青い空と白い雲に混じって黒い点のようなものが少しずつ大きくなっているような気がする。

「あれが、爆弾……!」

「今更逃げても手遅れねぇ……」

「さて、みんな仲良く吹き飛ばされるとしましょうか」

「冗談じゃないわッ!」

 ミアチトセはヨーヨーで壁の破壊を試みる。

 しかし、この壁が思いの外固く、当てても当てても崩れる気配が一向にしない。

「だったら、私が本気を出してぇ」

「そうはいきません!」

 スーシーは死体を操作して身動きのとれないカナミにぶつけようとする。

「――ッ!」

 スズミはこれに即座に反応して鈴をぶつけて死体を粉々に打ち砕く。

「母さん、ごめん……」

 カナミは歯がゆかった。

 今すぐに身体を動かして神殺砲でこんな壁なんてあっさりと吹き飛ばすことができるというのに……今はただ足手まといにしかなっていなくて悔しい。

「いいのよぉ、あなたはもう十分戦ったからぁ」

「で、でも……」

「ここは任せてぇ」

 スズミは鈴を構える。

「ベル・ディストラクト!」

 鈴から発せられる音波が壁を粉々に消滅する。

「それですか……厄介ですが、間に合いますかね」

「うーん、際どいわねぇ……ミアチトセちゃん、アルミに連絡取れる?」

「やってみるわ」

「させません」

 スーシーは死体を飛ばしてくる。

「ああ、邪魔苦しい!」

 死体を相手にしているわけにはいかないのに、念話を使うための集中を削がれてしまう。

 一瞬一秒の遅れが手遅れに成りかねないというのに、焦らされる。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 それを、カナミの鈴が魔法弾を撃って死体を落とす。

「カナミ!」

「こ、これぐらいなら……」

 もう立つことは出来ないが、ステッキの鈴に魔法を込めて飛ばすぐらいなら出来る。

 しかし、精も根も尽き果てた状態からの無茶であって、身体中に激痛が走り、意識が遠のきそうなほど辛い。

「ちょっと、無茶は……」

「ここはじかん、かせぐから……れんらく、おねがい……」

「ああ、もうしょうがないわね!」

 あとでたっぷり文句言ってやると言わんばかりにミアチトセは応じる。

「あー! あー! アルミ、聞こえるッ!?」


――聞こえてるけど、あんた誰?


 呼びかけてからわずか数秒でアルミが応じてくる。


――ミアちゃんのような、チトセのような……思いっきりあやしいわね!


 こっちの事態は切迫しているというのにあまりにも呑気な発言にミアチトセはイライラさせられる。

「あー! 説明はあと! とにかくピンチなの! 爆弾が今落とされて吹き飛ばれそうなの!」

 とにかく今はこの焦りだけをアルミに伝える、それでアルミは来てくれるはずだ。

「今、カナミがボロボロなのに頑張ってんの! このままだと死んじゃうわ!!」


――ああ、それを早く言いなさいよ。


 どうやら伝わったらしい。

 でも、アルミはすぐ来てくれるはずがない。

 いや、来たとしてもこんな状況じゃどうにもならないかもしれない。

 それでも、アルミなら……アルミなら……と、思わずにはいられない。




 一方のアルミは走ってカナミ達のもとへ向かっていた。

 だが、ミアなのかチトセなのかわからない魔法少女からの連絡で、状況は相当切羽詰まっていることがわかった。

「このままじゃ、間に合わないわね。それに爆弾もまずい」

 一瞬考えて、覚悟を固める。

「緊急招集よッ!!」

 アルミは天へとドライバーを掲げる。

「――私の分身よ。我が魔力を分け与えた同胞(はらから)よ。再び我が元へ集え!」

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